第130話 セシル捜索(帝国組)


 キースはベナスの指示で奴隷2人、兵士3人を連れてディビジ大森林に向かって出発した。

 移動は1頭のポストスクスと5頭の馬を利用している。

 長旅の荷物を担ぐ為、馬はスピード重視のほっそりしたタイプではなく、短足で力の強い種類の馬が使われている。

 長距離移動に耐える為、速度も人間の小走り程度しか出していない。


 他の移動用従魔も存在するが、1人の従魔師に対して1頭の魔物しか契約出来ないのが普通であり、それほど従魔の数がいない。

 野生の魔物は基本気性が荒いので、従魔となった個体以外は懐かないとされている。

 そうなると人数が多い場合は、誰の言う事でも聞いてくれる魔物化していない馬が有用になってくる。


 魔物かどうかは魔石があるかどうかで区別され、魔石を持たない動物は魔法が使えないとされるが、魔法を使えないとされている魔物もいるためまだ結論は出ていない。

 魔石がある生物と無い生物の違いもまだ分かっていない。



「セシルは隠れながら移動している可能性が高い。木の裏や岩に隠れていないか確認しながら移動するように」

「ハッ」


「キース隊長、セシル殿と出会ったとして家名を名乗らずに説得する方法は考えたので?」

「あ~まあな。誠意だな誠意が大事だ」

「……もうちょっと真剣に考えた方が良いですよ」


 セシルの説得が上手くいかない場合、キースの首を切って謝罪の意を示すと言う任務を受けている兵はキースに同情をし、少しだけフォローを試みる。

 元々キースとあまり関わりのない兵が同行の兵として選ばれた訳だが、嫌いなわけでもない同僚を無慈悲に殺すのは流石に躊躇いがある。

 もちろんその時になれば任務を放棄するわけではないが。


「正直なぁ。どうしたらいいか分からんよ。家名も名乗らずにあのセシルをね……はぁ」


 ヨトに『敵を討ってやる!』と豪語していたが、すでにそんな気持ちはどこかになくなっていた。


「説得できなかったら隊長はベナス様にどんな処罰を受けるか分かりませんよ」

「うっ……そうだな。無理やり捕まえて……いや、ベナス様はそんなやり方許さないだろうし……くそっ。やはり誠意しか思いつかんっ」

「そうですか……」


 同行している兵達はキース隊長を殺す必要が出てきそうだなと隠れてため息を吐くのだった。





 カッツォはチリエグヌと新たに誘った冒険者ケリングとバーモットと4人でディビジ大森林を通っていた。

 ケリングは身体が小さく、ネズミの様な雰囲気がある。色黒が多い帝国人にしては色が白くいつもフードを被っている。

 バーモットは身体が大きく全身筋肉の塊で色黒。いちいち動きが豪快、声もでかい。


 馬が体格の良いバーモットを支えるのがキツそうだったので、カッツォが乗ろうと思っていた唯一のポストスクスはバーモットが乗っている。

 残りは馬だ。


「その卵ってのぁ可愛い顔してんのか?」


 休憩中にバーモットが話し出した。


「その情報必要か?」

「当然だろう。お貴族様に渡すまで自由時間じゃねぇか。となると顔が大事だろ」

「いやいやいや、卵は男だぞ?」

「性別が何か関係あるのか?」

「え? 無いのか? あっ、えっ? 性的な意味で顔の良し悪しを聞いたんじゃなかったのか?」

「性的な意味だが?」

「おぉふ。両方いけんのか。と言うか相手はガキだぞ?」

「俺は顔さえ良ければガキからお年寄りまで差別しない主義なんだよ」

「顔で差別してんじゃねぇか」

「卵を傷物にしたら売り物にならない可能性あるぞ」

「あぁ。優しく可愛がるから安心しな」

「やる事なす事大雑把なお前が言っても信用ならねぇよ」

「で、どうなんだ?」

「あぁまあ割と整った顔をしてたと思うが、頼むから傷物にしてくれるなよ?」

「大丈夫だって言ってんだろ? 楽しみだぜ」


 バーモットは上機嫌にガハハハハッと笑う


「いちいち声がでけぇな。おい、ケリング! 卵を襲いそうになったらこいつを止めろよ」

「大丈夫だ。バーモットは限界を見極めるのが上手い」

「いや、逆に言うと限界近くまで追い詰めるんじゃねぇか! 完全に仲間にする相手を間違えた。クソッ。大きな声で話す奴は隠し事が出来ないから、悪い奴はいないって諺があった気がするんだが、ありゃ嘘だな」

