第103話 岩山ハウス(本家)


 セシルは岩山を目指し、隠れながら道を進んでいた。

 カッツォ達から襲われてから、すでに数週間は経過しただろうか?

 あの事件以降はさらに慎重に隠れるようにし、人との接触は無くなっていた。


 すでに場所はディビジ大森林の中程まで来ており、さらに強力な魔物や数が多い魔物が増え、逃げ回る日々だった。


「岩山まであと少しだ! こんなに遠いとは思わなかったよ」

「ナー」ぴょん「グェッ」ぴょん「グェッ」

「ところで、ライムデカくなりすぎてない? ぴょんぴょんするたびにマーモが『グェッ』って声出ちゃってるよ」

「ナァ~」


 マーモも限界だという顔をする。

 ライムはここ数週間で食べる量が増え、急激に大きくなっているようだった。


「でもあと少しだから、マーモもうちょっとだけ頑張って!」

「ナァ~」



 トラウデン王国からカミール帝国に通じる1本道を通って来たのだが、途中で東に曲がる道が出て来た。


「道が増えた。どこに繋がってるんだろう? 教国かな?」


 セシルの予想通り、その道はアポレ教国に向かっている。

 トラウデン王国、カミール帝国、アポレ教国を繋ぐ道のちょうど分岐点で、3国からほぼ同じ距離に存在している三叉路であった。

 王国と帝国を一直線に結び、その真ん中から教国に繋がる道が1本横に繋がっている。

 教国↔王国、教国↔帝国の、直接つながる道も少し離れているが他にある為、わざわざ危険なディビジ大森林を通る教国行きの道を利用する者は少ない。


 セシルは岩山を目指し、三叉路から外れ、森の中に入って行く。

 東にあるアポレ教国の反対側。西に向かう形だ。

 この辺りの森は、道中と植生が変わっていた。

 大型の魔物が多いせいなのか、木と木の間はそれなりに空いており、割と歩きやすい。


 道から半刻ほど歩くと、ようやく岩山の麓まで辿り着いた。


「でっかああああ!」

「ナー」ぴょん「グェッ」ぴょん「グェッ」


 下から見上げると、上が見えないほど大きく迫力がある。

 岩の上に行くにつれ、苔や木が少しずつ増え、頂点は普通の山のようになっている。さらに西側を遠目に見ると、岩肌が無くなり木々が生い茂った山が連なっていた。


「やあああっと辿り着いたね! よし! この岩山を削って住処にするよ!」

「ナー」ぴょん「グェッ」ぴょん「グェッ」

「もう着いたんだから、マーモから降りてあげなよ」


 ライムが名残惜しそうにマーモから降りる。

 マーモは解放されて嬉しかったのか、パァと笑顔が咲く。


「そんなにしんどかったんだ?」


 セシルは苦笑いをする。

 さっそく岩山を斥力魔法で削り始めるが、当然の如く土壁を削るのと違い、かなりの時間がかかってしまう。


「これ、今日一日どころか、かなり時間かかりそう。とりあえず、仮家として土壁に家作ろうか?」

「ナー」ぴょんぴょん


 岩山の西側に移動し、良さそうな土壁を探す。

 岩山ハウス(本家)からあまり離れない所が良い。

 ライムはまたマーモに乗ろうとしたが、それを察知したマーモがピューッと逃てしまい、今はセシルの肩に乗っている。

 セシルの頭に乗れるサイズを越えているので、デロンと身体を伸ばして短いマフラーのように巻き付いている。


「ライムの身体がひんやりして気持ち良いね」

 ぴょん「グェッ」ぴょん「グェッ」

「あぁこれは中々ズッシリくるね。マーモはよく耐えてたよ」


 ディビジ大森林から連なるディビジ山脈は東西に長く広がっている。太陽の通り道とも言われ、山脈の真上を太陽が通って行き、かなり気温が高い。

 年中気温が高い地域だが、晴れの日の気温が高い分、太陽が雲に覆われ雨が降ると寒暖差が激しく、寒さを感じる。

 また、西側に落ちる太陽が山脈に遮られる為、山脈の一番東に当たる位置の岩山ハウス(本家)は、夜がかなり早いだろう。


「よーし! ここら辺で良いかな?」


 見た感じ岩山が終わり、地質が土に変わった場所で、いつものように掘って寝床を作ろうとするが、少し掘るとすぐ岩山に当たってしまった。


