第99話 熱い友情


 セシル達は戦闘が行われた場所から森の中を進み、荷物番の男達が見える位置に移動すると、コソコソと作戦を話す。


「ライム、マーモ、まずはあの男が持ってる手綱を切るよ。」

「ナー」ぴょんぴょん


 取り上げられた荷物は、ポストスクスに掛けてある。

 セシル達が手綱を持っている男を攻撃する際に、男が暴れ、意図せず手に持っている手綱を引っ張り、ポストスクスが驚いて逃げると困る。



 手を怪我し荷物番をしていたカッツォは、セシルを追いかけて行った仲間達の叫び声などから、異常事態を感じていたが、万が一にもポストスクスを逃がしてしまうと大事になるため、その場を離れる事が出来ない。

 ソワソワとしながらも見に行きたい気持ちを抑え、いつ襲われても対処出来るように、叫び声がしていた方向を注視しながら待機していた。

 それが徒となる。 

 荷物や手綱から目を話してる間に、密かに放たれた魔法でジジジジと小さい音を立てて手綱が切断されてしまう。


 ぷらんっと手持ちの綱が落ちたのを、不思議そうな顔で見たカッツォの頬に急に痛みが襲って来る。


『ぐあっ!? イッテェッ』

『おい! どうした!?』


 カッツォはこれまでの異常事態から、咄嗟の判断で反対側の森の中に逃げ込む。

 最初に目をヤラれカッツォと一緒に荷物番をしていた男が『何が起こった?』と騒いでいるが、カッツォはそれを無視し、草葉の陰から周りの様子を見る。

 頬の痛みは一時的なものだったようで、すでに引いている。


『おい! 何が起きてる!? 返事しろよ! おいっ!!』


 相変わらず仲間が騒いでいるが無視を続け、しばらく様子を見てると、セシル達がポストスクスにビビリながらも、荷物を外しに来ているのが見えた。

 カッツォはマーモットと目が合いビクッとなるが、ただ監視しているだけのようで特に襲ってくる様子はなかった事に安心する。


 カッツォはセシル達が荷物を取り返すのを止める事はしなかった。

(まだ詳細は分からんが、3人も戦闘不能になっている可能性が高い。まともに動けるのは俺だけ。セシル達を紐で縛った状態だったにも関わらずだ……子供1人と最弱魔物2匹だけでこの森を移動してきたようなキチガイだ。舐めてるつもりは無かったはずなんだがな。考えが甘かった)


 しかし、カッツォの見える範囲に、目をヤラレただけで無事な仲間が残っている。

 セシル達は、近くに目を抑えてうずくまっている男がいるにも関わらず、荷物の整理作業をしていて、殺そうとする様子が無い。


(今このタイミングで荷物の整理? 危機感が足りないんじゃないか? 近くにいる敵を殺さない……か。人を殺す事に慣れてなさそうだな? 森に入って行った3人の様子は分からないが、全員生きている可能性が出て来た。何とかなるかもしれねぇな。ふふっ止めを刺さないのは甘ちゃんだぜ坊主。その辺りはまだ10歳程度のガキか。お陰様で助かりそうだが)


 カッツォは、セシルを甘ちゃんだと判断したが、それでも今はセシルに対して手を出すつもりはない。死なないにしても、これ以上の怪我はマズい。


 セシル達は自分達の荷物を取り終えると、冒険者達の荷物も探りだした。


(あっクソッ。俺らの荷物にも手を出しやがって! その為に荷物整理してやがったか。ちゃっかりしてやがるぜ。頼むから魔物除けは盗るなよ)


「あっライム。その目を抑えてる男、やっちゃって」

 セシルは荷物を探りながら、軽く指示を出す。


(何か喋ってるな? 王国語が分からん。……ん? まずい。スライムがこっち来るか!? いや、俺の方じゃない……)


『ぎゃあああああああ』


(ちきしょう!! 殺しやがった!! 全然甘ちゃんじゃねぇじゃねーか!! やばい……俺もここにいたら殺される可能性が出て来た。……あの容赦の無さ。追いかけて行った3人ももう殺されてるだろうな。もっと距離を取るか? いや、ポストスクスから離れるわけにはいかない。こんな所で移動手段と荷物を失ったら死ぬしかないからな)



「よし。こんなもんかな。デカトカゲ君たち、自分達の家に帰って良いよ」


 セシルはビビリながらもポストスクス達のお尻をポンッと叩くが、ポストスクスも王国語が分からないようで反応が鈍い。ポストスクスの扱い方が分からず、どうしようかと悩んだ末に、セシル達はその場を離れていく。


(おっ! よし良いぞ! そのまま去ってくれ)


 カッツォは祈る様にセシル達の動向を見ている。


 セシル達はある程度離れた所に行くと、ポストスクス達のお尻に火魔法を放った。

 殺すつもりはなく、刺激して家に帰してあげるためだ。


 グモオオオ


 ポストスクス達は少し暴れた後、ドスドスドスと帝国の方に走って行った。


(クソッ!! あのガキやりやがった!! あのスピードで走られると追い付けねぇ! どうする? とりあえず3人の安否確認が先か)


 幸い時間帯が良かったのか、はたまた風向きの問題か、まだ魔物達は現れていない。


 セシル達が歩き去って行くのを待ってから、3人の様子を見に行く。

 すると、座った状態で木に寄りかかり、目を抑えている人物がいた。身動きしているのが見て取れる。生きているようでホッとする。


「おい! 大丈夫か!?」

「その声……カッツォか? これが大丈夫に見えるかよ。痛みで目が開けねぇ。それよりどうなった?」


 奥の方を見ると、明らかに絶命してるであろう様子の仲間達が転がっていた。

「ちょっと待ってろ」

 念の為、生存確認をしに行くが、完全に事切れている。


「……生き残ったのは俺たちだけのようだ」

「はっ!? なんだと!? 生き残った? どういう事だ? 皆死んだって事か?」

「そうだ。俺たち以外はセシルに殺された。ポストスクス達も恐らく帝国に帰って行った。荷物も無い。絶望的な状況だ」

「……嘘、だろ? 俺が目が見えないからって、揶揄ってるんじゃないだろうな?」

「揶揄う余裕があるような状況だったら良かったんだが……」

「クソッ!! あいつは? ガキには仕返し出来たんだろうな!?」

「いや……恐らく怪我もしてない。歩いて去って行ったよ」

「あんなガキに俺たちが……」

「こんな話をしてる場合じゃないぞ。怪我してる所申し訳ないが、すぐにでもここを離れないとまずい。血の臭いに誘われて魔物が来てしまう」

「それもそうだな。すまないが肩を貸してくれ。これからどうする?」

「俺らが護衛してた商人の所に戻って、食糧やらを奪おう。そこで助けを待つんだ」

「ああ。ああ。そうだな。まだ生き残れる可能性は充分あるな」

「よし、行くぞ!」


 ヨタヨタとその場を離れていく。



 男たちは半刻ほど歩くと、道の端により木に身体を預け、休憩を挟む。


「目の調子はどうだ?」

「恐らく……もうダメだな。スライムの消化液で目をヤラレてしまったみたいだ。クソッ。大人しく護衛を続けていればこんな事には……」

「今更言ってもしょうがねえ。どうにかお前を帝国に連れて行ってやる。絶対見捨てたりしねぇ。安心しろ」

「すまねぇ。お前みたいなやつが仲間で良かった。しかし、目が見えない状態でこれからどうやって生活していけばいいんだ……」

「こんな話を聞いた事がある。……生まれつき目が見えない人間が、魔力を利用してまるで見えてるように生活出来ている奴もいるって話だ。他にも、舌打ちを繰り返して、その音の反響で場所を把握してる奴なんてのも聞いた事がある」

「都市伝説じゃねぇか。生まれつき目が見えない子供を、育てる余裕がある家庭なんてあると思うか? 貴族も対面を気にして育てるはずもない。すぐ殺されるに決まってるだろ。だからその都市伝説は嘘だね」

「都市伝説でもなんでもいい。可能性があるなら探せばいい! 俺が一生お前の面倒を見てやる。安心しろ!」

「……お前、そんな熱い男だったんだな」

「うるせぇよ!」


 カッツォが顔を赤くする。

 視力を失った男は、真剣な顔になり手探りでカッツォの手を取ると、少しだけ震える声で話し始めた。


「……もう、俺はもう終わったと思った。死ぬしか無いと思った。状況が分からねぇしよ。このまま置いてかれて、魔物に喰われるのかと思うと、内心すげぇ怖かったんだ。お前の言葉がたまらなく嬉しい……ありがとう………ありがとう……」


 視力を失った男は、友情に感動して涙を流すと「ぐあああああっ」と急に叫び始めた。


「どうした!?」

「涙が目に沁みてイテェんだ」

「くっそ! 驚かすんじゃねぇよ」


 がははっと笑いあう。

 すると、背後からガサッと音がして、慌てて剣を構える。


 グルルルル


 熊の魔物だった。


「クソッ!!」

 カッツォは、視力を失った仲間を囮にして、一目散に走って逃げていく。


「おい! どうした? 何がいやがる? おい! カッツォ? ……カッツォ!?」


 グルルルッルル

 ガアアアッ


 熊の魔物に肩口から噛みつかれる。

「ぐえっ、ぎゃあああああああああ。助けて! カッツォ! カッツォォ~~」


『絶対見捨てたりしねぇ』『俺が一生お前の面倒を見てやる』と言う熱い友情の言葉に感涙した直後に、あっさり見捨てられた男は、熊の魔物に無残に喰い殺されてしまった。




「ふぃ~あっぶねぇ。1人だったら逃げきれなかったぜ」


 カッツォは、先程の熱い会話が無かったかのように、自分が助かった事に顔を綻ばせている。

 薄情で慎重な男カッツォは、油断なく周囲を警戒しながら行商人の元へ引き返していく。

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