第173話 マーモとマーモット①


 うだうだ言い合いをしながらもセシル達は結局虫、マーモとラインはシャグモンキーの肉、ライアはそこら辺の草を食していた。

 食事も半分くらい進んだ所で木の陰から野生のマーモット達がチラチラと視界に入り始めた。

 シャグモンキーのお零れを与ろうとしに来たのだ。


「おっ来た来た」

「こいつら当たり前の様に貰いに来るよな」

「お兄ちゃんもでしょ」

「俺は出来る事をしている」


 セシルが食べきれないシャグモンキーの肉をマーモット達の近くに投げてやる。

 それを見たマーモが顔を顰め小さく唸る。


「ナ”ァ」

「マーモちゃん、マーモット達が来るとちょっと不機嫌になるよね」

「自分の同族が貰いに来るだけなのが情けないんじゃないか?」

「そういうもん?」


 マーモの小さい唸りが聞こえたのか、マーモットのボスが数歩近付いて来て2本足で立ち上がった。


「ナ“ー!」

「おっ? 逆にあっちのボスがマーモを威嚇してきた。餌貰う立場でなんでオコなん」

「ナァ~ン?」


 マーモがおん? やんのか? とゆったりとした足取りでボスに近付いて行く。


「マーモちゃんガラの悪い冒険者みたい」


 ボスはマーモの迫力にほんの少し後退りしてしまうが、自分の群れの目が気になったのか、キョロキョロとした後、意を決し再び前に進み出た。

 マーモと角が付く程の距離まで近付くと2匹とも立ち上がってガンを飛ばしあう。   

 先に一吠えかましたのはボスだ。


「ナ“ぁ!!!」


 周りのマーモットもボスのその一吠えに、ある者は怯え、ある者は尊敬の眼差しでボスを見る。

 それを背中で感じたボスはどやぁっと得意げな顔をする。

 マーモも立ち上がってるため、見上げる形だ。



 パーーンッ



 「「「「「「「えっ???」」」」」」」


 ほっぺを叩かれたボスを含め、全員が呆気にとられた。


 誰もがボスの吠えに対して吠え返すのが流儀だと思ったのだ。

 

 ボスを思いっきり叩いたマーモはと言えば

「何故、吠え返さずに叩いたのですか?」

と問われれば

「そこに……頬っぺがあったからさ」

と言わんばかりに堂々としている。


 ボスは呆気に取られたまま脳のダメージもあったのかヨタヨタと地面に片手を付き、ゆっくりと四つん這いになる。

 地面を見つめしようとしているが、焦点が合ってないようにも見える。

 

 全員が固唾をのんで見守るしか出来なかった。


 しばらくするとボスは四つん這いの体勢からおもむろに座る体勢に移行し、顔を上げポーっと空を見上げ始めた。


 しばらくして焦点があってくると、周りを見渡す。

 ――マーモと目が合った所で座ったまま手が震えだし失禁をしてしまった。


 本人もなぜ自分の身体がそういう反応をしてしまうのか分からず、えっ?という顔をしている。

 どうやら殴られた衝撃で記憶が飛び、状況が呑み込めていないようだ。


「これはドジョウしちゃう」

「同情ね。これどうなっちゃうんだろう」

「記憶が飛んだのなら、もう一度記憶が無くならない程度にまたやっちゃえばいいんじゃないか?」

「お兄ちゃん、流石にそれはひどくない?」

「いや、分からないままの方がキツくないか? 仲間に負けたんだと説明されてもナットクできないだろう?」

「そんなもん?」

「男ってのはそんなもんだ」

「何それ」


 マーモが心底めんどくさそうにボスの元に近付く。


 ボスは身体の震えが大きくなり、慌てて四足歩行で距離を取ろうとするが足が空回りしてコケてしまう。

 マーモはゆったりと近付きボスの肩に手を置き「ナー」と声を掛ける。


「おっ説得しているのかな?」


 セシル達からはマーモが優しく話しかけている様に見えたが、実は「ざっこwww」と煽っていた。

 普段優しいマーモからは想像出来ない行動だが、以前からこのボスが群れにメスがたくさんいる事を遠巻きに自慢して来るくせに、セシル達のご飯のお零れに与ろうとしてくる卑しさにイライラが積もっていたのだ。

