第30話 盗賊と視力強化


 1泊し男爵領を旅立つ。


「もう少し泊って行っても良かったんだがな」


「万が一にも遅れる訳にはいきませんのでご了承くださいませ。王様との謁見も予定されています」


 セシルの代わりにダラスが答える。

 実は王様への謁見は、辺境伯領を出る直前に早馬で知らされたのだ。


「まあ仕方あるまい。ではセシル、また来ると良い。楽しみにしているぞ」


「はい! ぼくっあっ! 私も楽しみにしています」


 そうして出発した。

 セシル以外は皆心労からグッタリしている。


「魔物に囲まれた方がどれだけ楽か……」


 ダラスが言う


「仰る通りですね。もうここには来たくないです」


 他の騎士達が同意する。


「して、調査はどうであった?」


「ハッ、民の生活などは元々の情報から大きく外れる内容では無かった為、割愛しますが、冒険者ギルドで調べた所、私達が来る1週間ほど前から領主軍と冒険者の共同で盗賊の一斉討伐が行われたそうです。こんな事は初めてであったと」


「なるほど。セシルに万が一にもこの領地に悪い印象を持たれないようにしたのだろうな……騎士がいる馬車を盗賊が襲う可能性が低いにしても、全く気配が無いのはおかしいと思っておったのだ。徹底しておるな。トラール男爵を舐めておったわ」


「まさかここまでセシルの取り込みに力を入れて来るとは思いませんでしたね。次はリンドル様と比較的良好な関係を持たれているロック子爵様の領地ですが、油断できませんね」


「あぁ。子爵様の領主館に着く前にサルエルとイルネにもう一度ちゃんと指導してもらおう」


 そう言って馬車の中をチラ見すると、サルエルとイルネが『良く耐えたわ!凄いわ!天才よ』とセシルを褒めそやしていた。


 確かにセシル個人は出来る範囲で頑張ったと思うが、辺境側としてはほとんど完敗と言っていい内容だった。

 ダラスは指導が必要なのは我々の方だったなと思い直すのであった。


 男爵領を抜けると、時折遠くから監視する目を感じるようになってきた。

 ダラスがセシルに話しかける。


「セシル、今監視されているのが分かるか?」


「え? ほんとですかっ!?」


「あまりキョロキョロするな。あちらにこちらが気付いた事がバレる『自分ならどこに待機していれば、こちらを監視しやすいか?』を考えてそこを重点的に探してみなさい」


「監視しやすい場所……あっいた!」


 遠くに見える丘の上の多いわの陰にこちらを見ている人の影があった。


「早いな。セシルは斥候向きかもしれんな。あれは恐らく盗賊だ」


「えっ!? 盗賊!? 襲われるのですか?」


「いや襲ってくることは無いだろう」


「何でですか? 盗賊は襲うのが仕事ですよね?」


「がっはっはっ。その通りだな。だが、我々の服装を見て見なさい」


「鎧?」


「そうだ。明らかに騎士だと分かる。この人数の装備が整った騎士を相手にするには最低でも5倍は必要だろう」


「5倍?」


「あぁ、まだそこまで勉強が進んで無かったな。そうだな……騎士1人に対して盗賊5人は必要だろうと言う事だ。まあ儂を倒すには最低10人は必要だがな。がっはっは」


「10人も!! ダラス様はお強いですね!」


「そうだとも。儂は強いぞ?……まあそう言う事で、装備が整った騎士を相手にするには盗賊も命懸けで来なければならないからな。おそらく襲ってくる事は無いだろう。と言う事だ。分かったかな?」


「分かりました!」


「だが、相手は不意打ちならこちらに勝てるかも? と思う可能性がある。先ほどはバレないようにキョロキョロするなと言ったが、それはセシルの勉強の為だ。今回は盗賊に罠を掛けたり奇襲をかけたりはしないので、あえて”気付いているぞ”とサインを出すんだ。弓構えぇ」


「「ハッ」」


 2人の騎士が馬に乗ったまま盗賊がいる方に弓矢を構える。

 すると、どう考えても弓矢が届く距離では無かったが、盗賊は慌てて逃げて行ったようだ。


「捕まえないのですか?」


「あの程度の盗賊なら捕まえる事は可能だが、今回の任務はセシルの護衛と期間内にセシルを王都に送る事だ。期間内に目的地に辿り着かないのは元より、盗賊を追ってセシルを危険な目に合わせる訳にはいかんからな」


「では盗賊はそのままほっておくのですか?」


「残念ながら今回はそうなってしまうな。次に泊まる村で報告しておこう。おそらく男爵領から流れて来て盗賊が増えているはずだ。今後もちょこちょこ盗賊が出てくるだろうから探しながら馬車に乗ってみなさい」


「はいっ!!」



 そのまま馬車にのって移動しているとセシルは数度、盗賊を発見した。

「見付けました!」


「あそこにいますっ!」


「またいた!!」


 発見したのが同じ盗賊団の一員なのか、別の盗賊団なのかは判断出来ないが、異常な数がいる事は分かった。


「それにしてもセシルは凄いな。発見するスピードが慣れた騎士とたいして変わらんぞ。よし、面白い技を教えてやろう」


 馬車の外から馬に乗ったダラスがセシルに話しかけてくる。


「面白い技ですか?」


「ああ。魔術の身体強化と言う技の1つで、今回教えたいのは視力の強化だ。本来、身体強化は魔力の精密なコントロールと集中力がいる上に、全身を強化をする場合は魔力を多く使うので一瞬しか出来ない。さらに使った後は魔力切れによる倦怠感や身体へのダメージでまともに動けなくなってしまうので、あまり使い勝手が良い物ではない。だが、今回教えるのは全身では無いし、通常の身体強化とはやり方が違う。セシルなら魔力量が多いし魔法のセンスがあるから有用かもな。簡単に出来るかもしれん」


「どうするんですか?」


「魔力測定の時に身体の魔力を手に持ってきただろう? あの要領でどっちか片目に持ってきなさい。慣れない内はもう片方の目は瞑った方が良い。そして魔力が集まって来たと思ったら、水の魔法を使う時の様に目に水分を集めてみなさい。その状態で絶対に太陽を見ないように。失明するからな」


「はい……出来ました」


「次はその水分で目に薄い膜を貼るイメージをしてから、遠くを拡大するつもりで見てごらん」


「ぼやぁーとします……あっ! うわっ凄い!! 遠くのが近くに見えます!!」


 周りの騎士達がどよめく。

 そんな簡単に出来るものでは無いのだ。

 イルネとサルエルが両手を合わせて天才よ!と叫んでいる。

 サルエルの仕事はイルネをいついかなる時でもお淑やかな反応をするように指導するハズだったが一緒に興奮してしまっている。


「あっライムとマーモに僕からなんか線が出てるっ!」


「なんとっ!? そうか! その方法で繋がりを見れば良かったのか!……あっいや普通はそんな簡単に目の強化など出来ぬか……」


 ボソボソとダラスが何か呟いている。


「何ですかこれ?」


「それがセシルの魔力だ。ライムとマーモに言葉が通じるのはセシルと魔力で繋がっているからだと思われる。逆にライムとマーモの意思をセシルはなんとなく理解しているようだが、鳴き声を理解出来ている訳では無い。と言う事は、2匹からセシルに魔力を送っている訳ではない為、理解力に差が出ているのではないかと儂は思っておる」


「う~ん」


 セシルは理解出来たような出来ていないような顔をしている。


「ちなみに他の人の魔力を見る事は出来ない」


「何故ですか?」


「諸説あるが、人それぞれ魔力の波長が違うからだと言われている」


「波長?」


「誰もが見た目が違うように魔力も全然違う顔を持っていると言う事だ。基本的に同じ波長の物にしか魔力は関与出来ないと言われている。その為、引力の魔法で人から魔力を奪う事は出来ない」


「なんとなく分かりました」


「ちなみに生きている他人の身体から水分を抜くのはほぼ不可能に近いと言われている。生きてる人間だと身体の自然抵抗がある上に魔力抵抗がある為、よっぽど魔力差があり、しかもその魔力の継続力がないと出来ない。死体からなら簡単に水分を抜くことが出来るがな」


「なんとなく分かりました」


(なんとなくも分かって無さそうな顔をしているな)

「今は何となくで良い。学院でしっかり学びなさい」


「はい。あっ両目で出来た」


「「「「えっ!?」」」」


「いや、両目って片目に魔法を集めて、もう片一方の目を開いたってだけだよな?」


「両目に魔法集めていますよ?」


「……両目とも遠くを見る事が出来るのか?」


「そうですけど?」


「なんだと……」


 またも騎士達がどよめく


「魔力を二股に分けるなんて魔術師でもトップクラスにならぬと出来ぬぞ……あっいや、もしかして……」


「ダラス様どうされました?」


「なあ? ライムとマーモに魔力が繋がっているのは、すでに魔力を二股に割っているのではないか?」


「……そう言われればそうですね。と言う事は従魔している人は皆魔力を割る事が出来ると言う事ですか?」


「いや知らんよ。しかし、従魔で魔力を取られている人は、多少の着火程度の魔法は使えたとしても目に魔力を集中させる程の余力など無いと思われる。そう考えると誰もその事実に気が付かなかった可能性があるな。いや、見えずとも魔術具で従魔とのパスは分かるはず……そうか、魔術具を使ってる時に別の魔法を使う事が無いから見落としたのか?」


(セシルは従魔2匹に魔力を取られているから大きな魔法が使えないのか? いや、魔力量を考えるとそんな事はあり得ぬか……)


「これは凄い発見ですね」


「ああ。これは報告するべきかどうか。セシルが実験台になる事は避けなければ」



 しばらくすると、目に魔力を集めて色んな所を見ていたセシルは慣れない遠近感に酔ってしまい馬車で眠ってしまった。


 セシルが寝ている間に村に着くと、ダラスがすぐさま村長を呼び盗賊の話をした。


「最近、盗賊が多いと思っておったのです。そんな事があったんですね」


「ああ。その内、食えなくなって村に襲撃に来る可能性がある。早めに近い町に警備隊か騎士の要請を出しておくことだ。我々は3日後には領主に会う予定なので盗賊の件は伝えるが、サルーンの街から討伐隊が来るにも早くても今から1週間程度は掛かるだろう。それまでに襲撃があったら事だからな」


「はい。ご忠告ありがとうございます。さっそく要請いたします」


 応援が来るまで滞在して守りたい所だが、来るか来ないか分からない盗賊より優先すべきはセシルの護衛と移動である。

 トラール男爵がロック子爵に予め連絡を入れてれば良かったが、この村の村長の様子を見る限りどうやら連絡はしていなかったようだ。

「トラールめ。忌々しい」とダラスは独りごちるがどうしようもない。


 セシルにトラール男爵のネガティブキャンペーンをしようと心に決める。悪口は好きではないが事実をキッチリ説明するのだ。

 イルネとサルエルにも協力を仰ごう。

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