第171話 ダバラの弁明
ベナスに「これはチャンスです!」と余計な事を言ってしまったために自ら追い込まれてしまったダバラは必死に頭を回転させる。
「……えーっと……」
「なぜ言い淀む。チャンスなのだろう?」
「はいっ! ほっ、他の人たちは気付けていないのです!」
「それは分かった。気付けた事によるメリットを言えと言うとるのだ」
少しずつ不機嫌になるベナスにダバラは脇汗が止まらなくなる。
「こっ交渉が出来るのです!」
「なんだと?」
「他の者達は迷宮を踏破しようとするでしょう。そしてお宝を持ち帰る」
「当たり前だろう」
「お宝を持ち帰ると言う事は、セシル殿のお宝を盗むと同義」
「……まあ、そうとも言えるな。だがそれがどうした」
ダバラは逃げ筋が見えたとさらに頭をフル回転させ、頭からも大汗を流しながら言葉を紡いでいく。
「セシル殿の物を盗もうとした者は、当然セシル殿に殺される可能性があるのです。そこで、我々は交渉して安全に確実にお宝を手に入れるのです。良好な関係が作る事が出来れば、場合によっては独占出来ます」
「交換できるような高級品をディビジ大森林に持っていくのはリスクが大きすぎる」
「いえ、高級である必要は無いのです」
「どういうことだ?」
「ディビジ大森林で価値が高いのは何か? と考えました」
「ふむ?」
「以前セシル殿が行商人と取引した際は、岩塩や食物の種やロープなどを交換したと聞いております。と言う事は、必要なのは生活必需品。高価な物でもせいぜい魔物避け程度ではないかと愚考いたします。と言う事は我々は格安の日用品を持っていくだけで、セシル殿が持っている高価な物と交換できる可能性があります」
「なるほど。一理あるな……だが、実際交渉せずともお宝を持ち帰った者がおるではないか」
「それは運が良かっただけの可能性が高いと踏んでおります。セシル殿もずっと迷宮内にいる訳ではないでしょう。水を汲みに行ったり、食料を調達したりと迷宮を離れる事もあるでしょう。または迷宮の奥深くに潜っているかもしれません。そうなると盗人を見逃す可能性も十分にあり得ます」
「では、奴が迷宮から出ていくのを見てから盗みに入れば良いのではないか?」
「おっしゃる通りです」
「おっしゃる通りだと? おい、まさかお前、私を馬鹿にしているのか? 先ほどは交渉できる事がメリットだと言ったではないか!」
ベナスの憤怒に合わせ、警護に就いていた騎士総隊長 キバニエルが腰に差した剣に手を掛ける。
「めめめっそうもございません。我々は交渉する事も可能ですし、セシル殿が外出するのを待つことも出来ます。他の者ではそうはいきません。なにせセシル殿が迷宮に居る事を知らないのですから知らず知らずのうちに一か八かの賭けをしているようなものです。しかし、我々は状況に合わせ行動を選ぶ事が出来るのです。安全に交換しても良し、チャンスがあれば盗んでも良し。ベナス様の気付きによってそれが可能になりました。これは圧倒的優位となりましょう。全てはベナス様の聡明かつ柔軟な発想あってこそ!」
ダバラは早口でまくし立てる様にベナスを褒め、自分に向く怒りを煙に巻こうとする。
突然褒めちぎられたベナスは怒りが霧散し、まんざらでもない様子が隠し切れない。
キバニエルも剣から手を放し、それを視界の端で捉えたダバラは微かにホッと息を吐く。
「ふん。まあ良かろう。次は確実に成功させたい。お宝に加え、最終的にはセシル本人と魔法を使うという従魔、全て私がいただく……いや、流石にこれほど話題になっていればお宝に付いては隠しようもないか。皇帝への言い訳が立たぬな――何か案はあるか?」
「ハッ、は? 私でございますか?」
「他に誰がおる。そなたは多少頭が回りそうだ。案で良い。私が得をするような案を上げて見よ」
「……私の浅知恵ではよく分からないのですが、お宝の数量など未知数なのですから誤魔化しがきくのではないでしょうか?」
「関所に皇帝直下の監査員がおるのはお主も知っておろう。通常時ならまだしもこのようなお宝が動くとなれば相当に厳しいチェックが入るぞ」
「我々は日用品との交換で手に入れる予定ですので、王国との交易という形は取れないでしょうか。いや、それでは目録と日程が合わないか……では、冒険者に振り分けて持たせ。通過させるのはいかがでしょう?」
「通常ではあり得ない大物の素材を複数の冒険者が所持してるなど、迷宮産というのが一目瞭然ではないか。冒険者の物など下手したらその場で召し上げられるか、場合によってはすぐに我々に辿り着くぞ。件の冒険者はそれを避ける為に道中、行商人と上手く交換して行ったのだろう。それに、行商人が関所を通過する前に帰国を果たしたであろう所も上手い。お宝が持ち替えられる前は監視が甘かったであろうからな。交換で手に入れた宝石類などいくらでも隠し通せたはずだ。」
「では、我々も先の冒険者の様にディビジ大森林を通過する行商人に売り捌いて行くのはいかがでしょう? おそらく目鼻の効く商人ならば交換用に少々の宝石などを持ち、関所前で待ち構えるのではないでしょうか?」
「ふむ。一理ある。だが、お宝を誰が・いつ・どれだけ持ち帰るかも不明な状態で待ち構える者がそれほどいるとは思えん」
「――よろしいでしょうか?」
普段は警備に徹するキバニエルの発言に、ベナスはおや?と顔をするが真面目一徹のキバニエルが無駄な事を言うとは思えず発言を認める。
「珍しいな。良い。意見があるなら言うてみよ」
「ハッ。もし商人が交換用の宝石を持ちディビジ大森林で待機した場合でございますが、ならず者に強奪に合う事は必定。その様な危険を犯すとは思えませぬ」
「なぜそう思う」
「まず、通常時の行商人の通行量などたかが知れています。さらに王国と帝国間の行商は人生を賭け1発逆転を狙う商人が行う事でありますので、冒険者の中で成功するか失敗するかの賭け事も行われており、当然の様に行商人の動向もほぼほぼ把握されていると思って良いでしょう」
「それで?」
「通常とは違う行商人の数や、一発逆転を狙う必要のない商人までもがディビジ大森林に入った場合。まず違和感に気付かれると思われます。さらに王国に行くでもなくディビジ大森林入口付近で待機となるとほぼ狙いが分かるでしょう。そもそも護衛には冒険者を雇う事がほとんどです。情報漏洩を防ぐ事は難しい……冒険者達はこう考えるでしょう。『あるかどうかも分からないお宝を危険をおかして狙うくらいならば、護衛の冒険者と結託してお宝と交換できる程の貴金属を狙った方が早い』と」
「なるほど。商人たちは大金を持ったカモと言う事か」
「さようでございます。当然、商人達もそのリスクに気が付くでしょう。そうなると待ち受ける商人などほぼ皆無と思われます」
「では、結局のところ商人達はディビジ大森林で待ち受ける事は無いと言う事になるのか」
「一か八かを狙った個人の行商人は多少出て来るかもしれませんが、それを期待して行動するのは辞めた方がよろしいかと」
「なるほど。また振り出しに戻ったではないか。お前、今の話を聞いて言う事は無いのか?」
ベナスはダバラに対し、また少しずつイライラし始めている。
「……隊長のおっしゃった事はもっともかと」
「ふん。役立たずめ」
「にっ2個、いえ、1.5個方法があります!」
「1.5? 1つは自信がないと言う事か……せめて1の方はまともな意見を言わぬと許さぬぞ」
「はっ、はい。では恐れながら、まず1つめ、もし我々がお宝を持ち帰れた場合、関所の1日ほど離れた場所で待機し、商人に先ぶれを出してそこまで呼べばよろしいかと。そうすれば、商人のリスクは最小限、我々も交換出来て万々歳かと」
「なるほど。守秘義務等々、多少練る必要はあるだろうが、目がありそうだな。ではもう1つ、いや0.5は?」
「冒険者が持ち帰ってきたお宝を商人の代わりに我々が関所前で買い取るのです」
「お前は馬鹿か? 結局我々が関所を通るなら皇帝陛下が取り上……ゴッホン、率先して献上せねばならぬだろう。貴族が資産を持つと言うのは商人が1品2品持ち帰るのとは訳が違うのだぞ?」
「我々で複数の行商人を新たに作るのです。さすれば、既存の商人に手数料を掠め取られる事もありません」
「ほぅ……ロンド、行商人を作るのに手間はどれほどかかる?」
部屋の端で佇んでいた筆頭執事のロンドに話を振る。
「ハッ、我々の息のかかった行商人を増やす事自体は難しくありません。書類を提出し、身分証発行代を払うだけでございます。さらにディビジ大森林で行商をするような商人は一発逆転を狙った根無し草がほとんど。そこにいくつかの商人が増えた所で問題ないでしょう」
「ふむ……ダバラよ」
「ハッ」
「この案は良いように見えるのだが、なぜ1ではなく0.5だと言った?」
「それは、商人をする人材でございます。ベナス様の私兵や使用人は一般市民の中ではエリート扱い。当然、掃除をするだけの使用人でさえご近所ではそれなりに名が広まっております。その様な人物がいきなり商人を始めたとなれば、ベナス様の肝いりでは? と疑われるのが必定。いらぬ腹を探られます」
「……そう言う事か。ロンド、必要な人材を集められるか?」
「条件としてはベナス様の兵士、使用人ではなく、信頼が置け、計算が出来る人物でございますか……恐らく1~2名程度なら奴隷で賄えるかと思いますが、そこまでの人材となると値が張りますし、信頼が置けると言っても所詮は奴隷。監視役も外す事は難しいかと。であれば、最初から安く能力のない奴隷で商人登録をさせ、我々が裏で管理する方がまだマシかと。結局は管理役も関所で身分はバレてしまいますが」
「ふんっ、忌々しい中央の役人どもめ。こういう時だけ関所に監視を置きおって」
「となると、手数料が取られたとしてもやはり信頼の置ける店舗を構える商会に依頼をした方が良さそうですね」
「そうなるか。まあ、業突く張りの商人であっても流石にワシが相手ならそう無茶な請求もしてくるまい」
「承知しました。ではディビジ大森林に突入する部隊を――――」
こうしてダバラは無事にこの場を乗り切り、迷宮行きの計画が練られていったのであった。
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