第172話 魔憑き


 場面はディビジ山脈付近に戻る。



「岩山もだいぶ近付いて来たな。後四半刻程度で着くか? それにしても本当に迷宮やら宝の山なんてあるんだろうな? 無かったらどうすんだよ」

「そんな事今更言うんじゃねぇよ。万が一宝が無くても俺達には最低限の報酬が出る。なあ、そうだろう? 兵士さん」

「ああそうだ。日割りの固定給+出来高制だ。」

「固定給って言や聞こえはいいが、もしお宝が出なかったらタバレに残って建築の手伝いやった方が安全な上に同程度稼げるぜ」

「お前も納得しただろうが。確かに危険度は高いが、俺らの後に10名の兵士達が遅れてやってくるんだろう? しかも、もし賢者の卵と出くわした場合は戦闘せずにお宝が手に入るかもって話だ。こんな上手い話はねぇ。人生を変える様なお宝が手に入る可能性が比較的安全にチャレンジ出来るんだぞ? 当然お宝全て俺らの物になる訳じゃないが、普段の俺達じゃこんなチャンス二度とねぇぞ」


 セシルのお宝と交換する為の日用品は後続組が運んでいる。

 先行組の仕事は迷宮周辺の安全確認とセシルの存在有無、場合によっては交渉下地を作る事だ。


「分かっちゃいるが、街道から外れるとこれほど精神的に疲れるとは思わなかったからな。つい悪い想像をしちまう。すまんな」

「気持ちは分かるがお宝が存在する可能性は高いと判断したからここまで来たんだろう? 実際に物は流れているし商人達の話も複数確認した」

「……あぁ、今更うだうだ言っても仕方ねぇよな。もうこんな所まで来ちまったしな」

「――話はまとまったか? 今日は岩山の麓まで行ったらそこで1泊して、明日の朝から迷宮に突撃する予定で行こう」


 監視役の兵士スマフがポストスクスの上から指示を出す。

 ベナスの兵士で背が高く筋肉質。帝国人特有の小麦色の肌で迫力があり短髪で真面目な雰囲気がある。


「水はどうだ? 足りるか?」

「1日は持つだろうが、迷宮の様子によっちゃ心許ないな。特にポストスクスと馬の水が不足したらマズい」

「了解した。では、本日の宿泊場所を決めたら寝床の準備組みと水を補給する組で別れよう。道中にポストスクスが反応すればまとまって行こう」


 ポストスクスは個体差があるが1kmくらいの距離ならば本能で水場を探す力が備わっているのでそれを利用する。


「いや、準備組みがポストスクスと離れるのはマズいだろう? 一緒に行動すべきじゃないか?」

「ポストスクスと離れるのは危険か? 意外と魔物と出会ってないからどうにかなるかと思ったが……」

「それはポストスクスが居たからだろう。ディビジ大森林を甘く見ない方が良い」


 スマフは街の警備を担当していたためディビジ大森林に入るのは初めてだった。

 その為、冒険者の意見は素直に聞き入れるように気を付けている。

 そもそもわざわざ冒険者を雇ったのはディビジ大森林の経験値が必要だったからだ。


「そうだな。分かった。全員で移動しよう。日の入りによっては水場の近くで1泊する。それで良いか?」

「問題ない」

「では日が高い内に行くぞ」



 冒険者達がドッ ドッ ドッ とポストスクスの足音をさせながら水場に移動し始めてからしばらくすると、すれ違う様にセシル達が岩山ハウスに帰って来た。



「ふぃ~疲れたねぇ。今日は手頃な魔物が全然近くに居なかったね」

「だからと言ってシャグモンキーを狩るのはやめねぇか? 命がいくらあっても足りないんだが」

「我儘ばっかり言うんじゃないよ! しばらく虫を食べたくないって言ったのはヨトだろ!」

「そうだよ! お兄ちゃんはわがままばっかり」

「ユーナは離れた所から見ているだけだから良いけど、こっちは命がけでシャグモンキーを狩っているんだぞ!」

「お兄ちゃんは死んだシャグモンキーを引っ張って来るだけじゃない」

「他のシャグモンキーに気付かれない様に運ぶのがどんだけ大変か分からないかね!?」

「でも久しぶりにお肉食べれるんだから文句言わないの!」

「まあそうだけどよ」

「盛り上がっている所悪いけど、シャグモンキーはマーモとライン、マーモットの群れ用の餌だけどね」

 

