第108話 シャグモンキ―削りと宗教観
翌朝、セシルは重たくて運べなかった石鍋を、手ごろな重さになる様に削りながら考え事をしていた。
ライム達は横でゴロゴロしている。
(ん~よく考えたら、僕目線でシャグモンキ―食べれないしなと思ってたけど、ライムもマーモも人型魔物を食べてもいいなら、シャグモンキ―も倒して良いよね。毎日1匹づつ削っていってやろうか……)
セシルはシャグモンキ―の縄張りにある果物を、どうにか手に入れないかと悩んでいたのだ。
(シャグモンキ―からしたら、僕は悪魔のような存在だよね……でも食物連鎖って言うし、ライム達が食べるならいいよね。ああ、でも遠距離攻撃で倒すと死体を回収出来ないか。流石に殺すだけはちょっとね。他の魔物も縄張り内で殺されたシャグモンキ―に近づく事出来ないだろうから、ただの殺生になっちゃう……)
バキッ
「ぬぁああああああああ!!!!」
考え事をしていると石鍋を削り過ぎてしまい、ぽっかり穴が空いてしまった。
「もぉ~!! 鍋作りがこんな大変だと思わなかったよ。鉄も無いし……持たなくなって初めて分かったけど、鍋って貴重な物だったんだね」
はぁ~と溜息を付くと、気分を変えようと鍋作りを諦めて本家作りに向かう。
☆
「おぉ~ライムがライアとラインになった事で効率が上がったね。1人増えるとこんなに楽なんだ」
セシル達は削った岩を運ぶ係を交代しながら作業する。
元々は削った岩を投げ捨てていたが、肩を痛める事と、適当に投げると足に引っ掛かったりして、周囲を歩きにくくなる事が分かり、一か所に集める様にしていた。
「この調子だと2週間もやれば、せまい寝床くらいは作れるかもね」
「ナー」ぴょんぴょん
「そうだ! 今、削った岩を捨ててるけど、入口に並べて立派な玄関を作ろう!」
「ナー」ぴょんぴょん
「削る時もなるべく同じ大きさにしてね!」
同じ大きさに岩を削る様にして、しばらく作業を続けていたが、前日のオークとの戦闘の疲れも残っており、立ってるのも辛くなってきたため、まだ日は高いが作業を辞めて借宿に戻る。
「今日はもうご飯食べて寝ようか」
「ナー」ぴょんぴょん
そう言いながら借宿を隠している草木をどかして、中に入ろうとすると何かが動いているのを感じた。
「ん? 何かいる」
奥が暗くてよく見えなかった為、草木を思いっきりどかして光を入れる。
「あっ!! ネズミだ!! ちょっ!! 魚食べられてる!!」
10センチほどの大きさのネズミ達は、見付かった事で慌てて借宿から逃げようと走りまわる。
「ライライ! 捕まえて!」
ライアとラインが入口にでろ~んと身体を広げ、出入口の下部分を防ぐ。
ネズミ達はライライ達を飛び越えるか、壁を走らないと脱出は難しいだろう。
3匹のネズミがそのままライライコンビに突撃してしまい、捕まる。
壁を走って外に出ようとした1匹は、マーモが立派に生えた角でグッサリ。
ジャンプして逃げようとしたネズミは、セシルがビンタして借宿の中に吹き飛ばした。
ビンタされたネズミは壁に叩きつけられた後、ヨロヨロとしながらも逃げようとしたが、触手をピョッと出したライアに確保された。
セシルは慎重に借宿の中に入ると、荷物籠を覗く。
ネズミは全部で5匹だったようだ。
「うわー。魚全部齧られてる。バナナも齧られてるじゃん!? たしか齧られたのは食べちゃダメなんだよね。焼いてもダメなのかな? ダメだろうなぁ。ラインとマーモも食べない方が良いのかな?」
齧られた物は毒が入ると教えられていた為、魚は捨てる事にした。
