第94話 遭える厄災
セシルは行商人と別れた後も、体調不良でフラフラしながら道を歩き続けていた。
そんな時でも、いや、そんな時だからこそ魔物が襲ってくる。
セシルが平時のように素早く反応できない為、魔物の襲撃への対応もギリギリになりつつも、ライムとマーモがどうにか守り凌いでいた。
しかし、ついにセシルの体力に限界が来てしまう。
「ナー! ナー!」
「ごめん。大丈夫だよ。でも、ちょっと、今日はここで休もうかな……」
ガンガンと、脳みそを殴るような頭痛の中、最期の力を振り絞り魔物除けと魔物避け避けを設置して、何も食べず木の根本に倒れる様に横になった。
ライムとマーモは心配そうな顔でセシルを見る。
魔物除け除けの外には出れない為、自由に動く事も出来ず、大人しくしておく事しか出来ない。
魔物除けは、ライムとマーモにとって身体が痺れるような、強烈に嫌な臭いがするようだ。元来、強い魔物ではないライムとマーモには、魔物除けに耐えられる様な力はない。
もし、強力な魔物が魔物除けを物ともせず襲って来た場合は、魔物除け除けの中からどうにか魔法で対処する事になるだろう。
セシルは指示をせずに寝てしまったが、2匹は交互に起きて見張りをするようだ。
次の日もセシルはグッタリしていた。
「ごっごめん。今日は歩けそうにないや――どうしよう。魔物除けをどかすから、果物取って来てくれないかな? 水分取らないと……」
「ナー」ぴょんぴょん
昨日よりもさらに頭痛が酷くなった気がするが、どうにか魔物除けを特別な袋に入れて片付ける。
魔物除けの臭いが風に流されるのを待ってから、ライムが動き出す。
ライムが果物を取りに行き、マーモはセシルのお守りのようだ。木登りや食材の持ち運びはライムの方が向いている。
ライムは魔物として強くない種類であるため、1匹で行かせる事が心配ではあるが、セシルの視界の範囲にいくつか果実が実っているので、遠出する必要もなく問題は無さそうだ。
セシルは2匹に任せると再び眠りに付いた。
火傷している背中は包帯を巻いているとは言え、寝返りを打つと激痛で目が覚めてしまい、夜もあまり眠れていなかった。
短い睡眠から再び目が覚めると、周りには果物がいくつか置いてあり、狼の死体も2つ転がっていた。魔物避けを設置していない間に襲ってきたらしい。
2匹の狼の死体は血の臭いが拡がらないように、1匹の血をライムが吸い取った後、残りの1匹の出血箇所の上に移動し、覆いかぶさって防いでるようだ。
少しずつ身体が大きくなってきているライムなら、狼1匹分の血はギリギリ吸収できる。
「ありがとね」
「ナー」ぽよんぽよん
食糧を確保出来たところで、また魔物除けを設置し直して、この日はここで1日を過ごした。
魔物除けは強烈なようで、解体の時に出た狼の血の臭いに誘われた魔物も一定以上は近付いてくることは無かった。
☆
次の日、まだ頭痛は残っていたが、背中の火傷の痛みも若干引いてきて、歩を進める事にした。
少しはマシになっているが、体調は万全には程遠いというのに、大物がやって来てしまう。
「ナー!!!」
マーモとライムがセシルの服を引っ張る。
「ん? どうしたの?」
「ナー!!!!」
ライムが触手を伸ばして空を指した
「おっ? でっかい鳥。あれがどう……? いっ……いやいやいや、嘘でしょ!? 逃げっ逃げっ!! 逃げるよっ!!」
ワイバーンだ。
ワイバーンは遭えるドラゴンとして、悪い意味で有名である。
ドラゴンの中では断トツで行動範囲が広く、エサを求めて突如として人の街に現れる事がある。
1日に1人か2人は食べる食欲があり、尻尾の毒で逃げ惑う人々を動けなくする。
田舎の小さな村では壊滅しかねない厄災だ。
またワイバーンの数も多く、誰であれ人生で1度は目にすると言われている。
そんな『遭えるドラゴン』に不幸にも遭えてしまった。
さらに運の悪い事に、セシル達が視界がいい道を歩いていた事で、気付かれてしまったようだ。
まだ優れない体調の中、必死に密林の中を走りだす。
棘がある草に肌を傷つけられようが、そんな事を言ってる場合ではない。とにかく逃げる。
「やっやばいやばいやばい!!」
あっという間に距離を詰められてしまった。
クエエエエエエ!!
甲高い鳴き声と共に、木の上からバッサ バッサと翼を動かす音がする。
ワオーーン
ワオーーーーン
至る所で狼の魔物の鳴き声が聞こえる。
ワイバーンから少しでも離れようと、狼達も声を掛け合って逃げているのだ。
「ハッ、ハッ、ヤバイッ、狙われてる、ハッ、ハッ、ングッ、斥力を、頭の上の方で、グルグル回しながら、逃げっ、よう! ゲホッ」
「ナー」
体調が悪い事で、いつもより早く息が荒れる。肺が潰れる様に痛い。
クエエエエエエエ!!
「来たっ! 避けてっ!!」
木の枝をバキバキとへし折りながら密林の中に突っ込んでくる。
セシル達は何とか横に飛び、避ける事が出来たが、斥力の魔法は位置がズレてしまい、擦り傷さえ与えられなかったようだ。
クエエエエエエエ
歩いて迫ってくるが、2回、3回と嘴をギリギリ避けながら逃げる。
少し距離を移動すると、ワイバーンの大きい身体が木に引っ掛かり前に進めなくなったようだ。
グエエエエ!
グエエエエエエ!
セシル達はワイバーンの巨体のお陰で、一旦難を逃れる事が出来た。
「いっ、今の内に!!」
足が絡みそうになりながらも走って逃げる。
頭がズキンズキンと激しく痛むが、気にしている場合じゃない。
クエエエエエエエ!!
大きな鳴き声の直後、セシル達の背中にゴウッと強風が当たる。
何事かと振り向くと、ワイバーンの身体がぶわっと空中に浮き始めていた。
翼はバタつかせずに大きく拡げて風を受けているようだ。
「はひゅーはひゅーっ、何あれ!? んぐっ、翼バタバタして飛ぶんじゃないの!? はひゅーはひゅーっ、もしかして、んぐっ、風の魔法!?」
スーッと違和感を覚える様な奇妙な上昇をし、ある程度浮いた所で翼を動かし始める。
「あっやばい!! また来る!!」
つい見続けてしまっていたセシルは、慌ててまた走り出す。
ワイバーンは上空から観察するようにゆっくり追いかけてきていたが、少し木の間隔が開いた所で、再度突っ込んできた。
バキバキバキッ
「うわっ!!」
セシルは太い木の裏に移動して、初撃をどうにか避けた後、ぜぇぜぇと息を切らせながら走って逃げるが、木と木の間隔が広く、先程の様に木が進路を阻む事も無く追いかけて来る。
ワイバーンは地上での移動スピードは落ちるが、それでも10歳のセシルにとっては充分脅威だ。
マーモはライムを背中に乗せた状態でもセシルより速いため、セシルを時々振り返りながら少し前を走っている。
「斥力お願い!」
マーモとライムが斥力魔法を出し直して、セシルに追い付きそうなワイバーンに当てる。
グルルアアアアアア!!
セシルを食べる寸前まで追い詰めていたワイバーンは、邪魔をされて不機嫌に呻り、身体をよじり魔法を避けようとする。
しかし、身体が大きく地上で動きの遅いワイバーンでは、魔法を避けきる事が出来ない。
――避けきれないが、皮膚が硬いのか中々斥力魔法が皮膚を貫けない。
ワイバーンはこの程度なら問題無いと判断したのか、魔法を無視してセシルを追いかけるのを再開してしまうが、先ほどの間に多少距離を取る事に成功したセシルは、振り返ると両手で斥力魔法を放つ。
斥力魔法は真っすぐ向かってくる相手に対しては滅法強い。
魔法など効かないとばかりに、グイグイ距離を詰めてくるワイバーンのお腹に、少しずつ入り始める。
ズチュッ
ギャアアアアアアアアオ
ワイバーンは皮を貫かれた事に驚き、慌てて風魔法を使い空に回避しようとするが、セシルはそれを許さない。
「僕がっ! 上を、抑えるっ」
セシルは魔法を上から打ち下ろす。
これでワイバーンは前進する事も飛ぶ事も出来なくなってしまった。
先に斥力魔法を放っていたライムとマーモの魔法が体内で暴れだす。
ギャアアアアアアアオ
ドシーンッ
身体が浮き始めていたワイバーンは、強烈な痛みに風魔法のコントロールが出来なくなり、地面に落ちる。
落ちたその場で暴れるが、セシルの魔法も皮を突き破る事が出来た。
4つの魔法に体内を暴れられ、ついにワイバーンが横たわる様に崩れ落ちる。
ズウウウウン
「げひゅーっ、げひゅーっ、助かった……ゲホッ。げひゅーっ。げひゅーっ。死ぬか、と、思った。はひゅーっ」
「ナー」ぴょんぴょん
その場にへたり込むように座ると、激しく打つ呼吸を何度も繰り返し、少しずつ息を整える。
落ち着いてくると背負い籠から昨日ライムが集めてくれた果物を取り出して口にする。
背負い籠にはボロ布を被せて結んであったので、走ったり飛んだりしたことで中身はぐちゃぐちゃになっていたが、零れる事は無かった。
「ワオーン達もワイバーンにビビッて遠くに逃げたみたいだから、しばらく安全だと思う。ゆっくり処理しよう。ライム、マーモ好きな所食べて良いよ」
「ナー」ぴょんぴょん
セシルは先程の疲れと、ズキズキとする頭痛、全身の倦怠感から、ボーッとして意識が飛びそうになってしまう。
これではマズいと重い身体を動かし、魔物除け除けと魔物除けをセットしてから、ワイバーンの翼を簡易ベッドとして、倒れ込むように横になったのだった。
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