第126話 豪雨の後


 セシル達は床高を上げた奥の部屋で座る様に寝ていた。

 寝ている間に水位がどうなるか分からなかったで念の為だ。

 とは言え、空腹と辛い姿勢に夜中に何度も目を覚ましていたので、いつもの場所で寝ていれば良かったと後悔していたが、ようやく朝日が上がり始めた事に安堵する。


 無理な体勢で強張った体をンーッと伸ばし、太ももにくっ付くように寝ていたマーモ達を起こさない様にゆっくり撫でながら剥がすと、外に水量を確認に行く。

 しっかり睡眠を取れなかった事で眠気が残っているが、水が引いているようだったらすぐに狩りに行かなければならない。


「おっ!? 雨も止んでるしだいぶ水引いたね。良かった。でも酷い状態だ」


 水量はセシルの足首ほどまで減っていたが、流された枝や細かい石などで足場は悪そうに見える。

 だが、幸いにもこの付近は太く大きい木が多いせいか、今回の雨の影響で倒木しているような木はほとんど無さそうだったので道を防がれていると言うことは無さそうだった。


 外に出る前に魔物がいないか慎重に周りを確認する。

 玄関は門が崩れてしまった為、ブロックがゴロゴロ転がっており、バランスを取りながら出る必要がある。

 手を付きながら外に出てジャバジャバと水の中を歩く。


「うわぁ~。これは……ご飯どこで手に入れたら良いんだろう? お腹ペコペコだよ」


 実際に歩いてみると、見た目以上に歩きにくかった。


「ナー」「ピー」「ピョー」


 鳴き声に振り替えると、マーモ達が起きてきたようだ。


「起こしちゃったかな? おはよう。荷物を準備したら狩りに行こうか」

「ナー」「ピー」「ピョー」


 家に戻るとマーモとラインにすっかり食べつくされたゴブリンの骨を外に投げ捨て、荷物を背負い狩りに出発する。

 今の水量でも骨は流れて行ってくれるだろう。


「雨から隠れていた魔物達もお腹を空かせて出てくる可能性あるから、気を付けて行くよ!」

「ナー」「ピー」「ピョー」


 ライアがセシルの肩に乗り、ラインがマーモの上に乗るとザバザバと進んでいく。

 どこで食料が取れるか分からないので、まずはいつも水を補給していた川の状態の確認と、仮宿に置いていた木皿の回収を目的として動いていく。


 その途中で食糧が見付からなかった場合は、もっと足を進めてバナナを狩りに行きたい。


 足場が悪い中を進み仮家に辿り着く。


「うわぁ。完全に潰れているね。たまたまだけど引っ越しが間に合って良かった。でも鍋とお皿全滅だ」

「ナ~」「ピ~」「ピョ~」


 また作り直しか。と溜息を吐くと、気持ちを切り替えて水源に向かう。





「まあ、分かっては居たけど、もっと水が引かないと川の原型が無いね。シャグモンキ―の様子でも見ながらバナナ狩りに行こうか」


 川はまだ元の形に戻るには時間がかかるようだった。

 水も飲めるような状態ではない。


 次はシャグモンキーのチェックだ。

 バナナへの道すがら遠目でシャグモンキ―の縄張りを見に行こうとしていたが、かなり早い段階でシャグモンキ―が現れた。


「えぇ~? こんなところにいるの?」


 キーーー キーーーー


 見付かってはいないが、群れ自体がかなり興奮して動き回っているようだった。


「あぁダメだ逃げよう」


 大雨で縄張りにある果物が落ち、シャグモンキ―も腹を空かせていたのだ。


 バナナの場所に向かう道もこの様子ではシャグモンキ―がうろついている可能性が高いので、バナナを諦めて縄張りから離れる様にウロウロしてみる事にした。


「ウロウロして何かしら魔物を探すしかないか~」


 ぐ~~


「うーー。お腹減ったぁ」


 キーーー キーーーー


 至る所で木と木を飛び回っているシャグモンキーの鳴き声が聞こえる。


「おお怖。いつかシャグモンキ―も退治出来るようにならないと、この森で生きていけないよね」



 しばらく歩き進めるとマーモが急に小さく鳴き声を上げた。


「ナー」


 鳴き声に足を止める。「魔物?」と小さく問いかけると、マーモはコクンと頷き返事をする。

 マーモが水魔法で魔物の方向を指す。


 セシルがそちらを視力強化で注視すると、サーベルタイガーがゆっくりと歩いていた。

 思わずビクッとしてしまう。


 サーベルタイガーを倒した事があるが、その時は岩場の上だったので、どうにか攻撃が間に合ったようなものだ。

