第102話 各地


 セシルが誘拐されかけてから、しばらく経った頃、各地でセシルの行方について議論がなされていた。



 トラウス辺境領では領主補佐のマルエットが、領主リンドルに報告をしていた。


「何だと!? 今更、国がセシルを探していると? どの面下げてその様な事を言っておるのだっ!?――それで、セシルが見付かった場合、どうするつもりだと?」

「分かりません。通達内容を大まかにまとめると『関所全てに人相書きと特徴の手配。見付け次第、即座に報告。褒賞もあり。丁重に保護する事。隠した場合罰する。』との内容でして、セシルが今後どのような扱いになるかは分かっておりませぬ」

「そうか……セシルの能力に今更になって気が付いたか。しかし、何故今になって?」

「おそらくですが、教国も教会を通じて探している事と、帝国もセシルを探している事が王に伝わったのでしょう。もしかして連邦国なども捜索しているかも知れませんね。」

「なるほど。トラウデン王国では未だセシルの本当の能力に気が付いていないが『他の国がこぞって探すなら何かあるはず』と判断したか? 我が国ながら情けなくなるな」

「リンドル様、どこに耳があるか分かりませぬ。お控えを」

「ハハッ。これくらいの軽口も見逃さぬような目聡い国であったなら、そもそもセシルの能力を見落としはしないさ」

「……否定できない所が悲しいですな」

「――しかし、万が一にも帝国や連邦国にセシルが連れて行かれでもしたら、我々では探す事が困難になる。それを考えると、国総出で探す気になったのは朗報と取って良いか」

「左様でございますね。教国ならまだしも他国ならロディとカーナが会う事も叶わなくなるでしょう。それだけは避けたいですからね」

「トラウデン王国がセシルの扱いをどうするか分からぬが、ロディとカーナに少しは前向きな報告が出来るな。とりあえず、関所、領民、各村への手配を頼む」

「ハッ。すでに準備を始めてございます」

「よろしい。それに平行してロディとカーナには優先的に伝えてやってくれ」

「ハッ」



 ロディとカーナへの報告は、2人の師匠であるダラスが行う事になった。


「国がセシルを捜索ですか?」

「うむ。セシルが発見されてからの扱いについては分からんが、丁重に扱えとのお達しが来ている事から、悪い事にはならんだろう」

「そう……ですか。今更ですか」

「まあ不安はあろうが、とりあえず捜索の目が増えた事を喜んでも良かろう」

「そうだぞ母さん! 見付かる可能性が増えたんだ! 素直に喜ぼう! またセシルが王都に行くことになるかもしれないが、とにかく今は無事を確認する事が先決だろ?」

「そうね。あなたの言う通りだわ。前向きに捉えなきゃね! ダラス様、わざわざご連絡下さりありがとうございます」


 ロディとカーナは揃って頭を下げる。


「良い。セシルは孫のように思っておる。当然のことだ」

「ふふ。ではダラス様は私たちの父ですね。いつもありがとうございます。お父様」

「おっお父様!?」

 

 突然の言葉にダラスは鼻がツンとなるのを感じる。

 慌ててロディとカーナに背を向け、空を見上げ始めた。


「とっ突然その様な事を言うのではない!」

「おや? ダラス様、泣いておられるのですか?」

「なっ泣いてなどおらぬわ!」


 ロディとカーナが辺境の村の開拓民となったのは、共に幼くして両親を失った身の上からであった。

 その為、成り行きで師匠となったダラスの事を父の様に慕っている。

 ダラスもまた、嫁に先立たれ子供も居なかったため、お父様と言われて心にグッと来るものがあった。


「とりあえず、伝える事はそれだけだ。また来る」

「はい! ありがとうございました。お父様」

「うるうるうるさいわっ」


 ダラスが恥ずかしさに顔を真っ赤にして帰るのを、ロディとカーナは微笑ましく見送るのであった。





 シャレーゼ連邦国では15にも及ぶ小国が集まっている。

 各国の自治が認められているが、共通言語、共通通貨があり、加盟国同士の戦の禁止。また、どこかの国が他国から攻められた際の派兵の義務などが決められている。

 国々は表面上、同列とされ、大きな取り決めは各国の代表が一堂に会し、多数決で物事を決める。


 その中の1つカナリアンはシャレーゼ連邦国に属しており、2大国のトラウデン王国とアポレ教国の両国に接触している唯一の国で、連邦国内での発言力を高めるべくセシルを狙っている。


 連邦国の国々は同列とされているが、実際はそんな事はない。

 交易の要となる国や、軍事力が高い国の発言がどうしても重たくなってしまう。


 一昔前のカナリアンは大国二つと接しており、通行に関税を掛ける事で経済が潤っていたが、それを良しとしなかった両国が森を開き、直通の道を作ってしまったが為に、カナリアンの外貨獲得の機会が激減してしまった。

