第170話 セシルと迷宮
お肉を手に入れようと狩りに出かけたセシル達の岩山ハウスの近くに、見知らぬ冒険者達の姿があった。
帝国の冒険者5人、そのお目付け役のベナスの私兵2名の計7人組だ。
ポストスクス1に馬6で来ている。
この7名の遠征は帝国の玄関口タバレの代官を務めている帝国貴族ベナスの肝いりだ。
ベナスは2度に渡りセシル捜索にディビジ大森林に向けて兵士を向けて出発させている。
1度目は1人(キース)だけ生き残ったが2度目(キースを隊長とした交渉部隊)は生死不明。2度目はポストスクスだけ帰ってきたことにより全滅はほぼほぼ間違いないだろう。
ベナスは3度目は絶対失敗できないと、先遣隊の7名の他、さらに1日遅れで後続に10名を迷宮に向けて出発させていた。
☆
場面は一月ほど前に戻る
ベナスは不機嫌だった。
2度目のセシル勧誘が失敗した可能性が高いと報告があったからだ。
その報告を聞いた数日はふとした時に思い出しては物や人に当たっていたが、どんな癇癪持ちでも直接的に被害にあった場合を除き怒りはそこまで長続きはしない。
ようやくベナスの怒りが落ち着いきたと使用人達がホッとしていた頃、ディビジ山脈からお宝を持ち帰り行商人に上手く売り捌いた冒険者がいるという情報がベナスに伝わってしまう。
ベナスは成功した冒険者の話題を聞くと、私兵の2度の失敗に対する怒りがまた沸々と再燃してしまう。
その様子に使用人達はまた怯える日々が続くと戦々恐々としていたが、ベナスはふと冷静になった瞬間にセシルと迷宮、お宝が結びついて行く。
「おい」
「ハッ、いかがいたしましたか?」
定期報告をしに来ていた兵士ダバラが返事をする。
ダバラはディビジ大森林やセシルに関する情報を収集、管理、報告をする仕事に付いている。
冒険者がお宝を手に入れたとの情報を齎したのもダバラである。
「迷宮とセシル、繋がっているように思うのだがどう思う?」
「はっ!? いや、えーっ。そうですね。素晴らしい着眼点かと」
「そうだろう。そうだろう。全ての共通点が繋がりを示している。場所……タイミング……」
ダバラはなんと返事をしたものか頭を悩ませる。
(場所とタイミングは確かに被っている。しかし肝心のお宝と迷宮はどう説明するんだよ? 適当な事言ってんじゃねぇよジジイ)
「……おっ、恐らくその可能性に気付いた者は世界広しと言えどベナス様だけかもしれません」
「そうか? ハッハッいやぁ流石に私1人と言う事は無いだろう?」
間違った推測だと馬鹿にしてはいるが、最近のベナスの機嫌の悪さを一気に取り戻すチャンスだと、ダバスは頭をフル回転させる。
「いえ、以前報告しましたがセシル殿の捜索に出た多くの領地の者はディビジ大森林の雨期の事も知らずに出発し、ほとんどが全滅したと思われます。余所のディビジ大森林に対する知識などその程度なのです。それに加え、我々は1度だけとはいえセシル殿の情報を持ち帰ることが出来た。情報戦においてベナス様が”圧倒的に勝者”と言う事を考慮すれば、ベナス様お1人だけがその事実に気が付いたというのもそう間違った見解ではないかと……」
ここで一呼吸置き『圧倒的に勝者』と言う言葉を呑み込む時間を与える。
「圧倒的勝者……私のみ……か、ふむ」
ダバラの思惑通り、ベナスの頬が嬉し気にピクピクと反応する。
「だが、行商人はセシルと接触した者がおるのではなかったか?」
「はい迷宮が話題になる以前に確かに接触した行商人はおります。ただ、調べた限り行商人は小型の魔物の魔石複数個と交換しただけです。今回の迷宮で見付かったとされる品はどれも強力な魔物の物ばかり。と言う事は…………」
「焦らすでない! さっさと続けよ」
先程、間を開ける事でベナスを上機嫌にさせる事に成功したため、この手法は使えるとまた適当な所で間を開けたのだが、今回は失敗したようだ。
ベナスの機嫌が急降下するのが目に見えてダバラは慌てて言葉を繋ぐ。
「しっ失礼いたしました。恐らく一般的な見方としては、”セシル殿は弱い魔物を倒しどうにかディビジ大森林で生きていく力はあるが、大物を倒す力はない。”と思われているでしょう。なぜなら小さい魔石のみで支払いをしているからです。大物を倒しているなら大きい魔石を支払いに使っていてもおかしくない。だがそれをしなかった」
「たまたま買い物の量が大きい魔石を使うほどでは無かったと言う事はないか?」
「その可能性もゼロではありませんが、もしセシル殿が大きい魔石や上等な素材を持っている事が分かれば、行商人がほっておく訳がありません。と言う事はセシル殿は買い物の場では高級素材を持っていなかったと考えるのが妥当」
「ふむ……?」
ベナスはこの話に若干の違和感を感じる。
違和感の正体に頭を巡らせようとした所でダバラがまくし立てる様に喋りだす。
「それに比べベナス様は、セシル殿が複数の兵士を退ける力がある事を知っている。その力が大物の魔物を倒すまで及んでいるかどうかは確信が持てませんが”迷宮の財宝がセシル殿と関りがある”その可能性に気付けているのはベナス様を置いて他にいるでしょうか? いやいないでしょう!」
「ふむ。私だけか……」
ベナスは機嫌が良さそうに顎をさする。
先ほどの違和感の正体は行商人との買い物時に高級素材を持っていなかったのならば、迷宮のお宝とセシルも繋がらないのではないか? と言う疑問だったが、ダバラのヨイショによってふわっと浮き上がった疑問はどこかに消えてしまったようだ。
実際はセシルはただ大きい魔石や立派な素材が気に入っており、家に飾っていたから売りたくなかっただけであるため、結果的にセシル=お宝と言う正解の道を歩んでいる。
ダバラは機嫌の良さそうなベナスの様子に口が乗っていく。
「おっしゃる通りです。ベナス様だけです! これはチャンスです」
「ほう。チャンスと? 具体的には?」
「……えっ?」
「ん?」
調子に乗ってチャンスと言ってしまったが、迷宮とセシルが関わっている可能性があるとの予想……たったそれだけの予想がなんだと言うのだろうか。
確かに誰もが辿り着いていないであろう結論に辿り着いた。しかも最初は何言ってんだこのジジイと思っていたが、話している内に本当にベナスだけが気付いた事実かもしれないと思った。自分達だけが気付いた事実。これは生かせる! チャンスだ!
そう思って思わず口に出してしまったが、よく考えたら何の確証も無い上にその結論を有効活用する術が思いつかない。
ダバラは30秒前の調子に乗った自分を殴りたい思いに駆られていた。
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