第160話 雑魚っさん


 雑魚っさんは洞窟と家を繋ぐ穴を通り家側に3匹も入り込んでいた。

 もちろん臭い。

 穴にハマっていた魚っさんの身体は半分に千切れ、洞窟に繋がる穴の家側に上半身、洞窟側に下半身が落ちてしまっている。雑魚っさんに切られたのだろう。


「洞窟に魚っさんの仲間が居たと思っていたんだけど、どうなったんだろう?」


「ギッギッ」

 ビュッ

 

「うわぁっ」


 ミニ魚っさんの体格や雰囲気からゴブリン程度の強さと油断していると、突然手に持っていた石を投げて来た。

 穴を開けた時に削った石がゴロゴロと足元にたくさんある。


 最初の2発は避ける事に成功したが、1匹が放った石が左手の二の腕に当たる。

 さらに次々に投げようとしてくる。


「痛っ! はっ反撃してっ」


 不幸中の幸いで尖った部分は当たらなかったので身が抉れた訳ではないが、かなりの痛みが走っている。


 次の石を拾おうとしていた雑魚っさんにマーモが突進する。

 その速さに雑魚っさんは慌てて反撃をしようとするが間に合わず、角がお腹に刺さる。


 マーモの上に乗っていたラインはぶつかる寸前に別の個体の肩に飛び移ると、鱗に守られた首に斥力魔法を打ち込んだ。


 げぽぉっ かひゅーかひゅーかひゅー


 雑魚っさんの鱗はあまり硬く無かったらしく、あっという間に喉を貫通して呼吸が出来なくする事に成功した。

 雑魚っさんは膝を付いて暴れるが、すぐに倒れ動かなくなった。


 残りの一体に向かってセシルが無事な手で斥力魔法を放つが、雑魚っさんも魔法の臭いに敏感に反応し身軽に避けるとセシルに襲い掛かって来る。

 だが、追尾するセシルの斥力魔法に対応できず背中に魔法が当たった。

 痛みに身体を捻り、逃れようとするが逃げる事叶わず身体中を斥力魔法に蹂躙され絶命する。


 ライアは明かりを照らす為に魔法が使えず活躍できなかったのだが、ヨトとユーナも後ろで隠れて見ているだけだった。


「っあぁ~、痛ったぁ~。また怪我しちゃった。薬草塗らないと……」


 腕からは擦り傷程度の血が垂れて来ている。


「ギッ ギッ」

「あっまだいるじゃん」


 洞窟側の穴から数匹が顔を出して覗いているのが見えた。

 手には鋭いナイフの様な石器を持っている様だ。これが投げられると非常にマズい。


「どっか行けっ!」


 穴に向かい斥力魔法を放つと、危険を察知したのか素早く逃げて行く。


「もう行った?」


 洞窟の中までは明かりが届いていなかったので薄っすらとしか見えず何匹居たのかは分からないが、鳴き声の数からは少なくとも5匹以上はいたように思われる。


 ラインとライアに照らしてもらいながら慎重に穴を覗くと、魚っさんの死体3体が解体されバラバラの状態で転がっていた。


 パーツがいくつか足りないので、恐らく小分けに解体して持ち帰っているのだろう。


「うわっえぐっ。雑魚っさんが魚っさんを食べるの? 雑魚っさん小さいのに雑魚じゃないじゃん。命名間違えたかも……魚っさんは穴につっかえていたし頭悪そうだったもんなぁ」


 とりあえず危機が去った事で安心し腕の痛みに意識が戻ると、ズキンズキンとする痛みに顔を顰め壁に背をあずけ座り込んでしまう。


『セシルさん大丈夫?』


 ユーナが駆けつけるが特に何をしたらよいか分からず、あわあわとしているだけだ。


「マーモを水魔法で洗ってもらえるかな?」

『え? お兄ちゃん何て言ったか分かる?』

『聞き取れなかったから聞き直す』


「ゆっくり、もう一度」

「マーモ、水、洗う」


 セシルは血まみれのマーモを指さすと、小さい水魔法を出し当ててすぐ消した。


『あー水魔法で血を洗い流してくれって事だと思う』

『セシルさんの怪我の治療しようと思って話かけたんだけどな』

『必要ないんじゃないか? さっさと洗おうぜ』

『……この子に水魔法当てても怒らないよね?』

『流石にそれは大丈夫だろう? セシルが水魔法当てても怒った風じゃなかっただろ』


 ユーナは恐る恐る水魔法をゆっくりと出しマーモに当てる。

 するとマーモは水魔法の中に身体毎突っ込み短い手で身体をわしゃわしゃし始める。

 ヨトは少し不安げながらもマーモの手が届いてない背中などに手を伸ばし綺麗にしてあげる。


「もういいよ。ありがと」


 ユーナはすぐ水魔法を止める。

 というよりすでに魔力的に限界だった。


 セシルがマーモから離れると、マーモは身体をぶるぶると震わせて水を飛ばす。


『ぶわっぷっ』


 マーモが弾いた水でヨトがビショビショになってしまう。


『あっちょっ!? こうなるなら先に言えよ!』


 セシルはぷぷっと笑っている。

 それを見てヨトはイラッとしてセシルを睨む。


『こういう奴なんだよセシルは。マーモットを洗ってやった結果がこれだぞ。やっぱり糞やろうだ』


「ぷぷっなんかすんごい怒っているね。わざとじゃないのに。あっよく考えたら、ラインとライアに身体の水を吸い取ってもらって乾かす方法もあるのか。というか最初から血を吸い取ってもらった方が良かったかも。ここで洗っても地面に血が広がっただけだもんな。ちょっと頭が回ってないや……あぁ~そんな事よりとりあえず穴を埋めないと」


「手伝って」


 セシルは腕の痛みに冷や汗を流しながらも家の中に散らばる魚っさんと雑魚っさんの死体を洞窟に運ぼうとする。


 それを見たユーナ達も手伝う。

 ヨトはまだ不機嫌そうな顔をしているが、これが必要な作業だと言う事は理解しているので黙って作業をする。

 死体を粗方洞窟に投げ入れると、周りに積まれたブロックで洞窟に繋がる穴を詰めていく。

 当然割れたブロックなどでは綺麗には埋まらないが、応急処置でそこはとりあえず諦める事にし、ある程度形になるとセシルは再びドサッと座り込んでしまう。


 呼吸は荒く汗もダラダラと流れている。


『ちょっ、大丈夫なの!?』

『どうせ演技だろ。ほっとけよ。腕に石が当たっただけじゃないか』

『でも汗凄いよ!?』


 ユーナは、座ってボーッとしているセシルのおでこを触る。


『熱がある! どっ、どうしたらいい?』

『……チッ。とりあえずこいつの寝室に寝かせるしかないだろ。冷やすものも無いし』

『分かった。じゃあ連れて行くよ』

『はぁ~ほっときゃいいのに』

『早く手伝ってよ! セシルさんいないと生きていけないんだから』

『……はぁ』


 ヨトが仕方なくと言った雰囲気でセシルを背負おうとしゃがむが、セシルは気怠そうに立ち上がるとヨトの横を通り自分で歩いて寝室に向かって行った。

 自分より少し大きいだけの子供におぶってもらってヨタヨタと歩かれるより自分で歩いた方がどう考えても早いし楽だ。

 体調が悪い時はとにかく無駄な事はしたくないのだ。


『……だっ、だから嫌だったんだ!! こんな事ってあるか!? この俺が! 嫌いなコイツを! わざわざ背負ってやろうってのにっ! ……くそっ』


 ユーナも一瞬呆気に取られたが、ヨトがしゃがんだのにスルーされた様子が脳内にリピートされ思わず笑ってしまう。


『お兄ちゃん、ぶふっ。スルーされたね。ぶふふっ』

『くそっ! あーもうクソッ!!! もうあいつの事助けてやらねぇからな!!』

『あっ、スライムちゃん達もセシルさんに付いて行ったから暗くなってきたよ!』

『だぁ~くそっ! なんて不便なんだ!? 俺らも付いて行かなきゃ見えねぇじゃねぇか!』

『くそくそ煩いのよ』

『~~っ!!』



 セシルはボーッとする頭で自分の寝室に行き怪我したところに薬草を適当に擦り付けると、ワイバーンの翼の上にゴロンと倒れる様に寝転び、マーモ達に指示を出す。


「ごめんね。ちょっと熱が出ちゃったみたい。もし皆の元気が残っていればでいいんだけど、蛇の残りを捨てるのと、余裕があれば鱗を集めてほしいな。無理しない範囲で」

「ナー」ぽよんぽよん


『あっコイツ、なんかしっかりした敷布団に寝てやがる!! 俺達なんて冷たくて硬い地面で寝たのに!』

『それは仕方ないでしょ。あたし達がお邪魔しているんだから……でもあれ柔らかそうだね』

『あっスライム達がどっか行くぞ』

『スライムちゃんに付いて行かないと何も見えないのは辛いね。ずっと火魔法使うわけにはいかないし』

『これからもスライムのケツを追っかける生活を続けないといけないのか……』

『それもセシルさんが住むのを認めてくれたらだよ? お兄ちゃん。役に立つ所見せないと追い出されちゃうよ』

『くっ……世知辛い世の中だぜ』

『あっ、蛇の片付けするみたいだよ。お兄ちゃん手伝った方が良いよね?』

『はぁ、やらないとダメなんだろう。でも俺らが頑張っている間あいつだけゆっくり寝るのは納得出来ねぇ』

『それはあたしもちょっとは思うけど体調悪いのは仕方ないじゃない。あたし達は魔物と戦ってないし』


 ラインが出て来たティタノボアの魔石を取り出し、血を綺麗にすると飾り棚に置く。


『魔石でっけぇ。こんな所に置いて盗まれねぇのか?』

『こんな所に普通は人が来ないでしょ』

『それもそうか。あっいや、でも魔物は魔石を食べるんじゃなかったか?』

『そうなの?』

『じゃなきゃ森の中が魔石だらけになるだろ?』

『あーたしかに。あれ? でも、魔物って骨も食べるのかな? 森の中骨だらけになってないよね?』

『食べるんじゃねぇか? 丸呑みしたりするんだろ?』

『でもたまに骨だけで残っているよね?』

『ぬぬ。食べたり食べなかったりじゃないか? でも魔石転がっているのは見た事無いだろ?』

『たしかに。でもここのスライムちゃん達、魔石食べてないね?』

『なんでだろうな? 魔物は魔石を食べたら強くなると考えられているって魔物図鑑に書いてあった気がするんだけどな』

『教育方針? 人間も魔物の魔石食べたら強くなるのかな?』


 セシルは、魔石は売るものとして認識しておりライライ達が魔石を食べるとは知らなかったのが原因だったのだ。

 ライライ達もセシルの指示の名残で自分たちで食べず集めるのが普通になっていた。


『人間は顎が弱いから呑み込めないだろ』

『粉末にして飲んだら魔力強くなるかな?』

『……やってみる価値あるかもな。魔力が強くなればここで2人でも生き残れるようになるかもしれない』

『試すならセシルさんに相談しないとね。勝手にセシルさんの魔石を削ったりしたら、あたし達が強くなる前に追い出されちゃうかも』


 そんな話をしながらティタノボアの死体を何度も往復して運び出していく。



『終わったぁ~』


 漸く運び出しが終わり満足感に満たされたヨトとユーナを余所にマーモ達が捨てたティタノボアの死体から鱗を剥ぎ始めた。


『……え? 捨て終わったら作業も終わりじゃないの?』

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