第128話 ツリーハウス


 セシルは高く聳える木を見上げ、どうやって登れば良いのか頭を悩ませる。

 この大木は下の方はあまり枝が生えておらず、登るのが難しそうなのだ。

 だが、他の木に比べ非常に寝やすそうな形をしているように見える。


「木が可哀想だけど、穴開けちゃうか。よし! ライライお願い!」

「ピー」「ピョー」


 ライアとラインは木に登るのが得意なので、スルスル登りながら適当な場所に掴みやすい穴を斥力魔法で開けていく。

 セシルは虫よけの薬草を身体に塗り込みながら指示を出す。

 念の為、蔦を集めて結び1本の長いロープも作る。


「あっライア、もうちょい下。そうそうそこそこ! 掴みやすいように下側凹ませてね」

「ピー」「ピョー」

「すごい。登りながら口笛出来るんだ」


 穴を開けて戻って来たライアとラインに、蔦で出来たロープを持ち上げてもらい、太い枝に結びつけてもらう。

 ロープの反対側はセシルに結んである。


「ん? あれ? お腹にロープ結びつけたは良いけど、地面に立った状態でロープ結んだら落下した時も地面にぶつかるのでは? 足は地面にビターンッてなるけど、頭はセーフ的な? あれ? 逆さまになって頭から落ちたら、頭イッちまうんじゃない?」


 セシルはロープと木を見比べながら悩む。


「登っている最中に短く結び直すなんて器用な事出来ないし。こんなもんなのかな? 『落ちる時はお腹から』を意識するしかない。落ちなきゃいいんだしね。よし、登るか。マーモおいで」


 マーモがセシルの胸に飛び掛かると抱きとめて、背負い籠に入ってもらう。


 登った後でマーモをロープで引き上げる方法もあるが、ロープの強度が心配なので、セシルが背負って上がる事にした。


「よいっしょ。よいっしょ。あっごめん、穴に手が届かない。ここら辺に開けてもらえる?」


 ライアかラインの近くにいる方がその場で穴を開けてくれる。

 セシル自身が魔法で穴を開ける事も出来るが、マーモを背負っているので、なるべく安全を優先して任せる。


「うぉぉーキツイ。あと少し」


 手を伸ばし枝を掴むと最後の力を振り絞りグッと身体を上げて登り切る。

 岩山ハウス作りで岩を何度も運び握力が上がっていた事でどうにか登りきる事が出来た。

 この木の頂上は真ん中がポッカリ開く様に枝が分かれて生える不思議な形をしており、中心地はゆったりと出来る広さがあった。

 念の為、ロープで繋いだままにしているが、寝ている時に落ちる心配もあまり無さそうなくらいには広い。

 マーモはロープを結んでいないが、身体がスポッと入る隙間があったので安全だろう。

 荷物を置くスペースもある。


「良い木を見付けたね! 万が一の避難場所にしよう! 虫がたくさんいて気持ち悪いけどね。食べるもの無いから助かった。今日に限ってはある意味天国だね。マーモ、ラインいっぱいお食べ! ライアも葉っぱ食べて来て良いからね」

「ナー!」「ピョー」「ピー」


 セシルも四つん這いになって虫を捕まえては炙って食べて行く。


「まさか虫だけでお腹いっぱいになる日が来るなんて」


 目に入る範囲は大きい虫がいなくなったので、セシルはゴロンと横になる。


「ぐぬぬ。ボコボコしているから凄く寝にくい。お腹に巻いている蔦も邪魔くさいなぁ。今度ここを過ごしやすく改良しようかな。梯子も作ろう」


 食事を終え口の中をラインに綺麗にしてもらってから隅っこで用を足し、これまたラインに処理してもらうと眠りに付いた。



 翌朝、太陽がガッツリ当たり眩しさで目覚める。

 寝心地が悪かったので寝不足気味だ。


「あっつ。喉乾いた。今日は家に帰りたいね」

「ナー!」「ピー」「ピョー」


 昨日かなりの数を食べたはずの虫がまだ所々出て来ていたので、腹ごしらえに食べて行く。


「僕の火魔法は小さいから大木にはほぼ火が着かなくていいね。……強がりじゃないよ?」


 セシルは小さい火で幼虫を上から炙り、コロンとひっくり返ったら足側を炙って食べるのが効率的だと気付いて少し楽しくなっている。


「幼虫はこんなに美味しいのになんで成虫になると苦いのだろう」


 成虫は捕まえるとラインとマーモに与えていく。

 2匹とも成虫でも喜んで食べている。


「ご馳走さまでした。じゃそろそろ家に戻ろうか」

「ナー」「ピー」「ピョー」


 身体に巻いている蔦を確認し、マーモが入った背負い籠を背負う。


「よし、降りるか」

「ナー」「ピー」「ピョー」


 木の下を覗き見る。


「よーし、降りるか」


 セシルは動き出さない。


「ナー?」「ピー?」「ピョー?」

「うん……怖いわ。……うーわ。怖いって口に出したらもっと怖くなってきた」


 もう一度下を覗き見る。

 足がカタカタと震える。


「登っている時はあまり気にならなかったのに、降りるのなんでこんな怖いの」


 降りるのを怖がっていると、ライアとラインがスルスル木を降りながらピーピョーピーピョーとセシルを煽る。


「わっ分かってる。分かってるよ。降りないとダメだもんね。分かるよ。うん……ふーっよしっ!」


 セシルは恐る恐る右足を伸ばして引っ掛かりを探す。

 上手く穴に足が入ると、次は枝から左手を放して、持てる場所を探す。


「ひーっ。んーっ……よっよし」


 次は左足を右足より下の穴に突っ込まないといけないが、良さそうな穴が中々見つからない。


「ライライ、この辺りに穴お願い!」

「ピー……ピーッ」


 ライアが穴を開けてくれたようだ。

 左足を伸ばして穴に足を入れる。


「あっありがと!」

「ピーッ」

「やばい。手が疲れて来た」


 穴を探すのに同じ姿勢でいたため、左手が辛くなってくる。

 すぐさま右手を枝から手放し、空いている穴を掴む。


「あっぶなかった」


 左手をプラプラと振って疲れを取る。

 体勢が整ったので後は降りるだけだ。登る時より時間が掛かっているが順調に降りていく。


 だがあと2メートルという所で、左手で掴んでいた穴がバリッという音を立てて剥がれてしまう。

 木を浅く掘っただけの穴なので、強度に問題があったようだ。


 片手が落ちた勢いで荷物とマーモの重りで右手に負荷がかかってしまう。

 すると、右手側の穴も剥がれてしまった。


「あっ……」


 セシルは掴む場所を失い背中から落下してしまう。


 マーモは荷物籠から飛び出し、タッと地面に降り立つ事が出来た。

 セシルは背負っている荷物に引っ張られ頭側が下になった状態で落ちる。


 背負い篭が潰れ頭が地面に当たる寸前でお腹に巻いた蔦がビンッと張る。


「ぐえっ」


それと同時に蔦が耐えられなかったのかブチッと千切れ、セシルは背負い籠をクッションに地面に落ちてしまう。


ドサッ

「げえっーほっげほっげほっげほっ……ぐぅうう」


 蔦の強度が強すぎれば曲がってはいけない方向に腰がポッキリいきかねなかったが、蔓の強度が弱く、たまたま千切れた事が幸いしギリギリ助かったようだ。


「ナ~」「ピ~」「ピョ~」

「なっなんとか大丈夫だよ」


 そう言いつつも腰の痛みにしばらくその場から動くことが出来なかった。

 他にはゴブリンに殴られた左肩が少しズキッと痛んだが、ほとんど治っていたので気にするほどでは無さそうだ。

 しばらくその場に寝転がったまま休憩し、痛みが引いてきた所で立ち上がる。


「梯子出来てからじゃないと登るべきじゃないね。それに背負い籠もかなりボロボロになっちゃったから作り直さないと。よし、鎧トカゲに気を付けながら帰ろう! あっその前に水分補給しなきゃ」

「ナー」「ピー」「ピョー」


 変形しているがどうにか形を保っている背負い篭に荷物を入れ直し川に向かう。

 寝泊まりした大木は川が近かったのですぐ辿り着く事が出来た。


「うわぁ~濁っているから飲み水には出来ないね。ライア、ライン、魚捕れそう? 流れが強かったら無理しないでね」

「ピー」「ピョー」


 ライアとラインがスルスルと川の中に入って行く。




「ピ~」「ピョ~」


 しばらく待っていると2匹が出て来たが、濁って見えなかったのか魚がいなかったのか魚を捕る事が出来なかったようだ。


「気にしなくて大丈夫だよ! 魚たちも川下の方に流されちゃったのかもね。魚は取れなくても大丈夫だけど、水が欲しいな。水木を探さないと」


 水木は枝を切ると切り口から水が流れ落ちてくる木の事で、セシルも川が見付からなかった時に時折お世話になっていた木だ。

 ディビジ大森林の道中にはちょこちょこ生えていたが、岩山ハウスに住んでからは近くで見当たらず困っていたのだ。


「あーでも念の為、濁った水を濾して取っておこうか」


 服をザバザバと濁った川で洗ってから絞り、水筒に被せると濁った水を掬い入れて濾していく。

 気休め程度にしか濾す事が出来ないが、やらないよりはマシだ。


 マーモ達は濁った水でも問題無いのか、普通に川に顔を突っ込み飲んでいる。


「そう言えば岩山の反対側ってほとんど行った事ないんだよね。仮宿がこっち側だったし、川も近くにあったし。なにより向こうはゴブリンの巣がありそうだったから行きたくなかったんだけど、ゴブリンがいるって事はあっちにも水を補給できる場所があるのかも」


 セシル達は鎧トカゲがいないか注意しつつとりあえず家に向かい移動していく。


「鎧トカゲ、今日はどっかいったみたいだね。でもアイツが暴れたせいか他の魔物もいないみたいだ。時々あんなデカいやつ現れるけど、普段何処にいるんだろう? 一応縄張りみたいなのもあるのかな?」

「ナー?」「ピー?」「ピョー?」


「……もしかして僕たちの家が縄張りの範囲に入ってないよね? 昨日は大雨でたまたま出て来ただけだったらいいんだけどね」 

「ナ~」「ピ~」「ピョ~」

「不安だね。それより喉乾いたぁ~」



 道中は何事も無く家に辿り着くことが出来、ホッとしたが家を覗くとまたゴブリンが入り込んでいた。


「またかよ!?」

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