第101話 生還
王国から来た商人が問いかける。
『お聞きしたいのですが、なぜセシル殿はそこまで帝国で欲されているのでしょうか? 王国では役立たずとの評価だったのですが……』
『むしろ、なぜ王国で評価されてないのか我々は分からないのですが』
『それは……魔法の威力が平民以下で、しかも老化の呪いを撒き散らすと……』
『なるほど。そういう評価なのですね。そうですな。セシル様が優れているかどうかは、セシル様と従魔2匹だけで王国からここまで歩いて来れた事を考えれば、答えが出るのでは?』
『は? 歩いて? 護衛はいなかったのですか?』
『私が見た所、護衛はいませんでしたよ。弱小とされるマーモットとスライムを連れたセシル様お1人でした。川沿いに歩いて来た言っていました』
『かっ川沿い!? 小川ではなく?』
整備された道沿いにも所々小さい川が流れている。本流から枝分かれした川だ。
休憩所も小川の近くに作られていることが多い。
『休憩所の存在を知らなかったみたいなので、小川じゃなくて本流の川沿いだと思いますよ』
その話を聞いた王国からの商人が護衛に尋ねる。
「セシル殿が従魔のスライムとマーモット2匹だけを連れて、本流の川沿いにここまで歩いて来たみたいなんですが、そんな事可能ですかね?」
「は? セシルって言やぁまだ10歳でしょ? 流石にそれは嘘でしょう? 無理ですよ」
「そうですよね……ちなみに熟練冒険者であるあなた達なら可能ですか?」
「……厳しいですが、5人でとてつもなく運が良ければ可能かもしれません。ですが、大物の魔物が1匹でも現れれば、全滅か半壊は免れないでしょうな」
「我々とここまで来る間、すれ違う行商人が多い。という話をしたのは覚えてますか? 何か祭りかなんかあったかどうか確認の話もしたと思いますが」
「はい、もちろん覚えてます。普段の2~3倍はいたような気がします」
「実はそれは帝国の兵士や、どこかの貴族の密偵の可能性があるらしいです。セシル殿を探す目的のようで。……もしセイル殿が道沿いに通っていたら、見付かって連行されているはず。その兵士達とすれ違わずにここに現れたと言う事は、セシル殿は道沿いに歩いていないと言う事になるのでは?」
「なるほど。その様な理由で多かったのですね。確かに道を通ってなかった可能性もありますが、誰かが来た時は森の中に隠れた事も考えれらます。その可能性の方が高いでしょう。まあ道を通ったとしても、徒歩で王国からここまで来るのは、無理があると言わざるを得ませんがね。ポストスクスを連れていれば、あまり魔物が襲ってくることはありませんが、それが無いのですからね」
「やはり、王国はセシル殿の力を見誤ったのか……]
「徒歩が事実ならそう言う事になりますね。短時間で襲って来た魔物を老化させることが出来るのか、それとも他にも何か技を持っているのかもしれませんね。私は王都拠点の冒険者じゃないので、セシル殿の詳しい情報はあまり知らないのですが」
「なるほど。ありがとうございます」
結局、セシルの能力について疑問を残したまま、帝国側に向かって移動する事になった。
ディッフィーは目的地であった王国に行けず、帝国に出戻りになる上に、荷物の半分も持って行かれてしまう為、行商人を辞めなければならないほどの大打撃だ。
遠のく王国方面の道を見て溜息をつく。
舌先三寸でどうにか誤魔化したカッツォは、気休め程度のお金しか持っていなかった為、1人置いて行かれそうだったが『帝国に戻ったら俺の証言が必要になる。場合によってはセシルを買い取りした事でお取り潰しになった貴族の資産から、あんたの損失が補填される可能性もある』と説得されてしまったディッフィーが、渋々カッツォの同行費も支払い、連れて行って貰う事に成功した。
その代わり護衛依頼は当然失敗の扱いで、冒険者ギルドの規則に則った罰金を支払う事で話がついたが、冒険者如きに上手く言いくるめられている気がして、ディッフィーは非常に気分が悪い思いをしている。
