第113話 アポレ教国


アポレ教国のアポレ神誕生の地と言われる聖地アルバレトス。

アルバレトスは教国のほぼ中心地に位置し、毎日のように地方から出て来た多くの教徒が祈りを捧げにやってくる。

 大聖堂への聖地巡礼を人生の目標に掲げる教徒も多く、大聖堂に行く為だけに切り詰めた生活をし、お金を貯めている者も少なくない。

 トラウデン王国も国教をアポレ教としている為、王国からの巡礼者も多い。



 地方に行けば行くほど聖地巡礼に掛かる交通費が多いため、節約生活が必要になる。その過度な節約により村や街の経済が滞り、地方では何年も前から貧困が加速している。

 困窮した村々では、現状からの救いを求め、お金を出し合って代表者が聖地巡礼をする事もある。


『聖地で祈る事さえ出来れば村は救われる』


 本気でそう信じている者は多い。

 貧困になればなるほど救いを求め、信心深くなってしまう。

 幸せになるために祈り巡礼をしていたはずなのに、そのせいで貧困になり、我が子を手放す親も多く、今では田舎ではほとんどの者が聖地に行くどころか、その日のご飯も事欠く程になっているにも関わらずだ。


 トラウデン王国と違い、アポレ教国では建前上奴隷が禁止されているが、実際はかなり多くの人身売買が行われており、奴隷ではなく奉仕者などと称して高位聖職者が若い男女を囲う事は半ば公然の事実となっていた。

 聖職者に奉仕者を差し出す事は、徳の高い行為とされる。

 いや、そう思い込むことで、口減らしとして手放さるざるを得ない状況に折り合いを付けているのだ。

 見目麗しい場合は高値で売買される事もあるが、ほとんどの子供は見た目も悪く、学もない。そんな子供など穀潰しにしかならない為、無料で引き取られると鉱山などの過酷な労働に放り込まれ、いざとなると兵士として利用されている。

 高値で売られた子供達は聖職者に慰み者にされる事が多い。


 もちろん子供の美醜に関係なく救い、徳を積む聖職者足る高尚な人物もいるが、割合としては半分に満たないくらいであろう。



 それに比べ、聖地に近づけば近づくほど、地方から出て来た巡礼者が宿や食事、お土産にお金を落とし、さらにはお布施をして行く為、経済が循環し高経済が保たれている。


 この様に教国の内情は貧富の差が激しく、聖職者による汚職なども多い。が、逆に貧困に喘いでいる層ほど救いを求め、アポレ教の教えを守る為、意外と犯罪率が低い。

 なんとも歪な国である。



 そんなアポレ教国の聖地アルバレトスに、高位聖職者達が一堂に会していた。

 教会の序列は教皇、枢機卿、大司教、司教、司祭、助祭の順で神に覚えめでたいとされ、その順で権力を持っている。

 教皇をトップとした国ではあるが、地方には聖職者と別に行政官などの役職があり、実務はその者たちが行う。高位聖職者達は、教皇を中心に決められた方針を行政官に指示・監督する立場となっている。


 今回の会合では、他国などの遠方にいる者は来ていないが、教国内にいた大司教以上の人物は大方揃っていると言っていい。




 人数が揃った事が確認されると祭壇の前で、教皇を中心に聖句を唱え祈りが捧げられる。

 祈りが終わると、大聖堂の奥にある会議室に移動し、教皇の椅子をコの字型に囲うように用意された長机にそれぞれが座っていく。


 真ん中の席に座った教皇が、集まった聖職者達を見回す。

 これには私腹を肥やしている者がいないかの確認も含まれている。


 高位職の者で太っている者は居ない。

 痩せている者か筋肉に覆われている者かのどちらかだ。

 見た目だけでは私腹を肥やしているかなど内情は分からないが『己を律し、弱者を救うべき』という教義上、少なくとも太っている事は許されない。


 教会では質素倹約が旨とされ、太っている者は贅沢をしていると判断され上に行くことは出来ない。

 贅沢はしたいが上にも行きたい者は、太らないようにトレーニングに励み筋肉に覆われている。筋肉を纏う者は、自分を律し過酷なトレーニング出来る人物として評価が高い。

 その為、ガリガリかムキムキしか居ない異様な空間が出来上がっている。

 



「本日はお集まりいただきありがとうございますぅ」


 この日はリーバル枢機卿が議題を取り仕切るようだ。

 リーバル枢機卿は50代半ばで、薄めの毛量の金髪をオールバックにしている。

 ガリガリ側の人間だ。


 のんびりした喋りが教国高位聖職者の特徴だ。

 誰が始めたのか、何故か高位に行くほど語尾を伸ばしがちになる。ここに集まった面子は全員が伸ばし口調だ。


「集まって頂いたのは他でもないぃ、大賢者の再来と言われたセシル殿に関してでございますぅ。およそ2年前も話題に上がりましたがぁ、今回はそのセシル殿がぁ学院を退学した後ぃ、行方が分からなくなっている点ですぅ。皆様も情報はご存知かと思いますがぁ、セシル殿は1人でぇ回復魔法が使えると思われますぅ。王国では一部の人間しか知りえないはずの技ですぅ。どこでやり方を知ったのかぁ? も重要ではあるのですがぁ、複数人でしか成し得ないはずの回復魔法をセシル殿1人で成し得ている事ぉ。そしてぇ、一番重要なのはぁ、学院退学後に帝国方面に向かった可能性がある事ですぅ」


 リーバル枢機卿はそれぞれの顔を見渡す。

 リーバル枢機卿の話した内容はそれぞれのルートで仕入れていたようで、特に驚きの表情をする者はいない。


「そこでぇ、トラウデン王国にぃセシル殿の引き渡しを依頼していましたがぁ、一向に返事もなくぅ。実態はぁ依然として王国内でも行方が分からないままでぇ指名手配をして捜索をしてるようですぅ。こちらに対する対応を見るにぃ、セシル殿を発見した所でぇ我々にはぁ引き渡す意思が無いと思われますぅ。よって我々もぉ王国内に限らずぅ帝国方面に向けてぇ捜索隊を出すべきだとぉ進言いたしますぅ」


 皆がマナエル教皇に目線をやる。

 当然ながら神から覚えめでたいとされる教皇の言葉が、大まかな方向性を決める事が多い。

 マナエル教皇は真っ白な長い髪と長い髭、長い眉毛が特徴だ。眉毛は垂れさがっており、その見た目からも温和な性格が分かる。が、教会のトップと立つ男は、温和なだけではなる事が出来ない。

 見た目とは裏腹に、強かな一面も併せ持っている。


「帝国方面に人をやってはぁ、帝国を刺激してしまうのではないでしょうかぁ?」

「教皇聖下の仰る通りですぅ。下手をすると帝国と戦争になってしまいますぞぉ?」

「リーバル枢機卿は如何思われますぅ?」


 マナエル教皇は帝国を刺激する事に否定的である立場を見せつつ、今回の議題を仕切っているリーバル枢機卿に話を振る。


「セシル殿の才能はアポレ様がお与えになられたのですぅ。そのセシル殿が、かの帝国に行ってしまうなどとあってはぁ、アポレ様に合わせる顔がございませぬぞぉ」


 これによりここにいる人物の多くが、教皇が持って行きたい方向性を理解した。

 議事を担当するリーバルが教皇の意思を事前に聞いている可能性が高いからだ。


「然りぃ然りぃ、恐れ多くも皇帝は自分を神と名乗っておるのだぁ。不遜な輩にぃ何を遠慮する必要がありましょうかぁ。この際ぃ、帝国もアポレ教に改宗させれば良いのではぁ」


 教皇の意思を理解し好戦的な意見を出したのは、ムキムキの肉体を誇るメイクランド大司教である。

 何より美味しい物を食べるのが好きだが、太ると上位に上がれない為、仕方なく筋トレを始めたが、筋トレにハマってしまいムッキムキになった人物だ。


「左様ですなぁ。私もメイクランド大司教にぃ賛成ですぅ」

「私もぉ賛成ですぅ。戦争となればぁ王国からも派兵させればぁ良いのですぅ」


 トラウデン王国は国教をアポレ教としているが、決して教国の属国などではない。

 しかし、教会の面々は、神に覚えめでたい地位にいる自分達の方が上だと疑いもなく思っている。  

 王国内にも教会が多数あり教徒も多い為、少し脅しをかければいつでも王国は言いなりに出来ると考えているのだ。


 その後も複数の意見が出るが、大方ディビジ大森林に向けてセシル捜索隊を出し、場合によっては帝国との戦も辞さないという意見に偏っていく。


「ふぅむ。意見は出揃いましたなぁ。ではぁ挙手により意見をまとめますぅ。帝国側に向けて捜索隊を出すことに賛同の方ぁ」


 ほとんどの人物が挙手をした。


 戦を嫌うミニー大司教を中心に反対意見もあったが、まずは捜索だけに留め、戦が起きない可能性の方が高いとの説得で、ディビジ大森林に向けてセシル捜索隊が結成される事となった。

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