「魚は勿体ないけど、代わりにこのネズミ食べればいいや! ……ん? ネズミ本体は食べていいのに、ネズミが噛んだ食べ物を食べちゃダメってどういう事?」
セシルは考え込むが教えてくれる人がいない為、答えが出ない。
「はぁ~このまま一生、色んな謎を抱えたまま死んでいく事になるんだろうなぁ。イル姉に教えて貰える事だけじゃなく、図書館で色々調べられた事も幸せな事だったんだって気が付かなかったな。そう考えるとこの生活は寂しいな」
「――まあ仕方ない。魚は何処に捨てたら安全に魔物のエサになるかな? ……ちょっと待てよ。この魚でシャグモンキーを釣るのありじゃない? よしそうしよう!」
シャグモンキ―釣りは明日する事にして、寝る前に捕まえていたネズミをしっかり焼いて食べる。
「おっネズミ美味しい。そういえば、このネズミは魔石が無いね。身体も小さいし普通の動物なのか。てことは、魔法が使えないのかな? 同じような所に生きてるのに、魔石がある魔物とない動物がいるのって何でなんだろうねぇ?」
セシルはついつい疑問を投げかけるが、この質問に答えてくれる人もここにはいない。
マーモとラインは捕まえたネズミをそのまま食べて貰っていたが、ライアには近くの草を食べてもらっている。
セシルはライアを見てると申し訳ない気持ちになって訊ねる。
「ライア、お肉の方が食べたかったりする?」
ライアはふるふると顔を振った。
「無理させてるかと思ってたから安心した。好みとかは無いんだね?」
ライアはぽよんと返事をする。
「そっか。良かった」
セシルは、食事を終えるとワイバーンの翼に横になって考え事をする。
「そう言えば、残していた食糧がネズミに食べられちゃうのってかなりヤバいね。臭い消しの薬草付けてもバレちゃうんだね。次また食べられない様にしないとな。蟻は払いのければいいだけだけど」
考え事をしている間に、ラインとマーモは借宿内をウロチョロしている虫をパクパク食べて、借宿内を快適空間にしてくれている。ミミズや蟻が借宿の中をウロチョロするのはいつもの事だ。
(穴を掘って蓋をしても、ネズミも穴掘れるし、虫もモリモリ……あっそうだ!! ここから近い岩山に荷物入れを作ろう! 岩で蓋をしたら、蟻くらいは上がってくるかもだけど、ある程度大丈夫かも?)
その様な事を取り留めなく考えていると、いつの間にかぐっすりと眠りに付いていた。
☆
朝起きると、小川に顔を洗いに行き、そのままシャグモンキーの縄張りを避けながら、バナナを取りに行く。
順調に辿り着くと、種の多さに顰めっ面をしながら、朝食のバナナを食べる。
食後に数日分のバナナを収穫して、仮宿の方に向かう。
だが、今回はただ真っすぐ帰る訳ではない。
「マーモ、準備はいい?」
「ナ、ナァ~」
マーモが心細そうに鳴く。
マーモの身体には蔦が結ばれており、蔦の先には昨日ネズミに齧られた魚が結びつけられていた。
いざという時に魔法で守れる様に背中にはラインが乗っている。
セシル達が待機してる場所は、シャグモンキーの縄張りの風下だ。
視界には何匹かシャグモンキーが見えているが、今の所見付かっていない。
どうにか1匹だけに魚に気が付かせ、魚を取ろうと追いかけて来た所をマーモが全力で走って引き寄せる。
追いかけてきた1匹を袋叩きにして完了という完璧な作戦だ。
シャグモンキー達の様子を見ていると、1匹だけ残り、他のシャグモンキーが数メートル先に移動した。
今だ!!
そう判断したセシルはマーモと繋がっている魚を、1匹残ったシャグモンキーの近くに投げた。
ドサッ
キキッ!?
