第104話 魔物の魔法
野生のマーモット達が去ってから、さらに四半刻ほど川下に移動すると、1.5メートルほどの川幅になった。
「ここなら大丈夫そうだね。このくらいの深さならデカトカゲもいないだろうし」
深い所で膝下くらいまでの水深があり、マーモと一緒に寝転がるように川に入って全身を洗い流していく。川が浅く視線の範囲では小魚しか見当たらない。
「うぅ~虫刺されがヒリヒリするぅ~」
ザバッと川から上がると、ぶるぶるっと身体を振るう。
「あれ? ライムは?」
「ナー?」
するとライムが水の中から、ヌルンと出て来た。
身体の中にビチビチと藻掻く魚が見える。小魚を数匹捕まえて来たようだ。
捕まえた魚を体内からピョッとセシルの前に出す。
「おっ! ライムありがとう!! 魚小さいし、ここで食べていこうか」
マーモとライムは生のまま食べ、セシルだけが小枝を少しだけ集めて魚を焼く。
小魚なのですぐ焼きあがり、骨ごとバリバリと3口程で食べてしまう。
食後に虫よけとかゆみ止めの薬草を石ですり潰し、身体に塗りたくると仮家に帰って行く。
何事も無く仮家に辿り着くと、在庫の硬くなっている肉を食べ、本家の作成に取り掛かる。
岩山を斥力魔法で小さく切り取っては周囲に投げ捨てる。という作業をひたすら繰り返していると、すぐに身体が悲鳴を上げ始めた。
普段、背負い籠以外で重たい物を持つことが無いし、投げる動作などほとんどやったことが無いのだ。当然のように握力は無くなり、肩や腰も痛くなってくる。
「……きょっ今日の家作りはここまで」
「ナー」ぴょんぴょん
ぐったりその場に座り込んで休憩をしていると、マーモが危険を知らせてくれる。
「ナー!」
セシルはすぐ立ち上がり、剣鉈を構える。
すると、ガサガサと音がして、ゴブリンが4匹現れた。
「うっわ。ここにもゴブリンいるの? 食べられないし。最悪」
度重なる戦闘で、今ではゴブリン4匹程度ではあまり恐怖を感じなくなっていた。
ゴブリンは人間並に魔法の臭いに鈍感なようで、斥力魔法が活躍し、割と簡単に退ける事が出来る事が多い。
現れたゴブリンは2匹が剣を持っており、後の2匹は木の棒を手にしている。
剣はディビジ大森林で死んだ冒険者の物だろう。
「左側の剣持ったやつから斥力お願いっ!」
剣鉈でゴブリン達を牽制しながら、空いた左手で魔法を放つ。
相手の方が数が多いので、とりあえず1匹減らす作戦だ。
ギャギャッ!?
魔法で狙われたゴブリンは、謎の痛みから逃れるように素早い動きでその場から離れ、木の陰に隠れると、顔だけ出してセシル達の様子を見る。
まだ魔法が当たる距離だが、3匹に気を配りながら魔法を当てる事は難しい。
「あっ! くそぉ! 上手い事逃げられた。川の時みたいに滑って転んでくれたら楽なのに」
隠れるゴブリンについ気を取られてしまった所で、他のゴブリンが襲って来た。
「あっ! それぞれ近いのに対応して!」
セシルが目の前に迫って来ている木の棒を持ったゴブリンに集中しようとすると、どこからか急に顔に水の塊が当たった。
ばしゃっ
「うわっっぷ!?」
(魔法!?)
木に隠れたゴブリンが水魔法を放ったのだ。
ギャギャッ
セシルが顔にかかった水を払い除けようとした隙に、ゴブリンが木の棒を振るって来た。
バキッ
「痛っ!!」
ゴブリンがセシルの左腕に木の棒を殴り付けたが、木が腐っていたようで、中程で折れる。
ギャッ!?
セシルの腕は赤くなるが、骨には異常がなかったようだ。
ゴブリンが折れた木の棒に気を取られた隙に、剣鉈でビュッと首筋を切りつける!
ギャアアアアア
斬られたゴブリンは首を抑えると、バタバタと森の中に逃げ出し、姿が見えなくなった。
ライムとマーモの様子を見ると、2匹とも斥力魔法で近付けない様にして距離を保っていたようだ。
セシルに水魔法を当てたゴブリンは、まだ木の陰からセシル達を覗いている。
1匹がどこかに逃げ、1匹が木の陰から覗いている。
直接相対しているのは2匹だ。セシルは数の有利が出来、今がチャンスだ! と、ライムと相対していた、剣持ちのゴブリンに斬りかかる。
ギャギャッ!?
