第2章 学院編

第36話 試験1

 王との謁見を終えた翌日、早く寝たセシルはスッキリと目覚める事が出来た。

 しかし、試験の事を考えて顔が強張ってしまっている。


「今日の試験は今の実力を見るだけですから、そんなに緊張する事は無いですよ」


 イルネはこれからの学院生活に合わせて敬語で話すようにしたようだ。


「そうなの?」


「はい。推薦されてる時点で入学は決まっていますし、クラス分けの参考にする程度ですよ」


「そっか。なら良かった」


 学院のクラスは貴族と平民が完全に別れているクラスと、貴族と平民が一緒になっているクラスがある。

 基本的には爵位順でクラスがおおよそ決まっているが、そこから能力によってクラス分けがされている。

 貴族と平民を最初から分けてる理由は、建前では階級主義から来るものではなく、幼少の頃から専属の家庭教師を付けている貴族と、1年前の魔力検査で引っ掛かり慌てて文字を覚えた平民では、単純に学力差がありすぎて同じ授業を受ける事が難しいからである。


 通常、魔力検査で才能が認められた平民は、セシルの様に付きっきりで指導を受ける特別待遇ではない。

 その土地の領主次第ではあるが、週に2~3回、半刻(約1時間)ほど寺子屋らしき場所に通わせてもらうといった程度である。

 家の手伝いをしながらでは最低限の学力しか身に付けられないのだ。

 貴族と平民が一緒になっているクラスは、裕福ではなく教師を付けられなかった下級貴族と、商人などのお金持ちの平民が入るクラスである。


 セシルは『貴族と平民が混ざるクラス』になるだろうと辺境伯の読みである。


 学院は貴族街と平民街の間にある内壁に挟まるように鎮座している。

 平民用の入口は平民街から、貴族用の入り口は貴族街からとハッキリ区別してあり、貴族は平民用の門からも出入り出来るが、平民は貴族用の門からは許可が無いと通れないようになっている。

 学院内にある魔法科や文官科の学生が通う寮は、貴族と平民が階や棟で別れているが、食堂などは貴族と平民が一緒になっており、いざこざが起きやすい。

 逆に騎士科の寮は平民がほぼ居ない為、身分差による問題はほとんど起きない。


 セシルは従魔を連れていると言う事で、辺境伯から学院側への大賢者と言うネームバリューを利用した説得により、特別な部屋を用意してもらう事に成功している。

 一般的な寮ではないどころか、わざわざ建設したとの事である。



 試験には貴族の子供たちが馬車に乗って学院に向かっているが、セシルは歩いて向かった。

 平民であるセシルが馬車で向かうと、どんなやっかみに合うか分からない為である。


 案内板に従って歩いて行く。試験にはイルネが同行している。


「イルネはここに来た事あるの?」


「はい。私は騎士科に通っておりました」


「楽しかった?」


「楽しかったですけど、ほとんど男なのでむさ苦しかったですね」


「ぼく男だから臭い?」


「いえ、セシル様は甘くて良い匂いがしますよ」


「そうなの?」


「はいそれはもう……あっ試験会場はあちらですね。番号は……あれ? 貴族の教室での試験なんですね」


「ぼくは平民だよ?」


「ん~入学したらクラス分けが変わるのでしょうか? セシル様、とりあえず今日は周りにいる方は全て貴族のはずなので、誰に対しても敬語を使ってくださいませ。では私は教室の外で待っていますので、頑張ってくださいね」


