第29話 プレゼント


 席に着くと、タイミングを計ったように複数の使用人がやってきて食前酒と前菜が出てくる。

 男爵自らが笑いながら話を振っていく為、先ほどのやり取りが嘘だったかのように和やかに会食が始まった。


「セシルは引力と斥力の魔法が使えると聞いておるが本当かね?」


「はい。使えます」

 セシルは最初こそイルネ達が近くに居ない事で緊張していたが、男爵の話が上手く今では緊張がほぐれていた。


「使えると言うのは、生活魔法もかね?」


「はい。一応」


「ほぅそれは凄い! と言う事は魔術鑑定後はほとんど魔法の練習をしていたのかな?」


「いえ、魔法はほとんどやっていません。剣の稽古などしていました」


「ん? ほとんど魔法の練習をしてないのに生活魔法が使えるのかね? どれくらいで使えるようになった?」


「2日です」


「なんだと!? 2日で生活魔法が使えるようになったのか!?」


「そうですけど?」


「それは凄い!! セシル! お主は天才だ!!」


「そっそうですかね」

男爵の誉め言葉にセシルは段々気持ちよくなっていく。


「セシル、お主の夢は何だ?」


「夢……ですか?」


「そうだ何でもいい」


「たくさん稼いで親に楽させたいです」


「ふむ。家は貧しいか?」


「はい。お金持ちじゃないです」


 まずい。と辺境領の騎士達が思う。


「うちの領土に来たらセシルの両親に楽をさせる事が出来るぞ」


 トラウス辺境領では貴族と平民との格差が少なく、平均的な幸福度で言うとトラウデン王国の中でもかなり高い方であるが、その代わり特権階級と呼ばれる人々の恩恵が少なく特別贅沢な暮らしは出来ない。

 それに比べトラール男爵が治めるモルザック領では貧富の格差が大きく開いている分、特権階級は贅沢な暮らしが出来る。平民の生活はその分苦しいが、セシルの両親は特権階級として遇すると言うお誘いである。


 セシルには男爵領が生かさず殺さずの生活をする平民のお陰で成り立っている事が分からない。

 家族単体だけを見れば確かに生活が楽になるだろう。

 セシルには良い提案に思えて返事をしようと思った所で思い出す。もし誘われる事があれば『王の為に務める』か『分からない』と答える様に言われた事を。


 どうしたら良いか迷いイルネの方を見る。

 イルネは首を横に振って答えた。


「まだ子供なので分かりません」


セシルの保護者達が一斉に安堵した顔になり、トラール男爵はイルネを見て一瞬忌々しい顔をするが、すぐ笑顔になって答える。


「そうか! まだ時間はある。ゆっくり考えると良い。これだけは覚えておくんだ。いつでも我が領ではセシルとその家族を歓迎する。裕福な暮らしが出来る。覚えたかね?」


 トラール男爵はにっこりと笑う。


「はい! 覚えました!」


「よし。良い子だ! いつでも頼ってくれたまえ。そうだ。セシルにこれをあげよう」


 そう言ってアラールに目で合図を出すと、アラールが奥に引っ込み時を置かず戻って来た。

 最初から準備してあったのだろう。

 持ってきた箱はトラール男爵に渡された。

 箱は平べったく、1辺が10センチメートルほどで龍の彫り物がしてあり、見るからに高級そうな木箱だった。

 それを隣に座っているセシルに渡してきた。


「開けても良いですか?」


「もちろんだとも」


 セシルが箱を開ける。


「わぁ~カッコイイ!」


「気に入ってくれたかね?」


 箱の中は腕輪だった。腕輪は黒く、何かの皮で出来ており龍の刻印が入っていた。

 大きさは調節出来るようになっている。


「はい! すごくカッコいいです! ほんとに貰っても良いんですか?」


「あぁもちろん。付けてあげよう。腕を出してごらん」


 男爵自らセシルに腕輪を付けてあげながら語る。


「これは龍の手の皮で出来ている」


「「「えっ!?」」」


 セシルはもちろんの事、トラウス辺境領の面々もあまりに驚いて声を出してしまうがトラール男爵は気にせず話を続ける。


「はっはっはっ驚いたであろう。これは病気に対する抵抗力が上がる効果があるそうだ。おっ? 似合っているじゃないか」


「もっもらえません! こんな高いの……高いですよね?」


 ド田舎育ちのセシルでも龍を使った物が超高級な事は知っている。

 絵本のような物語の世界でしか見る事がない物なのだ。


「良いんだ良いんだ。値段なんか気にする必要はない。お返しも考えなくていい。それを見るとたまに私を、いやこの領地の事を思い出してくれたら良いだけだよ」


「わか……りました」


 幼いながらもあまりの高級品を手に付けて貰い、何も返せない。と焦るが、たまに思い出すだけで良いんだ。と納得し素直に喜ぶ。


 着けた腕輪を少し離れたイルネに自慢するかのように腕を挙げて見せる。

 イルネはしてやられた……と苦い心境ながら、喜んでいるセシルをガッカリさせたくなくて精一杯の笑顔で返す。


 タダほど怖い物は無いのだが、セシルにはそんな事は分からない。


 辺境の面々もまさかセシルを取り込む為に男爵がここまでするとは思っていなかった。


 腕輪は素材の使用量は少ないにせよ、龍の皮はあまりに貴重であり、贅沢をしなければ一生食べて行けるくらいの値段はするはずなのである。

何も成していないセシルにここまでの投資をするなんて誰も想像していなかった。


 そのまま表面上和やかな雰囲気で食事会は終わり、食後は男爵自らの案内で外壁の上にセシルを連れて行くなど、案内も全て男爵が取り仕切っておりセシルを全く手放さなかった。


 大人の男が苦手なセシルもすっかり懐いて夕食も楽しそうに男爵と話すのだった。


 セシルがいつ失言をしてしまうかと、辺境の面々は胃が痛い思いをしていたが『学院卒業後に男爵領に来る』という明言は一度もしなかった為、溜飲がさがるのであった。

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