後ろで突然音がした事に小さく驚いたシャグモンキーだったが、魚に興味を持ったようだ。
そろりそろりと魚に近づいてくるシャグモンキ―。
「今だ!」「ナー!」
一気に走り出す。
獲物の魚がいきなり移動し始めた事で、シャグモンキーが大きな声でキーキーと鳴き始めてしまった。
その声に気付いたシャグモンキー達が一斉に騒ぎ出し、セシル達を追いかけ始める。
木と木を飛び移る様に進んでくるシャグモンキ―はとんでもない速さだ。
「やっやばっ!!」
セシルは失敗した事を悟り、走りながらマーモに結ばれた蔦を剣鉈で切る。
さらに肩に乗ったライアに背負い籠の中から、残りの魚も全て捨ててもらう。
後は、振り返りもせず全力疾走だ。
かなり走ったと思った所で振り返ると、すでに追いかけてきているシャグモンキ―は居なかった。
途中で投げ捨てた魚に興味を惹かれたようだ。
「あっあっぶなぁ~」
「ナーッ!!」
「ごっごめん! そんなに怒らないで! もうこのやり方はやらないから、ねっ!」
セシルはマーモをワサワサと撫でながら謝罪する。
「ナァ~」
「シャグモンキ―は別の方法を考えないとね。どうにかしないとあそこの果物獲れないし。今日も魚取りに行ってから家作りしようか!」
「ナー」ぴょんぴょん
襲ってくる魔物と出会う事も無く川に着く事が出来た。
岩山付近はかなり魔物が多い地域のようだが、毎日出会うわけではない。
実際はマーモットの群れがいたのだが、サーッと逃げた為、接触する事は無かった。
魚はライライコンビのお陰で、問題なく捕まえる事が出来る。
小さすぎる魚は捕らないように指示できるくらいには余裕がある。
マーモとセシルは、ライライコンビが魚を捕っている間に、乾いた木を集めて火を点けて待つ。
その場で食べる場合はセシルだけが焼く必要があるが、翌日以降に食べる分は念の為マーモ達の分にも火を通すようにしている。
何より生のまま時間が経つと、強烈に臭いを発してしまうのでここで火を通しておく必要があるのだ。
食後はザバザバと身体を洗って臭いを落とし、帰り道では虫よけの薬草と臭い消しの薬草を根ごと掘りかえして持って帰る。
これは岩山の家の近くに埋める為だ。
岩山ハウスに行き、良さそうな場所を見繕うと、マーモに穴掘りをしてもらい、そこに薬草を植える。
特に栽培をする訳ではなく、ただ埋めるだけで放置する予定だ。
セシルはトルカ村時代、畑の手伝いなどもやっていたが、父と母に言われるままやっていただけで、植物を育てる知識はほぼゼロに等しい。
環境はそれほど変わらないから上手く育ってくれるでしょ? 育ってね。お願いします。と目を瞑り植物に願いを込める。
実は、セシルはトラウデン王国の国教であるアポレ神に祈らなくなって久しい。
きっかけはブルーシマエナガのバーキンが瀕死の時だった。アポレ神に祈ったがあえなく死んでしまい、神と言う存在に少しの疑問を持つようになった。
その時はまだ少しの疑問程度だったが、イルネが亡くなった時に神は救ってくれないと確信した。
それ以来、食事の際もアポレ神に祈る事はしなくなったのだ。
最近はセシル自らが直接的に動物の殺生をする様になった事で、新たな倫理観が生まれ始めていた。
供物になった魔物に、植物に、謝罪と感謝の気持ちが芽生えるようになってきていた。
しかし、幼き頃からゴブリンなどは害悪だと教えられ、見付け次第処分しなければならない。という考えがセシルにも根付いていた。
処分したゴブリンは食べもせず、燃やすか埋めるまでしていたのだ。それを教えてくれた両親や、ダラス達を恨んだりしている訳では無いが、今の自分の感覚とのギャップに悩むようになっていた。
セシルも未だにゴブリンを見付けたら、出来る限り殺さなければという気持ちになる。だが、この大森林では死ねば、何かが食べにくる。何かの糧になる。
しかし、人間の行いはそうではない。ただ邪魔だから命を奪い、それを有効に活用する訳でもなく、埋めるか燃やす。特に燃やすなんて酷い行いではないか?
食事の際も命が奪われた魔物や動物に対してではなく、何もしてくれない神に感謝をする。
それがよく分からない。
以前は、『神が食事を与えて下さった』という教えに、そういうものかと納得していたが、今ではイルネやバーキンを救ってくれなかった神が、食事を与えてくれる訳が無いと思っている。
もし食事を与えてくれたのが神ならば、その食事の元となった生き物を殺したのは神になる。命を救ってくれないのに生き物を殺す神。死神じゃないか。
こうしてセシルは独自の観念を身に付けつつあった。
アポレ教を国教とするトラウデン王国、アポレ教国、そして皇帝こそが神とする帝国。
そのいずれとも相容れない
蛮族と揶揄されるような一部の部族や、シャレーゼ連邦国の一部の国ではセシルに近い宗教観を持っている国もあるが、そのどこもがセシルがいる場所からは遠く、セシルの考えは異端であると言える。
このセシルの思想が今後の人生においてどのような影響を及ぼすかは、まだ誰にも分からない。
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