第125話 豪雨と光
家作りの作業を続けていた。
切り取った岩ブロックは入口から順に床に並べていく。
天井が近くなってしまうが、今は少しでも床の高さを出しておきたい。
全員で壁を魔法で削り、セシルが削れたブロックを取りライライのどちらかに渡す。
ライアとラインで流れ作業のようにしてブロックを運ぶと効率が良い。
「これからは仮宿に帰る必要が無いから、ギリギリまで作業出来るね」
「ナー」「ピー」「ピョー」
「身体が疲れたらひたすら魔法で削る作業を進めておくのもありだね。削る作業が一番時間かかるし。と言う事で、疲れたから休憩しよう」
「ナー」「ピー」「ピョー」
ワイバーンの翼の上の汚れを拭いてからゴロンと転がる。
「全然雨止まないねぇ。仮宿だったら泥と虫が天井からボットボト落ちて来ただろうな。引っ越ししといて良かった。天井からマーモとラインのご飯が降ってくるって考えたらアリだけど、やっぱり汚れたくないよね」
「ナー」「ピー」「ピョー」
「それにしてもゴブリンファミリーが家の中に居た時はどうしたものかと思ったけど、お蔭様でマーモとラインのご飯が足りそうで良かったよ。あっ血抜き作業忘れてた!」
セシルは端に寄せていた親ゴブリンを引き摺り、足を持つと流れている水にゴブリンの身体を少しだけ突っ込む。
マーモとラインがある程度食べていた為、結構グロい事になっている。
セシルが血抜きしている間に、マーモ達が子供のゴブリンの死体を持ってきて同じように足を掴んで血抜きしようとしてくれる。
「流されないように気を付けてね」
セシルが注意したとほぼ同時に、マーモ達が掴んでいた子ゴブリンが水の勢いに持って行かれ、流されそうになってしまう。
セシルは大慌てで手に持っていた親ゴブリンを家に放り投げ、一番手前に居たライアを掴んだ。
子ゴブリンの死体は、今も流れる水の勢いでマーモ達を引っ張り続けている。すでに死体のほぼ全身が水に浸かっている為、引っ張る力が強い。
「皆、そのゴブリン離して! 流して大丈夫だから!!」
その言葉でマーモ達は子ゴブリンを手放し、無事に家の中に入れる事が出来た。
子ゴブリンの死体は流されていき、すぐ見えなくなった。
「な~」「ぴ~ぃ」「ぴょ~ぃ」
3匹が凹んでいるのを見て慰める。
「大丈夫。ゴブリンの量が多すぎて、そのまま置いておいても腐らせる所だったから丁度良かったよ」
「な~」「ぴ~ぃ」「ぴょ~ぃ」
3匹をまとめて抱きしめてヨシヨシする。
「ふふっ。今日の血抜きは僕だけでやるね。ライン、親ゴブリン投げちゃって家の中に血が飛び散っちゃったから、血の掃除お願いしても良い?」
「ピョー」
マーモとライアは家の奥の掘り作業に戻った。
結局その日は雨が降りやまず、翌日も降り続け、翌々日の朝。
「ヤバい」
「ナ~」「ピ~」「ピョ~」
「まず僕の食べる食糧が無くなったのがヤバい」
カッチカチになった鹿肉の残りを小分けし、お腹を空かせながらも少量で我慢していたが、今朝遂に無くなってしまった。
ゴブリンのお肉はまだ余裕があるが、セシルは食べる事が出来ない。
家の前の川に雷鎖を突っ込んで、雷魔法で魚を痺れさせようにも、痺れた魚がすぐ流されていく事が想定される。そもそも魚がいるかも分からない。
さらに何かと身体が濡れるので、またライライに雷魔法が伝ってしまう可能性があり使う事が出来ない。
ライアの食料は、流れてくる木などを投げた雷鎖で絡め取るなどをして、葉っぱを補給できたのでどうにかなっている。もちろん雷魔法は流さずに鎖だけの使用だ。
水分は降ってくる雨でどうにかなっている。
「何より、水位がヤバい」
もう入口スレスレまで水位が上がっている。
ブロックを床に敷き、5センチほど床を底上げした分猶予が出来たが、底上げしていなければすでに限界だっただろう。
「とりあえず、奥を掘り進めるしかないね。……ご飯は水を飲んで誤魔化すしかないのか。最悪葉っぱを食べるか。こんな事がちょこちょこあると栄養不足で身長が伸びないかもしれない。またチビって言われちゃうよ」
「ナ~」「ピ~」「ピョ~」
「心配してくれてありがとうね。よく考えたらここに人間は僕しかいないから、チビって言われる心配はないんだった。よしっ! 作業を進めよう!!
奥に作ってる避難部屋は丸2日間ほど家作り作業をした事で、荷物を抱えて身体を小さくすれば、皆で待機出来るサイズはすでに掘れている。
しかし長時間そこに居座るにはかなり厳しい。
作業を続けていると、ブロックで嵩上げした高さの半ばまで水が上がって来てしまった。
「おうおうおう。本格的にやばい。でも、ほとんど雨は止んできたぽい?」
外はポツポツくらいの雨になっており、木にも柔らかい日が当たっているようだ。
しかし、もう日が傾き始めているのか東向きに入口がある家には光は入ってこない。
「どれくらいで水が引くのかな?」
少し前から、外で雨の音とは違うざばぁざばぁと謎の音が聞こえている事もあり、セシル達は足元に気を付けながら、入口から顔だけを出して左右をチラチラと眺める。
「ヒッ」
思わずセシルが小さい悲鳴を上げ、慌てて口を手で抑える。
セシル達の視線の30~40メートルほど先には、水流にビクともせずに、流れてくる魔物を踊り食いしているように見える巨大な魔物がいた。
木が邪魔で全体像がはっきり見えている訳ではないが、魔物は体高3メートル以上、体長は4メートル以上ありそうだ。
さらに2メートルはありそうな長い鼻があり、鼻の横には大きな角が飛び出ている。
体は魚の様な鱗に覆われているようで、時々太陽の光を反射して身体がキラキラと光っている。
セシル達はソーッと家の奥に入って行く。
「やっやばすぎでしょ。何あれ。あの鼻? 鼻で合っているのかな? 鼻をこの家の中に突っ込まれたら、多分奥に居ても僕たちに届いちゃうよ……」
「ナ~」「ピ~」「ピョ~」
マーモ達もヤバさが分かったのか小さな声で返事をする。
「なるべく静かに過ごして乗り切ろう。万が一、気付かれたら斥力魔法を盾の様にグルグルするしかないね。ワイバーンにも効いたから多分大丈夫……多分」
しばらくすると「パオオオオオオオオン」とビリビリと家の中に響くような鳴き声が聞こえる。
魔物が先ほど見た場所から動いていなければ、30~40メートルは離れていたはずなのに洞窟内に鳴き声が響き、セシルの頭がぐわんぐわんとする。
マーモもクラクラとふらつき、ライアとラインの身体も表面が波打っている。
「うっ煩過ぎでしょ。鼻だけじゃなくて、鳴き声でも僕たちを殺せるんじゃない?」
「ナ~」「ピ~」「ピョ~」
まだ耳鳴りがしている耳にザバッ ザバッと音が遠ざかって行くのが聞こえた。
「ようやく行ってくれたかな?」
慎重に外の様子を見に行くと、そこにはもう魔物の姿は見えなかった。
「ふぅ~緊張したぁ~。無事で良かったねぇ」
「ナー」「ピー」「ピョー」
セシル達は無事を喜び抱き合う。
抱き合うと冷汗でセシルとマーモの身体がびっちょりしていた事に気が付く。
家の中に入ってきている水で体をパシャパシャと洗う。
流れてきている水は濁っており、汚れを取っているのか、汚しているのか微妙だったが、幾分すっきりする事が出来た。
これから何をしたら良いか考えながら家の奥に座って、水筒に入れた雨水を飲みながらハッとする。
「あっ、雨が止んだら水飲めなくなるね……早く水が引いてくれないとヤバい。こんなに水がいっぱい流れてるのに飲み水が不足することもあるのか」
新たな不安を抱えていると、お腹がぐ~っとなる。
「は~。お腹も減った~」
濁流に流されている魔物もいるが、それを捕まえるには水に入らなければならない。
だが、今の流れの速さでは間違いなくセシルも流されてしまうだろう。
「葉っぱとかは近くまで流れて来るのに、魔物は近くに流れてこないのは何でよ」
マーモとラインはほぼ腐ってそうなゴブリンの肉を食べ、ライアは流れてくる草を食べている。
3匹はお腹を空かせて横になっているセシルをチラチラ見て、少し気まずそうにしている。
「僕の事は気にしなくてガツガツ食べていいよ。ありがとうね」
マーモ達が暗がりで食事しているのを見ながら、蝋燭より少しだけ大きい火魔法で明るくしてあげる。
「ん? そう言えば、火魔法使う時って雷魔法をきっかけにするけど、ライアとラインも火魔法使えるよね? 雷魔法が苦手なのに?」
「ピー?」「ピョー?」
ライアとラインが食べ物を消化しながら返事をする。
「ちょっと考えをまとめるから待ってね。えーっと。野生のスライムを倒した時と火魔法を使う時の違いは……雷魔法を使う時間かな? 火魔法の時は一瞬だもんね。あっ、いや身体の外でバチッとするからかな? それとも自分で魔法を使うから?」