 ヨトとユーナが言い争っている間にボソッとセシルが不穏な言葉を口にした。


「……え?」

「えっと、あれ? おかしいな。聞き間違いかな? だってさっき、俺がしばらく虫を食べたくないって言うから仕方なくシャグモンキーを狩った的な事言ったよな?」

「うん。まあ、言ったかな」

「えっ怖い怖い怖い。冷静に頭おかしい事言っているって気付いてないのか?」

「ヨトが虫に飽きたなら、マーモ達もそうかなぁ~ってね」

「いや、俺わい! 俺が虫に飽きたって言ったのに、言い出した俺は魔物肉食べれないんかい!」

「だからシャグモンキー狩る前に一応他の魔物も探したでしょ。いなかったんだから仕方ないでしょ」

「ほぼ一直線にシャグモンキーの縄張りに向かった気がするんだが気のせいか?」

「ねぇ、セシルさん、何でシャグモンキー食べちゃダメなの?」

「人型の魔物は食べちゃダメって教わったから」

「えっそうなの?」

「帝国では習わないの?」

「いや、人型を食べちゃいけねぇのは知っているが、それはゴブリンやオークの事であってシャグモンキーは人型に入るのか? 帝国の一部の地域では猿を食べるって聞いたことあるし」

「えっ? 猿食べる所あるの? 実は僕もここに来たての頃シャグモンキー食べて良いか悩んだんだけどね。人間とシャグモンキーはちょっと遠い気がするけど、人間と猿の間みたいな見た目のゴブリンは食べちゃダメでしょ? で、ゴブリンとシャグモンキーはかなり近い見た目だよね。てことはダメじゃないかな? って思って」

「食べている地域があるんだから大丈夫じゃないか?」

「でも、もしダメだった時ヤバいでしょ? 食べた人はボケるのが早いって聞いたよ? チャレンジするのは怖いよ」

「ボケる?」

「えーっと歳を取ってご飯食べた事も忘れたり、うんち投げて来たりするやつ」

「あーボケるって言うのか。帝国ではえーっと『悪魔憑き……悪魔って王国語で何て言うんだ? まいいや』えっと魔物憑きになったって言うんだ」

「魔物に憑かれるの?」

「ん~ちょっと違うけどそんな感じ。魔憑きって言った方が近いかな?」

「ふ~ん。とりあえず今回手に入ったシャグモンキーはマーモ達に全部あげちゃうよ?」

「ん~……んー肉喰いたい……ん~」


 ヨトは誘惑と戦い悩む。


「お兄ちゃんが魔憑き? になったら捨てるよ?」


 この世界ではボケた老人が山に捨てられる事が当たり前のようにある。

 痴呆は帝国では悪魔に憑りつかれたと考えられるのが一般的だ。


 悪魔に憑りつかれる=魔が憑く=魔物


 という理論で魔物と同列扱いになるのだ。

 だが肉親を手に掛けるのは心理的に難しい為、山に捨てて来るのが一般的となってしまっている。

 とは言え、この世界では人間は60歳を超えると長寿と言われるほどで、あまり長生きは出来ない。

 さらに魔物や戦争、流行病、乳幼児期の死亡を含めると平均寿命は20歳を割って来る可能性もある。

 ボケる事が出来るほど長生きする事はあまり多くは無いのだ。

 

 だからこそ、ゴブリンなどを食す特異地域で若年でボケる人数が多い事が目立ち、人型の魔物を食す事を禁止された国が多い。

 ただ禁止されてからまだ2~30年と時が短い為、猿種が魔憑きに影響を与えるかどうかはまだ結論が出ておらず、食す地域は未だ点在する。


「ちょっ、そこはお兄ちゃんが魔憑きになっちゃったらイヤーって泣いて止める所だろ」

「めんどくさっ……もう捨てようかな?」

「せめて魔憑きになってから捨てて?」

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