第100話 言い訳


 行商人のディッフィーは荷台の中で目覚めると、のんびりと荷台の外に出た。

 そこで異変に気付く。

 自分が寝ていた荷台以外が、ポストスクスを含め綺麗さっぱり無くなっているのだ。


 「……え?」


 寝起きで何が起きているかさっぱり分からなかったが、まずは安全の確保をする為に、すぐさま魔物除けが周囲に残っているか確認に動き出す。


 魔物除けも全て回収されてしまっている事を確認すると、背中に冷たい汗を感じながら重たい身体を走らせ、大慌てで荷台に置いてある予備をセットする。

 魔物除けを配置し直した事で人心地付いたが、今後の事を考えると悪い事ばかり思い浮かび、ただその場で佇むしかなかった。


 ディビジ大森林は危険度が高く、全て失うか中儲けするかという博打的な行商の場であり、危険度に対して儲けはそこそこと割に合わない事から、駆け出しの商人が数度往復してそれなりの資金を作ると、ディビジ大森林から足を洗う者がほとんどで、普段交通量はあまり多くない。

 その為、いつ助けが来るか分からない。しかも荷台持ちだ。ポストスクスに余裕が無いと助けて貰える可能性も少ない。

 帝国側からのセシル捜索の兵士達の行き来は増えているが、任務はセシルの捜索であるため、しがない行商人を救ってくれることはまずない。皇帝がセシルを捜索せよと言えば、それが最優先なのだ。


 しかし、不幸中の幸いか、昼頃に王国側から来た行商人とその護衛達が、休憩所にやってきた。


 事情を話し、荷物の半分を譲る事で助けてもらう話が付く。

 荷物の半分とはかなり暴利ではあるが、命には代えられない。王国側から来た商人は博打に成功し、自分は失敗した。ただそれだけだ。

 王国側の行商人が、命を引き合いに全ての荷物を要求する事も可能だと考えると、良心的だと思うしかない。


 ディッフィーは自分の状況に、悔しさが頭をもたげる。

(護衛がセシル様を誘拐したか、それともセシル様が護衛を誘ったか……)



「結構、距離進んでしまってたんだな。だが、ようやく休憩所が見えて来た……ん? クソッついてねぇ! 別の行商人が来てるじゃねぇか! 来るなら俺が殺した後に来いよ!! どうする。どうすればいい? ……セシルのせいにするか……いや、どうやって」


 休憩所まで戻って来たカッツォが、少し離れた所で悩んでた様子は、王国側からきた護衛に発見され、ディッフィーと王国側から来た行商人に報告された。


「――歩きで誰か来た? こんな場所で歩きですか?」

「もしかしてポストスクスを連れて消えたという、ディッフィー殿の護衛ではないかと思いまして」

「まさか。戻ってくる事など無いでしょう?」

「それはそうですな」

「一応確認したいのですが、どちらにいます? 案内してもらえますか?」

「ええ。それくらいなら。背を低くして私に付いてきてください」


 ディッフィーは護衛に案内されて、カッツォから見えにくい位置に移動すると、顔を確認する。


「――あいつだ。私が雇っていた冒険者です」

「どうしますか?」

「……事情を聞きたい」

「捕らえると言う事でよろしいでしょうか?」

「はい」

「無料とはいきませんが?」

「もちろん。ちゃんと支払わせてもらいます」

「分かりました。では、私の雇い主が承知すれば実行に移します」


 王都から来た行商人も、裏切る可能性のある冒険者の情報は欲しい。護衛以外の仕事は別料金になってしまうが、それをディッフィーがお金を出して調べてくれると言うのだ。願ったり叶ったりで了承した。



 カッツォは少し離れ、手ごろな倒木に腰掛けると思考に没頭していた。念の為、魔物避けも設置している。

(……良い言い訳が思い付かない。セシルに騙されたは無理だ。10歳前後の子供に騙されたなどおかしすぎる。脅された……もおかしい。ベテラン冒険者が5人もいたのだ。ポストスクスが暴れだした? いやそれなら行商人を起こさないのはおかしい……)


 魔物除けを置いた事で気が抜けていたのか、カッツォはいつの間にか取り囲まれている事に気が付かなかった。


 ガサッ


『誰だ!?』


 反応した時には、すでに4人の男達に剣を突きつけられていた。


「抵抗はやめよ」

『言葉分かんねぇよ』


 言葉が通じない事が分かったのか、男たちは黙ってカッツォを縛る。

 もちろん魔法が使えないように、掌をくっ付ける形で縛っている。

 カッツォも抵抗しても殺されるだけだと感じ、大人しく縛られる事にした。


(なんだこいつら? 盗賊っぽくはない。手入れされたまともな装備をしている……ああ、さっきの行商人の護衛か……チッ、まだ言い訳が思い付いてねぇってのに)



 カッツォは縛られたままディッフィーの前に転がされた。


 ディッフィーはコメカミをピクピクとさせながら、冷静にと自分に言い聞かせ帝国語で話しかける。


『朝……私が起きたらポストスクスが3頭と、お前たちが居なくなっていた。どういう事かね? ご丁寧に魔物除けまで無くなっていた』

『そっそれは、めっ命令されて仕方なく従ったんだ!』

『ほう? 誰に?』

『セッ……リーダーのトライだ! だが、俺は仕事を放り出すことに反対だった! だから機を見て戻って来た! リーダーがやった事は申し訳ないと思っている! だが、俺はこうして戻って来た! あんたを護衛するためだ! 許してくれ!』

『トライ殿は何故、去る指示をしたのかね?』

『それは……セシルを誘拐する為……』

『なるほど。筋が通ってるような、通ってない様な?』

『横からすみません。セシルとは、あの大賢者の卵の?』


 ディッフィーが悩んでいると、王国側から来た行商人が会話に入ってくる。


『そうです。たまたまこの休憩所に居合わせまして』

『なんと! こんな所に!? 王国ではセシル殿の両親と、トラウス領から捜索願いが出されてるんですよ! しかし、誘拐とはまた何故でしょう? セシル殿のご両親は平民で、身代金などたいして払えるようには思えませんが……トラウス領も金持ちの領土ではありません』


 この行商人が王国を出た時はまだ、国を上げてセシルを捜索するお触れが届く前だったようだ。


『それは……帝国に行けばどうせ分かるので、先に言ってしまいますが……セシル様が学院を出て失踪したとの情報が流れ、皇帝の指示で『セシル様を帝国にお迎えせよ』との指示が出ています。ここに来るまでにすれ違った行商人の数が多かったとは思いませんでしたか? おそらく、帝国の正規兵が行商人などに扮しているのでしょう。王国に帝国兵の恰好で行くわけにはいかないですからな』


 セシルは帝国兵とは接触していない。

 川沿いを通っていた事で、偶然帝国の捜索を躱していた。


『なるほど。皇帝に献上して取り立ててもらおうという魂胆ですかな?』

『いえ、皇帝の命令は絶対であり、皇帝の望む物は献上して当たり前です。おそらく金一封はあっても、取り立てる事などは無いでしょう。なぜなら当然の義務を果たしただけなのですから。しかし、皇帝を差し置いて、セシル様を我が物にしようとする貴族も数多います。もちろん公にはしてません。そんな事が皇帝にバレたら一族郎党皆殺しですからな。……そういう事で、セシル様を帝国に連れて行けば、裏ルートで引く手数多。そこで売りさばけば大金持ちというわけですよ。……実際は、貴族に売り渡しても証拠隠滅で殺されるだけでしょうがね。馬鹿な男たちですよ』


 カッツォは殺されるという言葉にビクッとする。

 そこまで想定していなかったのだろう。しかし、ここはチャンスだと考える。


『そうっ! そうなんだ! だから俺は反対したんだ! だが、金に目がくらんだ4人に脅されてしまったら、言う事を聞かざるを得ないだろう? そこで、一度は従ったふりをして隙を見て戻って来たってわけだ』

『ではなぜ、戻って来てすぐにこの休憩所の中に入ってこなかった?』

『それは……従ったふりとは言え、ポストスクスを連れ去ったのは事実なんだ。糾弾されると思ったんだよ。こんな風にな』


 自分を縛る縄を見て肩を竦める。


 カッツォは勝負に勝ったと確信する。

 多少の糾弾、賠償請求はあるだろうが、命は助かったと。

 無事に帰れさえすれば、どうとでもなる。


 ディッフィーは悩む。

(怪しい。圧倒的に怪しい。そして心情的に許しがたい。 ……が、嘘とも言い切れない。事実、コイツは戻って来てる)


『……それで、お仲間はどうなった? セシル様を連れて帝国に向かってるのか?』

『おそらくそうだろうな。俺はポストスクスから飛び降りたから、その後の事は知らない。だが、もし俺が帝国に戻り今の話を衛兵にリークし、皇帝に伝わる様にすれば、トライ達は打ち首、セシルを買った貴族ももちろん一族郎党全滅。商人のあんた達ならその情報を利用して、今回の損害を取り戻すどころか大儲けも可能じゃないか? 俺には儲け方なんかさっぱり思い付かないがな』


 その言葉は商人2人のプライドを刺激する。


『『……』』


 商人2人は頭をフル回転させ始める。

 確かにどの貴族家が潰れるかを先取り出来れば、商機があるかもしれない。

 だが2人ともすぐには思い付かない。そもそもこれですぐ良案が思い付くような才があるなら、ディビジ大森林で稼ごうなどとは思っていないのだ。

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