火魔法を使う際のキッカケとなる雷魔法は、外の空気に当てる必要があるので皮膚表面で使っているのだ。ちなみに雷魔法は飛ばす事は出来ない。
着火した後は引力魔法を続けながら遠くまで火を飛ばすことが出来るが、燃える空気を集めて飛ばしているのであって、雷を集めることが出来ないのだ。
「――食事が終わったらちょっと火魔法使ってみてもらえる?」
「ピー」「ピョー」
ライアとラインの食事が終わるのをジーッと待つ。
食事中でも笛魔法で返事している事から、魔法を使う事は出来るが、やはり食事を邪魔するのは良くない。
食事が終わり満足した様なので、先ほどのお願いする。
「もう大丈夫かな?」
「ピー」「ピョー」
「じゃライアからお願い」
ライアが火魔法を使う。
小さくパチッときっかけになる雷魔法が使われた後、引力魔法で空気を引き寄せ火を灯す。
「あれ? 雷魔法使った時、身体光らなかった? 火を消して良いよ。じゃ次はライン、火はつけなくて良いから、雷魔法だけつかってみてくれる?」
パチッと音が鳴ると、雷魔法が使われた場所だけでなく、ラインの身体がボワッと浮き上がるように光った。
「やっぱり光ってる!!」
雷魔法の光が身体に反射しているようだ。
今まで暗くなったらすぐ寝ており、たまに使う火魔法はセシル自身が付けていたので気が付かなかったのだ。
ライムが昼間に火魔法を使った事もあったが、日中は淡く光る身体に気が付くことが出来ていなかった。
「もし無理ならやらなくていいんだけど、身体の中で雷魔法使える?」
「ピ~?」「ピョ~?」
ライアとラインがお互い目を合わせる。
体内で雷魔法を使う栄誉をなすり、譲り合っているようだ。
先日、セシルの使った雷魔法で大ダメージを受けた事が頭を過る。
「いや、無理しなくていいから。イヤならやらなくて大丈夫だよ」
「ピョー」
ラインが意を決してやるようだ。
「ヤバいと思ったらすぐやめて良いからね」
「ピョー」
パチッ
「おっ!」
体内で雷魔法を使っているので音はかなり小さい。
ラインは1発で問題無かったようで、恐る恐る続ける。
パチパチパチッ
「おおおっ!? もっ、もう良いよ!! 大丈夫!?」
「…………」
「ピョー!」
ラインは自分の身体の変化を確認してから元気よく返事をする。
「えっ!? 凄い! 何ともない? 無理しちゃダメだよ?」
「ピョー!!」
ラインはぴょんぴょんと飛び跳ねる。
ほんとに問題が無さそうだ。
「凄い!! 凄いよライン!!」
セシルはラインを抱き上げるとヨシヨシをしまくる。
「ピーー」
「おっライアどうした?」
パチパチパチッ
ラインだけ褒められるのが悔しかったのか、アピールをしてからライアもパチパチと身体を光らせ始めた。
「凄い!! ライアも大丈夫?」
「ピーー」
「ライアも凄い!!」
ラインを右手、ライアを左手に抱え込み頬を擦りつける。
パチパチ
「……ナ~」
マーモもやってみたようだが、毛皮に覆われた皮膚では身体が光る事は無かった。
笛魔法だけでなく、雷魔法も満足に出来なかったマーモはガッカリした顔をして家の隅にうずくまってしまう。
ライライもマーモの様子を見て雷魔法を使うのをやめる。
「まっマーモ、悲しむ事無いよっ! ほらっ! 僕も身体光らないし、マーモと一緒だよ! 今度はマーモが出来る魔法考えるね!」
「……ナ~」
「ふふっマーモは居てくれるだけでも僕の癒しなんだから、気にしなくて大丈夫だよ!」
ライライと一緒にマーモを包むように抱きしめてヨシヨシする。
身体はお互い濡れており、少しヒヤっとするが気にしない。
「ナー」「ピー」「ピョー」
マーモも少し笑顔になったようで、セシルは安心する。
(マーモの魔法か~何か良いの思いつかないかな~)
ライアとラインはマーモが笑顔になった事で安心したのか、また雷魔法でパチパチと身体を光らせ始めた。
やはり新しい魔法は楽しいようだ。
マーモはそれを見てまたしょんぼりしてしまうが、ライアとラインの身体がピカピカと淡く光るのはとても綺麗で、落ち込むのも忘れてセシルと一緒にしばらく眺めるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます