第91話 帝国貴族からの勧誘

 朝靄に薄っすらと朝日が登る。

 魔法を使い続けているセシルは一睡も出来ていない。


 夜行性の魔物達もいつの間にかいなくなっていた。

 雷鎖を物ともしない大物が現れなかったのは幸いだった。


「ライム、マーモ起きて」


 ライムとマーモと起こすと、朝ごはんのお肉をモソモソと食べる。

 夜中に襲って来た狼の魔物の肉を、雷鎖の内側に持ってきて処理できたので、少しだけ食糧には余裕がある。

 その狼の血の臭いのせいで、さらに魔物を呼び寄せてしまったが、どちらにせよ寝れなかったので関係が無かった。


 疲れた体に鞭打ち、セシルは声を掛ける。

「行こうか」

「ナァ~」

 マーモがセシルの様子に心配そうな声で鳴く。

 ライムもセシルの足をサスサスする。


「大丈夫だよ。今日は寝床を探さないとね」


 傷、マメだらけの足で、家にする予定の山に向かって歩き始める。

 デコボコだが道になってるだけはあって、森の中に比べて遥かに歩きやすい。


 休憩しながらも進んでいく。

 すると、前からポストスクスという魔物が3頭と、それにそれぞれ乗った人間が3人やってきた。

 3人とも軽鎧の上にお揃いの灰色のマントを着ているが、所属を示すようなマークは見当たらない。

 ポストスクスは移動用の従魔としては有名な種で、トカゲをデカくして足を伸ばしたような感じだ。

 体長3~4メートル、体高は2メートル程もある。

 ディビジ大森林では、一般的な移動用魔物であると言える。

 馬は魔物に襲われると対抗出来ないが、ポストスクスであれば、ある程度対抗出来、そもそもその巨体から襲われる事も少ない。


 セシルはポストスクスを聞いた事があるが、実際に走ってるのは初めて見たため、ビビッて密林の中に隠れる。

 昨日見た、川から飛び出てゴブリンを食べたデカトカゲにそっくりだ。

 川から飛び出してきたデカトカゲはもっと足が短く、陸を走り回る用には見えなかったが、ポストスクスはどこまででも追いかけてきそうな恐怖感がある。


 怯えながら木の陰からコッソリ見ていると、ポストスクスが匂いに反応したのか、セシル達の前で止まってしまう。


「ん? どうした?」


 何事かと3人が周りを見渡し、セシルが見付かってしまう。


【子供? 子供がこんな所に何故いる? はぐれたのか?】


 男が喋る言葉はトラウデン王国語では無かった為、、セシルは理解が出来なかった。


【魔物も一緒だぞ!?】

【ん? スライムとマーモット? てことは我々が探してた人物ではないでしょうか?】

【私が話そう】

【隊長、よろしいので?】

【ああ。私が一番王国語に堪能だからな】

【すみません。お願いします】


 1人、ポストスクスから降りて話しかけてくる。


「セシル様ですか?」

「……なんで僕を知っているのですか?」

「我々は帝国の、とある家に仕えているのですが、セシル様の名前は帝国まで届いていますよ。トラウデン王国の学院を辞めさせられたと聞き、我々のお仕えする家にお迎えしようと思い、王国に向かっていたのです。我々の国に来て我が主の元に仕えませんか? いや、この方向に歩いていると言う事は、すでに帝国に向かっている所でしょうか? でしたら案内いたします」


 セシル勧誘の任務で、王国側に向かっていた帝国のとある貴族の兵士だった。トラウデン王国語を使える者が選ばれている。

 この貴族の家以外にも他の貴族が複数セシルの勧誘に動いている。

 しかし、家名は出さない。

 なぜなら帝国の皇帝がセシルを召し抱えようと、帝国兵を動かし捜索しているのだ。絶対君主制である帝国ではそれに逆らうことは死を意味する。

 しかし、各貴族は秘密裏にセシルを召し抱えようとしていた。

 家名を出してバレたら自分もその家も終わりであるため、絶対に口に出せない。


 トラウデン王国と隣接するアポレ教国、シャレーゼ連邦国などの国もセシル確保に動いているが、今の所セシルとの接触は適っていない。


「とある家とは?」

「今はまだ……我々に付いてくるならお教え出来ます」

「またか。僕を追いかけてくる人達は、まともに所属も言えない怪しい人達ばっかりだね。……誰とも分からないのに付いて行くとでも?」

「……とりあえず、帝国に向かうなら我々が案内いたしますので」

「いえ、僕は帝国に向かっていません」

「でしたらどこに?」

「……秘密です」

「子供だけでここを通るのは危険ですよ。行先を教えていただければ協力出来るかもしれません」

「協力……そうだ。あなた達は寝る時、襲ってくる魔物はどうしてるのですか?」

「……? 魔物除けを使ってますけど……もしかして魔物除け持っていないのですか!?」


 セシルはそう言えばそう言うのがあったな思うが、ライムとマーモには好ましくない臭いのハズだから結局使えないんだったと思い直す。


「ライムとマーモがいるので使えません」

「魔物除けの臭いを防ぐものもあるのです。その魔物除け除けとでも言えば良いでしょうか? それで従魔を囲むように置けば大丈夫ですよ。我々のポストスクスもそうやって守っています」

「そんなのあるんですか~」

「魔物除けも無しにどうやって寝てたのですか?」

「……隠れて」

「そんな馬鹿な。……ここはディビジ大森林ですよ? 強い魔物もいるうえに、数も多い。どうやって……流石、大賢者の卵ですな。是非とも我が国にいらしてください。そして私どもが仕える家に来ていただきたい。贅沢な生活が出来ますよ?」

「いや、もう良いんです。僕の事を知っているんでしょ? 僕が近くにいると不幸になりますよ」

「不幸に? それはどういう?」

「……? 僕の情報を知っているのでは無いのですか?」

「老化でしたら知っていますよ。そしてその原因も見当が付いています」


 帝国では回復魔法について特に隠されていなかった為、老化は回復魔法によるものであろうと推測が経っていた。

 複数の人間がいなければ使えない魔法である為、多くの者が半信半疑ではあったが、セシルの魔法を直接見ていない帝国だからこそ、セシルを見下さずに回復魔法を使っているという判断が出来た。

 もちろん平民以下だという情報も届いてはいるが、蝋燭ほどの威力しかない事は伝わっていない。


「知っているのならなぜ?」

「知っているからこそ、安全だと分かるからです。あなたが老化させようと思わなければ老化しないのでしょう? セシル様の能力に気付けない王国などではなく、是非、帝国にいらしてください」

「いや、行かないです。僕はもう疲れたんです。また貴族に好き勝手に振り回されるんでしょ? 気を使って生きていくのは嫌です。誰にも迷惑をかけずにひっそりと暮らしたいだけです。ほっといてください」

「……セシル様の家族がどうなってもよろしいので?」

「どういう意味?」

「言葉通りの意味ですよ。両親を失っても良いんですか?」


「ライム、左! マーモ、右! ポストスクスを刺激!! 怪我はさせないで! 危ないから木の後ろに隠れて!」


 ライムとマーモには魔力パスも繋がっている為、セシルの意思がしっかり伝わった。


 両親に手を出すなら容赦はしない。


 兵士達はここで殺す。

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