「ここもまだ岩山なんだ?」


 数度場所を変えて、ようやくまともに寝れるほど掘り進められる場所に辿り着く。


 運良く魔物も現れず、夕方になって借宿が完成する。もちろん入口は木で隠してある。

 ワイバーンの翼を下に敷いて寝床を作りあげると、道中倒した魔物の肉を食べる。

 すでに火を通してあり、時間が経っているので硬くなっている。

 残り少ない果物で水分を取り、噛み切れない肉を喉に流し込むと、いつものようにライムに歯の中を綺麗にしてもらう。


「もう疲れちゃった。果物も水が出る木もすぐ近くには無さそうだね。明日川に行ってみよう。あのデカトカゲがいなければいいけど」

「ナー」ぴょんぴょん



 朝、目が覚めると、身体中が虫に刺されて顔も腫れていた。

 下唇が倍ほどに大きくなっている。

ポリポリと身体を搔きながら、身体を起こす。


「うぅぅ~虫よけの薬草塗るの忘れてた……」


 幸先が悪いなと思いつつ、かゆみ止めの薬草を身体中に塗りたくる。


「マーモは大丈夫?」

「ナー」

「刺されてるけど痒く無いんだね。羨ましい。ライムも何とも無そうだし、人間って弱いねぇ~」

「ナ~」

「心配してくれてありがとうね。薬草集めながら川を目指そう」


 川の方向はおおよそ分かっている。

 川を目指して歩き出すと、思いの外すぐに着くことが出来た。

 山からさらさらと流れてくる。川幅は50センチほどで、深さは5センチにも満たないくらいだ。

「おー!! 飲み水はこれで問題ないね! デカトカゲもいないから最高だ!」


 手で掬いゴクゴクと水を飲む。


「ウヒィー冷たい!! 美味しい!」


 マーモも水をゴクゴクと飲む。

 ライムは水の中に入ると身体を拡げ、水を全身で浴びている。

 水場の近くは薬草や、キノコなども至る所に生えていた。


 恵まれた土地のようだが、残念ながらセシルはキノコの毒の判断が出来ない。

 今の所、食べずに過ごしているが、今後食料に困ったら食べるかもしれない。と悩ましげだ。

 一応、ダラスやイルネに食用キノコや毒キノコを教えて貰っていたが、種類が多く、さらに並べて見なければ見分けが難しいキノコもあった。

 完全に見分けが出来るようになるまでは、勝手に食べてはダメだと言われていた。

 結局、イルネが亡くなるまでに合格を貰う事が出来なかったため、未だにキノコを食べるのは避けている。


 今後の食料の確保について考えながら、薬草と山菜を回収しつつ川を下って行く。


「身体を洗えるほどの水量が欲しいね~」

「ナー」


 頻繁に身体を洗う文化は無いが、魔物が臭いに寄ってくる事が分かっているので、時折身体を洗い流し、臭い消しの薬草を塗る事を心がけていた。

 特に最近は川から離れた道を歩いていた為、体臭がキツくなっているはずだ。


 しばらく下ると段々と川の幅が広くなっていく。1メートルほどの川幅になってきた。


「ナー」

「ん? 魔物?」

「ナー」


 セシル達はマーモの案内で静かに付いて行く。

 すると、水を飲む7匹のマーモットが居た。


「ディビジ大森林に来てから初めてマーモット見たね。マーモどうする? 見付からないように迂回して川下に行こうか?」

「ナー」


 隠れながら移動していたが、マーモットの集団はセシル達に気付いてしまい、グルルルルと喉を鳴らし遠巻きに威嚇してくる。

 それを見たマーモが堂々と1匹で集団の前に出て行った。集団の中で一番大きい個体よりも1.5倍は身体が大きく角も生えているマーモが「ナ”-」と低い声で鳴くと、さっきの威勢はどこに行った? とばかりに集団はピャーッと逃げて行った。 


 弱小であるマーモットが、ディビジ大森林で生きていくのはかなり大変な事である。その為、危機管理能力が非常に高く、負けると思ったら一目散に逃げる癖が付いていた。


「マーモの威嚇凄かったねぇ」

 ぴょんぴょん「ナー」


 マーモは同族に対する圧倒的勝利に、ご機嫌なステップで歩く。

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