第107話 オーク
「こっちに逃げるよ!!」
セシルは慌てて走り始め、マーモもそれに付いてくる。
「ライア、ライン、もし近付いてきたら斥力魔法で攻撃して!」
走りながらセシルの肩とマーモの背中に載っているライライコンビに小声で指示する。
オーク達はフゴフゴと鼻を鳴らしながら、臭いのする方に大股で歩いてきているようだった。
オークは歩きだが、歩幅が違いすぎて、大きく離れる事が出来ない。
周りを見渡しながら歩いていたオークの1匹が、遂にセシルを見付けてしまう。
ブモーー!!
1匹の合図に他のオークもセシルを視界に捕らえ、走り出す。
「やばぃいいい! とりあえず逃げ続けてる間にライライの魔法で2匹の足を止めさせて! 魔法グルグル回す奴で! 1匹だけ近付いて来たら、それを皆で一気にやろう!」
セシルとマーモはなるべく風下になるように、大きく回り込むように逃げていく。
既に見付かっているが、もし視界から外れる事が出来れば、風下ならば隠れて逃げ切れるかもしれない。
3匹のオークはドスドスと音を立て凄いスピードで走ってくる。
セシルとの距離が50メートルほどの距離まで迫って来た時、ようやくライアとラインの魔法がオーク達に当てられる距離になったようだ。
お互いが動いている状態では、見えない斥力魔法では当てる事が難しい。
オークも走りながら魔法の臭いを感知したようで、俊敏に左右に避けながら追いかけてくる。
この辺りは木と木の間が広い為、移動が容易だ。
斥力魔法が外れたと判断すると、また手元から出し直さなければならない。外れた魔法をオークを追いかける事も可能だが、飛ばすスピードがオークに追い付かない上に、後ろから追いかけてもセシル達を守る盾とはならないからだ。
魔法を出し直している間にもオークが迫ってくる。
進路を阻害する魔法により、思惑通り1匹だけ突出した形になったが、ほんの数メートルのみだ。
よりによって木の棒を持ったオークが突出している。
ドタドタと股間を揺らしながら走っている。野生のオークたちは当然真っ裸である。
「やっやばい、ハァハァ、やばいやばい」
もう15メートル程の距離しか残っていない。
「……ちっ……ちんちん!! ライア、ライン手前の奴のちんちん!!」
ライアとラインが目標を変え、手前のオークの振り乱したちんちんを狙う。
オークは獲物が近い事で興奮しており、魔法を避けるのが遅れてしまう。
ブモオオオオ
致命傷は与えられなかったようだが、痛みで蹲るくらいにはダメージを与える事が出来たようだ。
しっかり止めを刺したい所だが、すでにチンやられオークを抜き去って2匹のオークが迫って来た。
「次もっ!! ちん……」
セシルはオークの様子を見ようと振り返り絶望する。
「ちんちんないじゃん! ゲホッ。ハァハァ、メスじゃん! 2匹ともメスじゃん!」
2匹が近付けない様に走りながらも斥力魔法を出し、グルグルと回す。
サーベルタイガーを退けた方法だ。
しかし、オークたちはさっきやられたオークから学んだのか、スピードを落とし華麗なフットワークで魔法の臭いから逃れつつも、着実にセシルとの距離を詰めて来るようになっていた。
セシル達を嘲るようにブモッブモモモと笑い、時折、走りながら拾った石などをポイッと投げてくる。
セシルを倒す為ではない。
軽い投石の為、それぞれライアとラインが触手でビシッと払い除けているが、思い切り投げられると防ぐのは難しいだろう。
セシルの呼吸はぜぇはぁぜぁはぁと激しく荒れ、足も鉛のように重たくなってきている。
満身創痍になりながらも走っていると目の前には小川が見えて来た。
セシルは逃げながらも川に向かって走っていたのだ。
「ライア、ぜぇ、背負い、籠から、んぐっ、雷鎖、取って」
ライアがセシルの肩から背負い籠の中に飛び込み、雷鎖を取り出すと、にゅーっと触手を伸ばしセシルの右手に渡した。
川幅は2メートル程しかない
最期のひと踏ん張りと、セシルは足を踏み出しざばざばと水の中に入る。
膝ほどの深さの水にさらに足が重たくなり、止まってしまいそうになるが、セシルはあえて川を渡りきらずに水の中を進む。
オークは水などどうとでも無いというように、フゴフゴと笑いながらざばざば音を立てながら石を投げつけ、ゆっくり追いかけてくる。
もう1、2歩でも強く踏み込めばセシルに届くのに、あえて疲れ果て倒れるのを待つかのようだ。
ライアやラインは投げられる石を弾く事に気を取られて、中々魔法を放つことが出来ない。
「マーモ、川、先に、出て」
「ナー!」
マーモはセシルに合わせてスピードを落として走っていた為、まだ余裕がある。
言われたとおりにザバッと飛び出すように川から飛び出すと、それに続くようにセシルも横倒しに倒れながら川から飛び出す。
肩に乗っていたライアは、セシルが倒れた拍子にマーモ達の近くまで飛ばされる。
セシルは身体を引きずりながら川から離れつつ、慌てて雷鎖に雷魔法を流す。
雷鎖の分銅を川に残していたのだ。
バチバチバチッ!!
ブヒイイイイイ
「痛ぇえええええええ」
川から飛び出たばかりのセシルも、びしょ濡れ状態で倒れ込んでしまった為、川と水分が繋がっており、雷魔法の影響を受けてしまった。
慌ててその場から転がる様に離れて、雷魔法を流し直す。
オーク達も川から出ようとするが、全身を突き抜けるような想定してなかった痛みに驚き、歩みが遅れる。
「今の内っ!!」
セシルの合図で3匹が斥力魔法を放つ。
セシルも雷鎖を手放すと、ハイハイの様にしてしっかり川から離れ、オークの方に振り向くと両手で斥力魔法を放ちながら立ち上がる。
セシル達は魔法を放ちながら、後ずさる様にさらに少しずつ距離を取って行く。
「僕左側、マーモ達は右側お願い!」
川から出てこようとしてきたオーク達に、2本と3本の斥力魔法が襲い掛かる。
ブモオオオ
オークは魔法を避けようとするが、距離も近く縦横無尽に襲ってくる魔法を避ける事が出来ない。
すると、マーモは火魔法を使い始めたようだ。蝋燭程の火だが、オークの顔の周りを飛び回り、隙あらば目に当たろうとする。
オークは鬱陶しそうに火を払いのけようとするが、魔力を注ぎ続けているので火は消えてくれない。
火魔法に気を取られてる隙に、ライアとラインの不可視の斥力魔法が背中とお腹から襲い掛かった。
オークは前後から挟むように襲って来くる魔法から逃れる事が出来ない。ズリュッと音を立て、斥力魔法が身体を突き破る。
一度身体の中に入ってしまえばもう勝ちは決まったような物だ。
体内をライアとラインの魔法が暴れまくる。
ブモオオオオオ
ばっしゃーーーん
身体の中で暴れる魔法に対応出来ず、ひっくり返る様に川の中に倒れた。
この様子では最期の悪あがきで襲ってくる心配も無さそうだ。
火魔法と使っていたマーモが、次はセシルのフォローに入る。
セシルはなんとか距離を保つことは出来ていたものの、膠着状態に陥っていた。
オークはすでに川から出ている。
そこにマーモの火魔法のフォローが入ると、オークが慌てて逃げ出そうとするが、さらにライアもフォローに入って来たため、魔法に取り囲まれ逃げ道を失ってしまう。
オークはそのまま強行突破しようとしたが、斥力魔法にお腹を貫かれ、膝から崩れ落ちる。立ち止まった所を心臓に止めを刺され、地面に横たわってしまった。
セシルは安全を確認すると、少し大きめの岩に腰かけグッタリと横になった。
いまだ荒くなった呼吸を整えながら声をかける。
「えっーと、肉食する事にしたのはラインだったよね? ライン、オークを食べて良いよ。人型の魔物を食べちゃダメなのは人間だけだよね? ゴブリンを消化してる野生のスライムも見た事あるし」
ラインがスススッとオークの元に移動して食べ始める。
「あっマーモも元気が残ってるなら食べて良いよ。浮いてる魚でも好きな方を」
「ナー」
川に雷鎖で雷魔法を流してしまったので、気絶して浮いている魚が複数いる。
「ライアはごめんけど、気絶してる魚を集めて貰える? 食事はもうちょっと待ってね」
セシルはぐったりとしながら3匹が食事と作業している所を眺める。
「あーっきっつぅ。やっぱり見付けれる前に倒さないと危ないね。こっちが風上だとマーモの臭いでの感知も上手く行かないし。何か新しい技考えないと生き残れそうにないや」
身体が多少動くようになったところで、セシルも動き出す。足はプルプルしているが、血の臭いがするこの場に留まるのは危ない。
オークから魔石を取り出すと、身体ごとザバッ川に入り、自分の汗やオークの血を洗い流す。
「ライア、魚ありがとうね」
ライアが身体に入れた魚をピョッピョッと出してきたので、それに臭い消しの薬草を塗り、背負い籠に放り込む。雷鎖も忘れずに片付ける。
魚を焼いてる時間はない。
遠目にオークの死体のおこぼれを与ろうとする魔物が、チラチラと見えている。
「あれ? そう言えば、ちんちんオークはどうなった?」
「ナー」
「ん? どっちかな? もういない?」
「ナー」
「逃げ帰ったのかな?」
マーモがコクコクと頷く。
風下に移動していた為、臭いで判断出来たようだ。
「よし、じゃ大丈夫だね。そろそろ行くよ」
「ナー」ぴょんぴょん
なるべく目立たないように木陰に隠れつつ、肩に乗っているライアに野草を渡しながら移動していく。
安全そうな場所を見つけると休憩しながら魚を焼き、疲れた身体を労わるようにゆっくりと借宿に帰っていった。
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