第112話 責任転嫁
キースは家に帰らず、馬をレンタルするとサッチの実家に向かった。
そこまで離れた村ではなく、1刻半ほどで辿り着く。
「お義母さん、お久しぶりです」
「あら。キース君、久しぶりじゃない。急にどうしたの?」
「突然申し訳ございません。不躾なお願いになるのですが、一時的に私の友人のテリーとイバンヌの子を2人預かって頂けないでしょうか?」
サッチの母 サヴィーネの顔つきが変わる。
「何かあったの?」
「実は――」
キースは包み隠さず、しかし時間も無いので要点をサッと説明する。
「なるほどね。事情は分かったわ。イバンヌさんの家とは直接お付き合いが無いから、しばらくはバレないと思うけど、生活してたらどうしても人目に付くから、長期間は無理だと思うわ。旦那は私から説得するから大丈夫」
「恩に来ます。それで、どうやって2人をここまで連れてくるかが問題なのですが……」
「私の兄が商人だから、馬車を出してもらうわ。すぐお願いしてくる。疲れた顔してるわよ。座って一息ついて待ってなさい」
「すみません。ありがとうございます」
その後、サヴィーネの兄 サジンが買い付けと見せかけて2人を迎えに行くと、荷車の隠し板の中に2人を隠して街から連れ出す事に成功した。
キースもまた戻って話し合いをしなければならないが、サジンと一緒に街から出ると怪しまれてしまう為、遅れて追いかける事にしていた。
時間をズラしている間に嫁のサッチに事情を説明した後、少し仮眠を取り子供2人が乗った馬車を追いかけて単騎で出発した。
サヴィーネの家に着く頃には、夜の遅い時間になっていた。もうサジンの荷馬車も無かったので、子供達を置いた後、帰ったのだろう。
「お義母さん、お義父さん、急なお願いに対応していただきありがとうございます」
「いや、それは構わん。もう我々の子供達も家を出て行って、2人で寂しい思いをしてた所だ。それで、この子達には事情を説明したのかね?」
「そう言って貰えると有難いです。……これから説明します」
サヴィーネ達は気を使い居間から出ていく。
部屋に残されたのはキースとヨト、ユーナの3人だ。
食卓で使われているであろうテーブルに座ると、キースがヨトとユーナを真剣な顔で見つめる。
ヨトとユーナは状況が読めず、緊張して顔が強張っている。
突然家から出るように言われ、荷馬車に隠れると知らない大人の家に連れてこられた。
さらに、いつもニコニコしているキースが真剣な顔をして自分達を見つめてくる。
ただ事じゃないと嫌でも分かる。
「ヨト、ユーナ、突然のことに驚いているだろうが、お前たちに言っておかなければならない事がある」
ヨトは肩を強張らせ、キースを見る。
ユーナはヨトの服をギュッと握っている。
「すまない。お前たちの母さんは見付けるのが間に合わなくて、連れていかれた」
「「えっ?」」
「お母さんはどこに連れていかれるの?」
「……誤魔化さずに伝える。お前たちのお母さんは処刑される。いや、もうされているだろう」
「「?」」
ヨトとユーナは急な展開にポカンとする。
「しょけい?」
「殺されるって事だよ……お前たちのお母さんは殺された」
「……ふぇ?」
「なっ何で? 何で母さんが殺されるの?」
「えっお母さん死ぬの? イヤだ!!」
「お前たちの父さんがベナス様の命令を守らず、セシルを攻撃したんだ。それでベナス様がお怒りになった」
「それで何で母さんが殺されるの!?」
「リュック家に不利益、あー迷惑をかけたとして、連帯責任だ」
「れんたいせきにん?」
「家族全員が同じ罪と言う事だ」
「何で? 母さん、悪い事してないよ? 何で?」
「そういうものなんだ。我々平民が貴族の命に背いた。これだけで死に値する。覚えておけ。生まれながらに我々に逆らう権利はない」
「おがあざんどこっ!? おがあざんにあわぜて!」
「そうだ! 母さんに会わせてよ!!」
「……もう無理だ」
「おがああざああああん」
「会わせろよ!! 母さんに会わせろっ!!」
「ヨトはもう10歳になるだろう。受け入れなさい」
「そんな事突然言われても、よく分かんないよっ!!」
パァーン
キースが突然ヨトの頬を張った。
「お前がしっかりしないでどうする!? ユーナを守るのはもうお前しかいないんだ! 受け入れろ!!」
「……うぅ」
キースは自分のせいでこんな事になっているのに、それらしい事を言って話を違う方向に持って行こうとしている。
ヨトは下唇を噛んで、泣きたいのを我慢する。
ヨトも平民が貴族に理不尽に殺される場面は幾度となく見たことがある。そういう物だと言い聞かせられて生きて来た。自分達も平民で貴族に逆らえば殺されてしまうと。
しかし、平民を取り締まる側である兵士の父が誇らしかったし、自分達も貴族側の特別な人間だとどこかで思ってしまっていた。
さらにキースとテリーは部隊の中で、たまたま王国語を覚える部署に配属されていたため、特殊技能持ちとして給料も悪くなかった。
ヨトと同じ年頃、いやユーナの年齢であっても、平民ならすでに働いている年齢だったが、家のお金に多少余裕があった為、2人とも未だに働きに出た事もなかった。
孤児院にいる親無しの子供達の事も知っているが、どこかで見下していた。
特別な存在だった自分が、今まで見下していた人の元に行く。
知識では分かっているが、突然の出来事に心が追い付かない。
「本来、お前たち2人も殺されるはずだったんだ。それを俺の嫁の実家に一時的に預かってもらう事になった。だが、ここもそのうちバレる。ベナス様も子供2人にそこまで積極的に捜索をしないとは思うが、通報があれば間違いなく兵が来る。お前たちはここから離れた場所で生きていくしかない」
「父さんがベナス様に逆らったのが悪いの?」
「それは……そうなんだが、いや、違う! あれは仕方なかった! テリーは悪くない!!」
「じゃ誰が悪いのさっ!! 何でこんな事になったのっ!?」
「隊長が余計な事を言ったからだ……」
「隊長って人はどうなったの?」
「死んだ」
「……隊長が悪くて、その隊長が死んだなら、もう……母さん、母さんは死ぬ必要無かったんじゃないかっ!! ……何で」
イバンヌが殺されたのは、キースがベナスに余計な事を言ったせいだが、それは伝えない。
「隊長がもう死んでるなら、俺は誰を……誰を恨めばいいのさっ!?」
「せっセシルだ! そうだ! セシルが全ての元凶だ!! 」
大人が自分しかいない事をいい事に、全ての責任をセシルに押し付ける事にした。
「俺は数日もしたらセシルを捜索に行く。テリーとイバンヌの仇を取ってやるから安心しろ」
「俺も行く!! 俺がセシルを殺してやる!!」
「ダメだっ!! お前はユーナを守る責任がある」
まだ「おがあざーん」と泣いているユーナを2人で見る。
泣き叫ぶ妹を見たヨトは、ユーナの頭をギュッと抱きしめると、歯をギリッと噛みしめる。
「分かった。ユーナは俺が守る」
キースは咄嗟に『セシルが元凶だ』と口にしたが、その後も自分を洗脳するかの様に、誰も聞き取れないような小さな声でブツブツと繰り返し始めた。
「そうだ。セシルだ。全てセシルが悪い。俺は何も悪くない。あいつが俺たちを攻撃し始めたからこんな事に……」
テリーの死はまだしも、イバンヌの死は完全にキースのせいだったが、それを認める事を心が否定し始めていたのだ。
(セシルを殺す。そうだ。ヨトとユーナの為にセシルを殺してやる。テリー、イバンヌ。お前たちの仇は俺が討ってやるからな)
キースが復讐を決意する裏で、もう1人、セシルに復讐する事を決意した男がいた。
(ユーナと一緒に仇を討ちにいく)
キースの話が終わるとサヴィーネ達を部屋に呼び、今後について話す事になった。
そこでは1週間ほどヨトとユーナを匿った後、隣の街の孤児院に預ける事で話が付いた。
孤児院に預ける際の寄付金はキースが出すことになる。
ここにはヨトとユーナとはゆかりの無い人達しかいないのだ。キースも心の中ではセシルに責任転嫁しようとしていたが、今お金を出すような立場にいるのは自分しかいない事くらいは分かっている。
話合いが終わり、キースは深夜1人で自分の家に帰って行った。
ヨトとユーナは荷物が所狭しと置かれている倉庫で寝る事になった。
ヨトは泣きつかれて眠っているユーナを抱きしめると、セシルを探す方法を考えながら眠りに付いた。
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