第110話 災いを呼ぶ男
キースは次の日の朝一でベナスの館に行くと、セシルの勧誘失敗、隊長とテリーの死をベナスに直接報告した。
「どういう事だ? セシルと戦闘? 丁重にお迎えし、我が家に好意を持ってもらうようにと伝えてあったはずだが?」
「ハッ。王国語が堪能な隊長が、セシル殿との交渉に当たりましたが、交渉が上手く行かず『両親がどうなっても良いのか?』と脅してしまい。それに憤慨したセシル殿から攻撃され、止む無く戦闘になってしまいました」
「クソッ!! あやつめ。余計な事をしおって! 脅して連れて来ても、忠誠心が無ければ役に立たんと言うに。――しかし、鍛えられた兵士3人がセシル1人にやられたのか? 従魔はスライムとマーモットの雑魚しかおらぬであろう? 護衛が居たか?」
「セシル殿とスライムとマーモットの1人と2匹だけでございます。しかし、謎の魔法を使い、さらに鎖を通した……おそらく雷魔法、さらに従魔の二匹も魔法を使ってるように見受けられました」
「スライムとマーモットが魔法を!? 見間違いでは無いのか? その2種類が魔法を使うなど聞いた事が無いぞ」
「ほぼ間違いないでしょう。テリーの放った火魔法がセシル殿の背中に命中し、服が燃えた所を従魔が水魔法で消していたのを直接見ました。魔法はかなり小さいものでしたが」
「なんと! 是非とも欲しい! ちょっと待て、テリーとかいう兵士はセシルに火魔法を当てたのか?」
「ハッ! 最後まで勇敢でした!」
「馬鹿者がっ!! 何が勇敢だ!! 我が家に敵対心を抱くでは無いか!! いや、間違いなく抱いたであろうなっ」
「もっ申し訳ございません」
キースはテリーの行動が叱咤されると思っていなかったため、狼狽える。
キースはすでにセシルの事を敵として認識しているが、ベナスはあくまで友好的に迎えたいと考えている。
その違いが出てしまった。
「して、お前は何も出来ずに逃げ帰って来たのか? いや、お前もセシルに何か攻撃したのか?」
「2人が倒された際、私はマーモットを追いかけており距離がありましたので、むやみに立ち向かい全滅してしまうよりは、ベナス様に少しでも情報を齎す事が重要と愚考し、恥ずかしながら1人生き延びた次第でございます。私は一度も交戦しておりません」
「……その鼻、怪我しておるようだが、セシルと関係ないのだな?」
「はい。これは玄関のドアで怪我しただけでございます」
「どんくさいやつだな。分かった。交戦せず報告を持ち帰った事は、まあ良いであろう。たしかに情報を得られたことは喜ばしい。よもや、我が家の名前は出しておらぬだろうな?」
「もちろんでございます。しかし、セシル殿はどこの家の者か名乗らなければ、取り合うつもりが無いようです」
「それは困ったな。しかし、名前を出して万が一にも皇帝の耳に入ったら終わりだ。危険を犯すわけには行かぬ。今後もセシル捜索に我が家の名前を出す事は許さぬ。良いな?」
「ハッ」
「お前は……キースと言ったな? お前を捜索の隊長とし、再度セシルの勧誘に行って貰う」
「私が隊長でございますか?」
「お前しかセシルの情報を持っておらぬからな。居場所は掴めておるのか?」
「帝国方面に歩いていた事は間違いがないのですが、嘘か誠か、帝国には行かないと申しておりました。途中で曲がり教国に向かうのか……はたまた真っすぐ帝国に来るのか。そこは読み切れません」
「教国に行かれたら、捜索は難しいな。皇帝を神とする帝国とは相容れぬ国だからな。その前に見付けなければ……王国語が喋れるものは他におるか?」
「いえ、兵士の中にはもう居ないかと思います。私も片言しか喋れません」
「そうか。王国出身の奴隷を買うしかあるまい。ロンド!」
ロンドはベナス家の筆頭執事だ。
「ハッ。ここに」
「聞いておったな? 今回の勧誘に役に立ちそうな奴隷を2名程、買うてまいれ」
「ハッ」
「さらに兵士を数名連れて行け。人選はキバニエルに任せる」
「ハッ」
ベナスの脇で警護していた騎士総隊長キバニエルが返事をする。
「キース、3日後には再度セシルの勧誘に出発できるよう準備せよ。それまでは警備の仕事は免除するゆえ、今度はミスを犯さぬように3日間で奴隷への指導もしっかりこなせ」
「ハッ」
「あぁそれと、任務に失敗した隊長はサンダだったな?……それと、火魔法をセシルに放ったのは誰だったか?」
「テリーでございます」
「ああ、テリーか。では、我が命に逆らいセシルに攻撃をした罪の連帯責任で、サンダとテリーの家族を処刑する。キースそなたに任じる」
「……は?」
「貴様っ! 領主に向かってその口の利き方は何だ!」
キバニエルが声を荒げる。
「もっ申し訳ございません」
「ふんっまあ良い。キースにはセシル勧誘の任を与えたばかりだった。キバニエル、そなたが処刑せよ」
「ハッ承知しました」
