第96話 トラウデン王国の失態
トラウデン王国、王城内の一室で会議が行われていた。
参加者はモーリス王、第一王子ケンリス、第二王子クリスタ、宰相オルフ、魔術長タント、セシルの魔法の師レイス、騎士団長ライドンの7人だ。
高級な大理石のような素材で作られた、巨大な長テーブルの一番奥の席にモーリス王が座り、そこから少しずつ距離を置いて権力順に座っていた。
「アポレ教国からセシルの引き渡し依頼が来ているが、どう見る?」
モーリス王が問いかけると、オルフが返答をする。
「大方、大賢者の能力を神の加護として、祭り上げるつもりではないでしょうか?」
「ふむ。そう考えるのが妥当だろうな。だが、それは教国のみで考えた場合だ」
「それは、どういう意味でしょうか?」
「教国に限らず、業突く張りの帝国……ここまではまだ想定の範囲内だが、シャレーゼ連邦国の国々もセシルの捜索に乗り出しているのだろう? そなたが報告してきたのだ。当然知っておろう?」
「ハッ。そのように報告を受けております」
「何故だ? 何故こぞってセシルを欲する?」
「……それは、各国もセシルを大々的に祭り上げて、民の求心力を上げたいのではないかと」
「本当にそれだけか? タント魔術長、本当にセシルの能力は取るに足らぬものであったか?」
「ハッ。私も直接見たことがありますが、威力は平民以下でございました」
「レイス……と言ったか? そなたがセシルを指導しておったな?」
レイスは口も悪く大雑把な性格であったが、流石に王様の前ではガチガチに緊張している。
「ハッ。魔術長の仰る通り、いくら鍛えようとも威力は変わらず。こと戦においてはまるで役に立たないと思われます」
「では聞くが、セシルの同級生が謎の老化をした件に付いてはどう思う?」
レイスは会議用の椅子に座っているが、王様の詰問するような雰囲気に全身の震えが止まらない。
オルフとクリスタも、王様の質問を聞いて何故か緊張しているように見える。
「もっ申し訳ございません。わっ私は、かような魔法を存知あげません」
「ふむ。そうか。そなたは知らぬのか。タント魔術長に聞く。回復魔法を使ったのではないか?」
「回復魔法は複数人で継続する事で、どうにか可能な魔法と聞いております。セシルのあの魔法の威力では……いや、もしかして……」
「何だ? 言うてみよ?」
「いえ、私も教会より使用が禁止されている回復魔法を使った事が無いので、想像でしか無いのですが、威力は必要ではなく継続力のみが重要な魔法であれば、もしかするとセシルでも……」
「セシルでも可能であったと?」
「あの魔法の威力では、限りなく可能性は低いと思いますが、ゼロではございません。……気付けず申し訳ございません」
タント魔術長は椅子から降りると、地面に額を擦り付け謝罪する。
「……良い。席に戻れ」
「……ハッ」
「あの、発言よろしいでしょうか?」
レイスが恐る恐る発言の許可を求める。
「言うてみよ」
「ハッ。セシルの魔法の威力を直接目にしているのは、恐らく我が国の者だけだと思われます。その事から、他国はセシルを過大評価しているのではないでしょうか? たしかに魔力は無尽蔵のように感じましたが、それは威力が弱いせいであって、もしセシルが威力の強い魔法を使う事が出来たとしたら、あっという間に魔力を使い切る可能性もあります。それでも少ないと言う事はありませんが、と言う事でですね。えーっと……まとめるとですね……えーっ」
レイスは途中で自分が何を言いたいのか分からなくなり、頭が真っ白になってしまう。
焦って言葉を探すが何も出て来ない。顔から汗がダラダラと流れ始める。
「よい。良く分かった。他国はセシルの力を直接見てないからこそ、過大評価してセシルを欲している可能性があると言う事だな?」
「そっその通りでございます! 申し訳ございません」
レイスは王様にフォローしてもらった事に恐縮して、尻すぼみに謝罪する。
「うむ。その線もあるな。我々が見落としている何かがあるか、周りが過大評価しているか……どちらかは、今の所判断がつかぬが、この様な話題が今更行われていることが問題であると思わぬか?」
モーリス王が席に座る面々に視線を送ると、オルフとクリスタがビクッと身体を震わせる。
2人とも全身から汗が吹き出ている。
王と2人以外は、何が起きているのか分からない。
モーリス王が彷徨わせていた視線を、横に並んで座っていたオルフとクリスタの両人で止めると、言葉を発した。
「お主ら、儂を謀ったな?」
王様の口から『謀った』などと不穏な言葉が出たことに、王様以外の全員がビクリとする。場合によっては死刑に直結しかねない言葉だ。
オルフとクリスタが慌てて椅子から降りると、先程のタント魔術長の様に、2人並んで地面に額を擦り付け王様に謝罪する。
「たっ謀ったなど、とんでもございません。情報を秘した罰はいくらでもお受けいたします。しかし、叛意の意思は露ほどもございません! どうか信じてくださいませ」
「父上っ、いやっ陛下!! 陛下を騙すつもりなど毛頭ございませんでした。申し訳ございません!!」
「では、何故セシルがイジメにあっている事を秘した?」
「そっそれは……」
オルフはクリスタの侍女であったキリエッタから「クリスタに罰が下るのが可哀想だから黙っていてほしい」とお願いされ、仕事が忙しかった事とクリスタが可哀想という思いにも同意し、報告をしなかった。
お願いされたとは言え、最終的に報告しないと判断したのはオルフ自身だ。
キリエッタのせいにすれば、さらに怒りを買う事になってしまうだろう。クリスタの為とも言えず口ごもってしまう。
クリスタはクリスタで、面倒事は避けたいという気持ちと、保身から報告を行わなかった。セシルより自分を優先したのだ。
そんな事をここで馬鹿正直に答える訳には行かない。と口ごもってしまう。
王族としての振舞いを期待されていたとはいえ8歳、9歳の時の事だ。正常な判断が出来なかったとしても仕方ないと言える。
「クリスタ、そなたには『セシルはお前が守れ。周りの貴族を御す事が出来てこその王族だ。もし次問題が起きたら罰を与える』と言いつけたと記憶しているが、違うか?」
「……陛下の仰る通りでございます」
「己が身可愛さに秘匿したか」
「……」
「――オルフはクリスタを庇う為に秘匿したか?」
「……」
「あの老化した4人がセシルをイジメていた事は、公然の事実だったそうではないか。知らぬは儂ばかりだ。情報を隠されては、為政者としてまともな判断が出来ると思うか?」
ここでようやく、集まった面子も何が起こってるのか理解した。
「どうやらセシルの侍女が亡くなった件も、4人の犯行だと言う話も出ていたそうではないか。オルフが4人の親に『国益を損ねるつもりならばこちらも考えがある』と言う文書を送った事も調べがついておる。だが、その文章を送った後でもセシルへのイジメは続いていたと。これはもう4人の子供達、ひいてはケリッジ家、サッタ家、ナルロフ家、テントリー家は国に背いたと判断しても良い内容では無いのか?」
モーリス王がクリスタとオルフが秘した情報を耳にする事になったのは、直接ではないのだが、アルの侍女であるエリシュが原因だった。
ある日、王妃は伯爵家であるケリッジ家の跡継ぎと、どの家を繋ぐのが良いかを考えていた。
王妃は貴族家の政略結婚の繋ぎなどの仕事も担っている。
伯爵家の長男が老けてしまった件は王妃も知ってはいたが、政略結婚では50代の男と10代の女が結婚する事も珍しくない。見た目が老けていても、実年齢が若いなら問題ないだろうとの判断だった。
社交界で王妃が、ケリッジ家との繋がりを欲する家の候補を、それとなく話題を振りながら調べていたが、どうも食いつきが悪い。通常であれば伯爵家との繋がりは奪い合いになるほどだというのに。
それとなく事情を調べると、数々の噂が上がって来た。
曰く、10歳にして下が緩くなっている。
曰く、すでにボケが始まっている。
曰く、嗜虐趣味がある。
曰く、自分一人で歩くことが出来ない。
曰く、宰相を敵に回している
曰く、殺人を犯している
細かい事を挙げれば枚挙にいとまがないほどだ。
イルネを殺したことに対する復讐の為に、エリシュが4人の醜聞を広めた事が社交界で浸透していたのだ。
王妃に言わせると前半の理由は諦めろと言えなくもないが、後半は問題ありだ。いや、大問題である。
この件をモーリス王に話した事で、4人の子供の学院での素行からクリスタとオルフが秘匿した事までを、モーリス王が知る事となった。
王妃は4人の素行や事件までは調べていたが、まさかこの話が我が子であるクリスタに飛び火するとは夢にも思っておらず、後に後悔する事になる。
「そっそれは……」
「クリスタよ。そなたはイジメが続いていた事を当然知っておったな? その上で放置した。と?」
「……」
クリスタはセシルへのイジメが続いていた事を知っていたが、大賢者としてのセシルへの評価は、すでに地に落ちていた為、面倒事に関わるまいと放置していた。いや、セシルの評価が完全に落ちる前から見て見ぬふりをしていた。
何も言い返す言葉が無い。
「お主らが秘匿した事で、何が起きたか分かるか? 罰を与えるべき者に罰を与えられず、あまつさえセシルの能力に気付く事も出来ず。儂は各国の笑いものだ」
「もっ申し訳ございません! 私の責任でございます。私が勝手に秘匿の判断をしました! 私に罰をお与えください」
「申し訳ございません! どうか! どうかお許しを!」
「ふん。クリスタはここに来ても、我が身が可愛いか」
「……」
クリスタは地面に頭を擦りつけたまま、今まで以上に汗がダラダラと落ちる。
10歳で経験する事ではない。
「――クリスタを王族から除籍し、平民に降格させる」
「――なっ!? 父上、それはあまりにも」
ケンリスが、突然の弟の除籍に意を唱えようとするが、王の一睨みで言葉を噤む
「オルフを含め、イジメの4人の親にも罰を与える。詳細は追って沙汰する。良いな?」
「「ハッ」」
「とりあえず席に戻れ。話を戻す」
クリスタとオルフが席に戻ったのを確認すると、モーリス王が話を続ける。
「セシルが有用である可能性が出て来た。有用であったとしてもなかったとしても、他の国に取られる前に我が国で保護したい。いや、他の国に取られるなど末代までの恥だ。絶対に国内から出してはならぬ。もちろん教国にもだ。ライドン、そなたが指揮を取れ」
「ハッ」
騎士団長であるライドンは、50代だが引き締まった体は年齢にそぐわない若々しさがある。茶色の髪は短く刈り上げられている。家格は低いが実力で成り上がった実力者だ。
「オルフ、ライドンと協力して事に取り掛かれ。全ての関所に通達し、見付け次第保護させよ。雑に扱わせるな。くれぐれも丁重に扱うように念を押せ。結果次第でそなたの罰を決める」
「ハッ!」
その他細々とした会議が終わり、モーリス王の退出後、それぞれが三々五々に会議室から出て行ったが、クリスタは失意で椅子から立ち上がれず、兄であるケンリスが肩を支える事でようやく外に出る事が出来た。
この件を聞いた王妃やキリエッタから、クリスタに温情を掛けて欲しいと奏上され、一旦処分は保留とされたが、後日、セシルが既にトラウデン王国を出ているとの情報が伝わり、クリスタの平民落ちは確定となった。
セシルをイジメていた4人は、イルネの殺人については無実となっていたが、王主導により改めて裁判が行われ、4人はしゃがれた声で最後まで罪を認めなかったが、死刑が言い渡され泣きじゃくりお漏らしや脱糞をする者もいた。
殺人の証拠云々よりも、王の怒りによる所が大きい。
4人の家はそれぞれが徹底的に帳簿などを調べられ、領地縮小、言及、降格などの罰が下った。
オルフはキリエッタの証言もあり、半年間の減給という比較的温情のある罰で治まった。
セシルの殺人未遂、イルネ殺害、反逆罪の罪による、4人の死刑囚は、街を一周してから処刑場に運ばれる事となった。
その際は、『イルネ様親衛隊』隊長であるエリシュと、イルネ様親衛隊の創始者でありながら副隊長のバッカの2人が、人を雇ってまで大量に用意した石を、死刑囚に投げつけてる姿が目撃されていた。
4人が4人とも死刑執行前に2人に殺されたのではないか? と言うほど顔を腫らしグッタリしていた事は、しばらく王都で話題になっていた。
ちなみにマリーも憤怒の顔で、投げつけに行こうとしていたが、アルと従者のカイネに必死に止められ、投げつける事が出来なかった。
イルネの死に、髪が真っ白になり仕事を辞める程悲しんだキリエッタは、4人の死刑の場に現れる事は無かったようだ。
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