しかも実際は、セシルは捕まっていない為、お取り潰しになる貴族など存在しない。
荷台も運んで貰っているディッフィーと違い、カッツォは荷物を持っていないので、同行費用は然程高額な値段は取られていないのが救いか。
帝国に向かう途中で、カッツォの仲間の死体が転がっていた。
すでに熊は去っていたようだ。偶然か他の魔物も近くにいないようだった。
死体の身体はぐちゃぐちゃだったが、装備と顔から誰なのか判別が可能だった。
『どういう事だ? こいつはお前の仲間だろう? 何日も一緒にいたんだ顔を忘れる訳がない』
『確かに仲間だった奴だが、何故ここで死んでいるかは分からん。俺と別れた後に魔物に襲われたんだろう?』
『休憩所から近いぞ? どう考えても時間が合わないだろう? 私が朝一に起きた時にはポストスクスが居なくなっていたんだ。そこから数刻後にこちらの行商人の方が休憩所にやってきて、その後にお前が戻って来た。もっと遠い場所じゃないとおかしいだろう?』
『魔獣に引きずられたんじゃねぇの?』
『血の跡は数メートルしかないぞ。やっぱりお前、嘘付いてるな?』
『俺が? 何のために? わざわざあんたの護衛の為に戻って来た俺が、そんな嘘を付く意味が無いだろう? もちろん恩着せがましく言うつもりはないぜ。俺の仲間、いや仲間だったやつが迷惑をかけてしまったんだ。申し訳ないと思っている。すまなかった。……だが、俺も長年連れ添った仲間を裏切って戻って来たんだ。少しは信用して欲しいぜ』
『……ぐぬぅ』
ディッフィーはどうしても納得が出来ないが、言い返すことが出来ない。商人のくせに口先で冒険者に負けてしまっている。
カッツォは冷汗をかいたが、なんとか無理やり乗り切る事に成功した。
(後は、セシル達と戦った場所がどうなっているかだな。まさか俺達が裏切った依頼人と同行する事になるなんて思ってなかったから、どうなってるか確認してねぇぞ)
さらにしばらく行くと、セシルと戦闘した場所を通り過ぎた。
地面の血の跡から、その場所であろうと読み取れるが、確信を持てないくらいには綺麗に死体も何も無くなっていた。
おそらく魔物に持ち去られたのだろう。
カッツォ以外は、違和感を覚える事もなく、普通の道として通り過ぎて行った。魔物同士の争いで道に血が付いてる事なんて珍しくもないのだ。
(これで乗り切ったか? いや、セシルの野郎とすれ違う可能性もあるのか……もしセシルが発見されて、行商人達が話を聞いたらマズいな……クソッどうしたらいい……)
しかし、カッツォの心配は杞憂に終わり、セシルと出会う事は無かった。
セシル達はポストスクス達の足音が近づいて来た事に気が付き、森の中に潜んでやり過ごしたのだ。
セシルからはカッツォの姿が見えており、自分を襲った男が無事に生き延びた事に渋い顔をする。
ポストスクスという足を無くした上に、血の臭いが充満した場所に目を怪我した仲間を1人残した事で、足手まといを抱えては魔物から逃げ切る事は難しく、全滅するだろうと判断したのだが、その判断が間違っていたと知る。
連携の取れた動きから長年付き添った仲間達だと判断し、目を怪我した仲間を見捨てる事はしないだろうと思ったが考えが甘かった。
目を怪我した男が荷台の中にいる可能性もあったが、マーモに臭いで人数を確認してもらった所、セシルから見えていた人数と一致していた。
恐らくあの男は仲間を見捨てたのだ。
(見捨てたのか、助けられなかったのか? どっちにしろあんな奴と関わったらロクなことにならなそう。もう会いませんように)
セシルの願いとは裏腹にカッツォが生き残った事で、後に事態が大きく動き出すことになる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます