第93話 体調不良


 セシルは隊長に殴られ、ズキズキと痛む顔と、背中の火傷に顔を顰めながら歩く。

 今日は流石にまともに休みたいが、帝国兵のせいで時間を取られてしまった事が痛い。


 住処にしようと目指している岩山は、一向に近づいている気がしない。

 まだまだ距離があるのだろう。

 溜息を吐きながら歩みを進める。


 しかし、歩けど歩けど寝床に利用出来そうな山や土壁が見当たらず、起伏の少ない密林が続き、ついには日も傾き焦って来た時だった。

 後ろからドスドスと足音が聞こえてくる。


 セシル達は慌てて木の陰に隠れる。


 隠れたまましばらく待っていると、荷車を牽いたポストスクスが現れた。

 帝国の兵士達が使っていたポストスクスとは別の個体だろう。

 よく見ると、どうやら行商人のようだ。

 護衛であろう冒険者が荷車に1人と、後ろから付いてきたポストスクスに2人、さらに昼間に襲って来た兵士の生き残りが1人乗っていた。


(あいつだ!! くそっ! 魔物に襲われて死んでくれれば良かったのにピンピンしてる……ほんとにお父さんとお母さんには手を出さないかな?)


 セシルは元気な兵士の様子を見て不安に襲われるが、兵士の言葉を信じるしかないと諦める。

 今更どうしようもない。


 行商人に拾われた兵士は、そのままセシルに気付かず抜き去って行った。


「僕達も何か移動手段があれば良かったんだけどね。今日はここら辺に寝床を作ろっか」


 道から少し外れ、密林の中に入ると、倒れている木の表面を斥力魔法で削り、おおよそ平べったくしてベッドにする。

 試しに寝転がってみると、肩がはみ出てしまうし寝心地はお世辞も良くないが贅沢は言ってられない。

 兵士から奪った魔物除け除けをライムとマーモの周りに設置し魔力を流す、さらに大外に魔物除けを設置した。


 魔物除け除けを置いても、ライムとマーモは少し居心地が悪そうだが、我慢してもらうしかない。


 残していたお肉に、男爵領で買っていた塩を軽く振ってから食べる。

 兵士に殴られた際、口内を切っており、塩が沁みるが我慢する。

 塩はちょこちょこ接種しなければならない。とダラスに言われた事を忠実に守っている。


 お腹が膨れると、背中の火傷にライムに手伝って貰いながら薬草を塗ると、すぐ横向きになって寝る事にした。


 本来なら見張りをした方が良いのだが、もう体力の限界だった。

 魔物除けを信じて眠る事にしたのだ。


 しかし、薬草を塗ったとは言え、そう簡単に火傷が治る訳もなく、背中の痛みがズキズキ、ヒリヒリと酷く、ほとんど眠る事が出来なかった。





 翌朝、浅い眠りから目覚めて起き上がろうとすると、ズキッと頭が痛んだ。

 おでこに手を当てると熱もある。


 王都を出て以来、誰も頼れず行き当たりばったりで野営をし、悪意を持った人が次から次にやってくる。

 さらに、初めて人を殺し、過酷な環境の変化、襲いかかってくる魔物、顔の怪我、火傷。

 肉体的にも精神的にも限界が訪れるのも当然であった。

 まだ10歳のセシルが、今まで体調を崩さなかった方がおかしいくらいである。


 セシルは久しぶりの体調不良に焦ってしまう。体調不良に慣れておらず、対処法もいまいち分かっていない。

 トルカ村を出てからは、男爵に貰った龍の腕輪のお陰か、風邪を引くことは無かったのだ。

 その病気に効果があると言われていた龍の腕輪は、男爵に返してしまってもうない。

 


 はぁはぁと少し荒い息をしつつも、このままここに居続けてもマズいと魔物除けを専用の袋に入れて片付ける。

 片付けた後もしばらく魔物除けの臭いが漂っているようで、ライム達が魔物除け除けから出てこようとしない。魔物除け除けを片付けるには、しばらく待つ必要がありそうだ。


 体調が悪そうにするセシルを見て、ライムとマーモが心配そうにするが、「大丈夫だよ」と声を掛ける。

 魔物除けの臭いが消えたであろう時間を過ごしてから、魔物除け除けを片付けて、荷物をお腹側に抱き、お肉をライムとマーモの口に入れながら出発する。



 歩きながらも頭痛が酷く、余計な事は何もしたくない。

 出来るだけ無駄な動きをせず、なるべく何も考えずにボーッとしながら少しずつ前に進んでいた。


 歩き続けていると、セシル達の前からポストスクスに乗った行商人らしき人達がやってきた。

 もう隠れる元気もない。

 ぶつからないように道の端に寄ると、まるで何も見えていないかのようにただただ前に進む。


「ん? 止まれー!」


 グルルルル唸り声を上げ、セシル達の横でポストスクスが止まる。

 それに合わせて後ろに付いてきていたポストスクスも止まった。


「もしかして、セシル様ではないですか?」


 ライムとマーモを連れていると、誰にでもすぐバレてしまう。

 特に商人は常に儲け話のアンテナを張っており、見逃すことは無い。

 セシルはボーッとしたまま、その場に止まり顔だけ向けて返事をする。


「……そうです」

「んっ!? その顔、背中、どうしたんですか!?」

「……帝国の兵士にやられました」

「なんと……怪我の治療をします。こちらへ」

「大丈夫です。ああ、そうだ。服無いですか? 出来れば2枚売って欲しいです。お金はあります」

「すみません。服の持ち合わせは無いです。包帯でしたら……」

「じゃあそれで良いです。後、塩もあれば下さい」


 行商人に言われた額を支払い包帯を受け取る。


「巻きましょうか?」

「いや、だいじょ……そう……ですね。お願いします」


 セシルはボロボロの服を脱ぎ、包帯を巻いてもらう。


「ありがとうございます」

「我々は王国に向かっているのですが、良かったら乗って行かれますか?」

「いえ、そっちには行かないので大丈夫です。ありがとうございます」

「帝国はまだまだかなり遠いですよ? セシル様の足では2か月以上、もしかしたら3か月もかかるかもしれません。そもそもなぜこんな所へ? お一人ですか?」

「帝国には行かないので大丈夫です。ライムとマーモもいるので1人じゃないです」

「王国でもなく帝国にも行かない? いや、しかし……」

「包帯、助かりました。ありがとうございます。あと、もし奴隷を連れてる人達にであっても僕の居場所を聞かれても答えないで下さい。お願いします」


 セシルは丁寧に頭を下げる


「あ……ああ。それは構いませんが……」


 セシルは頭を上げると、もう一度「ありがとうございました」と声をかけ、またトボトボと歩き始めた。

 行商人は手助けした方が良いのではないか? と悩むが、次の宿泊予定場所まで進まなければならない。

 ディビジ大森林では、ちょっとした予定の変更が生死に関わるのだ。


 セシルは川沿いに歩いていた為、まだ見ていないが、道沿いには宿泊地が各所にあり、通行人が泊りやすくなっている。

 宿泊地と言っても、土地が均されて、ちょっとした柵がある程度の簡易的なものだが、そこに行けるかどうかで夜の警備のしやすさに雲泥の差がある。



 行商人は自分の娘ほどの小さい子供が、ボロボロの身体で歩いて行く姿を見て、手助け出来ない事に心を痛めながらも、自分達の安全を蔑ろにするわけにもいかず、心を鬼にしてセシルに背を向け進むことにした。



 ここから2か月後、この行商人と、護衛を担当していた冒険者によるセシルの目撃情報が、ロディ―とカーナの元に届く事になる。

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