第159話 塩の魔法


 水の補給をした帰り道、またミツオビアルマジロと出くわした。

 同じ道を通っているので当然警戒を怠っておらず今度は遠くから先に見つける事が出来た。


 セシルは木の陰に隠れるように静かに指示を出す。


『なんだ? 逃げないのか?』

「シッ」


 セシルは静かにするように促すとミツオビアルマジロに向かって両手を向け、それぞれの手から魔法を放つ。

 魔法にはセシルの体内の塩がほんの少し付いていた。


 餌である虫を探して穴を掘っていたミツオビアルマジロの甲羅にセシルの魔法が付着すると、アルマジロの表面が薄っすらと白くなりはじめ塩が浮かび上がるとセシルの塩の引力魔法にくっついてきた。

 しばらくすると2~3センチ程の塩の塊が2つ出来あがる。


「びえっ?」


 ミツオビアルマジロは急な眩暈に疑問の鳴き声を上げるが、原因が分からぬままそのままヨタヨタと蹈鞴を踏み、ひっくり返ってしまった。

 裏返った状態で足をビクビクと痙攣させながら嘔吐する。


 セシルは集まった塩を自分の近くまで持ってくると魔法を解除し塩を捨て、また魔法を出し直してミツオビアルマジロに当てる。

 さらに塩が集めるとアルマジロは次第にピクリとも動かなくなってしまった。


『お兄ちゃん、セシルさんが何したのか分かる?』

『分からん。なんか白い粉みたいなのが集まってるが、なんだあれは?』


 ミツオビアルマジロは急激な塩不足で血液循環が悪くなり、身体の各所で体調に異常が起きたのだった。

 身体の大きな魔物ではここまで即効性は無かったかもしれないが、体格の小さいミツオビアルマジロには十分な影響があった。


 セシルも生きる上で塩は必須だと学んでいた為、その塩を奪ったらどうなるのだろう?と思って試してみただけだったので想像以上の結果に一番驚いているのは実はセシルだった。

 魔法を行使する際、きっかけとなる体内の塩を少量使ってしまったので、自分もああなるのではないかと不安になり、慌ててミツビオアルマジロから採取した塩を舐める。

 

「しょっぱ。塩ってそんなに身体に必要なの? ほんとに倒せたのかな? 死んだふりとかじゃなく?」


 ゆっくりと近付き剣鉈でつつくが全く反応しない。死んでいるようだ。


「……よ、よしっ! やった! 初めて倒せた!! やった! 持って帰ろう!!」

『なんかあの魔物死んだみたいよ?』

『あいつこれ舐めてたぞ?』


 ヨトが下に落ちていた塩を舐める。


『ちょっとお兄ちゃん!』

『しょっぱっ。あっこれ塩だ』

『塩の魔法? 聞いたことない』

『俺も聞いたことないけど、塩で魔物倒した……? どういうこと』


 セシルはミツビオアルマジロを背負い籠の底に入れるが、かなり重たい。

 背負い籠は縄やら蔦で無理やり補修しているがもうかなりボロボロになってしまっている。

 いつ壊れてもおかしくない状況だ。と言うよりほぼ壊れている。

 流石にこのままでは完全に籠が使えなくなりそうだったので、ミツビオアルマジロのゲロを水魔法で洗い流し縄で括ると直接背負い、もともとセシルが背負っていた籠はヨトに渡した。


「持って」とスッと渡された籠をヨトは何も違和感なく当たり前の様に『ああ』と返事をし受け取ってしまう。

 アッしまった。

 と思って返そうとしたが、代わりにミツビオアルマジロを持てと言われてはたまらないのでグッと耐える。

 怨敵であるセシルの荷物持ちみたいな立場に唇を噛む。

 セシルも荷物を持ち完全なパシリじゃないのでまだマシだと言い聞かせる。


 その様子をユーナはニタニタと見ていた。



 そんな2人を余所にセシルはワクワクしていた。

 ミツビオアルマジロは盾にも使えそうだし、もし火にも強い素材ならば甲羅を鍋に出来るかもしれない。

 そうすれば行商人から買った鍋を水の保存容器として使えるかもしれない。

 夢が広がる。


 今回は身体を洗い流す目的もあったので距離的に鍋は持ち歩けなかったが、いつもの水飲み場くらいの距離ならヨトとユーナの2人で協力して持たせれば多少の水の量なら運べるだろう。


