第98話 誘拐
セシル達はバラバラにポストスクスに乗せられてしまった。
冒険者1人と壺入りライム、冒険者2人とセシル、冒険者2人とマーモと言う組み合わせだ。
重量に偏りがあるが、ポストスクスの操縦係とは別にセシルとマーモットが逃げないように抑えておく係は必要である。
他の荷物はポストスクスにサイドバックが掛けられている。
ポストスクスは賢い従魔であるため、操縦もほぼ必要が無いくらいには乗りやすい。
朝日が登り始めていたが、まだ薄暗いため、壺入りライム持ちが安全確認をしながら、低速で先頭を進む。
ゆっくり進んだとしても、行商人のディッフィーからは移動手段を奪っているので、追いかけてくることは無いので問題がない
移動スピードより安全を優先する辺り、この冒険者達は素行以外は非常に優秀なのだろう。
だが、今回はそれが裏目に出た。
ライムは壺の蓋を消化液で溶かすのは時間がかかると判断し、斥力魔法で壺に穴を開ける。壺程度の硬度なら、魔法を使えばあっという間だ。
切り落とした破片も外に落としてバレない様に、慎重に壺の内側に引き込む様に触手を細めて、支えながら作業をする。
穴を開けて外を覗くと、ポストスクスの進行方向に出たことが分かった。
スライムは目が見当たらない為、どのように周囲を把握しているかは謎である。嗅覚で判断してるという説や、体内から何かを発生させ判断している説など、様々な憶測がある。
さらに、ライムとマーモは魔力パスで繋がる事で、セシルの知識レベルまで理解力があると思われる。理解力が高い事は間違いないが、思考力がどの程度あるか? はまだ疑問の余地があるが、通常の魔物よりは遥かに高い知能があるのはほぼ間違いないだろう。
ライムは正面にセシル達が見えない事や、魔力の臭いから後ろにセシル達がいると判断する。
しかし、姿が見えない為、魔法で助ける事が難しい。
ちなみにマーモも普段、口から魔法を使っているので、口を縛られている現状、魔法が使えない状態だ。
ライムはとりあえず、自分を閉じ込めた壺を持っている男に斥力魔法を使う事にした。
目を狙う。
今までの経験から、目は貫通しなくても、当てるだけでそれなりに効果がある事が分かっている。
ジジジ
『イッッ』
男は慌てて片目を抑える。
目に強い痛みが走ったが、ただゴミか虫が入っただけと思っているようで、ポストスクスはそのままゆっくり走らせている。
ライムは魔法を出し直し、もう片方の目にも斥力魔法を当てる。
『ぐあっ』
男は慌てて綱を引き、ポストスクスに急ブレーキを掛ける。
後ろを走っていた冒険者達は、突然止まったポストスクスにぶつかりそうになりながらも、どうにか止まる。
『どうした? 何かあったか?』
『すまん。両目にゴミが入ったようだ。誰か、1人乗りを代わってくれ』
『じゃあ俺が代わる。このマーモットは大人しいから、目見えてなくても代われるだろう』
マーモを持った男が、ポストスクスから飛び降りる。
『わるい。降りるのも手伝ってくれないか?』
目を痛めた男は、支えて貰いながらも壺をしっかり抱いたまま、滑る様に降りた。
そして壺を交代の男に渡そうとした所で気付く。
『ん? 何か軽いぞ!?』
男は目を瞑ったまま壺を触わると穴が空いており、中のスライムが居なくなっていることに気付く。
ライムはポストスクスが止まった時に、コッソリ逃げ出していたのだ。
『クソッ!! スライムが逃げた!!』
『なんだとっ!?』
『探すか?』
『いや、捕まえた所で、余りの壺も無いし、もう運ぶ手段が無いだろう? また逃げられるのが目に見えている。スライムは諦めろ。しかしなんでまた壺に穴が? 元から空いていたのか?』
男たちが話している間に、ライムは木の陰からこっそり斥力魔法を放つと、マーモの口を縛っている紐を切る事に成功した。
ライムはそれを確認すると、森の中をセシルがいる方に移動していく。
縛るものが無くなったマーモは、自分を抱えている男の腕に、思いっきり噛みついた。
『ギャアア!』
男は痛みに思わずマーモを手放してしまう。
『イテェな! クソが!!』
男はお返しとばかりに蹴ろうとするが、マーモはライムと反対方向の森の中にダッシュで逃げる。
『カッツォ大丈夫か!?」
『噛まれて毒が入ったかもしれねぇ。クソッ!! 何なんだ!! どうやって縄が解けたんだよっ! しっかり結んでいたハズだぞ! イッテェ……すまねえ。消毒させてくれ』
『ああ。しっかり水で流して薬草塗りこめ』
マーモは毒は持っていないが、動物や魔物に噛まれて病気になる事例も多々ある為、細菌も含め毒だと思われている。
カッツォが消毒をしようと荷物を漁っていた時だった。
『ぐあっ!』
『イテッ』
