第97話 休憩所


 セシルは寝床になりそうな場所を探しながら歩き進める。

 なかなか良さそうな場所を見付ける事が出来なかったが、夕方になって木の柵で囲われた広場が目に入って来た。

 商人が1組、護衛と共に休憩しているようだ。


「ん~どうしよう。平坦な道ばっかりで寝床に使えそうな場所が無いし、ここで休むしかないかな。そもそもここ勝手に使って良いのかな? 商人ぽいのが邪魔だけど仕方ないか。勝手に使わせてもらおっと」


 休憩所はポストスクスも入るため、かなり広くなっている。


 目立たないように端っこの方に陣取り、魔物除けと除け除けを設置する。

 すると、早速商人がセシルの元に寄って来た。

 遠目でセシルと分かったようだ。スライムとマーモットを連れてるので分からない方がおかしいが。

 商人は儲けの糸口を常に探しており、その中でもセシルは儲けの匂いがぷんぷんと漂っている。特にセシルは帝国では評価が高く、話しかけない手はない。情報だけでも高く売れる可能性がある。


 近付いてくる商人を見てセシルは、もしかしてここ使っちゃダメだったかな? と不安になる。


「失礼。もしかしてセシル殿では無いですかな?」

「はい。そうですけど、もしかしてここ使っちゃダメでした?」

「いえいえ、ここは自由に使って良い場所ですよ。何しろ旅人の為に作られた休憩所ですから。道中も何か所かこういう場所があったと思いますが、使われてないのですか?」

「そうなんですか。初めて見ました」

「えっ!? 道なりに来ると必ずあるはずなのですが?」

「あっあ~。えっと、道じゃなくて川沿いを歩いてたので」

「川沿いに!? 歩き!? ……俄かに信じがたいですが、よくご無事でしたな。流石はセシル様です」

「はぁ……ところで、ここを使って良いのなら、何の用ですか?」

「おぉ~これは失礼しました。私は帝国、王国間で行商人をしているディッフィーという者です。失礼ですが、セシル様はどちらに向かっているのですか?」

「……秘密です」

「なるほどなるほど。王国側でしたら我々がお送りしますが?」

「いえ、結構です」

「そうですか。では、私が何か役立てる事はありますか?」

「あっ、岩塩と服はありますか? 」


 先日売ってもらった海塩は雨でぐっちょりなってしまい、使えない事もないが、なんとも言えない状況になっていた。


「両方ありますが、服は大人物しかございません。」

「それでもいいです。王国のお金でいいですか?」

「もちろんです。こちらへどうぞ」


 セシルはディッフィーに付いて行き、服を2着と岩塩を購入する。

 かなりボッタくりな値段で購入させられた気がするが、セシルは仕方がないかと諦める。

 早速、火傷の保護に巻いていたボロボロの包帯を取り、大人物のダボっとした服を着る。帝国特有のカラフルな色が付いた服だ。


 その様子をポストスクスの影から、見ている男達がいた。

 商人の護衛である帝国の冒険者達だ。


『なぁ。あいつってセシルとかいう奴だろ?』

『ああ。大賢者の卵の特徴にピッタリだ』

『どっかの貴族が欲しがってなかったか?』

『どっかどころじゃねぇ。表沙汰にはしてないが、複数の貴族が求めてたはずだ。あいつ生け捕りにしたら、護衛の依頼なんか比べ物にならないくらい稼げるぞ』

『皇帝が派遣してる部隊に見付かったらどうする?』

『その時は皇帝に献上するつもりだったと言うしか無いだろう。探し者を見付けたんだ。罰を受ける事は無いだろう。まあ、皇帝の為に働くのは帝国民の義務だからな。褒美は無いだろうが』

『やるか?』

『もちろんだ』

『護衛任務はどうする?』

『ほっときゃいいだろう? 元々この任務は、金額がわりに合わねぇんだ。報酬をケチった罰だな』

『それを分かった上で契約したのは俺たちだろうが』

『ちげぇねぇや』


 男達は、はははっと静かに笑い合う。





 セシル達は夜ご飯を食べてから、交代で眠りについた。

 今はライムが1匹で見張りを行っている。

 星の傾きでおおよその交代時間を設定しているが、セシルは目の無いライムが、星の位置をどうやって判断してるか分かっていない。

 スライムであるライムは眠ってるか起きてるか、見た目では判断が付かない。傍目には全員眠っているように見えているだろう。


『おい、お前ら起きろ。全員寝たみたいだぞ』

『やっとか。あいつらもちゃんと見張りしてると思ってたが、俺たちが見張りしているから安全だと思ったのかもしれねぇな。所詮ガキだな。人間の恐ろしさを分かっちゃいねぇ』