「うん。分かった」


 番号が書かれた席に座って待っていると続々と高級そうな服を着た子供たちが席に着いていく。セシルは一番前の右から2番目の席だ。


 隣に座った貴族の女の子が声を掛けてくる。


「あら? 初めましてですわね。どこの家の方でしょうか?」


「えっ……えっと」


「あぁこれは失礼。申し遅れましたわ。私は侯爵家のマリー=ミスト=ケンドールでございますわ。お見知りおきを」


 女の子はわざわざ立ってから、スカートを少し摘まみ膝をそっと曲げ優雅に挨拶をする。

 赤茶色の髪で色白の顔はとても整っており笑顔が似合う。


 セシルは挨拶を返そうと慌てて立ち上がり返事をする。


「えっえっと、僕は平民のセシル=トルカです。よろしくお願いします」


 そう言って貴族の挨拶をする。


「平民? なぜ平民がここに? 間違いではなくて? ここは貴族しかいないハズですわよ?」


「なんで平民がいるんだよっ! 平民が来るような場所じゃねぇぞ」


 マリーとセシルの話を聞いていた少し後ろの席にいる貴族が悪態をつく。

それを聞いた貴族たちが見下すようにクスクスと笑っている。


「えっ? でも……」


セシルは慌てて教室の外に出て番号を見て、間違いない事を確認する。

それを見たイルネが何かあったのかと近寄ってくる。


「どうされました?」


「教室間違ってるんじゃないかって言われて……」


「ん~間違っていないハズですけどねぇ。先生がいらっしゃるまで教室の外で待ちましょうか?」


「おや? セシルではないか?」


 セシルとイルネが悩んでいると、少し離れた所から声が掛かった。


「クリスタ様っ!?」


 2人は慌てて膝を付く。それに追従するように近くにいた貴族やその付き人が膝を付く。


「学院内ではそのような仰々しい礼儀は不要だと校則で決まっているよ。毎度膝を付かれては授業もままならない。さあ立ち上がって」


 クリスタは高度な教育を受けている為、8歳とは思えないほど大人びている。


「はい。では」


 そろそろと立ち上がる。


「教室の前でどうしたんだい? もうそろそろ試験が始まるよ?」


「それが……番号はここなのですが、平民は教室が違うと言われまして」


「そう言う事か。それなら安心してくれ! 君が試験を受ける教室はここで合ってるよ。学院でもセシルは貴族の教室に通う事になる。5年間よろしく頼む」


「えっ!?……あっすみません。よろしくお願いします」


「では入るぞ」


 第二王子が入って来た教室では、慌てて皆が席から立ち上がりガタガタと音をさせ椅子を横に退かし膝を付く。

 それを見たクリスタが溜息を吐く。


「学院内でそれは禁止だよ。さあ皆席に着いて。それとここにいるセシルは平民だけど皆と一緒に授業を受ける事になる。何せ斥力と引力を使える大賢者の再来と言われているからね」


 教室内がざわっとなる。

 反応はいくつかに別れた。

 大賢者と聞いても所詮平民と見下し、同じ部屋にいる事を不快に思うもの。

 大賢者の物語が好きで憧れを抱くもの。

 親に大賢者と仲良くするようにと予め言われているもの。

 特に親から何も聞いておらず『平民なのに大賢者』と言う特殊な立場の人間にどう接したら良いか悩む者など様々だった。


 マリーは親に大賢者の卵と仲良くして取り込むように言われていたタイプだ。

 親の爵位が侯爵と高位の貴族であったため、王様がセシルを第二王子と同等の立場として見ている。との情報を手に入れる事が出来た為だ。

 マリーはセシルと仲良くするように言われていたにも関わらず、大賢者の再来と言われている人物が、平民出身と言う事が頭から抜けていたため「教室を間違えているのでは?」と言ってしまった。

 いや、まだそこまでなら大したことないが、それに続いて強めの語気で「平民が来る場所じゃねぇぞ!」と追従してき貴族がいた為に、マリーが率先して文句を言ったと捉えられかねない。

 しかも、第二王子が親し気にセシルに話しかけているのを見てしまった。

 焦って脇汗だらだらになるマリー。

 親がめちゃくちゃ怖いのだ。


「あっあの「ほらー席に着きなさい。試験を始めますよ」」

 マリーがセシルに謝罪をしようとした所で先生が入ってきてしまった。

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