第127話 昆虫食


 アンキロドラゴンから離れ、木の根に座り休憩していた。


「怖かったねぇ~」

「ナー」「ピー」「ピョー」

「あぁ~お腹減ったぁ~。もう音立てても大丈夫だと思うからモリモリ獲物を探しに行こう! 森だけにね?」

「「「……」」」

「これはね。森とモリモリが掛かっててね」

「「「……」」」

「……あぁ~皆にはちょっと難しかったかぁ~」


 セシルと魔法的に繋がることでセシルと同等の知識レベルを有していると思われる3匹は、当然このダジャレを理解している。

 理解したうえで返事をしていないのだ。

 セシルは10歳と言う多感な時期に人と会話をする機会がほとんど無くなった事で、致命的にお笑いレベルが落ちていた。


 セシルを置いて3匹が歩いていく


「あっちょっ! 待ってよ!」


「あっ、イモムシだ。僕が貰っていい?」

「ナー」「ピョー」


 マーモとラインに確認すると、セシルは木をウネウネと登っている幼虫を捕ると近場の岩の上に置いて火魔法で炙る。


「虫食べるの久しぶりだな。うぇ~未だにこの足の多さ慣れないよ」


 普段はセシルも昆虫食をしないが空腹が続いており、もう限界が来ていた。

 焼けた幼虫の裏側を見て思わず嫌な顔をしながら、頭だけちぎって口に放り込む。


「……おっおいしいい~~」


 もともと見た目を除けば美味しいと思っていたのだが、空腹がさらに美味しく感じさせる。


 辺境の地で育った事で自然と得た虫の知識に加え、昆虫食のノウハウもダラスとイルネに教わっていたので、食用出来る虫はある程度分かる。

 ディビジ大森林は未知の虫が多く存在しているが、それでも陸続きであるため、トラウデン王国にいる虫と同種の虫も数多くいる事が幸いした。


「サーベルタイガーとさっきの鎧トカゲのせいで近くに魔物はあまり居ないだろうし、今日はもう虫探ししようか」

「ナー」「ピー」「ピョー」


 アンキロドラゴンを大きく迂回するように家を目指しながら虫を探していく。

 虫は簡単に見つける事が出来た。

 水害で流されないように多くの虫が木に登っていたようだ。


「早く虫を探しておけばよかった。この感じだと家の近くでもたくさん見つかりそうだね」


 そう言いながらヒョイヒョイと捕まえては、マーモの口やラインにポイポイと入れ、時折自分の分を焼いて食べる。

 成虫は苦いので、それを苦にしないマーモとラインに食べてもらい、甘い幼虫はセシルが食べている。


 道中、洪水のせいで広範囲に分布してしまったヒルが時々木から飛び掛かって身体にくっついてくるが、それもラインがピョッと触手を出して食べてくれる。

 ライアはそこら辺に生えている葉っぱなどを食べているので問題が無い。


「あっそう言えば、家の近くに植えた薬草大丈夫かな? でも、ここら辺に生えている薬草も元気みたいだから大丈夫かな? もしかしたら大雨は毎年同じ時期に起きる恒例行事なのかも……時期的なものだとしたらまた近い内に大雨になる可能性もあるのかな?」


「ナー!」


 セシルが天候について考えているとマーモが突然鳴いた。鳴き声はあまり大きくない。この感じは警告する時の鳴き方だ。


「えっ魔物!?」


 マーモが水魔法で方向を示す。

 木に隠れながらそちらを見ると、アンキロドラゴンの胴体が遠くに見えた。


「最悪。避けて来たつもりだったのに、このままだと帰れないよ」


 もう家には四半刻もあれば着くだろうという距離まで来ていた。


 まだ日は高いが、家に帰れないとなると話が変わってくる。

 寝床を作るにはもう動き出さなければマズい。


「山の方で作りたいけど、土がぐちゃぐちゃで危険だし……鎧トカゲ倒したいけど、魔法効かなそうだもんねぇ。鎧みたいな皮膚が岩みたいに堅そうだから、短時間で貫通させるのは無理だよね」


「どうしたらいいかな?」

「ピ~」「ピョー~」

「ナ~……ナッ!?」

「ん? マーモどうした? 何か思い付いた?」


 マーモがウンウンと頷く。


「どうやるの?」

「ナ~?」


 小首を傾げてどう説明するか考えているようだったので、セシルはじっと待つ。

「ナッ」


 マーモが火魔法を自分の鼻先に持ってきて、挑発するようにフラフラさせる。

 その火を遠ざけると、それをマーモが追いかける。自作自演だ。


「……ん? ん~。火魔法を鎧トカゲの前に持ってきて、鎧トカゲが火を追いかける?」


 マーモが首を縦に降ろうとするが、思い直して首を振って否定する。


「微妙な反応だな」


 マーモが自分の鼻の前に水魔法を持ってきて、それをクンクンと臭って追いかける。


「火でも水でもいいから鼻の前に持ってきて、臭わせる。で、追いかけてくる?」


 マーモがウンウンと頷く。


「ほほーっ!! マーモ凄い!! 魔法の臭いを追いかけている隙に家に逃げる的な?」

「ナー!」


 セシルはマーモを撫でながらふと疑問が過る。


「魔法を避ける事があっても追いかける事あるの?」

「ナ~?」

「そう言えばサーベルタイガーは魔法を避けながら魔法が飛んできている方向に向かって走って来たんだっけ」

「ナー」

「……それめちゃくちゃ危険だね」

「ナ~」

「僕たちの位置がバレないように魔法を遠くからグルっと回して……えっと森の中で火魔法はダメだから、水魔法? 水魔法をグルッと回して……ん~途中で木に当たってしまいそうだな。水魔法は遠くから見えにくいし、だからといって近付き過ぎたら危険だし……」


「んっ!? 血魔法は!? 以前、血魔法失敗したけど、自分の血を切っ掛けには出来たって事は、自分の血なら集められる! ……はず!」


 ヒル退治が間に合わず、少し血が出ている所から血魔法で血を集めていく。


「おっ出来た出来た。よしっ! この赤さなら遠くに飛ばしても見えるし出来そうだね。マーモのお陰だよ~」

「ナ~」


 最近、立て続けに新魔法を使えなかったマーモは役に立てたことに嬉しそうだ。


 セシルは一度自分達とアンキロドラゴンから遠ざける様に飛ばし、ある程度の距離になると血魔法を曲げアンキロドラゴンの方向に飛ばしていく。


「よしっ、鎧トカゲの近くまで持って行けた。後は魔法と血の臭いを追いかけて来てくれるかどうか」


 セシルは木の陰から遠目に見つつ、アンキロドラゴンの顔の近くで魔法を揺らしていく。

 セシル達とアンキロドラゴンとの間にも木が生えているので、視界が遮られ全体像は見にくいが現状どうなっているかはおおよそ雰囲気は分かる。


「おっ!? 血を見始めた?」


 セシルは血魔法をアンキロドラゴンから遠ざけていく。


 すると、アンキロドラゴンが血魔法を追いかける様に1歩踏み出した。


「よしっ僕たちも移動し始めるよ」

「ナー」「ピー」「ピョー」


 アンキロドラゴンの一歩一歩が大きい為、血魔法も限界のスピードで飛ばさざるを得ない。

 しかし、魔法が木に当たらない様にコントロールしながら、自分たちは違う方向に移動するのはかなり難しい。

 自分の足で歩いていないライアとラインにお願いできれば良かったが、スライムは血が出ないので血魔法が使えない。



 アンキロドラゴンが少しずつスピードを上げ始めたようだ。


「あっ」


 血魔法が木に当たり、血が弾けてしまう。

 弾けた血はまた引力魔法で集める事が出来るが、完全に追い付かれてしまう。


 グウルルルアアアアア!!


「ヒッ」


 アンキロドラゴンは血魔法が付着した木を噛み砕きペッと吐き出した。


 木の破片と共にバラバラになってしまった血は、セシルの弱い魔法では集め直す事が出来ない。


 セシルは諦めて魔法を消す。


 グウルルルアアアアアアアア!!


 獲物にありつけると思ったアンキロドラゴンは血の臭いの元が分からなくなった為、怒りで周りの木を数本倒し始めた。


 ズドォオオン


「ヒッ!? おっ怒ってる怒ってる。めちゃくちゃ短気じゃん。どうしよ。あまり距離稼げなかったけど、小走りで走り抜ければギリギリ大丈夫かな?」


 アンキロドラゴンを迂回するように家の方向に数歩歩みを進めた所で、ハタと止まる。


「……やっべぇ。このまま行くと風上になっちゃうよ」


 家がある方向からアンキロドラゴンを多少なりとも離す事に成功したが、家に向かうと自分が風上になってしまう。

 もっと遠くまで引っ張る事が出来れば良かったが、そこまで引き離せなかった。

 しかも、セシルの血で引き寄せたせいでセシルの臭いに敏感になっているだろう。



 直前で重大な事に気が付く事が出来たお陰で九死に一生を得、また家と離れる方向に小走りで離れていく。

 朝一は足首ほどあった水もほとんど引いて、地面は泥だらけでぐちゃぐちゃな状態だ。


「もう一度、血魔法で引き離す……いや、今は血の臭いの元を探し回っているだろうから危なそうだ。念の為やめとこう」


 しばらく進むと、時折聞こえるグウルルルアアアアアアアアという鳴き声が小さくなってきた。


「そろそろ大丈夫かな。鳴き声が遠くなった。いやぁ。どうしよ。どこかに行ってくれると良いんだけど、それを待っている訳にはいかないし……ん~今日は木の上で寝るしか無いか」

「ナー」「ピー」「ピョー」


 この辺りは大きな魔物が多いせいか木と木の間が広く1本1本が大きい。

 登るのは大変だが、登ってしまえば安定しているはずだ。


「問題はどうやって登るか」


 セシルは高く聳える木を見上げた。

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