『へへっ。こりゃ楽勝だな』


 この冒険者達の雇い主であるディッフィーは、何も知らずにスヤスヤと眠っている。よほど資金不足で警護の人数が少ない場合以外は、雇い主自身は見張りに参加しないのが普通だ。


 冒険者5人はセシルの元に静かに移動していく。

 ライムは近づいて来ている冒険者が敵かどうか判断に迷うが、かなり近くまで来た冒険者に異常を感じ、慌てて触手を伸ばしセシルとマーモを起こした。


「んっ、交代の時間?」

「ナァ~?」

『動くな』


 セシルがすぐに立ち上がってしまった為、冒険者たちはすぐさま剣を抜き、素早くセシル達に突きつける。

 俊敏な動きから、ベテランの冒険者のようだ。


 5人に剣を突きつけられたセシルは、動きを止めて反抗しない意思を見せる。

 セシルはなるべく平気な顔を心がけるが、恐怖で足がカタカタと震える。慣れてはきていたが、大人の男に対して潜在的な恐怖があるのは変わらない。特に最近は出会う大人のほとんどが悪意を持っているのだ。昔のトラウマがふつふつと蘇ってくる。

 助けを呼びたいが、行商人の護衛が襲ってきていると言う事は、これは恐らく行商人の指示だろう。叫んでも意味がない。と勘違いしてしまう。


 どうにか倒す方法は無いかな? と頭を回転させる。

 しかし、今まで大勢の大人達を撃退してきたが、基本は遠距離で仕留めて来た。すでに接近されている今では勝ち目がないと考え直す。

 やっぱり抵抗しない方が良さそうだ。


 「大人しくするように」

 とライムとマーモに指示する。声に出さなくてもこの程度なら魔力パスで通じるだろうが、癖で声に出す。

 歯を剥き出しにして威嚇していたマーモも大人しくなる。


『へっ聞き分けが良いじゃねぇか。大人しくしてろよ』

『ばーか。帝国語は通じねぇだろ』


 セシルは縄で後ろ手に縛られる。 掌同士を合わせるように縛られ、魔法を曲げられるセシルでさえ魔法を使えないようにされてしまう。これはセシルが魔法を曲げられる事を知っての事ではなく、攫って移動させる場合に、掌の向きがいつ自分達の方向を向くか分からない為だ。

 よどみなく縛る動きは、数日前に出会った帝国貴族の兵士と違い、人を攫い慣れてるようだ。


 宮廷魔術師のトップクラスであれば、掌以外からも魔法を出せる人物もいるが、一般的な魔術師はまず使えない。

 まして子供で使える人物などいないので、正しい縛り方と言える。

 セシルも魔法を曲げるなどの特殊な技能を持っているが、未だに掌からしか魔法を出せない。視力魔法の様に目に魔法を集める事も出来るが、それを飛ばすとなるとまた難易度が格段に違ってくる。

 魔法は掌から出す物という思い込みが、妨げるのだ。

 セシルはまだ10歳という若い年齢だが、それでも幼い頃から親の着火の魔法などを掌から出すのを見ていた為、そのイメージを払拭する事が出来ていない。目の前で掌以外から魔法を使っている姿を見れば、使える様になるかもしれないが、残念ながら直接見たことはない。


『魔物はどうする?』

『こいつらもセットの方が高値が付くと思うぞ?』

『じゃあ連れて行くか。マーモットは噛みつかないように口は縛っておこう。スライムは……なんでも消化しやがるからな……商人の荷物から壺を盗って入れるか。しばらく持つだろ』

『うぉっ!? 何だこれ!?』

『シッ! 大声を出すな』

『あっああ。すまねぇ。コイツの荷物の中身、パッと見、高級品だらけなんだよ』

『ほんとか!? とりあえず持って行くぞ。調べるのは後だ』


 そして口と目も縛られたセシルと口を縛られたマーモ、こっそり盗まれた壺に入れられたライムが連れ去られる事になった。


 行商人は荷台で寝ているため、バレない様に荷台はそのまま放置され、ポストスクスは3頭全て連れて行かれた。

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