「おっお待ちください!! テリーの家族までは、家族までは何卒、ご再考くださいますよう」
「ならぬ。セシルを手に入れる機会があったにも関わらず、手に入れられないどころか敵対心を抱かせた。許しがたい。そなたも処刑に値するが、手を出さず情報を持ち帰った事で許してやろうと言うのだ。……それともお前も家族諸共死にたいのか?」
「とっとんでもございません、余計な口出しを致しました」
キースは頭を下げる。冷汗で全身がびっしょりとなっている。
「ふん。特別に許してやろう。お前はセシルの情報を持っておるからな。では下がれ」
「……ハッ。感謝致します」
「ああ、ちょっと待て。良い事を思い付いたぞ。セシルの勧誘で我が家の名前を出す事は許さぬが、あえて他家の名前を出すのもありだな……これについてはまた伝える。出発前にもう一度来い」
キースは返事をし頭を下げると、部屋を出て行く。
それを見送ったベナスは、キバニエルにそっと伝える。
「セシルとの交渉の際、上手く行きそうになければ、謝罪の意味を込めて同行する兵士にキースを殺させろ。さらに家族を脅した事、交戦した事を謝罪し『家族に手出しはせぬ。むしろ家族も一緒に好待遇で迎える準備がある』と伝え、許しを請うのだ」
「ハッ。必ず実行させます」
「くれぐれもキースには直前までバレぬようにせよ」
「ハッ」
☆
ベナスの館を出たキースは、大慌てでテリーの家に向かう。
(やっヤバいヤバいヤバい!! おっ俺が余計な事を言ったせいで、テリーの家族まで殺されちまう。頼むから家にいてくれよ)
テリーの家に着くとドアをドンドンと叩く。
するとすぐに玄関がギィと音を立て、ヨトが顔を出してきた。
在宅が確認出来た事にホッとする。
「おじさん、何?」
ヨトの声に心なしか棘がある。
「ヨトか、イバンヌはいるか?」
「母さんならさっき出掛けたよ」
「クソッ! どれくらいで戻る?」
「さあ? 半刻くらいじゃない?」
「……っ!? ユーナはいるか?」
「部屋でまだ泣いてるけど……」
「2人とも急いで俺の家に行け!」
「えっ? 何で?」
「いいから行け! 危険が迫ってる! 無理やりでもいいからユーナも連れて来い!! 俺はイバンヌを探してくる! 急げ! このままだとユーナも殺されてしまうぞ!」
「はっ? 殺される? 何で?」
「後で説明する!! とにかく急げ!! 妹を殺したくないなら急げ!!」
キースのタダならぬ雰囲気に、ヨトもようやく真剣になる。
「わっ分かったよ。おじさんの家で良いんだね?」
「あぁ! そうだっすぐ取り出せるなら、手で持てるくらいの金も持ってこい!! 時間かかるなら持ってこなくていい。――じゃ俺は行くぞ!! ユーナを無理やりにでも連れて行くんだぞ!! 急げ! あと、なるべく誰にも見られるな!」
「分かった!」
キースは走り出そうとして止まり振り返る。
「イバンヌはどこ行った?」
「分かんない! アンヌおばさんの所行ってるか、市場で買い物だと思う!」
「分かった!」
イバンヌの姉アンヌの家に走りだす。
家に着くとドアを叩く。
ドンドン! ドンドン!
「アンヌ! アンヌ!! キースだ! 開けてくれ!!」
ギィとドアが開く。
「何だい。煩いやつだね」
「そんな事よりイバンヌはいるか!?」
「アッハッハッ。その鼻どうしたのよ? おっかしい」
「いいからイバンヌはいるのか!?」
「何よ。そんな怖い顔して。イバンヌなら少し前に出て行ったよ」
「どこに行ったか分かるか?」
「市場で買い物するって言ってたよ。あんたテリーを見捨てたらしいね」
「その話は後だ! イバンヌの命が危ない!」
「はぁっ!? 何でイバンヌの命が危ないのさ!?」
「テリーがやらかしたから、ベナス様がお怒りだ! 連帯責任で家族も処刑されちまう!!」
「それを先に言いなさいよ!! アタシも行くよ!!」
「ああ頼む。手分けして探そう。見付けたらとりあえず俺んちに匿う。ヨトとユーナにもウチに来るように指示しといた」
「分かったわ。キースは西の市場に向かって。私は南の方に行くから。一通り見終わったら皇帝陛下の像で待ち合わせね」
皇帝の像は各街の中心地に必ず1体は存在している。
「分かった。頼む。あぁそうだ、イバンヌを見付けたらすぐに顔を隠させろ」
「了解」
アンヌとキースはそれぞれ市場に向かい、イバンヌを探す――が、見付からない。
2人はお互いにイバンヌを見付けてくれている事を信じて、中央通りに集合する。
「見付かった!?」
「こっちはいなかった。そっちもか?」
「いなかったわ。どこ行ったのかしら?」
「すれ違いで家に戻ってる?」
「……だとしたらマズい。急いで戻るぞ! 先に行く」
キースは、走るのが遅いアンヌを置いて、全力で走りだす。
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