 ライムが分裂した分、以前より有利になっていると思うが、足首程度とは言え水に浸かった状態ではいざという時に逃げられない。

 それに比べサーベルタイガーは4~5センチ程の水深では苦も無く移動出来るだろう。

 さらに、サーベルタイガーは魔法の臭いにも敏感に反応出来るので遠距離から斥力魔法を放ってもあまり効果がない。むしろ場所を察知されてしまう。

 セシル達が先に気付いているとは言え、軽々と手を出して良い相手ではない。


 風下を意識しながら、なるべく音を立てないようにゆっくりと迂回していく。


 セシルが着ている服は帝国の商人から買ったもので、黄色や赤などカラフルな色が使われている。この辺りの森では黄色はあまり見ない色だが、汚れでくすんできており、今は太陽の光の反射などで迷彩色と言えない事もない。

 臭いに気を付ければそう簡単に見つからないだろう。

 なるべく静かに歩いていく。



 ガアオオオオオオッ!!


 グウルルルアアアアア!!


「ヒッ!?」「ナッ!?」ビクビクッ


 突然の咆哮に驚き思わず声が出てしまう。

 魔法を使わないと音を出せないライアとライムは、声を出さずに済んでいる。


 咆哮がした方を向くと、先程のサーベルタイガーと威嚇しあっている魔物がいた。

 その魔物も以前セシルが出会った事のある魔物だ。

 体高3メートルはある大きさで鎧のような甲羅か鱗の様なものを纏い、尻尾の先にも重りの様な物が付いている魔物だ。

 セシル曰く、デカトカゲシリーズの1種だ。

 学名では陸ドラゴン種のアンキロドラゴンと名付けられている。


 ガアアアアアオオオッ


 サーベルタイガーが激しく威嚇するが、アンキロドラゴンが1歩足を進めるとサーベルタイガーが1歩2歩と下がってしまう。

 しばらく見合っていたが、アンキロドラゴンが尻尾で攻撃しようと動き出した所で、サーベルタイガーが当たってもいないのにキャインと一鳴きして尻尾をまくって逃げ出してしまった。


「きっ、きたっ」


 逃げ出したサーベルタイガーは運悪くセシル達の方に向かって来る。


「何でこっち来るのっ!? かっ隠れて!」


 大慌てで草むらの陰に入り、泥水に全身を浸け顔だけを出す。

 ライアとラインは水に隠れればほぼ見付ける事は難しい。

 マーモは泥水と色がほぼ一緒なのでしゃがんで木に隠れればほぼ見付からない。

 セシルが一番見つかりやすいだろう。


 バッシャバシャと音を出して近付いてくるサーベルタイガーに、セシルは震えが止まらなくなってしまうが、見付かるわけにはいかない。必死に息を止める。


 そのままの勢いでセシルの横を走り抜けようとしたサーベルタイガーであったが、鼻がピクピクと動き、走るのを止めてセシルの方を振り返ってしまう。


 目が合ったサーベルタイガーがグルルルルと唸り始める。


 セシル達も意を決して斥力魔法を飛ばし始めた所で、ドオオオオンと音がしてサーベルタイガーを含め全員がそちらを振り返る。


 アンキロドラゴンが他の魔物を狩っている音だった。

 岩陰に隠れた魔物を捕まえるべく、岩を尻尾で粉々にしたようだ。

 飛び出してきた小さい魔物が何かは見えなかったが、一口でパクッと食べられてしまった。


 それを見たサーベルタイガーが、ビクンと身体を震わせるとセシルの事など置いて全力で走り去って行った。


 サーベルタイガーが去った事で小さくホッとするが、まだアンキロドラゴンの脅威が残っている。  

 前回出会った時は、グレートボアがエサになってくれたので、何の苦労もなく逃げられたが、今回は違う。

 風下にいるので、バレてはいないようだが、サーベルタイガーを追いかけてセシル達に接触する可能性は充分にある。もし見付かってしまうと逃げきれないだろう。

 動きは速い様には見えないが、1歩の距離が違いすぎる。


 セシル達は家の方向から離れる事になるが、アンキロドラゴンからなるべく離れるように動いていく。サーベルタイガーはかなりのスピードで走っていたのでもう近くにはいないだろう。



 慎重に、しかし速やかに移動を続けていると、いつの間にかアンキロドラゴンの気配を感じなくなっていた。


「ここまで離れれば大丈夫かな? ちょっと休憩させて。あー逃げてばっかりだな」

「ナ~」「ピ~」「ピョ~」


 セシル達は心疲労が大きかったのか、その場で木に寄りかかりゆっくり休憩することにした。

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