第114話 セシルの情報
ロディとカーナが冒険者の仕事を始めて数か月が過ぎていた。
身分証として使える最低レベルの鉄級冒険者にはなっている。
ダラスの指導も終わり、2人で生活費を稼ぐだけの毎日だ。
ある日の夜、冒険者の仕事を終えた2人は定宿としている安宿で話していた。
国を挙げてセシルを捜索しているにも関わらず、いまだに情報が無い事に2人は焦れていた。
「もう……セシルはトラウス領に戻ってこないのかもしれない」
カーナの声が震える。
「そう、なのかもしれないな」
「私達の愛情が伝わってなかったのかしら? セシルは私達と会いたくないの? なんで、なんでこんな事に……」
顔を手で押さえ蹲るカーナを、ロディは肩を寄せる様に抱きしめた。
「愛情は十分に伝わっていたさ。セシルも母さんに会いたいに決まってるだろう? ……リビエール様の言葉を気にして帰ってこないのだろうか?」
「私と2人きりの時は、あのクソガキに様付けなんてしないで。領主様は出来た人だけど、領主様の息子を許す気はないわ! あいつのせいで!! あいつがっ! ――セシルはきっと寂しい思いをしてるに違いないわ。一刻も早く見付けて抱きしめてあげないと」
「――そろそろ別の街に移動して捜索するのもいいかもしれないな……ここにはダラス様もいらっしゃるから、もし俺たちとセシルがすれ違っても、しっかり保護してくれるだろう」
☆
次の日、冒険者ギルド経由で領主であるリンドルから2人に呼び出しがかかった。
セシルが見付かったのでは? と縋るような思いで、指定された時間に領主館に向かうと、間を置かず面会部屋に案内された。
椅子に座り待っていると、程なくしてリンドルが現れ挨拶を交す。
提携の挨拶が終わり、席に落ち着いた所で同席した兵士が状況報告を始める。
リンドルはすでに内容を知っているようだ。
「早速だが、セシル殿の情報が入った」
「「本当ですか!?」」
ロディとカーナは思わず椅子から立ち上がる。
「落ち着きなさい」
「あっ……申し訳ございません」
「情報の件数としては少ないが、情報の内容から確度の高い情報だと思われる」
ロディ達はゴクリと唾を呑み込み、手には汗が滲む。
「セシル殿が、ディビジ大森林を帝国側に向かって歩いている所を目撃されたようだ」
「ディビジ大森林……」
ロディ達は揃って青い顔をする。大人でも命懸けで通るような危険な森なのだ。そんな場所にセシルが……と。
「この情報は帝国側から来た商人と、その護衛の冒険者からの聞き取りで判明した。商人はセシル殿本人と直接話をして塩と包帯を売ったようだ」
「……包帯?」
「ああ。セシルは顔と背中に酷い怪我をしていたそうだ」
「怪我ッ? セシルは無事なのですか!?」」
「分からん。商人は『王国側に送る』と言ったそうだが、断られたそうだ。『治療する』と言っても『大丈夫』だと断られ、さらに『帝国は遠い』と伝えると、『帝国には行かない』と答えたそうだ。そこで商人はセシルと別れたらしく、その後は分かっていない。背中の怪我は火傷の様だったとも言っていた。さらに……」
「さらに? 何でしょうか?」
「帝国の兵士にやられたと言っていたそうだ」
「そんなっ」
カーナが狼狽える。
「帝国の兵士が何故ですか?」
「分からぬ。どうやら皇帝がセシルを欲しているという情報はあるが、攻撃する理由は分からん。兵士の暴走か、他の理由か。命令を無視して奴隷として売りに出す可能性もある。その場合は帝国ではなく王国で売るのではないかと推測出来る。王国の方が売り主の情報を秘匿しやすいだろうからな」
リンドルが説明を引き継ぐ
「一応、ディビジ大森林近くの奴隷商にも、もしセシルが流れて来たら我々に一報を出す事と、我々か王の他には絶対に売りに出すなと厳命している。くれぐれも丁重に扱うようにとも。他領の領主にも王に引き渡す前に、まずは両親に合わせたいと連絡してある。まあ、それに関しては国の指示が優先されるだろうが、一報は入れてくれるはずだ。ディビジ大森林に接する土地の領主たちとは良好な関係が築けておるから、無体な扱いはしないだろう」
「セシルは、1人なのでしょうか? その、護衛などは?」
「セシルと従魔のスライムとマーモットだけだったそうだ」
「……その情報はいつ頃の話ですか?」
「おおよそだが、商人とセシルが出会ったのは、2か月ほど前になると思われる」
「2か月……2か月も前……セシル……」
「それで、セシルはどこに向かっているのでしょうか? 私達はあまり地理に詳しく無いのです……」
リンドルが側で控えていたサルーに声を掛けて、地図を用意させる。
兵士が地図を広げ説明を始めるが、領主が使っている地図とは言え、かなり大雑把な物だった。ディビジ大森林の半ば以降は正確な地図の作成は国境間と言う事もあり、戦争に発展しかねず、遅々として進んでいない。
またディビジ大森林を通る道は教国と繋がる1ヵ所の道を除いて、ほぼ1本道であるので詳しい地図の作成が必要ない事も要因している。
「それなのだが、セシル殿が通っていた道は帝国に向かう道なのだ。アポレ教国に向かう道もあるが、最初から目的地を教国にしているとしたら、他の安全で近い道を通るはずだ。ディビジ大森林を通るとかなり遠回りになる……正直、目的地が分からんのだ」
「道なり的には帝国に向かっている可能性が高いのですよね?」
「そうなるな」
「では、私達も帝国に向かいます!」
「どうやってだ? 帝国までポストスクスで移動するなら、かなりの大金がいるぞ? こちらとしては補助をしたい所だが、以前話した通りあの日より半年間兵を動員するので限界だ。これ以上は申し訳ないが……」
「そう、ですよね。……冒険者として商人の護衛の仕事で帝国に行きます!」
「護衛か……今、冒険者ランクはどれくらいになった?」
「鉄級です」
「まだ護衛の仕事をした事無いだろうから知らないのかもしれないが、鉄級では護衛で雇ってくれる商人はいない。特にディビジ大森林では高い実力と経験が求められる」
「そう、ですか……」
「それと、帝国は言葉が違うぞ? 大丈夫か?」
「えっ!? そうなのですか!?」
ロディとカーナは、2人ともド田舎育ちなので、土地によって多少の方言の違いがある事は知っているが、自分達の言葉と全く別の言葉が存在する。と言う事さえ想像だにしていなかった。
「ああ。帝国では王国語は全く通じないぞ。教国は方言くらいの違いしかないから通じると思うが」
「そんな……どうしたら……」
「とりあえず、この話は持ち帰って相談します。我々の為にお時間を割いて頂き、ありがとうございました」
「気にする必要はない。未だ見付ける事が出来ずに申し訳ないと思っている」
「そんな、滅相もございません」
「では、今回の細かい情報については紙に書いて、明日中には冒険者ギルドに渡しておくから受取る様に。それと、どのような決断をするにしても、こちらに知らせてくれ。冒険者ギルドかダラス経由で構わない」
「はい。承知しました」
ロディとカーナは頭を下げ領主館を出ると、先程の情報を頭で整理しながらもそのまま薬草採集に向かった。
どのような決断をするにしても、お金は稼がなければならない。
王都に行った際の費用はダラスが援助してくれたため、多少の蓄えが残っているが、その日暮らしに毛が生えた程度しかない。
当然、仕事を休むほどの余裕は無い。
「セシル、無事なのかしら……怪我が心配だわ……」
「あぁもどかしいな……お金があればすぐにでも飛び出して行きたいが……」
「とりあえず、今日の帰りにでもダラス様のお宅を訪ねて相談しましょう」
「そうだな。……ダラス様には迷惑を掛けっぱなしだ」
「セシルが見付かったら恩返ししなくちゃね」
「もちろんだ。狩った魔物の肉を毎日のように届けてやろう」
「ふふふ。ダラス様なら何歳になってもお肉食べてそうだものね」
ある程度薬草を集めて戻ると、宿にある井戸で身体を綺麗にしてから、ダラスの家に向かった。
家をノックする。
「はいはい。あらこんにちは」
すでに何度か顔を合わせている年配の侍女が出て来た。
「突然訪ねて申し訳ございません。ダラス様はいらっしゃいますでしょうか?」
「少々お待ちください」
ロディ達はこの侍女に度々お世話になっているが、出会って最初の頃はセシルの事で頭がいっぱいで名前を聞き損なってから、未だに聞けておらず名前が分かっていない。
「あなたが名前聞きなさいよ!」「母さんが聞いてくれよ!」「今更聞けないわよ!」などと小声て話していると、ダラスが家の奥からのっしのしとやってきた。
「おう。どうした?」
ダラスはセシルの情報をまだ聞いていなかったようである。
家の中に案内された2人は座ると事情を話は始めた。
「実は――――」
「なるほど。それは難しい問題だな。とりあえず儂は帝国に行く事は反対だ」
「何故です?」
「帝国は皇帝を神とし、皇帝の言う事は絶対なのだ。何人たりとも逆らう事は出来ん。帝国で冒険者をやろうものなら、戦に行けと言われれば逃れる事は出来ん。さらに極端な話、資産を出せと言われれば差し出さなければならない。もちろん実際はそんな事はほぼないだろうが、根本的な考え方として帝国領に生える一本の草さえも全て皇帝の物だ。そんな所に行けばどんな事が起きるか想像も出来ん」
「そんな理不尽な国があるのですか? そんな事なら皆が帝国から出ようとするのでは?」
「密出国はかなり厳しい罰がある。各国に密偵がいるらしく、密偵に万が一にもバレれば一族全て皆殺しらしい」
「……言葉だけの問題では無いのですね」
「ああ。そうだ。王国登録の冒険者と言えど、何があるか分からん。そんな場所に行ってはならん」
「ではどうすれば……」
「とりあえず何をするにしてもいざという時の為にお金を貯めるしか無いだろう。移動するにも情報を集めるにも金がかかる。儂の方でも最近の帝国の動向を調べてみる。恐らく大した事は調べられないだろうがな」
「ありがとうございます」
「ああそうだ。ちょっと待ってなさい」
ダラスは奥からトラウス領と近くの領付近の簡易的な地図を渡してきた。
「これを使いなさい。簡易的だが、無いよりマシだろう」
「ありがとうございます!」
ロディとカーナは頭を下げて宿に帰って行った。
2人は宿に戻ると話し合い、ディビジ大森林の入口となっている王国領であるシルラ領に行き、セシルの情報を集めながら冒険者を行う事にした。
シルラ領はトラウス領からは1つの領を挟んでいるだけで、2週間程で着くことが出来る距離だ。
今の2人の体力なら歩いてでも行くことが出来る。
翌日改めてダラスを訪れ、拠点をシルラに移す事を報告すると、勝手に帝国には行かない事を条件にダラスはそれを許可した。
ダラスはトラウス領に残ってセシルが帰って来た際の世話と、情報収集を行う事になった。
こうしてロディ―とカーナはシルラ領に向かったのだが、後に2人は、ダラスが保護者として付いてくれていた事が、どれだけ恵まれていたかを思い知ることになる。
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