第92話 幼馴染
「おい! ちょっ! おい! 話し合おう!」
セシル達は兵士の呼びかけを無視し森の中に飛び込むと、木に隠れながら魔法を使う。
斥力魔法を当てられた3匹のポストスクスは、鋭い痛みにドッタンドッタンと暴れだしてしまう。
【うわっ! どうした!? 落ち着け!!】
【落ちる落ちる落ちる!!】
【ぐあぁっ】
【やばい! ポストスクスが逃げるぞ!】
ポストスクスに乗ったままであった兵士2人が、地面に振り落とされる。
2m程の高さから落とされ、衝撃に呻く。
【やばい! ポストスクスが逃げるぞ!】
レンタルされた移動用ポストスクスは、何かあると本来の主である従魔師の元に帰る様に躾けられており、3匹はそれぞれの従魔師がいる帝国へ走り去ってしまう。
【クソッ!! 何が起きた!? 隊長、追いかけますか!?】
【まさか従魔も魔法を使ったのか!? 切り替えろ! ポストスクスは諦めるしかない! お前ら従魔も捕らえるぞ!!】
「次っ! ライムとマーモは倒れたやつら! 距離取りながら! 殺していい!」
セシルは雷鎖を周りの木に当たらないように小さく回し、近付いてきた隊長に投げつける。
ビュンッ
しかし、隊長は剣でガードする。
ガギッ
剣と雷鎖を引っ張り合う形になるが、体格で勝る隊長は余裕の顔だ。
「ふんっ。こんなものでどうにかなると思ったか?」
セシルは黙ったまま雷鎖に雷魔法をを流す。
バチィィ!!
【ぐあぁっ】
隊長は突然腕に走った痛みに、思わず剣を手放してしまう。
感じたことのない痛みに対する恐怖もあった。
その隙にセシルは鎖を引いて、地面に落ちた剣を手繰り寄せる。
手元に来た剣は森の奥に投げ捨て、また雷鎖を回し始める。
セシルは雷鎖を相手の胴目掛けて巻き付ける様に投げ、投げると同時に雷魔法も流す。
頭や足元であったら避ける事は容易いかもしれないが、胴体に、そして分銅で勢いが付いた雷鎖を避けるのは難しい。
避けるのが難しいと判断した隊長は手でガードする。
雷鎖は勢いのままに手ごと身体に巻き付こうとするが、鎖の長さが足りず、1回転だけしか巻き付かなかったが、セシルはお構いなしに雷魔法を流し続けバチバチと電撃が奔る。
【ぐぁっ! てめぇ!】
隊長は鋭い痛みが走るが、我慢できると判断したのか、まっすぐセシルに向かおうとする。
セシルは雷鎖を投げ直す時間は無いと判断し、ポイと投げ捨て、斥力魔法を両手でそれぞれ放つ。
しかし、隊長は軽鎧を着ている為、狙える場所が少ない。足と手は薄着だが、動きが激しいため狙いにくい。咄嗟の判断で目を狙う。
だが、狙いがズレてしまい、二つの魔法が左右の頬に当たる。
隊長は頬の痛みに咄嗟に顔を避ける。頬には小さい穴が空いたが、致命傷にはならなかった。
距離を詰める事に成功した兵士は、思い切りセシルを殴り付ける。
ゴッッ!!
「ぐえっ」
倒れたセシルに素早く近寄り、掌を自分に向かないように腕を取り関節技を極める。
通常、魔法は真っすぐにしか飛ばせないため、掌を自分に向けなければ問題ない。
「痛い痛い痛い!!」
隊長は勝ったと確信し、周りを見渡す。
残りの2人は、立ち上がり剣を構えていたが、スライムとマーモットから発せられているであろう、得体の知れない鋭い痛みから逃れるので精一杯だった。
何が起きてるか分からないのでは近寄る事も出来ないでいた。
【おい! お前ら! ビビるな! 動き続ければ大丈夫だ! 魔法が使える従魔は出来れば生かして捕まえたい!】
「マーモ、逃げて!!」足の速いマーモに逃げるように指示をする。
「ナー!」
【マーモットを追え! 逃がすな!!】
セシルを抑えている隊長が指示を出すと、マーモからのチクチクとする魔法が止まった事に安心した兵士が追いかけ始めた。
ライムはその場を動かず、斥力魔法で兵士が近寄らないように牽制し続けている。
ジュッ
【ぎゃああああああああ】
セシルが自分を抑えたまま、よそ見をしていた隊長の両目に火の魔法を当てたのだ。
魔法を曲げられるセシルは、掌が外を向いてさえいれば、どこにでも魔法を当てられる。
魔法が曲げられることに付いては、帝国には知られていなかったのがセシルには幸運だった。
知っているのは、トラウス領の一部の人間とエリシュくらいだ。
一瞬であれ、目を焼かれた兵士はしばらく使い物にならないはずだ。と判断したセシルは、ライムの方に助太刀に行く。
足の速いマーモは逃げ切れるだろうが、ライムは足が遅く逃げる事が出来ない。
セシルは、隊長がやられた事に一瞬怯んだ兵士目掛けて剣鉈を投げる。
【うおっ! あっぶね】
剣鉈は簡単に避けられてしまったが、ライムの側に行く時間は稼げた。
「ライム、足!」
セシルはライムに斥力魔法で足を狙わせ、自分は火魔法を2つ出して兵士の頭を狙う。
兵士が立っていた場所は道の上だったため、火魔法で頭を燃やしても木に火が移る心配が無い。
上から縦横無尽に襲ってくる火を避けようと、必死になる兵士の足を狙って斥力魔法を放つ。
「イッ」
足に痛みが走った兵士は、足をバタバタして避けようとするが、足元に気を取られた所で頭に火が着いてしまう。
ボッ
【うわっクソッ!!】
小さく頭に着いた火は叩かれてすぐ消えてしまうが、注意力が散漫になった所でライムが目を目掛けて消化液を飛ばす。
びちゃ
【ぐああああああああああ】
消化液が片目に当たる。
目を抑えて蹲ろうとする所に、頭から火。足元はチクチクと斥力魔法を受け、遂に兵士はバランスを崩して倒れてしまう。
「斥力、太もも」
軽鎧の隙間から太ももを狙う。
ズッ
【ギャアアアアアアアア】
兵士の足に斥力魔法が貫通した。
「よし、次はマーモ助けるよ! ライム、追いかけるよ」
セシルはライムを肩に乗せてマーモを追いかける。
順調に兵士を倒しているようだが、殴られた顔はズキズキと痛みがあり、腫れあがっている。
「マーモ~! どこ~? マーモ~!! 逃げながら戻って来て良いよ~!!」
『ナー!』
遠くの森の中からマーモの鳴き声が聞こえてきた。
セシルの声が届いたようだ。
もちろんマーモを追いかけていた兵士にもその声が届いている。
兵士は焦る。
「マーモ」と呼ぶ子供の声は、この場ではセシルしかあり得ない。
そして呼ばれていた『マーモ』とは、目の前を逃げていた『マーモット』の事に違いないだろう。
兵士にとっては堪ったものではない。このマーモットを呼ぶ声は、セシル達の勝利宣言でもあるのだ。
【クソッ!! あいつら負けたのかよ!! どうする? 俺はどうすべきだ?】
目の前のマーモットが「ナー!!」と鳴くと、方向転換して戦闘が始まった場所に戻る様に、迂回しながら逃げ始めた。
【森の中じゃ追い付こうにも追い付けねぇ。……いや、あの2人がヤラレたなら今更捕まえる意味あるのか? 木の陰から様子を見た方がいいか?】
兵士はマーモットとの距離を少し空け、ゆっくり追いかける。
セシル達が合流するのを見届けると、倒されたであろう兵士2人の様子を見ると、2人とも目をやられているようだ。
【やっぱりヤラレてんじゃねーか。どうする? このまま隠れるか? ポストスクスも逃げてしまってる……あ~クソッ!! やっぱり隠れてやり過ごしてこの森を抜けるしか無い。あのガキ共でもこの森で生き抜いてるんだ。俺一人でもこの森を抜けれるだろう】
