第90話 密林
食糧の魚を確保しに川の方に行くと、川辺に周りの木より背の高い岩があったので、登って周りを見渡した。
住みやすい場所を探す為だ。
「おー! 絶景だねぇ」
すると川の上流の方に山脈の様な物が見えた。
視力強化で見てみると、一部岩山になっているようにも見える。
鬱蒼と生い茂る木々で見えにくいが、道らしきものも近くを通っているように見えた。
「川が近くて岩山がある! 最高の環境だ! あの岩山を目指すよ!!」
「ナー」ぴょんぴょん
登っていた岩から降りようとしたところで、またゴブリンを見かける。
「ここどんだけゴブリン多いの」
ゴブリン達がどうやって魚を捕るのか気になり、降りるのをやめ、岩の上から様子を見ていた時だった。
慌ててゴブリンが川から出ようとし始めた。
何事? と思ったのも束の間、川の中を大きな影が通ったかと思うと、ザバァと音を立ててデカい魔物が飛び出してきた。
ゴブリンは3メートルはあろうかという魔物に、バクッと身体の半分を加えられ、水の中に引きずり込まれた。
「……ぇっ!? 何あれ? 川にあんなのいるの? でっかいトカゲみたいなの」
「ナァ~」ぶるぶる
ライムとマーモも怯えている。
「マーモ、デカトカゲの
ふるふると顔を振る。
魔物の名前を教えてくれる人もいないため、デカトカゲの正式名称も分からない。
「水の中だから
「ナー」ぴょんぴょん
ライムとマーモも大いに賛成のようだ。
時々は水辺には寄りたいが、
いちおう、水分は果物で取れるし、蔦を切ると水がドバドバと流れ出てくる木なども存在するので、水場は必須ではないが、思いっきり身体を洗いたい時もある。セシルは水魔法を継続的に出せるが、ちょろちょろ水なので、洗えるというよりもびっしょりすると言った感じなのだ。
魚も時には食べたい。
だが、あのデカトカゲみたいなのを見た後では、川辺に近寄る勇気はない。一刻も早く水辺から離れたくなり、足早に岩上から見えた道を目指して移動する。
セシル達は川から離れ、結構な時間を歩いたハズだが、全然道に辿り着かなかった。
目で見た時は近く感じたのに、実際歩くとかなり遠かったようだ。
森の雰囲気も今までと違って鬱蒼としている。
木と木の間隔も近く、湿気も多い。
枝などを鉈で切りながら歩くが、それでも身体は細かい引っ掻き傷だらけになる。
「全然、道に辿り着かないんだけど。休憩する場所も無いし……痛っ!? 何!? 蟻だ!! うわったくさん登って来た! やばい! ライム、マーモ逃げるよ! イタッ! イタッ!!」
「ナーッ! ナーッ!!」
マーモにも蟻が襲ってきているようだ。
セシルは走りながら蟻を叩き落とす。背中にライムを乗せているマーモは、逃げながら蟻を食べて貰っているようだ。
しばらく地獄が続き、ようやく休憩出来そうな場所が見付かる。
上手い具合に木が倒れていて、椅子の様にして座れそうだ。
木にも蟻がまとわり付いていないか確認してから乗る。
「イタッ! ライム、僕の蟻も取って!」
マーモの蟻を取り終わったライムは、セシルの足に飛び移ってズボンの中に入り込み、まとわり付いている蟻を食べて行く。
「イタッ! うわっ背中も噛まれた!」
身体中が赤く腫れてしまう。
「……もう居なさそうだね。ライムありがとう。最悪だったね。痛すぎだよ。ヒリヒリするし痒いし鳥肌が凄い。薬草集めてて良かった」
セシル達は薬草を見付けると、色んな種類をちょこちょこと集めていた。
毎日のように擦り傷やマメが出来てしまうので、使用頻度が高い。これもイルネが冒険者のお仕事の際に教えてくれたから出来る事だ。薬草を使うたびに知識をくれたイルネに感謝する。
「イタタ。薬草塗った所がヒリヒリする。ほら、マーモも近くにおいで。塗ってあげるから」
「ナー」
「毛が邪魔してどこが刺されたか分かりにくいね」
「ナァ~」
「大丈夫だよ。ちゃんと赤い所見付けて塗ってあげるから」
ライムと手分けしてマーモに薬草を塗る。
「蟻とかどうやって避けたらいいんだろう。密林みたいな所初めてだから、分からないね。ズボンも足首をキュッと絞めとかないと大変だ。草で縛ろうか。でも、マーモは服着てないから防げないな。ここら辺に住んでる魔物はどうしてるんだろう?」
「ナァ~」
「虫よけの草とかに身体を擦りつけてるのかな? ……これからはちょこちょこ虫よけの草を身体に塗る様にしよう」
「ナー」ぴょんぴょん
「それより、今日寝る所を確保しないといけないんだけど、どうしよう? 道は全然見付からないし、木ばっかりで平坦な道だから土壁もなくて寝床掘れないよ。地面に掘っても蟻いるだろうし、木の根っこだらけだろうし、魔物からも隠れられない……控えめに言ってヤバい」
セシルは周りを見渡しながら焦りを募らせる。
寝れるほどの太い枝が生えている木も見当たらない。
(今椅子にしてる木を斥力魔法で平べったく切って、枝と枝の間にかける? いや、持ち上げるの無理だ)
「……とりあえず、寝床を探しながら歩き続けよう」
セシル達は蟻に細心の注意を払いながら歩き出す。
しばらく歩くが一向に道が見えてこない。
日が傾き始め流石にヤバいと思い始める。森の中は日を遮る物が多いため、暗くなるのが早い。
本格的に死を予感させる。
知らず知らずのうちに足早になる。すでに足元の蟻に気を配ってる場合ではない。
どこか寝る場所は無いかと必死に周りを見渡す。
もうかなり暗くなり始め、諦め掛けた頃、木と木の間が少し広くなってる場所を見付ける。
もう、そこで寝るしかないと小走りで向かう。
「あっ……よかっ良かった。道だ……」
安心した所で、ハッとなる。
道が見えたからと言って、寝床が作れるわけではないのだ。
馬車が1台がギリギリ通れるぐらいの幅しかない道だった。視線を遮る岩などもない。
「とっとりあえず横になれるからセーフ……」
恐怖で半べそになりながらも、1人で言い訳をして心を保つ。
「ごめん。良い所が見付からなかったから、交代で見張りをして寝るしかないね。ご飯食べたら先に寝て良いよ」
「ナー」ぽよんぽよん
セシルもかなり疲れているが、ライムとマーモを先に寝かせてあげる。
方針を決めてるのも全てセシルで、ライムとマーモは付いてきてるだけだ。
セシルは、失敗は全て自分のせいだと責任を感じている。そもそも当たり前のようにライムとマーモに付いてきて貰っているが、なんでこんな所まで付いてきて来てくれるかも分からない。
セシルと別れトラウデン王国の森に住み付けば、ここまで苦労をかけることも無かっただろう。
もちろん仲良くなったし、いつの間にか魔力の繋がりが出来た。何も文句を言わず当たり前のように付いて来てくれる事を、嬉しく思う反面、申し訳ないと思う。
だからと言ってこの2匹と離れたいと思わない。いや、離れる事が出来ない。
ライムとマーモに対し、自分のわがままで付いてきて貰っていると言う気持ちが強いため、我慢でどうにかなる所はなるべく自分が請け負おうと思っていた。
しかし、そんなセシルの思いを裏切るかのように、ディビジ大森林はライムとマーモを寝かせてくれなかった。
夜行性の魔物が次から次へとやってくるのだ。
気配だけで去って行く魔物もいるが、もちろん襲ってくる魔物もいる。
鉈を振り回して追い払ったりするが、全然休まらない。
近くに魔物がいる。
そう思うだけでも全く休むことが出来なかった。
このままではヤバいと思ったセシルは、魔物を意識つつも、少しずつ木を拾い、時には切り、自分達の周りを囲むように数本の木を地面に突き刺した。
その木に雷鎖をグルッと回す。
雷鎖は長さがあまりない為、1周分しか回せななかったが、そこに常時雷魔法を流し、暗闇の中バチバチと光らせ、音を立て光らせ続ける事で、魔物達に警戒され襲われる事が無くなった。
こうして、どうにかライムとマーモを少しだけ寝かせることが出来たが、セシルは一睡もせずに、蟻に噛まれた所をポリポリと搔きながら起き続けていた。
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