第158話 ここで泣くことは許されない


 ヨトとユーナの2人は疲れと精神的な疲れから心が限界を迎え

「うわああああああん」

 と大声で泣き出してしまった。


「ライライ、口お願い!」


 セシルの指示でライアとラインは急いでヨトとユーナによじ登るとさっと口を抑えた。


『んーっんーっ』

『んーっんーっ』


 口を閉じられた2人は泣いていたせいで鼻も詰まっており呼吸が出来ない。

 ヨトは思わず剣を落としてジタバタする。


 セシルは2人が呼吸出来ていない事に気が付かず、口に指を当てて静かにするようにジェスチャーをする。


「静かに。うるさいと魔物が来る」

『んーっんーっ』(ぐるじい)

『んーっんーっ』(ぐるじい)

「静かに出来る?」

『んーっんーっ』(ぐるじい)

『んーっんーっ』(ぐるじい)

「ほんとに出来る?」

『んんーっ』(しぬっ)

『んんーっ』(しぬっ)

「ライライ、放していいよ」

『『ぶはっ、げほっげーっほっげほっぜーぜーっ、げほっ、ぜーぜーっ、こひゅーこひゅー』』


 荒い呼吸と咳をする2人にセシルはムッとする。


「静かに……って言ったでしょ」

『『ヒッ』』


 2人は自分の手で口を抑え、コクコクと頷く。

 死が頭を過った2人は先程の悲しい気持ちがふっ飛んでいた。


「じゃ行くよ」


 セシルがスタスタと歩いて行くので黙って着いて行くしかない。



 ワオーーーン


『『ヒッ』』


 ワイルドウルフの遠吠えが聞こえるが、セシルは構う事なく歩き続ける。

 実際、今の実力だとワイルドウルフに囲まれてもどうにか出来る可能性が高い。

 だが、最近襲ってきたティタノボアやラプターが来た場合は対処出来るか怪しい。


 ただでさえ危ういのに2人のお荷物付きだ。

 早く川に到着するに越したことはない。


 ゴブリン方面に捨てた大男の死体の臭いでそっちに魔物が集まってくれれば良いが、そう上手く行かないのがこの大森林の怖さだ。


 セシルはいつになく焦っていた。


 安息の地だった家に帰ってもティタノボアの死体は残っているし、魚っさんも挟まっている。

 何より臭い。

 その臭いで家にも魔物が集まってくる可能性もある。

 家の奥に死体があるとは言え、すでに外にも臭いが漏れているだろう。


 ヨトを驚かせて楽しんでいたりもしたが、そうでもしないと不安で押し潰れそうだった。


 正直、現状の解決方法が分からない。


 本当は家の防備を固めて閉じこもりたいところだが、水の補給は必須だ。

 特に2人増えた事で水分が多く必要になって来る。


 必要なのだが、水を保管する容器も足りない。


 2人は荷物を何も持っていなかった。


 荷物は無いがお荷物だ。 

 蛇を処理する労働力としては役に立つかもしれないが、そもそも2人が来なければ蛇が来ることも無かっただろう。

 敵は魚っさんくらいだったはずだ。

 それくらいならセシルだけでも十分対応できる。

 考えれば考えるほど2人に対してイライラしてしまう。

 セシルの不安や悩みも知らずに感情のまま泣き出す2人にズルいとさえ思う。泣き出したのいのはこっちだ。と。


 しかし、久しぶりの人付き合いで癒されてもいた。


 セシルは上手く感情のコントロールが出来ず、ついつい荒い態度になってしまっていた。




 ヨトとユーナはプリプリとした雰囲気で先を歩くセシルに慌てて着いて行くが、空気の悪さから絶妙な距離感を保ちながら無言で移動を続ける。


 しばらく歩いて行くと川が見えて来た。


『やった! やっと着いたぞ!』


 踝ほどの水位がある川が見えたので、やっと辿り着いたと思ったが、セシルが止まらないので思わず声を掛ける。


「おっおい、川」

「まだ」

「えっなんで?」

「浅い」

「あさい?」

「……」

「……」


 これ以上聞き返すのは難しい。


 ちょっとセシルが怖いのだ。


 ユーナも足に豆が出来て辛そうにしているが、歯を喰いしばって鼻を啜りながら我慢している。

 


 3人は無言のままさらに進んでいく。

 途中で2匹のゴブリンが歩いているのをマーモが見付けると、セシルの指示でライライに木の上から飛び掛かりそれぞれの息を止めて殺してもらう。

 血の臭いをさせないためだ。


 死体はどうせ野生の魔物が食べるので放置だ。


『……すげぇ』

『ほんと凄いね』

『あっセシルじゃないぞ。凄いのはスライムだぞ』

『……』


 ユーナはセシルを認めようとしないヨトが小さく見えジト目だ。


 さらにしばらく歩くとまたガサガサと魔物が現れた。

 マーモも風下から現れた魔物の臭いに気が付かなかったようで距離が近い。

 慌てて全員が1歩下がる。

 ユーナはびっくりして尻もちを着いてしまったが、ヨトがすぐ腕を引き上げ起こす。


 のっそりと歩いて出て来た魔物はセシルの脛の高さにも満たない魔物だった。


『ミツオビアルマジロだっ』

「鎧ダンゴムシだっ!! にっ逃げるよっ」


 セシルは全く戦わずに走り出した。

 ヨトとユーナも躓きそうになりながらセシルを追いかけて逃げる。


『弱そうなのに何で倒さないんだ?』


 ヨトは魔物情報には詳しいが倒し方まで知っているわけではない。

 ミツオビアルマジロは全長4~50センチ、高さは20センチ程しかないが、何より硬い。

 全身を鎧のような甲羅に包まれている。


 実はセシルは以前にも遭遇し戦闘をしたことがあるのだが、斥力魔法が全く効かなかったのだ。


 ワイバーンはもちろん、ティタノボア、岩でさえ時間を掛ければ削り貫通する事が出来る斥力魔法であるが、ミツオビアルマジロに関しては全く貫通する事が出来無かった。

 鎧が無いところに剣鉈をふるってもガキンと岩を叩くような感触。


 水魔法で呼吸を止めようにも身体を丸め素早く転がり、的を絞らせない。

 ライライ達が顔に取り付いたとしても身体を転がし魔石が地面と挟まれれば命が危ない。ライライ達が一般的なスライムの中で器用さと力で異常な強さを発揮していても所詮はスライム。

 踏まれれば死ぬし、体内の魔石を攻撃されてしまえば簡単に失ってしまう命なのだ。


 ミツビオアルマジロは走れば逃げ切れる程のスピードしかないのが救いだが、隙を見つけては弾ける様にジャンプして噛み付いてくる。

 セシルにとって逃げるしか選択肢が無い魔物だった。


 ミツビオアルマジロが転がりにくい障害物が多い道を選択して逃げる事で足の遅いユーナでもどうにか逃げる事が出来た。


『もう、無理』

「着いた」


 ユーナがついに限界を迎えた時ようやく目的地の川に辿り着つく事が出来た。


「着いた。水、入る」

『ユーナ、よくやった。ようやく着いたみたいだ』

『よっ良かったぁ~もう歩くのムリィ』


 セシルは膝より少し低い水位の川にザバザバと入ると寝転んで服ごと身体を洗い流していく。


 ユーナ達はそれを見て呆気に取られていたが、セシルが「早く洗え」と急かすので思い足を引き摺り慌てて水に入って身体を洗っていく。


『全身洗うからここまで来たのか。もう少し浅くても洗えただろうに。あー疲れたぁ~』

『潰れたマメが水に染みて痛いよぉ~疲れたよぉ~もう歩けないよぉ~やだぁ~』


 2人が文句をたらたら言いながら体の疲れを癒す様にしばらく川に身を任せる。

 少し回復しびしょ濡れで川から出ると、平たい石の上に串のように木が刺さった小魚がたくさん並んでいた。

 ライライ達が取って来た魚にマーモが集めた枝を使ってセシルが刺してたのだ。


「焼いて」

『ヤイテ? ……あー焼くって意味かな?』

『木を集めた方がいいのかな?』

「木、集める?」

「木、ダメ、におい」

『あー。木で焼くと煙が出るからダメなのか? てことは魔法使えって事か?』

『……焼くには石で囲わないとダメね』

『短時間で焼かないと魔法持たないしな』


 そう言うと、ユーナは近くにあった背丈よりも大きい岩に寄って行くと、下の隙間の左右を埋める様に石と砂利を詰め、簡易的な窯らしきものをサッと作った。

 そこに小魚を並べ火魔法で焼き始める。


 簡易的な窯をあっという間に作ったユーナを見たセシルは驚いていた。


「その発想は無かった。穴を掘ったり石を積み上げなくても簡単に出来るのか……妹の方は役に立ちそう」


 感心しているとユーナが何か訊ねて来た。


『塩ありますか?』

『しお?』


 ヨトも塩の王国語が分からず、ユーナが汗を舐めてしょっぱい顔のジェスチャーをして塩と伝えることが出来た。

 同時にセシルには新しい技のヒントになったようで返事もせずに考え込んでしまう。


「……」

『……伝わらなかったのかな?』

「あっごめん。塩か、塩は家」


 岩塩は重たいので家に置くようにしている。


 結局、味付け無しで魚を焼き終わると、その場で何匹か食べ、残りは臭い消しの薬草を入れた大きな葉に包み持って帰る。

 ついでに臭い消しをすり潰して身体にも擦り付ける。


『臭い消しの薬草あるなら、こんなに慌てて川に来る必要なかったんじゃないのか?』

『あのマーモットもゴブリンの血で染まっていたから薬草じゃ臭い誤魔化せないんじゃない?』

『それもそうか』


 水はセシルの水筒とは別に新たに太めの枝を切り落とし、斥力魔法で長めのコップの様な物を作り持って帰る事にした。

 蓋が無いので運ぶのに苦労する上に量も少ないが、無いよりはマシだ。


 時間さえあれば斥力魔法で入口を小さくして中を拡げるように開け、入口は細い枝で蓋をする事で水筒を作る事は出来るが、中を拡げ過ぎると穴が開いてしまうし、削りが少ないと水が入る量が少なく使い勝手が悪い。削った木くずも入口の穴から何度も何度も出す必要がある。

 ちゃんとしたものを作ろうと思えば半日はかかるだろう。

 今はそのような事をやっている場合ではない。


 2人がこれからどうするつもりなのか分からないが、このまま住み着くなら早めに水筒を作らなければならない。

 ちなみにセシルが使っている水筒は、冒険者時代にイルネに購入してもらった魔物の皮で作られた水筒だ。水が入っていない時は軽いので重宝している。


 セシルはこれからの事を考えると次々に課題が浮かび辟易とするのだった。




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活動報告

ごめんなさい予定が詰まっており次話は2週間ほど後になりそうです。

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