第161話 一生、死ぬまで、ずっと


 ようやくティタノボアの死体を捨て終わったと思ったヨト達がホッとしたところで、マーモ達がティタノボアの死体から鱗を剥ぎ始めた。


『……え? 捨て終わったら作業も終わりじゃないの?』

『鱗を持ち帰るなら最初から剥がしてから捨てにくれば良かったじゃねーか』

『ほんとだよね……でも、少しでも早くティタノボアを外に捨てたかったんじゃない?』

『あーそうか。ティタノボアの臭いのせいであの魚人間みたいなのが来たかもしれないしな。でも、死体捨てたけど臭いは籠ってしまってるだろ? 穴に岩を詰めた程度じゃ臭いも侵入も防げないんじゃないか? どうするつもりなんだ?』

『どうするんだろうね。あんなの来るならゆっくり寝られないよ』

『あっさっきの魚人間の死体も捨てないんといけないんじゃねぇか?』

『……考えたくないんだけど』


 そんな会話をしながらもヨトとユーナも鱗を剝ぐのを手伝う。

 作業自体は簡単で、鱗を剥がすように持ち上げ付け根を剣で切るか、近くにマーモ達がいれば斥力魔法で付け根を切ってくれている。


『なんか当たり前の様に鱗剥いでるけど、普通の蛇と違って魚の鱗みたいな作りになっているんだな』

『そういえば普通の蛇はもっと皮膚と一体になっている感じだった気がする』

『こんな情報、魔物の本には載ってなかったな。こりゃ大発見だ』


 魔物の情報が大好きなヨトはめんどくさい作業に文句を言いつつも楽しんでいるようだ。


 鱗が溜まって来るとマーモ達がセッセと家に運び入れていき、帰りに魚っさんと雑魚っさんの死体を小さくカットして運び出してくる。

 ラインに関してはつまみ食いもしている。


『マーモットとスライムって可愛いね』

『魚人間を絶賛消化中のスライムを見ながらよくそんな感想が出て来たな。でも確かにこんなに甲斐甲斐しく働いてくれるなんて、ちょっとイメージと違ったな。でも他の野生の奴には近付くなよ』『分かってるよ。でもどうやったら従魔に出来るの?』

『ホントに分かってるのか? 野生の魔物には絶対近付くんじゃねぇぞ』

『分かってるって言っているでしょ。で、どうやるの?』

『生まれたてから育てるのが一般的らしいぞ』

『この子達に子供が生まれたらアタシも従魔に出来るかな?』

『マーモットは番がいないから無理だろ? このスライムは……スライムってどうやって増えるんだ?』

『今度セシルさんに聞いてみよっと』

『……あまりあいつと仲良くするなよ』

『まだそんな事言っているの? もう諦めなよ』

『ユーナはあいつに対して何とも思わないのか?』

『……分かんない……だってセシルさんも親を殺すって脅されたんでしょ? それにセシルさんは直接お父さんを殺してないって……』

『それは……』

『許せる許せないって悩むのはここの生活に慣れてからにしようよ。セシルさんがいないとあたし達、生きてい行けないんだよ? お兄ちゃんが逆らって死んじゃうのは嫌だよ』

『……俺は負けない』

『はいはい強い強い』

『おい!』

『そんな事より王国語喋れる様になりたいから教えてね』

『必要ないだろ』

『魔物に襲われて咄嗟の時にセシルさんの指示が分からなくてアタシ死んじゃってもいいの?』『……チッ、分かったよ教え』「ナー!!」

『えっ!? 何々!?』


 ラインとライアが剝ぎ取った鱗を素早く拾うと、マーモに飛び乗り家に走り始めた。

「ナー!!」


 走りながらマーモがヨト達に声を掛ける。


『逃げろって事か!? ユーナも急げ!』

 何かあると判断したヨトが慌ててユーナの手を掴み走る。

『キャッ』


 突然の事に倒れそうになるが持ち直して、真っすぐ家まで走る。

 急な全力疾走で息は絶え絶えになっているが、家までの距離は大したことないので無事辿り着く事が出来、すぐ玄関の壁の裏に隠れる。


 マーモが外の様子を見るのに合わせてヨト達もソッと外を覗く。


『……なんだったんだ?』


 ドッドッ ドッドッ 


 と足音を響かせやってきたのはラプターだった。

 ラプターは二足歩行のトカゲのような獰猛な魔物で足が速い。

 背も人間の大人の胸くらいの高さしかないので、家の中にも入れるサイズだ。

 5~6頭は居そうだ。立ち止まると周囲を見渡し始めた。


 ティタノボアや魚っさんの血の臭いでやってきたのだが、ヨト達の走る音に釣られてここまで来てしまったのだ。

 1匹のラプターが鼻をヒクヒクとさせつつヨト達の方に顔を向ける。


『ヒッ』

『ラプターだ。マズい』


 ヨト達の事が目に入ったのかは定かではないが、トスッ トスッ トスッと軽い感じで近付いて来る。

 慌てて家の中に入り玄関に木を被せるが、その程度では止める事など出来ない。


 ヒクヒクさせながら木に鼻先を突っ込んでくる。


 ヨトとユーナは呼吸音が漏れない様に自分の口に手を当て壁に張り付く様に後退って行く。

 しかし、今更そんな事をしてもほとんど効果をなすことが出来なかった。

 メキメキと音を立てながらラプターの頭が入って来る。


 ヨト達の足がガタガタと震えているが、マーモ達は冷静に斥力魔法を放つ。


 ラプターは魔法の匂いに敏感で慌てて身体を反転させ逃げようとするが、狭さに手間取っている間に斥力魔法が目に突き刺さる。


「ギャウッ」 ドコッ

 魔法が当たった瞬間、痛みに身体が跳ね、低い天井に頭がぶつかる。


「ギャッ」


 その場からすぐに逃げたいラプターは壁にぶつかりながらも、猫の様に足を空回りさせるように大慌てで仲間の元に走り去った。


『もう大丈夫なの?』

『どうだろう、でも仲間を呼んでくる可能性もある。むやみに見に行くなよ』


 家の外からはギャーギャーとラプター達の鳴き声が聞こえる。


『うん分かった。でもじゃあ今からどうするの? ここに隠れておくだけ?』

『俺らは家の中ではスライムの光が無いと活動出来ないし、外も俺達だけじゃ危なくて活動出来ないからな。これからどうするか知らないけど、結局マーモット達に着いて行くしかない』

『あっ今のうちにトイレ行こっと。スライムちゃーん「トイレ」』

「ピョー」


 ラインが身体を光らせるとぴょんぴょん跳ねながらトイレに向かい始めた。


『……いつラプターが来るか分からない状況でよくトイレ行けるな? それにしてもセシルの野郎がいなくても「トイレ」で通じるんだな。このスライム賢すぎるだろう。どうなっているんだ……やっぱり俺も一応トイレ行っておこう』


 ヨト達がトイレに行っている間もマーモとラインは玄関付近で警戒するように立っている。


 2人がトイレから帰って来てもマーモ達は警戒したまま動かないのでその場で待機となった。


 するとラインを乗せたマーモがおもむろに家の外に出始めた。

 ライアも着いて行く。


『えっ!? 大丈夫なのか?』

『とりあえずついて行ってみようよ』


 恐る恐る外を覗き、ホッと息を吐く。


『いなくなったみたいだな。また鱗の回収の続きか……』


 ラプター達はティタノボアや魚っさんの肉だけ食べると去って行ったようなので、鱗は残っていたようだ。

 また作業を再開する。

 途中、遠巻きにウロウロする魔物がいたが襲ってくることは無く、ビビりながらも手早く作業を終わらせて最後の鱗をもって撤収に入った。

 重い足取りで家の中に入っていく。


『今度こそ終わった~。今更だけど鱗なんて何に使うんだろ』

『鎧とか盾に使うんじゃないか?』

『セシルさん作れるのかな』

『ん~どうなんだろうな? まともな装備付けてなかったから無理なんじゃないか?』

『そっか。そもそも裁縫? するような道具もこんな所に無いよね』


 ヨトは話の流れでふと自分の服を確認する。


『……なぁ。とんでもないことに気が付いたんだけど』

『ん?』

『俺の服もうボロボロなんだけど』

『ほんとだ。ボロッボロじゃない。えっ? ずっとその汚い服で生きていくの? 浮浪者みたいだよ』


 ユーナが嫌そうな目で見る。


『いや、他人事みたいに言っているけどユーナも結構ボロボロだぞ。これからもっとボロボロになるだろ? 俺達に替えの服なんてないぞ』

『どっどうしよ。セシルさんは服どうしてるんだろ?』

『そう言えばあいつ、長い間ここに住んでいるわりに綺麗な服着ているな。しかも帝国の柄服着てなかったか?』

『えっ? あの柄って帝国の柄なの?』

『あぁ。王国とかは柄が付いていない服が一般的なハズだぞ』

『ほぇ~そうなんだ。というかずっと気になっていたけどセシルさんって凄いダボダボの服着ているよね』

『大人の服みたいだよな……あっもしかして、帝国人を殺して服盗っているんじゃないか?』

『えっ!? そう、なのかな? セシルさんが怖い人なのか優しい人なのか全然分からない』

『知っているか? ああいうのをサイコパスって言うらしいぞ』

『どういう意味?』

『感情の一部が欠如しているんだ。』

『ん~そんな風には見えないけどな? 言葉が通じないからやっぱりすれ違いがあると思う。とりあえず王国語を話せるようにならないとね。王国語教えてね?』

『俺だってほとんど聞き取れてないぞ。それにもし王国語喋れる様になっても必要以上に仲良くなるなよ?』

『そればっかり。ねぇ……お兄ちゃんはこれからの事どう考えているの?』

『どうって?』

『どこで生活するの?』

『それは……』

『帝国? 王国? どうやってそこまで行くの? もうどっちに行く事も出来ないでしょ? 少し前も同じような話しをしたと思うけど、もうここで生活するしかないんだよ。……多分、一生、死ぬまで、ずっと』

『……』

『その死ぬまでって言うのはセシルさんがいる前提だからね。分かる? セシルさんが居なくなったり死んじゃったりしたら、私たちはきっと死ぬ。セシルさんを怒らせても私たちは死ぬんだよ。セシルさんに生かされているんだよ』

『俺達がもう少し大人になれば大丈夫だろう。道に戻って行商人に連れて行ってもらう方法もある。お金は、そうだ、ティタノボアの鱗がある。それで支払えばいい』

『そっか。そういう方法もあるのか。でも鱗はセシルさんのでしょ』

『俺達も剥がしたから権利はあるはずだ』

『勝手に持っていくのは嫌だからちゃんと話し合ってね』

『……』

『もう。で、それが可能だとして帝国に行くの? 王国? 帝国はもう戻れないでしょ? 密出国しちゃったんだから』

『そうだな。王国しかないか。それか教国』

『どっちにしろ王国語覚えないといけないでしょ。教国も王国語と一緒だよね? 王国に着いても帝国語しか喋れずに密出国がバレたら戻されるか殺されるんでしょ? 帝国の『みってい』って言うんだっけ? その人たちに』

『密偵、そうだな。そいつらの事考えたら教国の方が良いか』

『どうして?』

『教国は皇帝を神とする帝国と仲が悪いんだよ。だから密偵も入国しにくくて活動も難しいはず』『それじゃアタシ達も入国するの難しいんじゃないの? それに教国って野蛮人が住んでいるって習ったよ?』


 帝国では王国、特に教国は野蛮人が住む国として教育している。


『確かに野蛮人が住んでいる国は嫌だな。密偵が多くいる王国か野蛮人が住んでいる教国か……まあそれは後で考えるとして、とりあえず俺たちは王国語を上手く喋れる様になるのが先か』

『だからセシルさんと争っている場合じゃないよね。仲良くして王国語を喋れる様になる必要があるのよ。ここで生活するにしてもここを出るにしても』

『分かった。分かったよ』


 ドンッガラガラッ

「ギィーーー」


『次から次になんだよっ!?』

『はぁ~もういいよぉ~』


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