第115話 靴


 セシルは石鍋作りを再開していた。

 前回は削り過ぎて穴を開けてしまったので、一からやり直しだ。

 手ごろな岩を削り、鍋の形がおぼろげながら出来て来た所で、ハッと気付く。


「石鍋出来てもどうやって水運んだらいいのさ? 水魔法は飲まない方がいいらしいし。水筒の量じゃ足りないし。はぁ……でも、今回は作り終わる前に気付いたからセーフだね。とっても賢かった。そう。僕は馬鹿じゃない。とっても賢い」


 自分で自分を励ましていると、何やってるんだろう? と我に返ってしまう。

 あーあと声を出しその場でゴロンと大の字に転がる。


 すると、マーモが借宿から何かを持ってきて、空を見上げていたセシルの頭にコンッと当てて来た。


「ん?」


 以前作った木鍋を持ってきたようだ。

 木鍋を作ったは良いが、火を点けると鍋自体が燃えてしまう事に気が付いて、家の中に転がしていた失敗作だ。


「あーっはいはい。それで水を運べばいいんだよね。気付いてたけどね。うん。気付いてた」

「ゲヘゲヘッ」ぼよんぼよん

「もー! 皆で笑わないでよ!! 気付いてたってばっ!! よし、じゃあ僕が石鍋完成させるから、木の鍋もう1つ作ってみて、この前のよりもうちょっと深めにお願いね」

「ナー」ぴょんぴょん


 手分けして作業を始めると、セシルが慎重に石鍋を作ってる間に、3匹であっという間に木鍋を作ったようだ。


「いや、早くない!? 何で!? 3匹でやってるからって3倍早くなるわけじゃないでしょ? どうやってコミュニケーション取ってるの?」

「ナー」ぴょんぴょん

「分っかんないよ。僕が指示するより圧倒的に早いよね。大分ショックだわ」


 セシルは石鍋を作るのをやめると、3匹が作って来た木鍋に取っ手部分を削り開けて、両手で持ちやすくする。


「よしっ! 水汲みに行こうか」

「ナー」ぴょんぴょん


 二つの木鍋を持って近くの川に持って行き、水を汲む。


「おっも。これは重い。マーモ達で協力して取っ手が無い方運べる?」

「ナー?」ぴょんぴょん


 ライアが木鍋の下に潜り込み、移動先にラインが待ち構えるとゆっくりとズラすようにラインに渡す。

 渡すと次はライアが移動先に移動して受取る。

 これを交互にして木鍋を運び始めた。

 移動スピードは遅いが、とても安定している。


「おっおぉ~! ライライ凄い凄い!!」

「ナ~」


 手伝えなかったマーモが悲しそうな鳴き声を出す。


「んーっと、マーモは僕が持ってる木鍋の下に入って貰える?」

「ナー」


 セシルが持ち上げた取っ手のある木鍋の下にマーモが入ると、かなり軽くなり運びやすくなった。


「おっいいね! ライライ、僕とマーモがササっと借宿に運んですぐ戻ってくるからそのまま進んどいて! もし魔物が来たら水なんか捨てて逃げていいから」


 ライライがピョッと触手を伸ばし返事をする。


 セシルとマーモで借宿に運ぶと、すぐさま折り返し小走りでライライの所に戻る。魔物も特に現れてなかったようだ。

 たいした距離でもないが、ライライが無事だったことにホッとする。

 ライライ達は普通のスライムと違い魔法が使え、関節技が出来る程強くなっているとは言え、元々弱小種族だ。走るのも遅いのでやはり不安がある。


 2匹とも重かったらしく、少しへにょんとしている。

 運んでいた木鍋を受け取り、残りはセシルとマーモで運ぶ事にした。

 

 ただ、持ち手を作っていない浅い鍋だったので、セシル達はあまり上手く運べず、借宿に着く頃には1/3ほどがバッシャバシャと零れてしまった。

 ちなみにライライが運んでいた時は、ほとんど零れていなかった。


「これ毎日運ぶの無理だね。川の近くで食事した方がいいのかも。石鍋は転がして持って行くしかないか……うっわ。よく考えたら本家に移り住んだら川がもっと遠くなるよ」


 借宿に水が入った木鍋を置いて、はぁ~と溜息を付く。


「井戸を掘るのは流石に僕じゃ無理だろうし。水魔法の水は汚いってほんとなのかな? ん~」


 そこでセシルはハッとする。


「魔法の新技を発明したなり!! 後で見せるから皆楽しみにしてて! 鍋の水とは関係ないけどね」

「ナー」ぴょんぴょん

「よし、じゃあ魚を捕りに行きますか!」


 水問題は後回しにする事にしたようだ。

 ラインがマーモに乗り、ライアがセシルの肩に乗ると幅が少し広めの川に向かう。


「そろそろワオーン食べたいね」


 そんな事を話しながら歩いていると、足の裏に小石が入ってきた。


「イタッ」


 セシルが靴の裏を見ると穴が空いている。

 そこから小石が入ってきたようだ。

 セシルが履いている靴は、平民にしては上等なもので、鞣した魔物の皮をおおよそ足の形に縫い合わせ、足を入れる所は巾着袋のように形状になっている。固定方法は足首で紐を何周か回して結ぶだけの簡単な作りだ。

 一般的な平民は藁で出来た草履を履いている者が多く、裸足の者もそれなりにいる。

 セシルも学院に行く前は裸足で生活しており、小石如きで痛いと思った事は無かったが、靴での生活を始めてから、足裏が痛みに弱くなってしまったようだ。

 ディビジ大森林では蟻に襲われた事もあるので、靴の調達は急務だ。


「うーわ。最悪だ。靴の中の小石って裸足で歩いた時より痛い気がするよ。ますます狼ちゃんが現れて欲しいな。ゴブリンの皮は……なんか嫌だし弱そう。ワイバーンの翼は大事なベッドだから、切るの勿体ないし……商人から何足か買っておけばよかったなぁ」


 セシルは穴が空いた方の足をつま先立ちしながらヒコヒコと歩く。


 途中でマーモットの集団を見かけたが、無視する事にした。流石にマーモの前でマーモットを食べたり、皮を靴にしたりするのは憚れる。

 ライムの前でスライムを殺した事はあるが、ライムは全く気にしなかったようだ。


 川に着くとライライコンビに魚取りをお願いして、自分の身体とマーモの身体を洗う。


「ナー!」

「んっ? あっ魔物いるね。あれは、熊の魔物かな? 子連れかぁ~。追いかけてこない限り手を出すのはやめとこうか」

「ナー」


 ライライが魚を捕まえて川から出てきた。


「おっありがとうね」


 熊の魔物をチラチラと遠目に見ながら、ラインとマーモが生魚を食べ終わるのを待つ。

 残りの魚は背負い籠に入れ、ゆっくりと後ろ歩きで熊から離れていく。

 熊と何度か目が合うが、熊たちも魚をいい感じで捕まえる事が出来たようで、追いかけてくることは無かった。


「子連れだと殺すの戸惑っちゃうな。もうたくさん殺して来てるから今更だけどさ」

「ナー!」

「えっ!? また何か来た?」


 セシルが周りを見渡すと、50メートル程しか離れていない位置に猪の魔物が現れた。

 冒険者に成りたての頃に、イルネと退治した事のあるグレートボアだ。

 風下から現れたためマーモの嗅覚に引っ掛からず発見が遅れてしまった。

 体高2メートルはあろうかというグレートボアは、既にセシル達に照準を合わせているようで、興奮気味に前足で地面を蹴り、走る準備をしている。


 だが、セシルは慌てずに、背負い籠を木の陰にそっと置きながらサッと周りを見渡す。


「1匹?」

「ナー」


 グレートボアが走り出す。

 ブモオオオオ!!


「じゃ大丈夫だね。余裕だ。斥力、小さいグルグルで! 距離はちょっと離れた所で!」

「ナー!」ポヨンポヨン


 グレートボアがトップスピードに乗ると曲がる事が難しい事を知っているので、走る直線状に斥力魔法をグルグル回しながら真っすぐ飛ばす。

 セシルは魔法を片手分だけ出して、もう片方の手はグレートボアが避けてしまった時に安全に立ち回れるように残している。

 ライムが分裂して使える魔法が1本増えた事で、安全度は増している。

 ライアとラインの魔法は1/2ほどの小ささだが、斥力魔法にはそこまで影響が無い。


 ブモオオオオ!


 荷物を置いた木と別の木の裏に隠れるように移動しつつ魔法を放ち続けていると、セシル達まで15メートルほどの距離で、誰かの魔法が顔に突き刺さったようで、頭を捩るように振るが、勢いを止められないのか止まるつもりが無いのか、血を流しながらそのまま突っ込んで来る。


 ブモブモオオ!!


 さらに別の魔法が肩付近に突き刺さり、グレートボアは痛みにさらに身体を大きく捩ると、バランスを保てなくなったようだ。

 セシルの半身を隠している木の1本手前の木に背中から激しくぶつかった。


 ドオオオオオン


 虫がボトボトと落ちてくる。


「よしっ今だ!! 内臓じゃなくて脳みそ狙って!!」


 以前、ワイバーンを倒した時に内臓をぐちゃぐちゃにして、腸まで潰してしまった事で内臓をウンコだらけにしてしまった過去があるため、最近は出来る限り脳みそか心臓付近で止めを刺すようにしている。

 セシル達は近付いて行くと、立ち上がろうとしているグレートボアの目や口から斥力魔法を突っ込み脳みそをぐちゃぐちゃにする。


 グオオオォォオォォォォォォ

 ドシーンッ


 ブオオオォォ

 ドーンッ


 立ち上がったグレートボアは、痛みから逃れる様に頭を振ってしばらく暴れたが、力尽きて再度倒れ息を引き取った。


「よしよーし! ぐひひひ。良い所に来てくれましたよグレートボアちゃん。とりあえずワオーンが来る前に肉の切取りと、靴用の皮の剥ぎ取りだね。えーと、僕が皮を剥ぐから、ラインとマーモは斥力魔法でお肉の切り分けをして、ライアは切り取った肉に臭い消しの薬草を塗ってくれる? ちょっと薬草の量が足りないけど、いや、大分足りないけど仕方ない。ライアは塗り終わったお肉を背負い籠に入れてくれる?」

「ナー」ぴょんぴょん


 バタバタと作業を開始する。


「あっそうだ!! 新技試すチャンス!! でぇい! 体水魔法!!」

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