キンッ
セシルの剣鉈は受け止められるが、その隙にライムの斥力魔法がチクチクと顔を攻撃する。ゴブリンが鬱陶しそうに、見えない何かを手で払いのけようとし、セシルから視線が外れた所で、剣を持っている手を斬りつけた。
ズバッ!!
ギャアアアアア
ギャアアアア
セシルの腕力では、腕を切り落とす事は出来なかったが、傷は深く、ゴブリンは剣を持っていられなくなってしまった。
反対側の手はチクチクする痛みを払いのけようとする事で必死だ。
剣を落としたゴブリンなどもう怖くない。と、次は足を斬り付ける。
ギャアアアアアア
足をやられ、転倒したゴブリンに止めを刺そうとして、セシルは「しまった!」と思う。
ここで殺したら新居予定地に魔物が寄ってきてしまう。
もうすでに傷付けてしまっている血の臭いはどうしようもないけど……と考えつつも這って逃げようとするゴブリンの無事な手も斬り付ける。
魔法を使われる可能性があったからだ。後に現れるかもしれない魔物より、今目の前の魔物を優先した。
ただし、たくさん血が出そうな場所は攻撃していない……つもりだ。
ギャアアアア
さらに泣き叫ぶゴブリンを余所に、マーモと相対しているゴブリンに近付こうとすると、仲間の悲鳴に状況を把握したのか、背を向けて猿の様に四足歩行で走って逃げて行った。
木の陰に隠れていたゴブリンもいつの間にか逃げていたようだ。
最後に残った足と両腕から血を流しているゴブリンも、バランスを崩しながらバタバタと逃げて行く。
セシルは臭いの元が離れていく事にホッと息を吐く。
「ふぅ~終わった。ゴブリンに魔法使われたの始めてだね。油断してたよ。……腕痛った~」
「ナ~」
「心配してくれてありがとうね。でも、大丈夫だよ。ちょっと強く打ったけど、木が腐ってたみたいで助かった。ああ。そうだ。ゴブリンの血が垂れてる所に土を被せないとね。臭いに魔物が集まっちゃう」
セシル達は、せっせとゴブリンの血に土を被せる。
「ん~まだ日が高いから、もう一度魚捕りに行って今日は終わりにしようか。もうお肉少なくなってきたし……あっ血の臭いで狼が来るのを待ってからそれを……いや、何が来るか分からないからそれは怖いからやめとこう」
「ナー」ぴょんぴょん
ゴブリンが落とした錆た剣を背負い籠に入れると、またしばらく歩いて川に辿り着く。
1日に2回も魚捕りに来るのは間違いだったなと思いながら、疲れた身体を水で冷やしてる間にライムに小魚を捕ってもらう。ライムはマーモの背中に乗って移動しているので、あまり疲れていないはずだ。
捕って来た小魚は、その場でサッと焼いて食べてしまう。
小魚を食べて満足し、借宿に帰っている途中で、グオアアアアアアと獣の声が本家の方面から聞こえてくる。
声から察するにかなり大物のようだ。
それに反応して、鳥たちもギャーギャーと鳴きながら、バサバサと木から飛び去って行く。
「うっそぉぉぉ。何この吠え声。まだ距離ありそうなのに身体に響くね。こっわ~。絶対大物だよ。さっきの血に反応して来たのかな? ゴブリンの方に行ってくれてたら安全なんだけど……」
ゴブリンは借宿と反対方面の南側に逃げて行ったので、そちら側で争ってくれる分には問題が無い。
近くに大物が住んでる事が問題ではあるが、とりあえずは大丈夫だろうと思い込む。そうポジティブに思い込まなければ、ディビジ大森林で生きていく事など出来ない。
セシル達は周りに注意しながら、慎重に借宿に向かう。
やはり大物らしき魔物はゴブリンの方に向かってくれたようで、安全に辿り着く事が出来た。
借宿の中で残り少ない肉を食べる。成長期のセシルは、川で食べた小魚だけでは足りないのだ。
「野草を茹でたいなぁ。炙っても苦いだけなんだよね。茹でてもだいたい苦いけど。斥力魔法使えば簡単に木で鍋とかお皿作れるかな? 明日試しに作ってみようか? それと、食糧の残りが少ないから、明日は家作りは休んで、山を登って果物採集をしようね!」
「ナー」ぴょんぴょん
「じゃ、おやすみなさい」
寝ようとした所で虫刺されの痒みを思い出し、追加で身体に虫よけ草を塗りたくってから床についた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます