第169話 マーモット


 セシルは2人とマーモを置いてラプターが近くにいないか慎重に外の様子を見る。


 恐る恐る家を出て魔物が居ない事を確認しながら、ライライに光ってもらい虫を集め、火魔法でジュッ ジュッと撃ち落としていく。

 ライライ達には身体を皿のような形になってもらっているので、撃ち落とした虫はわざわざ拾う必要は無い。

 なんだかんだで最近はほとんどを昆虫食で過ごしているので、セシルも虫を焼くのに手慣れたものだ。


 ライライ自体が雷魔法で虫を落とす事が出来れば引き寄せとトドめ、確保と一気に出来るのだが、雷魔法はスライムにとって弱点であるので、外に発露する事はしていない。



「そういえば今日はマーモット達来てないね。ラプターから避難しているのかな?」


 最近は虫を取っているとお零れに与ろうと野生のマーモットの集団が顔を出すのが日常化してきた。

 セシルも慣れたものでマーモット達が来ると多めに虫を地面に撃ち落とすようにしている。

 虫はどれだけ乱獲しようが絶える事無く大量に集まって来るので大盤振る舞いしても問題ない。

 とは言え、お互い警戒はしているので一定の距離は保たれている。


 相変わらずマーモと1匹のメスであろうマーモットがチラチラと目を合わせているような気がするが進展がない。


 その付かず離れずの空気を周りはヤキモキしながら見ているが、マーモはそれに気が付くとプイっと背を向けて目を合わせない様にするのだ。


 その様子を見て誰からともなく「あぁ~」だとか「ナァ~」と残念な声が出てくる。

 マーモットの集団からもどことなく応援している感じを受けるが唯一、群れのボスだけは牙を剝きだして機嫌が悪そうにしている。


 当然ながら自分の群れのメスを取られるのが嫌なのだろう。

 『ディビジ大森林』に生息するマーモットの生態としては、群れのメス全てがボスの物では無いが野生の魔物としては強いオスに惹かれる本能があり、老若含めメスの約5割近くがボスの伴侶となる事が多い。


 周囲に強力な魔物が少ない地域では、セシルに出会う前のマーモの様に単独行動する事も多い。



※※※

 ちなみにマーモとセシルの出会いはただ単に幼かったマーモが群れから迷子になって仕方なく一人で生活していた所、セシルの魔力の匂いに惹かれて寂しさから着いて行ったのが理由だ。

 ライム(ライアとラインに分裂する前)はセシルが草やらなんやら全部消化していくスライムが面白く、遊びで色々与えていたら懐かれただけである。

※※※



 このボスにとって、伴侶になっているのは5割とは言え群れの全てが自分の物という意識が強い為、他の個体がくっつく事は良しとはせず、目の前で自分以外のオスとメスがイチャコラついていたらオスを叩きのめして群れから追い出す事もある。

 それ故にボス以外で共に惹かれ合った個体はボスや周囲から見えない所で逢瀬を楽しむようになる。だが、短時間とは言え群れから離れる事になるため危険なディビジ大森林では命を失う事も少なくない。


 マーモットという種族はディビジ大森林において圧倒的に弱者の存在だが、群れでなら対処できる事柄も多く、それを束ねるボスの存在は頗る大きい。


 しかし、そのボスもマーモには手を出してこない。

 明らかにマーモの方が強いことが分かってしまうのだ。

 マーモの方がサイズが一回り大きく、さらに角も立派な物が生えている。



 いつもセシル達が去るのを木の陰から覗き、セシル達が離れて行くと恐る恐るとやってくるのだ。


 興味本位でセシル達が最後まで食事の様子を見ていたことがあった。

 セシル達が離れるとマーモット達は虫に集まってくるのだが、まだ口にはしない。

 ボスが最初に食べ、ある程度満足してから偉そうに「ナー!」と一鳴きすると周りのマーモット達も一斉に食べ始める。

 しかし、身体の大きなマーモットが餌を優先して手に入れるため、少し体格に劣る個体と子供は明らかに食事が足りてない状態だった。


 一連の流れを見ていたマーモに対してボスは『どうだ? この統率。群れのボスは自分なのだ』とでも言うようなドヤ顔を見せて来た。


 ピキッ


 マーモだけでなくセシルやライン、ライア、ヨト、ユーナもこめかみに怒りマークが一瞬浮き、「もう虫分けてやるのやめないか?」との意見が出たが、話し合いの結果、最終的には痩せている子供達が少しでも食べられるならと、まだ施しを続けている。



 セシルとライライ達は虫を大量に捕まえると、家の中に戻って行った。


「ほら、虫取って来たよ~。特別にニンニクも焼いて来た」


 以前行商人から手に入れたニンニクが、まだ小ぶりながらも食べられなくもないくらいに育っていた。

 マーモにとっては臭いのか毒なのか定かではないがニンニクの付近には近寄ろうとしない。

 今もヨタヨタと疲れた足で少しだけ距離を取っている。


「おっ、ありがたい。大きくなるまで取るなって言っていたのに良かったのか?」

「なんか皆疲れているみたいだしね。マーモには申し訳ないけど、代わりに幼虫も1匹捕まえて来たよ」

「あっ良いなぁ」

「ダメだよ。幼虫はマーモのだから」

「分かっているよ。でもしばらく食べてないからさ」

「そうだねぇ~。明日ラプターが近くに居なかったら。お肉狩りにでも行くか」

「おっそれ聞いたら楽しみになってきた。魚でもいいぞ」

「最近川沿いは強い魔物が多いんだよねぇ。まあ場面で対応ということで」

「いっつもそれ言ってるけど、結局虫食ってる気がするわ」

「魚っさんでも狩る?」

「絶対嫌だ。あいつらが入って来た時の為にだいぶ家の中をふくざつな作りにしたけど、臭いはどうしようもないよな。そもそも食べたくないし」


 魚っさんとミニ魚っさん対策に洞窟の奥に魔物避けを設置しているが、鼻に詰め物をしてやってくる賢い個体が稀に出てくるのだ。

 視覚は退化しており、賢いのか馬鹿なのか嗅覚は自ら閉じてしまっているので、聴覚のみを頼りにやってくる。その為、小石を投げて前後左右に音を立てるなどの対応で簡単に倒せるのだが、強烈な臭いを残していくので最悪の存在である。


「とりあえず食べ終わったら今日は身体拭いてさっさと寝よう」

「そうだな。今日はぐっすり寝れそうだ」

「はーい」



 翌日、お肉を手に入れようと狩りに出かけたセシル達の岩山ハウスの近くに、見知らぬ冒険者達の姿があった。

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