第37話 試験2

貴族に序列はあれど、学院内では先生の立場が生徒より上となっている。そうでもしないと授業にならないからだ。


 試験が始まる。

 歴史や一般常識、計算などだ。

 8歳の試験なので時間は半刻ほどで全て終わる程度の量である。

用紙はパピルス紙が用いられる。


 中位貴族から高位貴族の集まるこの教室では優秀な子供が多く、ほとんどの子供は半分ほどの時間で解き終える事が出来た。


 セシルもかなり早い時間で終える事が出来た。

 セシルの場合は習っていない事が多く、考えても分からないので解くのを辞めただけだが。

 ただ実力を見るだけと言われているセシルは、ほとんど埋めれていないにも関わらず余裕の表情だ。


 マリーは違う。

 先程のセシルに『違う教室では?』と言ってしまった件について気が取られてしまって、集中できず思い出せるものも思い出せなくなっている。

 ようやく落ち着いてきたと思った時に、セシルがペンを置いて余裕の表情をしているのが目に入ってしまう。


 平民であるセシルが自分より先に解き終わって余裕の表情なのだ。

 マリーは再び焦る。

 ケアレスミスを連発してしまっている事に気が付いていない。

 そのまま試験が終わってしまった。


(ヤバいヤバいヤバい! お父様に怒られてしまう)


 そう思っていると、次は魔術の試験の為に教室移動が始まってしまった。

 騎士コースの試験を受ける子供達は別の場所に向かい、文官コースを志望している子供たちはそのまま教室に残って別の筆記試験がある。


(考え事をしてる場合じゃないわ、大賢者の方に謝罪しなくてはいけませんわ!)


「セシル様、試験はどうでした?」


(あっ侍女が試験の出来を聞いてる……試験中余裕の表情だったから完璧だったのでしょ?)


「全然分からなかったよ!」


(分からんかったんかーい)


 マリーが平民のセシルの方が自分より下のようでホッとしたのと同時に、騙された気分になりイライラしている間に実技場に辿り着いた。

 実技場は一言で言ってしまえば大きなグラウンドだ。

 そのグラウンドには的となる大きい壁や水場が各所に配置されている。

 今は水場の横に来ている。


「番号順に呼ぶので、呼ばれた人は前に出てきなさい。そこで引力の魔法使いなら水の魔法をあちらの的に当てて貰います。斥力の魔法使いならあちらにいくつか並んでいる風車に向かって風を飛ばしてください。あぁ両方使えるものは両方使ってください」


 最後の一言は毎年この先生が使っている渾身のネタで、大人達には失笑ものだが純粋な子供たち(特に平民)に「出来る訳ないじゃん!」っとツッコミを入れてもらうのを楽しみにしていた。

 しかし、今年は本当に出来る人物がいるので今後はこのネタが使えなくなってしまう事を悲しく思っている。


「では番号1番から」


 その声で第二王子のクリスタが出てきて魔法を披露する。

 引力の魔法だ。


 引力と斥力の魔法使いの割合はだいたい7:3程度となっている。

 引力の魔法は水や火など使い勝手が良いが、斥力の魔法は風や土と使い勝手が悪い。

 土は一見便利に感じるが、土を操るのではなく魔力で土をどかして切り抜くといった表現が近いもので、大したことは出来ないし魔力を多く使うので実践的ではない為、斥力は一段劣るとされている。

 では斥力の魔法使いは役に立たないかと言われればそう言う事でもなく、魔術道具分野では魔物避けの匂いの拡散方法の開発などで役に立っている。



 クリスタの魔法は誰もが感嘆の声を上げる程素晴らしい物だった。

 ウォーターボールを上半身程の大きさで撃ったのだ。

 子供の上半身の大きさとは言え、8歳でこれだけの事が出来るのは見事だ。

 並の魔術師程度の力をすでに持っている可能性がある。

 王国建国の際に、大賢者を始めとし魔法使いが活躍した事から、魔法使いを中心として権力を持ったいったため、大賢者の子孫である王や上位貴族は魔力が強力な傾向がある。

 もちろん傾向であって確実ではないし、魔力量によってその家の継承権が変わる事は最近ではあまり聞かれなくなっている。


「流石クリスタ様ですね。見事でした」


 先生の方が学院内では立場が上とは言え、直接話す時は流石に王族に対しては敬語を使う。


「では次、2番」


 セシルが前に出る。教室内の席順である程度予想が付いていたが、実際にセシルが2番だった事に子供たちがざわめく。

 番号は基本的に爵位順となっているのだ。


「ほら静かにしなさい。では撃って」

 セシルは深呼吸して水の魔法を使って的に当てる。

 セシルの魔法はかなり小さい物だった。2センチ程度の大きさだ。

 実はかなり遠くまで魔法を届ける事が出来るのだが、ここでは的が近いのでその力を見せる事が出来ない。


 皆が呆気に取られた後、セシルの事を平民とバカにしている貴族を中心に笑いが起こった。


「ハハハッ! 何だよそれ! 何が大賢者だよ。所詮チビ平民はこんなもんだよな」


 平民は貴族に比べて栄養の問題から背が低い傾向にある。セシルも7歳になるまでは良い物を食べていなかった為、周りの貴族より少し背が低い。


「セシル、もっと大きいのを撃っても良いんだぞ?」


 セシルは困ったように答える。


「魔法あまり練習した事ないので出来ないです」


「そうか。それなら仕方ない。では風の魔法を使えるか?」


「はい」


 セシルは風車に向かって風の魔法を使う。

 風車はゆっくり回転する。

 やはり引力と斥力の両方を使えたことは驚かれ、先程のバカにする笑いは少し小さくなるが、バカにするものが消えるわけではない。


「何だあれ? 平民以下じゃねぇか?」


 実際セシルの出力は一般人より下回っている。


「人の魔法にケチを付けるものではない」


「ケッ」


「引力と斥力の魔法を使える人を初めて見た。見事だな。魔法の大きさは学院で学べば大丈夫だろう。では次は3番の人ー」


 こうして魔術の試験が終わった。

 マリーはセシルの小さい魔法を見て自分に自信が持てたのか、実力通りの魔法を使う事が出来た。

 気持ちを落ち着かせることが出来たので、試験が終わり侍女と一緒に帰ろうとしているセシルに声を掛ける事が出来た。


「あなた……えっとセシル様? セシル卿?」


「平民なのでセシルで大丈夫です」


「そう。ではセシル、教室の件では申し訳無かったわ。謝罪を受け入れてくれるかしら?」


「はぁ」


 セシルは何のことが思い出せていないので、ぼやけた返事をする。


「ありがとう。安心したわ。では学院生活ではよろしくお願いするわ」


「はぁよろしくお願いします」


「では私は失礼いたしますわ。ごきげんよう」


 セシルはイルネの方を見て訊ねる。


「あの人、何言ってたの?」


 イルネは教室での出来事をみていないので当然わからない。察しが良ければ何となく答えに辿り付けたかもしれないが、イルネは控えめに言っても察しが良くない。


「さぁ? セシルと仲良くしたいって事じゃないですかね? 早速お友達が出来て良かったですね」


「友達!? うんっ!! でも、貴族の子と友達になっても良いの?」


「なるのは大丈夫ですよ。でも敬語は使わないとダメでしょうけど」


 セシルはライムとマーモと友達になって以来、同年代の友達がまともに出来なかった為、素直に嬉しかったが、貴族相手だと気を使うなぁと少し憂鬱な気分にもなるのだった。


「あっセシル様!」


 セシルに声が掛かる。

 学院の事務員のようだ。


「何でしょう?」


「あの入学の際にセシル様とその従魔が住む家のご案内をしようかと思いまして、お時間よろしいでしょうか?」


 事務員は貴族出であることは間違いないだろうが、爵位を持たないのであろう。

 かなり低姿勢だ。


 セシルはイルネの方を見て確認する。


「はい。よろしくお願いします」


「ではこちらへ」


 事務員は歩きながら説明する。


「家は寮の隣に新しく建てられました。ご要望通りに従魔が一緒に運動できる広さになっています。屋根付きとは言え、運動する所は地面が土で出来ておりますが、それは問題無いでしょうか?」


「はい。問題ありません」


 事務員はホッとした顔をしたが、引き締め直して話を続ける。

「さらに覗かれないように、木窓はしっかり閉じられるようになっておりますが、窓が開いた状態であっても、中が覗かれない事を優先した為、どうしても日の当たりが悪くなってしまってますのでご了承ください。一応、狭いですが日射しが当たる中庭らしき場所もございますので、洗濯物を干したり本を読まれる場合はそちらを利用していただければと思います」


「分かりました。ありがとうございます」


 しばらく歩くと4階建てと思われる大きい建物がいくつか出て来た。

 建物はカラフルで可愛らしい外観をしている。


「こちらが今年入学の生徒の魔術科の寮です。左手にあるのが貴族用で右手にあるのが平民用になってます。1階は食堂になっており、貴族も平民も同じ所を使っていただきます。セシル様もご自身で用意されない場合、お食事の際はこちらで召し上がってください。側使えの方もこちらを一緒に無料でご利用できます。利用の際は学生証と側使え用の証明カードを毎度見せるようにお願い致します」


「はい。承知いたしました」


「ではこちらがお住まいになられる家でございます」


 案内された建物は全て木造て建てられており、居住部分はコテージのようになっているが、その裏に続く運動できるスペースは大きい倉庫のような無骨な感じだった。


「はぁ~おっきい」


「セシル様、ここがセシル様の家となるのですよ! 凄いですね!」


「……」


「……」


 セシルとイルネの目が合う。

 セシルが目の前の大きい建物を指差して言う。


「え? これ僕の家になるの?」


「そうですよ! 何を見に来たと思ってたんですか」


 ふふっとイルネが笑う。


「こんなに大きいと思ってなくて」


「ほんとですよね。思ってたより何倍も大きいです。よくこんなの建ててくださいましたね……」


 建物を建てるくらいならトラウス辺境伯邸に住まわせろ! と言う声も上がったが、学院卒業後に辺境領への帰属意識を少しでも減らすために、わざわざ建築に至ったのだが、セシルとイルネは知る由もない。


「中はまだ整備中の所もございますので入れませんが、入学3日前以降でしたらいつでも入って大丈夫です。その際は事務室で鍵を渡しますので、取りに来てください」


「はい。案内ありがとうございました」


 イルネが頭を下げ、セシルもそれに習って一緒に頭を下げる。


「凄かったですねぇ」


「うん。大きかった。早く中を見てみたいな!」


「中に入れるようになったら、家具を揃えるので忙しくなりそうですね」


 そんなワクワクした気持ちで辺境伯の領主館へ戻るのであった。

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