第111話 キースの罪
ガンガンッガンガンッ
「サッチおばちゃーん、開けてー。おばちゃーん」
ガチャッと玄関を開くと、キースの嫁のサッチが出て来た。
キースとサッチの間に子供はいない。
「あら、ヨトとユーナじゃない。お父さんの事は……残念だったわね。何かあったら私達を頼っていいからね」
「……うん」
「それで、お葬式関連の話かな?」
「違う」
「じゃどうしたの?」
「なんか、さっきキースおじさんが家に来て、危険が迫ってるから急いでおじさんの家に行けって、このまま家にいたら殺されちゃうって……」
「えっ!? ……とっとりあえず2人とも入りなさい」
2人は家に入り、薦められるまま椅子に座るとサッチがお茶を出す。
「とりあえずお茶を飲んで落ち着いて」
「いや、俺達も何が起きてるのか分からなくて、慌てても無いんだけど……」
そう言いつつ出されたお茶を飲む。
「――それで、うちの旦那が2人にこの家に逃げろって言ったのね?」
「うん。凄く慌ててた」
「それでうちの旦那はどこ行ったの?」
「母さんを探しに行った」
「イバンヌも危険って事?」
「分かんない。僕たちどうなるの?」
「私も分からないわ。テリーの関係かしら? ……とりあえず、2人はこの家で大人しくしてなさい。アタシが良いって言うまで絶対に家から出てはだめよ。窓から顔を出してもダメ。分かった?」
「何でダメなの?」
「何が起きてるか分からないからダメなのよ。恐らく見付かっちゃダメなんだと思う。お母さんと妹を守りたかったら、今言った事をしっかり守って。ユーナも分かった?」
ユーナは下を向いて何も答えない。目には涙が溜まっている。
「お母さんとお兄ちゃんを守るためよ。勝手に家から出ない事。絶対よ。いいわね? 返事をしなさい。いいわねユーナ?」
「おっおがあざんとおにいじゃんもいなくなるの?」
「いなくならないようにする為にここに隠れるの。いいね? ユーナがそれを守らないとお兄ちゃんいなくなっちゃうよ!」
「いっいなくなっちゃイヤだぁ。おにいじゃん。いっしょがいいぃ」
「大丈夫だよ。俺は一緒にいるから。さっき言われた事ちゃんと守ろう? 家から絶対に出ないように。窓から顔も出さない。分かった?」
ユーナは下を向き頷く。
それを見てサッチはホッと息を付く。
(何が起きてるのかしら?)
☆
キースがイバンヌの家に辿り着く。
(頼む。無事でいてくれ)
だが、キースの願いは叶わなかった。
「ちょっ何よあんた達!? 離しなさいよ!!」
(クソッ間に合わなかったか)
すでにイバンヌはキバニエル率いる兵士に捕縛されていた。
縄で身体を縛られている。
「ベナス様の命令を違えた軍機違反の罪で、テリー一家は死刑となる。子供達はどこだ?」
「そんなっ!? それがっそれが、領主様の命令で危険な仕事に赴き、殉職してしまった兵士の家族に対する仕打ちなの!?」
「領主様の命に逆らって勝手な行動をしたから亡くなったのだ。さあ、子供達はどこだ? 吐け」
「子供達がどこにいるか知らないわよ! 私も探しに家を出ようとしてたんだから! あんた達の仲間が連れて行ったんじゃないの!? ヨナとユーナは絶対殺させない! 絶対よ!!」
「とりあえずこの女を連れて行け。子供も待ってたら来るだろう」
「ヨナ! ユーナ!! 聞こえてたら逃げて!! 戻ってきちゃダメよ!! 逃げて!!」
「ふむ。この様子では本当に居場所を知らぬようだな」
キバニエルがその様子を冷静に分析している間に、他の兵士がイバンヌを引き摺る様に引っ張っていく。
イバンヌが引っ張られながらも、必死にヨナとユーナを探していると、キースの姿が目に入って来た。
「キーーース!!! あんたがアタシの家族を売ったのね!! 許さない!! 絶対に許さないから!! 殺してやる!! アタシが死んでもあんたを呪い殺してやる!!」
「ちっ違う! 違うんだ!!」
「イバンヌーー!!!」
アンヌが遅れて辿り着いた。
「ああっイバンヌ……」
「姉さん!! 姉さんお願いっ!」
「黙って歩けっ!」
兵士が剣の柄でイバンヌを小突く。
「グェッ。姉さんっ、ヨトとユーナを助けて!! お願い。あの子達だけは!!」
アンヌは兵士達にバレない様に頷く。
ここで匿うと言えば領主に逆らうと宣言したようなものである。アンヌの家族もまとめて処刑されかねない。
「おいっ、そこの3人で姉のアンヌの家を捜索、結果を1人報告しにこい、残り2人でそのまま見張れ」
「ハッ」
キバニエルはこんな事もあろうかと、イバンヌの姉と兄、親の住所も調べてある。
「……イバンヌ、あぁ何でこんな事に」
「姉さん!! 全てキースが元凶よ!! キースを許すな!! 絶対に許さないで!! 死ねぇキーーース!! 死ねぇええええええ!! 昨日殺しておけばああああああ! キーーースーーーー!! 死ねぇえええ」
イバンヌが怨嗟を撒き散らしながら、連行されて行く。
キースは力が抜け、その場に膝から崩れ落ちてしまう。
ここまで直接的に人の恨みを熱心に受けたことは無かった。
ましてや、その相手が仲の良かった幼馴染のイバンヌだ。
若い頃には恋心を持ったこともある。そんな女性が自分の不用意な言葉によって、殺されてしまう。
ガタガタと肩が震えてくる。初めて魔物を相手にした時も足が震えたが、その時の比ではない。心臓が凍る様に冷たく感じ、全身が震えだす。
自分で自分の肩を抱き、震えを抑えようとしていると、横からアンヌの声が聞こえて来る。
「イバンヌ、あぁっ待って! 行かないでイバンヌッ、イバンヌウウウウ!! 死なないでイバンヌゥ。あぁあぁあぁああああああ」
周りには野次馬が集まっていた。
アンヌは念の為に兵士に囲まれている。
アンヌ以外は誰もイバンヌを助けようと声を上げない。
誰もが知っているのだ。
イバンヌはもう助からない。
貴族が処刑と言えば処刑なのだ。止めようとすれば、その人も処刑になる可能性が十分にある。
アンヌもイバンヌ本人に声を掛けているが、兵士達には不平の声を掛けない。特別任務中の兵士に逆らう事はその雇い主に逆らうのと同義だからだ。
同じ兵士であるキースでさえ、任務中の兵士に逆らう事が出来ない。それがたとえ後輩であってもだ。
イバンヌは2人から見えない所まで連れ去られてしまった。
家の周りは、数人の兵士がヨトとユーナが帰ってくるのを待っているだけとなり、野次馬達はひそひそと話ながら、そこから立ち去って行った。
アンヌとキースは力なくそこに座り込んでいる。
しばらく呆けた後、アンヌが座ったまま顔だけをキースの方に向け、問いかける。
「ねぇ……どういう事なの? 何でこんな事になったのか説明しなさい。イバンヌがキースが元凶って言ってたけど、そうなの? あんたが元凶なの?」
キースはしばし逡巡した後、素直に全て話すことにした。
「――――と言う事だ。すまない。イバンヌの言う通り、俺のせいだ」
キースが座ったまま地面に額を擦りつけるように謝罪をする。
アンヌがキースに近寄り胸倉を掴むと無理やり顔を上げさせる。
「あんたがっ! あんたが余計な事言ったから、イバンヌがっイバンヌがぁああああ」
キースの胸倉を掴んだままアンヌが泣き崩れてしまった。
「すまない……すまない」
アンヌの心は悲しみに包まれるが、ヨトとユーナの顔が頭を過る。
泣いてる場合ではないと、自分で無理やり呼吸を整え立ち上がると、キースの胸倉を引っ張り上げ無理やり立たせ、右手を振り上げるとキースの頬を思いっきり張る。
キースは避けもせずそれを受け入れる。
パアンッ
弾くような音が響く。
「こんなんじゃ気が晴れないけど、こんな事をしてる場合じゃないわ。こっちに来なさい」
左手はまだ胸倉を掴んだまま、兵士に声が届かない物陰に引っ張って行く。
兵士が遠目で見ているのが分かる。イバンヌの子供達と合流しないか観察しているのだ。
ある程度の所で立ち止まり、アンヌは何度か深呼吸をしてキースへの怒りを抑え、ひそひそ声で話しかける。
「あの子達はどうするつもりなの?」
「……分からない」
「私の家は捜索が入っているし、実家も調べられてるでしょう。あなたの家もこのままでは危ないわ」
「……嫁の実家に一時的に預かってもらおうと思う。隣村だから少しは時間が稼げるだろう」
「サッチの実家……それでもいずれバレるわよ」
「ああ。分かってる。とりあえず避難させてから今後を考えるよ」
「覚えておいて、あの子達に何かあったら、私はあなたを躊躇なく殺すわよ」
「ああ、分かってる」
アンヌはまた深呼吸を繰り返す。
「正直……正直、今すぐにでもあんたを殺してやりたい……ふーっ……とりあえず、私が子供達には会いに行くと危険だから一時的にお願いするけど、あなたを許すわけじゃないわ」
「ああ。分かってる」
「私は両親に会いに行ってくるわ。……イバンヌの事、報告しないと。――あの子達を頼むわよ」
「ああ、あの子達の事は任せろ」
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