 甲羅はどれだけ斥力魔法を当てても削れる感じが無かったが、甲羅では無い皮膚の部分は時間を掛ければ削れるだろうと予測している。


 そんな事を考えながら帰宅の途につく。

 荷物の重さも相まって歩く足が遅くなるが、かえってヨトとユーナには丁度良く、どうにか家に戻ることが出来た。


 重たいミツビオアルマジロを倉庫用の部屋に置き、家の奥に移動し休憩しようとするが、嫌でもティタノボアの死体が目に入ってきて思わずため息が出てしまう。

 ようやく休めると思っていたのに家の掃除が残っていた事に疲労感が増す。


 しかし片付けをしないわけにいかない。死体の処分方法は色々悩んだが、結局は持てるサイズにカットして捨てに行くべきだろう。


「やるしかないかあ~」

 そう気合を入れ直した時だった、ティタノボアより更に奥からギョワワワワと鳴き声が聞こえる。


『うわっまだ生きているんだ?』

『壁に挟んだだけだったからな』


 出発前に穴に挟んだ魚っさんだ。


 魚っさんの生臭い臭いは家の中に充満していたが、奥に入るほど強烈になってくる。


 奥まで行き魚っさんの様子を見ると、叫びながら痛みにのけ反る様な反応をしていた。


「仲間に下半身を引っ張ってもらっている? ようには見えない、な。どちらかと言うと攻撃されているような?」


 どうしたらよいか分からないので痛がっている様子の魚っさんはとりあえず放置して、すでにハエが集り始めていた蛇の解体を始める。


「鱗は硬いから色々利用出来そうだね。鎧とかも作れるかな? ここじゃ暗いから一旦外に捨ててから鱗を回収した方がいいね」


 セシル達がカットし、ヨトとユーナに外に捨てに行かせる。捨てる場所は一度同行して指示を出した。


 2人はここ数日、数々の魔物の出現によりディビジ大森林で生きていくにはセシルの力が必要だと心から理解したようで指示された作業自体を断る事は無かった。

 だが、やはり2人で外に捨てに行くのは怖いのか付き添いを要求してきたので、護衛兼明かり担当としてラインを同行させる事になった。


 ティタノボアを運ぶ仕事はかなりの重労働だが、先にカットを終えたセシル達も運び出しを手伝いなんとか終わりが見えて来た。


「ちょっとご飯休憩しよう。魚っさんが臭いから家の外で食べようか」


 言葉は半分も伝わってないが、休憩と言う事が分かりヨトとユーナは脱力する様にホッと息を吐く。


 午前中からたくさん歩き、すでに限界だったところから蛇の運び出し。

 家から50メートル程の近いところでの廃棄だったが、それでも魔物を引き寄せる血の臭いをさせた蛇の死体を運ぶのはラインの護衛があったとしてもかなりの恐怖があった。


 実際、複数の魔物と遭遇したがラインが斥力魔法で追い散らしてくれた。



 家の前に思い思いに岩に座るとすでに冷めきっている焼き魚を1匹ずつ食べる。


「さて、作業の続きやるよ」


 食べ終わるとすぐセシルが立ち上がる。


『え? もしかしてもう休憩終わり?』

『こいついつもこんな感じなのか? 食事後くらいゆっくり休ませろよ』


「早く」

『あ~ちくしょう。ユーナ、あと少しだ。多分』

『多分……』

『さあ、頑張ろう』

『はぁ、分かった。あと少しね』


 セシルもいつもはもっとゆっくりするのだが、今は時間が惜しい。

 家の近くに蛇の死体。家の中に残りの蛇の死体。そして奥には悪臭の魚っさん。


 臭いに釣られていつ強力な魔物が来るか気が気ではない。

 かなり危険度が高い状態が続いている。

 このままではまともに休むことも出来ない。


 食事を終え、とりあえず蛇の死体を片してしまおうと家の奥に向かうと、魔物の鳴き声が複数聞こえて来た。


「嘘!? 魚っさんは? 穴から抜けた?」


 ラインとライアの明かりで奥を見ると、そこには魚っさんとは別の種類らしき二足歩行の魔物が居た。


 ギッギッ


「魚っさんより小さいのが何匹か居る……」


 小さい二足歩行の魔物は耳の部分に大きいヒレが生えており顔は鱗だらけ、魚っさんよりさらに魚に近い顔をしている。

 目は例によって退化しているようだ。

 身長はセシルより頭一つ分は小さい。


「よし、君たちをミニ魚っさん、いや、雑魚っさんと名付けよう」


 強がって命名までしたが、セシルのメンタルは限界に近かった。

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