 それが今回、正面切って煽られた事で不満が爆発したようだ。


 ボスは震える身体を無視し、怒りに任せマーモのお腹に体当たりしようとする。


 ――が、片手で受け止められ逆にボディにパンチを入れられてしまった。


 ボスは崩れ落ちる。


 群れのマーモット達はその光景に唖然とする。

 マーモットはお腹の肉が厚く、ちょっとやそとの物理的なダメージではほとんど効かないのだ。

 だが、マーモの一撃でボスが沈んでしまった。

 ボスは蹲ったまま動かない。


 すると群れの中からボスの次に身体が大きいマーモットがマーモに数歩近付き「ナー!」と声高に鳴くと、周りのマーモットも「「「ナー!!!」」」と鳴いた。


「おお? なんだなんだ?」


「ナーナー」

「ナーナーナー」

「――――」

「――――」


 マーモとマーモット達が話し合っているようだ。

 しばらくするとマーモがとんでもなく迷惑そうな顔をした後、不安げにセシルを見る。


「あー。ついに来たか」


 セシルは泣きそうな顔をする。


「ん? どういうこと?」

「ほらあれだよ。ボスを倒したから群れのボスになるんじゃねぇか?」

「えってことは私たちマーモちゃんとお別れしないといけないの!?」

「そう言う事だろうね」


 セシルもマーモットの集団を見た時からマーモが自分達と一緒に過ごすのではなく、その集団の中に居た方が幸せなのではないか?という事を何度も考えてきた。


 特にマーモと興味を示しあっているメスらしきマーモットもいる。


「ナァァ」


 マーモがセシルを見ながら弱々しく鳴く。


「マーモがマーモット達と一緒に居た方が幸せだと思うなら、僕たちの事を気にせず行ってもいいよ」

「ナー!!」


 大慌てでマーモが顔を横に振り否定する。


「んん? これからも僕達と一緒にいるの?」

「ナー!」


 マーモは当然とばかりに頷くが、その後不安そうに後ろをチラチラと見る。


「えっ? ん、え~!? そう言う事!? 困ったな」


 セシルは困惑して返事に詰まる。


「おや? 流れが変わったぞ?」


 ヨトは顎に手を当て評論家の様な雰囲気を醸し出している。


「どういうことお兄ちゃん。マーモちゃんはこれからも私たちと一緒に住みたいんでしょ? セシルさんは何に悩んでいるの?」

「多分、後ろのマーモット達も一緒に生活しても良いか? って感じだと思う」

「あー。それは、あー、大変だね」

「そう。ただでさえご飯と水の調達が大変だからな。家はかなり手を加えたし、広いから入るのは問題ないと思うけど……」


「ねぇ、マーモ達も一緒に住んでもいい?」

「別に良いけど、水どうするんだ?」

「ん~毎日川に行くしかないよね。それか、洞窟の奥の魚っさんとミニ魚っさんから川を奪い取るか」

「くせぇんだよなぁあいつら。仕方ないか。そもそも俺らも『居候』みたいなもんだしな」

「よし、じゃあ君らも住んでいいよ。その代わり今日は良いけど明日には身体洗ってね。汚いし臭そうだもんね。マーモ、そう伝えて貰える?」

「ナー」


 マーモがマーモット達に「ナー、ナー」と話して伝える。


「そう言えばマーモットには地域による言語の違いとか無いのかな?」

「たしかに。そもそも、マーモちゃん、ライアちゃん、ラインちゃんも従魔とは言え王国語理解しすぎじゃない?」

「そうだよな。普通は従魔とは言え単語とちょっとした事ぐらいしか理解しないはずだよな」


 そうしてる間にマーモット達の話し合いが終わったようだ。

 すると突然ナンバー2だったマーモットがセシルの前に来て、「ナ―!!」と威嚇してきた。


「えっ何々!?」


 マーモは慌ててナンバー2の前に来て「ナ“-!!!!」と怒りを露にする。

 マーモに怒られたナンバー2は、えっ!?とした顔をして目を見開いている。


「何? 何?」

「ボスが変わったからナンバー2を決めようとしたんだよ。マーモットは序列社会だからな」


 ヨトは魔物の知識だけは豊富だ。




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