セシルを後ろで支えていた男と、前でポストスクスを操縦してた男が同時に首を抑える。
セシルもライムの魔法によって手が自由になり、自由になるとすぐに目を覆う布をズラし、すかさず前後に座る男達の首に両手を広げるように伸ばして、斥力魔法を使ったのだ。
斥力魔法によるダメージは、瞬間的に痛みを与えるだけに終わったが、隙を作る事には成功しポストスクスから飛び降りて、男たちから離れる事が出来た。
男達から距離を取る事には成功したが、どうにか荷物を取り返さなければならない。
セシルの荷物もワイバーンの素材などが入っていた為、捨てられずに一緒に運ばれていたのだ。
荷物はポストスクスに括りつけてあるので、以前の様にポストスクスを刺激して逃がすわけにはいかない。
『ガキだけは逃がすな!!』
冒険者のリーダー、トライが指示を出す。
判断に迷っていた男たちは、トライの指示を受けるとすぐさま行動に移す。トライを含めた3人がセシルを追いかける。
1人は目が回復しておらず、その場に座り込んでポストスクスの手綱を握っている。手を噛まれたカッツォも荷物番をしながら手綱を持っている。
1頭はフリーになってしまっているが、特別何か無い限り大人しく言う事を聞くので、そこまで心配はいらない。
それぞれが状況判断をし、役割がすぐ決まったのも熟練の技の1つであろう。
男たちが追いかけてきた事で、セシルは荷物を取り返す事よりも逃げる事を優先する。
背を向けて逃げていくセシルに向けてトライが水の魔法を放つ。水の魔法は顔程の大きさがある。
ドッ!!
勢いよく放たれた魔法は背中に直撃し、セシルは前のめりにドサッと音を立てて倒れる。
「ゲホッ」
思いっきり背中を叩かれたような衝撃で呼吸がしにくい。
『ふんっ! 俺らから逃げられると思うなよ。どうやって縄を切ったか知らねぇが、もう油断しねぇ』
『だから言葉通じてねぇっての』
3人は剣を油断なく構えて、じわりじわりと近付いていく。
すると、一番後ろを進んでいた男から『ンー! ンー!』と聞こえてきた。
何事かと、前の2人が振り返ると、スライムに顔を多い被されている仲間がいた。
ライムが木の上から男の顔に飛び掛かっていたのだ。
『ぐぼぉっ』
呼吸が出来ずに苦しんでいる。
トライが水魔法で、スライムを吹き飛ばそうとすると、スライムは草むらに飛んですぐ隠れてしまった。
もう1人の男はスライムの様子を見ながらも、セシルを油断なく視界に入れている。
『ぐぅうううっイッテぇ』
先程までライムに覆い被さられた男は、ライムの消化液によって両目をヤラレてしまったようだ。
『クソッ! 周囲に気を配れ!!』
男達がライムに脅威を感じてる間に、セシルが掌を冒険者達に向ける。
熟練の冒険者はそれを逃さず気付き、注意を促す。
『来るぞっ!!』
セシルの掌の前に来ないように左右に移動しながらも、距離を詰めていく。
すると、最も接近していた男の頬に痛みが奔る。
『何だっ!?』
いつの間にか近づいて来ていたマーモが、男たちの横側から斥力魔法を放っていたのだ。
男は身体を反らすようにして痛みから逃れるが、追撃すべくセシルが両手で魔法を放つと、男の顔には次々に顔に痛みが襲ってくるようになる。
『おい! どうした!? チッ』
トライがセシルに斬りかかろうと迫る。
しかし仲間を襲う謎の魔法を止めようと、分かりやすく真っすぐ前進するトライには、ライムの斥力魔法が用意してあった。
『ぐああっ』
不可視の斥力魔法は、魔力の匂いを感じ取れない人間相手には、かなり効果的のようだ。
近くの相手には目を狙え、遠くの相手には一方的に攻撃を与える事が出来る。斥力魔法を出している本人も斥力魔法は見えない為、外れる事も多いが、相手の痛がる位置や反応を見てある程度調整も出来る。
魔法のコントロールは2年間ほぼ毎日行って来たので、感覚でかなり正確に放つ事が出来るようになっていた。
トライは片目を抉られながらも再度セシルを襲おうとするが、その時にはセシルも片手をトライに向けていた。これで襲ってくる斥力魔法はライムとセシルの2本になる。
トライは謎の魔法から残りの目を守るため、腕で顔を覆い隠す。
しかし、次は柔らかい喉を攻められ、ズチッという音と共に一瞬にして穴を開けられてしまった。
『グッ』
ゲポッ
口から血を吐く。
ライムはそのまま喉から心臓の方向に魔法を向かわせ、トライを絶命させる事に成功する。
マーモに魔法で狙われていた男も、すでに顔から脳まで穿たれて倒れ伏していた。
残りは目を怪我しているのが2人と、手を噛まれた男が1人。
「荷物を取り返すよ」
「ナー!」ポヨンポヨン
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