第157話 死体運び


「よし、じゃさっさと運ぶよ。魚っさんと大きなおっさんのせいで部屋がめちゃくちゃ臭い」


 そう言うとセシルはマーモット達に手伝ってもらってティタノボアの体内に残っていたバーモットの服を引っ張り、引きずり出した。


「おえっ」

『おえっ』

『おえっ』


 皮膚が一部溶けてグロさが凄いことになっている。


「頭、持って」

「むっムリムリムリ、お前、持てよ」

「お前、身体、大きい」

「ぬっ……たしかにお前、小さい」


 セシルはイラッとするが、頭の方を持ってもらうために我慢する。


 ヨトも自分が持つしかないかと深呼吸して心を落ち着かせようとするが、体内に入って来る空気が得も言われぬくさい臭いで一度嗚咽が出てしまうと止まらなくなってしまう。


『おえっぷ』


 手を伸ばそうとするが、当然なかなか頭を持つ勇気が出ない。


「なっなぁ。そのロープ、おえっぷ。いつ、使う?」

「あっ忘れてた」

「おい」


 セシルはそうだったとばかりに手を叩くと、バーモットの身体に直接触れない様に気を付けながら両脇にロープを通し、ロープの端はヨトに渡した。

 上半身の下にはライアとラインに入ってもらいセシルとユーナで足を片方ずつ持つ。

 マーモも運ぶのを手伝おうとしていたのだが、身体の作り上それが難しい事が分かり絶望した顔をしてしまう。


 その様子にセシルも慌てたが、ライアとラインが身体の下に入った事で光が足元しか照らされてない事に気が付き、マーモに火魔法で照らしてもらうことにした。

 マーモは火を付ける役目を与えられて少しだけ機嫌が戻ったようだ。


「行くよ」

「ナー!」


 グッと持ち上げゆっくり移動していく。


『重たいっ』

『我慢しろ。頭側の俺の方が重たいんだ』

『そうだよね。ん? あれ? ロープ引っ張る方は重たくなくない? 体重支えてるのスライム達だよね? 一番楽してない?』

『……』

『ねえ? 聞いてるお兄ちゃん? ねぇ?』

『……あいつが決めた事だ。言う事聞かないとダメってユーナが言ったろ?』

『こんな時だけ従順なふりするのズルくない?』


 2人が言い合いしたまま玄関に着くと、火を消したマーモが入口を防いでいる木を除ける。


「マーモありがと。魔物が来たら僕たちを守ってね。大事な仕事だよ」

「ナー!」


 大事な仕事を頼まれたマーモは気合十分に声を上げる。


『マーモット如きが俺たちを守れる訳ないだろうに』

『ゴブリンから逃げていたお兄ちゃんも似たようなものでしょ』

『そっそれはユーナがいたから安全を優先したんだ』

『ふ~ん。そうなんだ。ところでどこまで死体持っていけばいいのかな?』

『聞いてみる』

「捨てる、どこ?」

「ん~。あっち」


 セシルが指さしたのはゴブリンの住処がある方向だ。

 死体をゴブリンに発見してもらう事で、餌として集落まで運んでくれるだろうとの思惑がある。


『大丈夫か? すぐ捨てて洞窟に逃げた方が良いんじゃないか? のんびりしていたら魔物集まってくるぞ』

『セシルさんはここに住んでいるんだから、どうにか出来るんじゃない? あの大きな蛇も倒したんだし』

『今更だけど、こいつつえーのかな?』

『どうやって蛇を倒したのかよく分からなかったけど強いんじゃない? お兄ちゃんもセシルさんに殴りかかってぼっこぼこにされていたよね。笑っちゃうくらいダサかった』

『ふん、それは油断していたからだ。剣での勝負なら負けねぇ』

『メンタルつよー』


 森に意識を向けるのが怖いのか2人のお喋りが止まらない中、ライアとラインの支えのお蔭で家から数百メートル運ぶことが出来た。


『しかし、どこまで運ぶんだよ。いい加減疲れたぞ』

「ナー」

『ん?』

「何か来たかな? この辺でいいか。ライライっ」


 セシルの合図でライアとラインが大男の下からスルスルと飛び出してくる。


『うおっ』

『キャッ』


 2人は地面にドスンと落ちた死体に引っ張られ、バランスを崩して倒れてしまう。

 ユーナは膝を付いただけで済んだが、ヨトはマーモとセシルの喋りに振り返ったタイミングにロープで引っ張られ、四つん這いに倒れてしまい、バーモットにキスをしてしまうところだった。

 いや、実際は一瞬触れていた。


『……っつあっぶねぇ!』

『お兄ちゃんのファーストキスこれか』

『当たってないっ!』


 当たっている。


「早く逃げるよっ!」


 セシルはライアを素早く拾いあげると、ヨトとユーナの背中をパシッと軽く叩いて逃げを促すと走り出す。

 ラインはすでにマーモに飛び乗っておりセシルに並走している。


『なに!? なに!?』

『逃げるみたいだ! 走れ』


 ヨト達も慌てて走り出したが、すでに囲まれていたようで先頭を走っていたセシルに木の陰から魔物が飛び掛かってくる。


「ナー!!」

「うわっ」


『なんだっ』


 が、マーモは臭いですでに予見していたので飛び掛かって来る魔物に頭から突っ込んだ。


 ドフッ


 っという音と共に魔物の横っ腹に角が突き刺さる。

 走りながら首を振って角に刺さった魔物を飛ばす。


 ギュケーー


「うわぁなにこいつ!? 羽と翼が無い鳥みたいな……美味しそうな魔物だ!」

『モノニクスだ!』


 モノニクスは体長100センチ程度で二足歩行の鳥のような形をしている。

 2本の腕の先に指は無く、ナイフの様な長い1本の爪だけが生えている。


 あっという間に仲間の1匹がヤラれたのを見て、瞬時に敵わないと判断したのかモノニクス達はバーモットの死体の方にとんでもないスピードで走り去っていった。


『……一瞬でモノニクス倒していたぞ。マーモットって雑魚じゃなかったのか?』

「何ボーッとしてるの! 早く走って!!」

『モノニクスいなくなったのに走るのかよ』


 セシル自身もモノニクスのお肉に興味があり立ち止まりたかったが、今はバーモットの臭いに集まって来るであろう魔物達から少しでも離れたいので泣く泣く諦める。



 先程より緩やかなスピードだが走り続け、無事に家に辿り着いた。


『ふぃ~やっと家に着いたな』

『あたしもう疲れたよぉ』


 そんな話をしながらゆっくり家の玄関で座る2人を余所に、セシルは家の奥にさっさと入ると荷物を持ちすぐに戻って来る。


『なんか荷物いっぱい持ってきたぞ』

『ほんとだ。何するんだろ』

「行くよっ。あっそうそう。これ貸すから自分と妹を守ってね」


 最近キースから手に入れた剣をヨトに渡す。

 セシルとしては正直、ヨトに武器を渡したくないが自分の身を守ってもらわないと困る。

 極論ヨトが死んでもいいと思っているが、ユーナに悪感情は無いので死なれるのは気分が良くない。

 悩んだ末の決断だった。

 だいぶ前に手に入れたゴブリンが持っていた錆びた剣でも渡したい所だが、仮宿に埋まってしまって今はもうない。


「いいのか」

「今度、僕に攻撃してきたら、2人とも殺す」

「ん? もう一度」

「次、何か、僕に、してきたら、お前も、ユーナも、殺す」

「あっああ……」

「本当に分かった? 絶対、殺す」

「わっ分かった。で、どこ、行く?」


 注意されている事は分かったが殺すと言われている事はいまいち分かっていなかった。


「水」

「水……休み 欲しい」

「ダメ、臭い、流す、早く」

『お兄ちゃん何て?』

『水場で臭い流すみたいだ』

『近いの?』

「近い?」

「近い」

『近いってよ』

『それなら頑張れるかも』


 セシルは水筒などの荷物を持ってさっさと歩いていく。


 2人は慌てて着いて行く。

 セシルの側にいないと不安な気持ちになるのだ。

 知らず知らずのうちに依存が始まってしまっていた。

 それはセシルに反抗的な気持ちが強いヨトであっても例外ではない。

 常に死の恐怖に晒されるディビジ大森林では仕方がない事であった。



『お兄ちゃん、もう歩けないよ』

『いつ着くんだ? 全然近くないじゃないか。井戸があるんじゃないのか?』

『ねぇ、ここ昨日通った道だよね? もしかして川まで歩くんじゃないの?』

『嘘だろ……近くなかったぞ。でもその可能性あるな。聞いてみるか』

「川?」

「川」

『マジかよ。やっぱり川みたいだ。ちょっと休憩させてもらうか?』

『うん。お願いしてもらえる?』


 セシルは川と答えたタイミングで、ふととんでもない事に気が付いてしまった。


(あれ? もしかして……洞窟で飲んだ水って魚っさんが浸かった水の可能性ある? と言うか、いつも岩山から流れ出て来る水も洞窟の中から流れて来ているって事は……それもあの臭い魚っさんが浸かった水……え? 嘘でしょ……)


 セシルの顔が真っ青になってきたが、頭を振ってそんな事実はない事した。


「おい」

「ん?」

「ユーナ、疲れた、少し、休む」

「分かった。先、行く」


 セシルはそう言うと先ほどの説を振り払うかのようにスタスタとさらにスピードを上げて歩き始めた。



 ぽつねん 


 と、その場に放置された2人は慌てて追いかけ直す。

 2人だけの状態で魔物が現れたら対処出来ないのだ。


「違う違う! そうじゃない!」

「ん?」

「お前、も、休む」

「休まない」

「なぜ」

「臭い、魔物、来る、死」

「マモノ? シ?」

「死ぬ」


 そう言うとセシルは手で魔物に首を嚙まれるジェスチャーをする。


『マジかよ? やべぇじゃん』

『どういう事?』

『俺たちの臭いで魔物が集まるんだと思う。それで死ぬって』

『えっ嘘。こわい』

『ユーナもうちょっと頑張れるか?』

『……頑張らないと死ぬんでしょ? 頑張るしかないじゃん……』


 ユーナは歩きながらぽろぽろと涙が零れ始めた。


『おっおい、ユーナ泣くな』

『何で、何でこんな辛い思いしなきゃいけないの』

『今そんな事言っている場合じゃないだろ?』

『あたし、毎日良い子にしてたよ? お兄ちゃんと違って我儘もほとんど言ったことなかった! なのに、なんでこんな辛い思いしなきゃいけないのっ!? お父さんが死んで、お母さんも死んで、ひぐっ、あたしはちゃんとしていたのに!! お兄ちゃんが悪い子だったからこんな事になっているんじゃないの!? ひぐっ』


 疲れからか感情が爆発してしまったユーナに責められ、ヨトも張り詰めていた気持ちが決壊してしまう。


『ふ、ふぇっ……俺だって、ぐすっ、俺だって、うわぁああああん、母さああああん、父さあああああん』


 うわああああああんと2人とも大声で泣き出してしまった。

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