「なんだったか? 公明声大か?」

「あーそれだそれだ」

「それを言うなら公明正大だろう」


 ボソッと突っ込むケリング


「あ? 合っているじゃねぇか」

「字が違うんだよ。それに公明正大は声の大きさは関係ない」

「はっ、細けぇ男は嫌われるぜ」

「……」



 馬鹿な話を繰り返すカッツォ達だったが、移動慣れしていることもあり、セシルを探しつつも大森林を踏破するスピードはかなりのものであった。





 荷馬車がある為、キースグループとカッツォグループより遅れてヨト、ユーナも大森林を進んでいた。

 帝国を出たヨトとユーナは全ての事が新鮮で道中を楽しんでいた。


 のは初日だけだった。


 初日以降は苦痛で仕方がなかった。


 兵士の子供だった兄妹は他の平民に比べ圧倒的に裕福な生活だった。

 もちろんお手伝いなどを雇う程の余裕は無かったので、家の手伝い程度なら問題なく出来るが、畑仕事もやった事が無いような生活だったので基本的に苦労を知らず考えが甘い。

 他の平民がギリギリの生活をしているのを知識では知っているが、ほんとの意味では分かっていなかった。


 2人は荷台に乗っているだけなので楽をしているにも関わらず、愚痴が止まらない。


『お尻いたーい』

『ほんと。なんでこんなガタガタなんだよ。ご飯はカチカチのパンだし、スープは味が薄い上に量が少ないし、お肉は入ってないし』

『ほんと。どうにかしてよお兄ちゃん』

『俺に任せとけ!』


 休憩中、ついに行商人のクルーエルに文句を言う事にした。


『ねぇっ!? クルーエルさん!! もう少し振動を抑えられないんですか!? こっちはお金を払っているんですから気を使って欲しいんですけど! ご飯ももっと良い物を食べたいです。護衛の方もそう思いますよね? 何か言ってやってくださいよ』


 護衛は皆、王国の冒険者で帝国語は買い物をするのと宿を取るくらいの言葉しか知らないので伝わっていない。


『ヨト、お前は何か勘違いしてないか?』

『何をですか?』

『こっちは頼みこまれて仕方なくお前らを連れて来ているんだ。俺は既に大儲けが出来た。後は王国に無事に帰るだけなんだ。それなのに脱国するお前らを危険を承知で引き受けた。嫌々ながらだ。嫌々ながらだ。分かるか? イ・ヤ・イ・ヤ・な・が・ら』

『何回も言わなくても分かりますよ。でもお金を受け取ったんでしょ?』

『ほとんど最低限な。なんならお前達をここで捨てて行っても全然構わない。すでにお金を受け取っているし、王国に着けばディビジ大森林を通る商売からはおさらばする予定なんだ。帝国の商人の信頼なんかどうなってもいい。うん。そうだな。名案じゃないか。お前らを捨てて行った方がいいな』

『えっ!!?』

『あっ兄がすみません。二度とそのような文句を言わないように言い聞かせますので、どうかこのまま連れていって下さい。お願いします』

『えっ!? さっきはユーナも『お兄ちゃんは黙って!』』

『えぇ~』

『ほら、謝って』

『ごっごめんなさい』

『妹の方がしっかりしているじゃねぇか。兄は情けない奴だな』

『ぐぬぬ』


 言葉の分からない冒険者達からも内容を察したのかガッハッハッと笑いが上がっている。


『今回だけは見逃してやるが、二度はないぞ? お前たちはほとんど乗っているだけで王国に着くんだ。我慢しろ』

『はい。すみませんでした』

『……すみませんでした』

『よし、じゃそろそろ出発するぞ』




 こうして帝国発のセシル捜索隊はそれぞれ順調?にディビジ大森林を進んでいた。


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