 現在ではシャレーゼ連邦国内で経済力、軍事力共に可もなく不可もなくと言った立ち位置で、周りの雰囲気に合わせて意見を変える蝙蝠外交になってしまっている。

 カナリアンの代表シリウスは、まだ40代前半の女性で野心家だった。この蝙蝠外交に嫌気が差しており、セシルを獲得する事で勢いを取り戻そうと考えている。


「セシル殿の故郷であるトラウス領でも、セシル殿を捜索しているとの情報が出ておりましたが、さらに最近は王国全土でセシル殿の情報を求めている様子」

「まだどこも手に入れていない可能性があるのは朗報ね。シャレーゼ連邦国の中では、我々がトラウス領に一番近く情報を取りやすいのだから、なんとしてもカナリアンにセシル殿をお連れしなければならないわ」

 

 一番近い距離にある事で、チャンスを逃すまいと気合を入れるシリウスであったが、それでもトラウス領まで1ヵ月半はかかる距離にある。

 他にもトラウデン王国に接する連邦国の国々が、それぞれ捜査員を派遣していたが、距離による情報の鮮度の不利から、運が良ければどうにか……くらいの気持ちで派遣している国がほとんどであった。だからこそ、シリウスはこの千載一遇のチャンスを逃したくない。


「しかし、王国内で見付かっていないとなると、どこにいるのでしょうか?」

「そうね。トラウス領方面に向かったという情報はあるのだけれど……ん~そちら方面だと王国を出たとしても帝国、教国どちらにしてもディビジ大森林を通る必要があるわね。大森林の移動を依頼するだけの資金を持っていたとしたらマズいわ」

「そうですね。とりあえず教国内と帝国にも人を送りましょう」

「お金がかかって仕方ないわね」

「今後の事を考えると仕方ない出費です」

「そうね。掛かった費用は絶対に取り戻すわよ」

「はいっ!」



 カミール帝国皇帝、ザイル=エ=クリエ=カミールは豪奢な椅子に座ったまま左右から美女に腕をマッサージをしてもらっていた。

 ザイルはブクブクと太っており、肉に埋もれて細くなった目は常に人を見下している。

 その見下した先には平身低頭する2人がいた。

 軍務長官ソバンと宰相パットンである。


「余は不機嫌である」


(何て答えればいいんだよ。ソバン殿答えてくれ)

(何て答えればいいんだよ。パットン殿答えてくれ)

 ソバンとパットンはお互いが返答してくれるのを期待したが、それは叶わなかった。


「「……」」


 我慢比べに負けたソバンが苦し紛れに返答をする。


「……ハッ」

「な~にが『ハッ』だ。余が不機嫌だっつってんだろ。何でか分かるだろ?」

「……大賢者の件でしょうか?」

「そうだよ。それだよ。まだ捕まえられんのか? つってんだよ。無能が」

「距離を考えると、どうしても時間がかかりますれば」

「お前、余に口答えするのか?」

「いっいえ、とんでもございません。全力で捜索し、一刻も早く閣下に良いご報告をお持ちいたします」

「最初からそう言え。――おい、鞭」


 少し離れた所で控えていた侍女が、1メートル程の短い鞭をザイルに渡そうとする。


「お前がやれ」

「えっ?」

「二度言わすな。お前がソバンを打て」


 侍女は青褪める。

 侍女も貴族の出だが、軍務長官であるソバンは5本の指に入る権力者だ。

 上位に当たる軍務長官を鞭打てば自分の命が危ない。


「ごっご勘弁をっ」

「そなた、軍務長官の方が余より偉いと思っておるのか?」

「とっとんでもございません。閣下こそ至高でございます」

「至高である余が指示したのだ。やれ」


 侍女は怯える目でソバンを見る。


「構わぬ。打ちなさい」


 ソバンはそう言うと四つん這いになる。


「許可を出すのは余だ!! 勘違いするなっ! 鞭打ち5回追加だ!」

「ハッ。差し出がましい真似を致しました。そなた。閣下の指示通りに」


 侍女は悩まし気にキョロキョロと視線を彷徨わせながら、そろそろとソバンの横に行くと、目を瞑り鞭を振るった。


 バシンッと音が鳴る。

「グッ」


 ソバンが着ていたシルクの服では、ほとんど肌を守る事が出来ない。

 侍女は目を瞑ったまま続ける。


 バシンッ バシンッ バシンッ バシンッ


 5回を終えるとソバンの服は破け、血が滲んでいる。

 侍女はやっと終わったという安堵と、とんでもない事をしてしまったという重いから足がガタガタと震える。


「何故やめる?」

「……え? あっ申し訳ございません。先程5回と……」

「5回『追加』だと言ったのだ! 後5回やれ!」

「はっはい!」


 立ってる事がギリギリな程に震える足で、さらに5回打据えた。

 終わるころにはソバンは気絶し、運び出されるが、誰も皇帝を諫める事をしない。


 誰もが皇帝が神だと幼き頃より教育を受けており、逆らう事が出来ない。

 もちろん理不尽な事に苛立ちなどは感じるが、深層心理に逆らってはいけないと植え付けられているいる為、いざ皇帝を前にすると畏怖し何も出来ないのだ。


 皇帝から離れた土地に住んでいる貴族達は、こっそり好き勝手やっているが、それでも皇帝を前にすると畏怖し、中には涙を流すものまでいる。

 皇帝から離れるとまた好き勝手やり始めるのだが、皇帝の権力は揺るがない。


 そんな皇帝の発言で、セシル捜索の優先度が上がり、兵士の動員がまた増えるのであった。

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