第31話 サルーン子爵

 翌日、朝一に出発した。

 残って村を守る事が出来ないのならば、1刻でも早く子爵に連絡した方が良いのだ。


 道中にすれ違う商隊に声をかけつつ、急ぎ足で領主の街に向かう。

 商隊への声かけでは、あまりに恐怖を煽り過ぎると商隊が村に行かなくなってしまう。そうなってしまうと生活必需品不足で村を追い込む事になってしまうので注意喚起の塩梅が難しい。



 領主の住むサルーンの街に着くまでにも2回盗賊らしき影を見た。

 これは異常な回数と言っていい。


 サルーンの外壁が小さく見えてくると、もう個別移動しても安全なので先ぶれを出した。

 セシルの到着よりも男爵領から盗賊が流れて来ている。という情報を優先して伝える為だ。

 外壁が見えてからの先ぶれであっても半刻以上は早く伝える事が出来る。

 先ぶれを出してからはあえてゆっくり進む。


「なんでスピード落としたんですか?」


「恐らく今は盗賊の情報で、兵士達は慌ただしく上司へと通達を行っているはずだ。そこにすぐ我々が行ってしまうと、平民の兵士である門兵では盗賊の対応よりも準貴族の我々を優先してしまう可能性がある。なので、我々が少しゆっくり行く事で連絡が行き渡り、それぞれの仕事に落ち着くまでの時間を稼ぐのだ」


「なるほど~」


(……この顔は分かってないな)


 それからゆっくり1刻ほどかけて門近くに辿り着く。

 ここでも平民が並んでいる列を横目に貴族用に空いた所に真っすぐ向かう。門に着いた時には門兵は元の仕事に落ち着いていた。


「盗賊の件ご連絡ありがとうございました。少し兵士が慌ただしくしていますがご了承ください。では、領主館まで案内いたします」


 案内された領主館は辺境伯の館と男爵の館の間くらいの大きさだった。

 門が開かれると馬車のまま中に案内される。


 馬車を降りると、そこには執事と侍女達が数名並んで頭を下げていた。


「執事長のタンドレと申します。滞在中のご用命は私に申し付け下さいませ」


 ダラスとセシルだけ自己紹介をする。


「ではよろしく頼む。セシルの従魔はどうしたらよい?」


「はい。馬小屋でも問題無いのでしょうか?」


 タンドレは恐る恐る尋ねる。

 大賢者の従魔の立ち位置を測りかねているのだ。


「大丈夫です。エサは雑草でも大丈夫ですが、もし余った肉などがあればもらえたら嬉しいです」


 セシルが答えるとホッとした様にタンドレが答える。


「承知しました。お肉もお持ちします。サリー、馬小屋に案内して」


「はい」


 サリーと呼ばれた10代半ばほどのそばかすの侍女がキリッと返事をした後、ライムとマーモを恐る恐る案内しようとした所でどうやって案内したらいいか悩んでいた。

 ライムとマーモには首輪も繋ぐ紐も無いのだ。


「ああ。馬小屋まで歩いてもらえたら勝手に後ろを付いて行くので大丈夫ですよ」


「あっはい。失礼しました」


 慌てて頭を下げて。馬小屋に向けて歩き出す。ほんとに付いてくるのか不安なようでチラチラッと後ろを振り向きながら歩く。


 ライムとマーモの賢さを知らないとこうなるよな。と辺境領の面々は苦笑いをする。

 その辺境領の騎士達もイルネとダラス以外はライムとマーモが言葉をハッキリ理解しているという事までは知らない。


「では皆さまお疲れでしょうから、先にお泊りいただくお部屋にご案内いたします。1刻程お休み頂いた後に、我が領主と夕食を兼ねて面会いただけたらと思います。湯あみを希望でしたら準備しておりますので、遠慮せずお申し付けくださいませ」


 結局、全員が湯あみをしてスッキリしてから領主と会う事になった。

 タンドレに案内されて広間に入ると領主と奥方が立って待っていた。トラール男爵とは違いセシル側から近付いて挨拶する。


「セシル=トルカと申します。よろしくお願いします」


 右手をお腹に手を当て、左手を腰に回し頭を下げる。


「カリル=ロック=サルーン子爵だ。こちらが妻のシオンだ」


「妻のシオン=ロック=サルーンです。よろしくお願いね」


 カリルは50代半ばの好々爺と言った感じで白髪をオールバックしにしており、ふくよかな体格をしている。

 シオンは40代後半でカリルと同じように優しそうな顔で、赤みがかった長い髪を後ろで縛っており、シオンもまたふくよかな体格だ。


 カリルはセシルに握手を求め、セシルはそれに答える。


「おや? その腕輪はなかなかの物ではないか?」


「はい! 龍の腕輪です! トラール男爵……かっか? に頂きました!」


「なんと……龍の刻印が付いているだけでなく龍の素材なのかね?」


 ダラスに顔を向けて聞く。


「ハッ。龍の手の素材と伺っております」


「あやつめ。ここまでやるとは……」


 カリル子爵は歯噛みする。

 ダラスが雰囲気を変えようと、騎士を代表して挨拶しカリルもそれに返事を返す。


「盗賊の情報協力、誠に感謝する。早速討伐隊を出立させる事が出来た」


「いえ、領地に限らず平民を守るのが騎士の仕事ですから」


「モルザックの男爵に聞かせてやりたいわ。盗賊について連絡の1つくらい寄こせば良いものを」


「あなた」


「おおすまんすまん。とにかく、お主らを歓迎する。今回は滞在が1日とあまり時間が無いがゆっくり休んでくれ」


「ハッ。お心遣い感謝いたします」


「では、好きなだけ飲んで食べてくれ。席に案内を」


「皆様こちらへ」


 ロック子爵の食事の席は慣例通りの爵位順だ。

 必然的にセシルがロック子爵から一番遠い席になってしまう。


 和やかな食事の席で、やはり子爵からセシルへの卒業後の誘いがあったが、あまり強いお誘いでは無かった。

 騎士達は普通はこの程度の誘いだろう。と、さして深く考えていなかったのだが、実はこれは男爵の仕掛けた罠に子爵が嵌った形になる。


(クソッ! セシルを子爵家で囲いたいものだが、あまり強引な誘いが出来なくなってしまったではないか!! 盗賊の情報を寄こした辺境伯家を建てぬ訳にはいかぬからな セシルに会う前に先手を打たれてしまうとは。――トラールめ……ここまで考えて盗賊を我が領に流したか……龍の腕輪の事といい本気でセシルを取りに来とる。セシル次第で勢力図が変わりかねんからな。男爵風情が忌々しい)


 貴族の世界は貸し借りに敏感である。これを疎かにするようでは、あっという間に多くの貴族を敵 に回し貴族世界では生きられなくなってしまう。

 その為、子爵は辺境伯家に遠慮しセシルを強く誘えないのだ。


 トラール男爵が盗賊を流した件については『自領の盗賊を討伐しただけに過ぎない』と言われれば誰も文句が言えない。

 実際、盗賊を討伐しているし、逃れた盗賊が子爵領に行った事は調べようが無いのだ。

 明らかにそうであっても証拠がない。


 セシルやお付きの騎士達が気付かぬ所で、領主たちの水面下の戦いが広げられていたのだが、表面上は何事も無く和やかな雰囲気で子爵家との会合も終わり出立となった。


「また遊びに来て頂戴ね」


 子爵の奥方であるシオンはセシルを気に入っていたようだ。


「はい! ありがとうございます!」


 簡単な挨拶を終え、一路王都に向かう。


「後どれくらいで王都に着くの?」


「ここからは4日ほどで王都に着きますよ。ふふ。楽しみですか?」


「うん! 王都って凄いんでしょ?」


「凄いですよ! 建物がたくさん並んでいますし、外壁も今まで見た事無い程大きいですからね! 人も……多いですけど……」


「えーっ? 人多いの?」


「でも、あんなパレードみたいな事にはならないはずだから大丈夫ですよ! 多分」


「ん~。誰も見て来なければ良いけど」


「パレードじゃなければ貴族の馬車をじろじろ見る人なんていないはずですよ」


 王都は多くの貴族が集まる為、もちろん平民に対して横暴な貴族も多数いる。

 その為、貴族の馬車をじろじろ見る平民は少ないはずだ。


 辺境領出発前に王との謁見を伝えに来た使者には、セシルのパレード事件を伝えてあるので、王都ではパレードをしないと思いたいが、予定を立てていた場合キャンセルが難しい場合がある。

 辺境伯の読みでは、大賢者を宮廷魔術師に取り込みたい王はセシルを追い込むような事はしないはずなので、パレードが予定されていても無理にでも中止にするはずだとの予想だった。

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