第129話 食料問題解決
またもやゴブリンが家に入っていた。
大人のゴブリン2匹がゴロンと寝転がってゴフゴフ言いながらリラックスしていたが、セシル達に気付くと慌てて武器(尖った木)を取って威嚇してくる。
「あっ最初は水魔法で顔をお願いね。マーモ左、ライライ右」
セシルも落ち着いた対応だ。
指示の通りゴブリンの顔に水魔法がぴしゃぴしゃと当たると、鬱陶しそうに手で払いのけようとする。
ギャギャッ
セシルはその間に背負い篭から雷鎖を取り出し、マーモ達の右側に位置取る。
雷鎖を回す時に分銅が味方に当たらないようにするためだ。
「皆で左のゴブリンに火魔法お願い」
マーモ達に新たな指示を出すと、右側のゴブリンに向かって雷鎖の分銅をビュッと投げ入れた。
ガッ ゴッ
飛んで行った分銅は家の天井に当たり跳ね返るとゴブリンの左頬に直撃し、ゴブリンは顔を抑え後ろに倒れるが、すぐさま立ち上がり威嚇してくる。
「あら、狭いから壁に当たっちゃった。ゴブリンに当たっただけでもラッキーかな」
左のゴブリンは顔に襲ってくる火魔法を木で払いのける事で精一杯のようだ。
濡れた体に小さい火魔法が当たっても目以外であれば大した脅威ではないはずだが、そこまでの判断能力は無いようだ。
「マーモ、右の奴に水魔法」
立ち上がったゴブリンの顔にまたマーモの水魔法がぴしゃぴしゃとかかる。
ギャアアウウウウ
2度目の水魔法ではゴブリンを足止めする事が難しかったようで、顔にかかる水を物ともせず突っ込んできた。
「マーモ。また左のに火魔法」
セシルは手前に引き戻した雷鎖を手首を使ってビュンと一回転だけさせて、襲い掛かってくるゴブリンに向かって投げる。
ドゴッ
ゴヒュッ ケハッケハッ
胸に分銅が当たったゴブリンは胸を押さえながら蹲る。
「また外れちゃった」
セシルは分銅を当てるのではなく、ゴブリンに巻き付けたかったようだ。天井があるので上に放り投げることが出来ず苦戦している。
ゴブリンの手前に落ちた分銅を手元に戻すと再度回し始める。
「火魔法止めて、皆で倒れているゴブリンを水魔法で息出来なくして」
指示を出すと火魔法から逃れられたゴブリンに向けて雷鎖を飛ばす。
分銅がゴブリンの左肩の上を通り過ぎて、肩に鎖がジャラッと掛かる。
「よしっ」
3回目にしてようやく狙い通りに投げる事に成功すると、すぐさま肩に掛かった雷鎖に雷魔法を流す。
バチバチバチッ
ギョアアアアアア
最初に水魔法で顔を濡らしていたので、上半身がびちょびちょになっており雷魔法の効果は抜群だ。
雷魔法を流しながら右のゴブリンの様子を見る。
ガポッゴボッゴボボボ
水魔法で溺れさせられ力が無くなって来ているようだ。
水魔法は呼吸が乱れた相手に有効だ。
水魔法を避けようと顔をそむけても、荒れた呼吸のせいでどうしても大きく息を吸ってしまう。そこに3匹の魔法が次から次へと襲ってくれば、どうしても呼吸のタイミングで水が入ってきてしまう。
手で防ごうにも呼吸するための隙間は必ず空く。
一度咽てしまえばもう勝ったようなものだ。
水を飲み込んでも、引力の力で水分がまた集まってくるのだ。水魔法の永久機関のようなものが出来上がる。
以前もゴブリンに使った技だが、今回も上手く行ったようだ。
「よし、左側も水魔法で息の根を止めるよ」
「ナー」「ピー」「ピョー」
雷魔法を流しながら、マーモ達に水魔法で止めを刺してもらう。
やがて動きが止まった。
「ふぅ~上手く血を出させずに倒せたね。ちょっと焦げ臭くなっているけど、血の臭いより魔物寄ってきにくいでしょ。それにしても毎回出掛けるたびにゴブリンが入っていたら堪らないよ。血の臭いより体臭が残っているのがしんどいわ」
「ナー」「ピー」「ピョー」
「もっと家を隠さないとね。この前の鼻が長い魔物が来ても良いようにもっと奥まで掘らないとダメだし。あ~やる事が多い。とりあえず。ゴブリンの死体はそのままで水を探しに行こう! 喉カラカラだよ」
「ナー」「ピー」「ピョー」
「ゴブリンの集落がありそうだから、慎重にね」
ラインがマーモに乗りライアがセシルの肩に乗ると、ディビジ山脈の帝国側を初めて散策して行く。
もちろん周囲50メートル程度は見て回った事があるが、それより先は未知であった。
数百メートルほど歩くと、ゴブリンが数匹で歩いているのが目に入った。
