第124話 引っ越し


 翌日、目が覚めると仮宿の中は薄暗く外は大雨だった。


「うっそでしょ。今日引っ越しなのに最悪だよ」


 セシルがどうしたもんかと悩んでいると、マーモ達ものそのそと起きてきた。


「「ピヒョ~」」「ふひゅ~」

「おはよう。とりあえず岩山に引っ越そうか。このままここに居ても雨で天井から泥が落ちてきちゃう」

「ピー」「ピョー」「ふひゅ~」

「ふふっ。マーモは朝から口笛の練習?」

「ふひゅ~」

「練習するのは構わないけど、マーモは元から鳴けるんだから自信を持ちなよ」

「ナ~」


 セシルは荷物を急いでまとめる。

 木の皿などの最近作ったものは一度に持てず、とりあえず仮宿に置いたままにする事にした。


 荷物を背負い家の外に出ると、思わず溜め息が出る。

 ザーザー降りの雨の中を走り抜けようと思っていたが、すでに水は踝よりちょっと下くらいまで溜まっており、ザバザバと歩かざるを得ないのだ。


「雨の量とんでもないね。これは大変そうだ」

「「ピヒョ~」」「ふひゅ~」


 セシルが重たい荷物を背負っているので、ライライは2匹ともマーモの背中に乗っている。

 マーモもライアとラインの2匹を乗せるとかなりキツイのだが、流れてくる水にマーモが足を取られそうになるのを、ライライが触手を伸ばして木や岩を掴み、支える形でどうにか対応している。


「うぉ~きっつぅ~。皆大丈夫?」

「ピー」「ピョー」「ふひゅ~」


 まだ踝以下の水位とは言え、どんどん流れてくる水はかなりキツイ。

 小石や枝などもガシガシ足に当たってくる。


 たまに岩の上に座って休憩したりしつつ、いつもの3倍程の時間をかけて岩山ハウス(本家)が目に入って来た。


「つ……疲れたぁあ~」


 岩山ハウスは入口を4~50センチほどの高さにしてある為、今の所水位に問題は無さそうだ。

 家に入る前にとりあえず重たい荷物をドサッと入口に置こうとしてビクッとする。


「うわあぁっ!?」


 岩山ハウスの中にゴブリンがいたのだ。


「えぇ~!? しかも家族連れ!?」


 大人のゴブリン1匹に子供のゴブリンが3匹もいた。


 ギャーーギャーー

 キーキー


 セシルから庇う様に子供を後ろに隠し、家の奥で警戒している。

 奥と言ってもまだ奥行きが2メートル程しか無いので、かなり距離は近い。


「えっ、えぇ~? 家族愛じゃん。やりにくぅ~」


 大雨に背中を打たれながら、どうしようかと悩んでるとマーモとライア、ライムがセシルの横に来ると、何事も無いように斥力魔法を放つ。


 後ろが石壁の行き止まりと言う事もあり、ゴブリン達は逃げる事も出来ず簡単に魔法が突き刺さる。


「えぇ~? あっさりヤッちゃうのね」


 ギャァアアアア

 ギャアアアア


 セシルが困惑している内に大人ゴブリンを殺し終わり、キーキー鳴いているゴブリンもあっという間に殺してしまった。

 ピョンッと家に入って行く3匹。


「えぇ~」

「ふひゅ~」「ピー」「ピョー」


 3匹が早く中に入りなよっといった雰囲気でセシルに鳴きかける。


「これが弱肉強食……流石に『子供を庇う親』の構図を見せられて無慈悲に殺す勇気が僕には無かったよ。いつも殺してる魔物にも家族はいるはずなのにね」


 戸惑いながらもゴブリンの死体が折り重なる家の中に入る。


「新居が早速血だらけになっちゃったね。マーモとラインはゴブリン食べてていいよ。」


 背負い籠を置くと、奥からゴブリンを引き摺って入口まで持ってくる。

 血溜まりはボロボロになった服で拭かなければならない。


 せっかく雨が入ってこない岩山ハウスに引っ越してきたのに、1日目で床がびちゃびちゃになってしまった事に溜息が出る。


「はぁ~……あっ!? ラインちょっと待って!! ゴブリン食べるの待って!! 血溜まりを吸収できない? 血は肉食のラインでいいよね?」


「ピョー」


 ラインが血を吸い取って行くと、天気が悪いせいで暗くて見にくいが、水溜まりが消えたように見える。


「ラインありがと。ゴブリンのお肉食べて良いよ」


 綺麗になった地面にワイバーンの翼を拡げるが、翼も雨でびっしょびしょだった。


「結局濡れとるやないかーい。水魔法で服乾かした方が良いかな? あっ、その前にライアのご飯の植物を集めてからにしよう」


 入口に積まれているゴブリンの死体を跨いで外に出ると、またびしょ濡れになりながら野草や葉っぱを集めていく。

 ある程度集めると家に置き、また取りに行く。


 雨がいつ止むか分からないので念の為にライアのご飯を多めに集めておくのだ。

 すでに水は踝より上になっている。


 少しずつ強くなってくる水圧に足が度々持って行かれそうになってしまう。

 流されてくる小石などで小さい傷が増えていくが今更だ。


 もう十分に集めたかなと思い家に戻る。


 ゆっくりゴブリンを跨いで集めた草たちを投げ入れると、体にぺったりと張り付いた服を脱いで裸になり、ゴブリンを跨いだ状態のまま手を伸ばし水分を絞る。

 絞りながらも雨で濡れてしまうが、絞らないよりはまだマシだ。


 屋根のお陰で、家の中に入ってくる雨は抑えられている。


 ワイバーンの翼の上に散ってしまっていたライアの食事を一か所にまとめてスペースを空けると、翼に裸のまま寝転がる。


「つっ疲れたぁ~」


 寝転がって軽く休憩を終えると身体を起こし、びしょびしょになった鹿肉の残りを口に運ぶ。

 もっちゃもっちゃと食べながら雨を見ると不安になってくる。


「……家大丈夫かな? その内水上がってこないかな?」


 その時だった。

 突然、玄関の屋根が崩れ落ちた。


 ゴシャァ


「うわぁあっ!?」


 マーモ達が慌てて玄関の近くから飛びのく。


 ボチャンボチャンと玄関の両サイドに積んだ岩ブロックも崩れていく。


「なんてこったいだよ」

「「ピヒョ~」」「ふひゅ~」


「――このままだと本当に家の中に水が入ってくる気がしてきた。食事終わったら奥を掘り進めて少しでも高くしよう」

「ふひゅ~」「ピー」「ピョー」


 それぞれが食事に満足すると作業を開始する。

 食べ残っているゴブリンは端に寄せる。


 マーモとラインの食糧はしばらく持ちそうだ。


 暗くて見えにくいが、床高をさらに20センチほど高くなるように家の奥を斥力魔法で削って行く。


「日が出てないと暗いなぁ~。太陽魔法とか無いのかな? 太陽を引き付けるから引力? でも引き付けるきっかけが無いか。……おっ? おおっ!? そもそも雷魔法って光ってるからそれでいいんじゃない? 雨の中でも家の中だから雷魔法使っても雷落ちてこないはず」


 早速、荷物籠から雷鎖を取り出す。


「ピーー!!」「ピョーーー!!」


 騒ぐライアとラインに「ん? どうしたの?」と聞きながら、ジャラッと雷鎖を床に置くと、雷魔法を流す。


 バチッ


「痛ッ!!」「ナ”-!!」「「ピヒョ~」」


「あぁあああごめん! 皆大丈夫!?」


 ライアとラインは身体が少し泡立っている。

 セシルは以前、雷鎖で野生のスライムを殺した時の事を思い出してゾッとする。

 あの時のスライムは、雷魔法で身体が崩れ魔石だけが残ったのだった。

 恐らく雷魔法はスライムの弱点なのだろう。


 今回は地面や身体が雨で濡れており、雷が通雷したようだ。


 すぐ魔法を止めた為、ライライの身体の泡は程なくして消えたが、2匹とも少しグッタリしているようだった。


「ほんとごめんっ。うわぁどうしよどうしよ」

「「ピヒョ~~」」


 鳴き声は弱々しい。


「だっ大丈夫? どうしよどうしよ? とっとりあえず、ゆっくり休んで」


 セシルは2匹の近くにそれぞれのエサを持って来た。


「お願い。死なないでね。ごめんねごめんね。元気になったらいっぱい僕を殴って良いからお願いだから元気になって」

「「ピヒョ~~」」


 セシルは涙目になりながら懇願する。

 見た感じはどうにか大丈夫そうだが、やはり不安だ。


「マーモは大丈夫?」

「ナー」


 マーモも一瞬ビリッと来たようだが、問題が無かったようだ。

 マーモの無事にホッとする。


 セシルはマーモと会話しながらライアとラインを撫でようとして止める。弱っている今は撫でる事も負担になりかねないと思ったのだ。

 不安でライライの周りをウロウロするが、外の豪雨対策をしない訳にもいかない。


 セシルのとんでもないミスのせいで2匹が脱落した為、マーモと2人だけで掘り進める事にする。




 しばらく掘り進めていると、セシルの背中にドッ! ドッ! と2回衝撃があった。


「グエッ!?」


 振り返ると、ライアとラインが体当たりしてきたようだった。

 表情は無いが怒っている雰囲気がモリモリ伝わってくる。


「元気になった!? 良かったぁ」


 ドッ!

「ぐふぇっ」


 ドッ!

「ぐぼっぅ」


「いや、ほんとごめん」


 ドッ!

「ぐふぇっ」


「ごっごめん」


 ドッ!

「ぐぼっぅ」


 幾度となく体当たりを受け、セシルが地面に横になりグッタリし始めてようやくライライの体当たりが納まった。


「ゆっ許してくれた?」


 身体を起こしてライライに恐る恐る聞く。


 パンッ!

「ぶべっ」


 パンッ!

「ぶぼっ」


 ライアが触手でセシルの右頬を張り、ラインが左頬を張った。

 痛みでほっぺを抑えたセシルを見て、ようやくライライは満足したようで、穏やかな空気に戻る。


「ごめんねぇ無事で良かった」


 ライアとラインをそれぞれ抱きしめ、頬を擦り付けながら撫でる。

「ナー!」

「マーモもごめんね」


 マーモも撫でると身体を寄せて顔をスリスリしてくる。

 皆でくっついてホッとした所で、改めてライライを失いそうになった事にゾッとする。


「ほんとライアとラインが無事で良かった。泡が出た時はどうしようかと思ったよ」

「ナ~」「ピ~」「ピョ~」


「でも、家の中を明るくするのは諦めたくないな。――ん~少し高い位置の壁に、雷鎖を伸ばして置けるように細長い溝を作ればいいかな? そうしたら濡れないだろうし」


 セシルはライライを見る。


「雷鎖を使うのは雨が止んでからだね」


「よしっ、家作り再開しますか! ライライ達はまだ休んでて良いよ」

「ピー」「ピョー」

「手伝ってくれるの? 体調悪いと思ったら休んでね」

「ピー」「ピョー」

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