兵士は逃げる事を想定し、帝国民の特徴である色黒の肌に泥を塗り、迷彩色にしていく。
灰色のマントにも泥を塗り、草を被せる。
迷彩色がディビジ大森林の魔物にどれくらい効果があるかは分からないが、セシルから逃げ切る可能性も少しでも上げておきたい。
セシルは合流したマーモが怪我していない事を確かめてから、残り1人がどこにいるか臭いで探らせる。
マーモが立ち上がり、短い手で指し示した場所を見るが、中々見つけられない。じっくり探してようやく見つける事が出来た。
マーモが指し示した場所を重点的に見る事で、なんとか見付ける事が出来たが、マーモがいなければ見付ける事は出来なかっただろう。兵士はいつの間にか服は泥や草で汚れており、肌も汚れて見えにくくなっている。
汚れる事で隠れる事が出来るのか。とセシルは感心する。
兵士との距離はけっこうある。しかもかなり見にくい。これを追いかけるのは体力的にもキツイ。
セシルは隠れている兵士は諦めて、とりあえず、倒れている2人の足を両足とも斥力魔法で打ち抜き怪我をさせる事にした。
ズッ
ブチブチッ
【ぎゃああああああああ! ふざけるなぁ!! 殺してやる!!】
セシルは叫び声以外の帝国語は意味が分からないので、素知らぬ顔で無視だ。
雷鎖や剣鉈を拾うと、次は兵士たちの荷物を探る。
兵士たちは荷物をそれぞれに持ち歩いていたようだ。万が一はぐれた場合の為だろう。
魔物除けや食糧、帝国硬貨と王国硬貨も使わないかもしれないが、一応回収した。
「そろそろワオーンがやってくるから、急いでここから離れよう」
地面に置いた荷物を背負おうと思い、手を伸ばした時だった。
ボッ!
ドンッ
「あっっつ!!」
顔程の大きさの火の玉がセシルの背中に命中し、セシルの服に火が着いてしまう。
「消して! 消して!!」
焦ったセシルは魔法が上手く出せず、手の届く範囲をどうにか叩く。
ライムとマーモは慌てて水魔法を当てる。
水の量は少ないが、出し続けられるため、わりと早く火を消す事ができた。兵士による火の追加が無かったのが幸いだった。
放たれた魔法は、ライムに片目をヤラれた兵士が放ったものだった。
慌てたセシルが魔法を使えなかったように、激しい痛みの中で魔法を放つこともまた難しい。彼も訓練された兵士だったのだろう。
しかし、火の玉を放った後は集中力が続かなかったのか、魔力が持たなかったのかは分からないが、魔力による火の持続は無くすぐ消えた。
「うー。ヒリヒリする。はぁ~最悪。やっぱり何かされる前に止めを刺さないとダメなんだね。洋服に穴あいちゃった。せっかく男爵領で良いの買ったのに」
ギャーギャー
「やばい。ワオーンじゃなくて鳥の魔物が来た! ライム、マーモ逃げるよ!!」
背中を火傷したセシルは、荷物を胸側に抱えて走り出すが、森の中に隠れている兵士に忘れずに声をかける。また見失ってしまったが、だいたいの場所は分かっている。
「僕の両親に手を出したら、お前の家族も全て根絶やしにしてやるからなっ!!」
(クソッ! 隊長がセシルの家族を襲うような事を言うからこんな事になるんだ! とりあえず魔物除けが手元にあって良かったが、帝国に戻るにも徒歩か……普通に歩いたら2ヵ月はかかるだろうか? 帝国方面に向かう商人に交渉するしか無いな。頭が痛いぜ)
「お前の、両親に、手、出さない! 安心、しろ!!」
片言の王国語で答える。
実際、命令もないのにわざわざ手を出すつもりもない。
兵士の答えを聞いて、セシルはホッとしてその場を離れていく。
【ぎゃあああああああ! やめろっ! 来るなぁ!! キース助けてくれ!! キース!!】
同僚が鳥の魔物に襲われているが、キースは助けに行かなかった。
もう今更どうしようもない。
助けに行っても共倒れになる未来しか見えない。
(テリーすまねぇ。お前の家族には俺から伝えておくよ。隊長なんか無視してマーモットを追いかけず、お前の方に行けば良かったぜ。そもそも隊長がいきなりセシルを脅すような事を言うからこんな事になったんだっ!! ……隊長のせいだと分かっているが、セシルお前も許さねぇからな。覚えておけよ)
キースはテリーとは反対を向き、帝国領に向かって歩き始めた。
その目には涙が浮かんでいる。
テリーとキースは幼馴染で仲が良く、家族ぐるみの付き合いだったのだ。
思い出に浸りながらトボトボと歩い……「ワオーーーン」……走って逃げた。
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