「やっぱりいるね。あの大雨をどうやって生き残ったんだろう。木に登ったのかな?」
隠れながらコソコソと話す。
見付からない様に先に進むと、水木が数本目に入って来た。
「やったっ! 近くにあって良かった。水木は枝を切るからいつも飲む事は出来ないけど、水が手に入らない時は助かる」
近付いてみるが、木が切られた後は無さそうだ。
「あれ? 全く切られた跡が無いね? ゴブリンはこの木から水が出るの知らないのかな? てことは別に川とかがある? これは良い情報かも。まあいいや、とりあえず水の補給をしなきゃ」
水筒に入れていた濁った水を捨てると、剣鉈で上向きに生えている枝を切る。
その枝を手で掴み下に向けると、水がダバダバと流れてくるので、その水を水筒に入れる。まだ溢れてくる水をガブガブと直接飲むと、マーモ達にも浴びせる様に飲ませてあげる。
先ほども川で水を飲んでいたが、やはり綺麗な水を飲ませてあげたい。
手を離すと、枝は元通りに上向きになり、水が出るのが収まる。
「ふぃ~。飲んだ飲んだ。結構、限界だったんだよね。幼虫にも水分あるけど、正直あれじゃ潤わないよね。ねっとりしてて逆に喉乾くまであるよ」
「ナー」「ピー」「ピョー」
また数匹でウロウロしているゴブリンを避けながら家に戻って行く。
家に着くと死体になっているゴブリンを見てため息を吐く。
「さてと、このゴブリンの死体をどうするか。血は出てないけど体臭がくっさいんだよねぇ。特にこの2匹、今まで出会ったゴブリンの中で一番臭いわ」
「ナ~」「ピ~」「ピョ~」
皆が嫌な顔をする。
ライライにも嗅覚あるの? とセシルは思ったが、そもそも視力の謎もあるので今更だ。
知りたいとも思うが、謎は謎のままの方が面白い事もある。
「2体とも離れた所に持って行って、マーモとラインで食べようか。マーモがガツガツ食べて、血が出ている所を覆う様にラインが被されば、しばらくは血の臭いが漏れにくいんじゃないかな? 食べ終わったら、大きい腿肉だけ処理したら残りは置いていこう。余った分は魔物が食べてくれるでしょ。死体を無駄にするわけじゃないからいいよね」
「ナー」「ピー」「ピョー」
「少しは焼いてマーモ達の保存食として持って帰らないとね。ゴブリンを保存食にするのかなり抵抗あるけど」
とりあえずゴブリンを少し先まで引きずって持って行くと草を被せて見えない様にする。
今は虫を食べながら帰ってきた事で、お腹はそれなりに膨れているので食事は後に回し、作業を進める事にした。
「血の臭いより絶対臭いと思うんだけど、体臭じゃ魔物寄ってこないのかな? ……生きている状態だと逃げたり攻撃されたりするから面倒だし危険だからかな? 血が出て弱っている方が狩りが楽だもんね。お腹すいていたら関係ないだろうけど」
「えーっとまずは、とりあえず家の奥をもうちょい掘るのが先かな? あの鼻長魔物が来たら隠れる場所がないからね。それと、ブロックを入口に積んでゴブリン達に見付かりにくいようにしなくちゃ。いや、それだと僕たちが出入りしにくいし、木の枝で隠すしか無いのかな? 組み合わせるか」
マーモ達に家の奥を掘り進めてもらい、セシルは大雨で崩れた玄関のブロックを整理していく。
玄関の屋根は雨で崩れた反省から作る事は止めて、ブロックを交差するように重ねながら壁を作って行く。雨に流されない様に2重壁仕様だ。
余裕が出来れば粘土で補強したい。。
ゴブリンの集落があるであろう方向と正面から見えない様に入口の前にブロックを積んでいき、仮宿(潰れてなくなった)方面だけ出入り出来るような形にしていく。
3段ほど重ねた所で、休憩する事にした。
「皆休憩しよ~!」
「ナー」「ピー」「ピョー」
「はい。水だよ」
入口に座りそれぞれに水をあげていく。
入口は50センチほど高くなっているので、座るにはちょうど良い高さだ。
「少し日が傾いてきたからこの家に入る光も少なくなってきたね」
「ナー」「ピー」「ピョー」
「――少なく? あれ? またやらかしたかも? 家の正面にブロック積んだら、夜だけじゃなく、朝も太陽の光入って来なくなるんじゃ?」
「……ダメじゃん。あ~ゴブリンの身長で家が見えにくいくらいの高さにしてればいいかな? それくらいなら太陽の光の邪魔にならないだろうし。上に積まないなら、その分横を広くするかな? ブロックを4重くらいにしたら雨にも流されず、正面からの小型の魔物ならある程度防げそうだし」
「よしっ! 日がある内にもう少しだけ働くよっ!!」
「ナー」「ピー」「ピョー」
一働きすると、夕食を食べる事にした。
ゴブリンの死体をさらに少し離れた所に持って行き、予定通りマーモとラインで食べて行く。
ライアは近くの草を食べる。
「そんな臭いやつ食べるのしんどそうだね」
「ナ“~」
マーモが渋い顔をしている。
その渋い顔に笑いながら、火を起こして近くに落ちていた平べったい石を焼いていく。
マーモとラインがそれなりに食べた所で、ゴブリンの太もも肉を薄く斬って保存食用に石の上で焼いていく。
焼いた肉は臭い消しの薬草を擦りつけ、大きい葉っぱに包む。
ある程度溜まると、火を消してゴブリンの死体を放置し小走りに離れる。魔物がいつ来るか分からないからだ。
「よし、これで大丈夫。結構暗くなっちゃったね。僕のご飯どうしよう。暗いから虫も見付けにくいし……あっライライ、光り付けてもらえる?」
ライアとラインが雷魔法でぴかぴかと身体を光らせる。
「おぉ~! 足元が見やすい!! これなら虫も見付けられ……えっ!? 何これ!? 凄い虫飛んでくるじゃん。ライライの光で!? 成虫はあまり食べたくないんだけどっ。うわっペッ。ペッ。口にも入ってくる。ちょっ急いで家に帰るよ!!」
家に辿り着くも、ライアとラインの光に大量の虫が集まってくる。
「なんだよ! 集まり過ぎだよ!! ……あっ良い事考えた。ライン、入口で光を付けといて。他の皆は家の奥からラインの周りの虫を火魔法で打ち落としていくよ。落ちた虫を食べよう。成虫は苦いから嫌だけど、食べないよりマシだよね。あっ虫よけの薬草塗り直しておこう」
ラインの身体の周りで飛び回る虫をジュッジュッと焼いていく。
「あっラインも好きなだけ食べて良いからね。マーモも良いよ。さっき食べたばっかりだからお腹すいてないだろうけど、あっ蛾は食べないから優先して食べてほしいかな」
「ナー」ぽよんぽよん
ラインは身体を魔法で光らせているので、今は音を出す事が出来ない。
「あれ? ちょっと待てよ。夜はライライ達が光るだけでラインとマーモのご飯集められるじゃん! 人生楽勝じゃん! とりあえず皆を飢えさせる事は無さそうだね。良かった~。いざとなればライアも虫食べてもらえば良いし。まあ、葉っぱはどこでも手に入るからライアも飢える事はほぼ無いだろうけどね」
ボタボタと落ちた虫の中から食べられそうなのを選んで、しっかり焼きなおして食べて行く。
「うぇえ~まっずい。なんで成虫はこんな苦いのばっかりなの。おえっ。くっせ」
我慢しながら食事を終える。
「さてと、この家に入って来てしまった虫たちをどうするか……」
セシルが食べ終わってもまだ多くの虫たちは飛び回っている。
「とりあえずラインに外に出て貰って、虫を外に寄せてから光を消して帰って来てもらうか。それだけで大丈夫かな? あっ!! 虫よけの薬草を少し炙ってそれを風魔法で入口に送ればさらに良さそう!」
早速行動に移す。
家の奥でライアに乾燥していない虫よけの薬草に火を点けてもらい、煙を多く出していく。
それをマーモとセシルで家の中を循環するように風を吹かせていく。相変わらず風が弱いので、結局服でバサバサと空気を送る。
それに合わせる様にラインが身体を光らせながら外に出る。
ラインに付いて行かないサイズが大きい虫が何匹か残っていたので、掴んで外に放り投げる。
ある程度虫が外に出た所でラインが光を消して戻って来た。
家の中の虫は完璧とは言えないまでも、かなり減らす事が出来たはずだ。
床に落ちている虫は風魔法で送って行く……がやはり風が弱すぎるので今度はワイバーンの翼をバッサ バッサと煽って綺麗にしていく。
すでに光は消してしまっているので、足元は全然見えていないが恐らく綺麗になっているだろう。
「上手くいったかな? でもまた虫よけの薬草が必要になっちゃうな。虫よけの薬草をたくさん植えないとね。年中生えてくれる草で良かった」
ワイバーンの皮を敷き直して、少し煙たくなった家の中で寝る事にした。
前日はあまり寝る事が出来なかったので、あっという間に眠りに付くことが出来た。
翌朝、玄関の前が虫の死体だらけになっているのを見てテンションガタ落ちするのだった。
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