第35話 王との謁見


 翌日、セシルがライムとマーモの身体を洗っていると、王城から使者がやってきて王様との謁見の予定の日程が知らされた。

 1週間後の3の鐘がなる時と決まった。

 学院のクラス分け試験日の前日だ。


 謁見用の服は辺境伯が準備してくれていたので問題はないが、謁見時の特殊ルールがあるのでセシルはサルエルによって徹底的に何度も練習させられていた。


 サルエルやダラス達騎士もセシルが入学するまでは滞在するようだ。

 王都到着までの予定だったハズだが、どうやらサルエルとダラスの我儘で滞在しているらしい。


「ほらっ! 違います!! 王様が『面を上げよ』と言うまで上げてはなりません!」


 セシルには優しかったサルエルも、王様との謁見の所作に関してはかなり厳しかった。


「サルエルは王様と謁見した事あるのですか?」


「当然、ございません」


「えー……」


「……ございませんが、私は指導係として一通り習っております。リンドル様が謁見した時の指導も致しましたので安心してくださいませ」


 今回、謁見指導の対象外となっているイルネは穏やかな顔をして2人を見ている。


「イルネ様も後でしっかり指導いたしますので、ご安心を」


「ヒッ」


 イルネがビクッとなって青褪めていると、後ろから声がかかる。


「今は時間ありそうだな。儂が鍛えてやろう」


 ダラスがイルネの肩をガッと掴む。


「ヒッ」


 こうして何故かセシルよりイルネの方がボロボロになりながら謁見の日までを過ごした。



 王城は貴族街の真ん中にあり、3m程の外壁と外壁の周りは掘りになっており、堀には水が入っている。

 水は王城周りであっても汚い。


 入場の際は門番に証明書を手渡す。これは日程の確認の時に使者が渡してきたものだ。

 この証明書が無いと入場する事が出来ない。

 さらに、付添いで来ていたダラスとイルネは剣を預ける。

 服装は騎士鎧だ。直接お目通りするのはセシルのみの予定となっているが、みすぼらしい姿で王城に入る訳にはいかないので、この日の為にピカピカに磨き上げている。


 侍女に案内されて控室に入る。


「謁見まで半刻ほどここで待機だ」


「えっ? そんなに待つのですか?」


「王様の貴重なお時間を割いて頂いているのに、万が一にも待たせる訳にはいかんからな。こうして早い時間に来て待つものなのだ」


「ダラス様は謁見した事があるのですか?」


「ああ。儂は何度かあるぞ」


「凄い!」


「この年齢で謁見するセシルの方が凄いと思うがな。ああそうそう。今のうちに用を足しておきなさい。呼ばれた時間に行きたくなっても行けぬぞ?」


「あっはい。行ってきます」



「緊張してきました」


 と、セシルがトイレに行っている間にイルネが言う。


「儂もだ。自分が謁見した時より緊張するわ」


 今回、二人の付添いはここまでで、謁見はセシル1人で行って帰ってくるのを待つしかない。

 最後の最後まで秘密をバラしてしまわぬようにアドバイスをしたくなるが、警備に当たっている近衛兵や侍女などの目がある為、下手な話が出来ない。

 ライムとマーモの能力について王様に伝えるかどうかで辺境領出発前に揉めたが、結局王様に伝える術が無いとの事で隠すことになった。

 もちろん、ただ王様の耳に入れるという面では今日の謁見でセシルが言えば良いだけなので簡単な話なのだが、謁見には宮廷魔術師も数名は同席するはずだ。

 宮廷魔術師にバレるのだけは避けたい。

 また書面で伝える場合も必ず検閲が行われる為、誰に伝わるか分からない。

 その為、バレたら大問題になるがとりあえず隠す……いや、隠すと言うのは流石にマズいので『知らなかった。セシル含め誰も知らなかった』で押し通す予定だ。


 そんな事情もあってイルネとダラスは自分の事のように緊張している。


 セシルがトイレから戻って来て、静かにその時を待つ。

 イルネはたまに吐きそうになって嗚咽している。セシルと出会いたての頃の凛ととした雰囲気は見る影もない。


「セシル様、お待たせいたしました。こちらへどうぞ」


 いくつかの曲がり角を曲がり、横幅が数メートルはあろうかという大階段を登ると正面に大きな扉があった。

 その大きな扉の横で待機していると、前の謁見者が出て来た。


 恐らく貴族であろう人物であるが、セシルには緊張でそれどころではない。

 それから少し待った後、入場の合図をされる。


「セシル様の入場です」


 セシルは手と足が一緒に動いているが、今回はそれを指摘してくれるイルネは隣にいない。

 謁見の間がどんな感じなのか気になるが足元を見ながら進んでいく。


(あれ? どこで止まればいいんだっけ?)

 足元には何の印も無い。焦りで冷汗が出てくる。


「そこで止まりなさい」


 どこからか声がかかり、ホッとした様に止まって膝を付き顔を下げたまま名乗る。


「せっセシル=トルカと申します。この度は、えっと謁見の機会を……えっと賜り

…………あっ! きょーえつしごくでございます」


 今回の謁見に同席した者の多くは微笑ましく見ていたが、王城で働く者は執事や侍女でさえも貴族で構成されている為、声には出さないが1、2人は『平民め』と蔑む目で見ている者がいた。


「ゴホンッ、面を上げよ」


「はひっ」


 慌てて顔を上げる。

 謁見の間には王様の隣に1人の少年と、近衛騎士が各所に数名と王様に近い主だった貴族が数名、宮廷魔術師らしきマントを羽織った貴族が数名、とその後ろに控えるように執事や侍女が複数名居た。

 あまりキョロキョロ出来ないのでどの程度の人がいるのか把握できない


「私がトラウデンの王、モーリスである。よくぞ参った」


「はひっ! もっ勿体ないおとこばですっ」


 セシルは完全にテンパっている。勿体ないお言葉と答えたかったのだ。

 王様は緊張で言葉を間違える人間を数多く見て来たので、なんとも思っていないのが救いだ。


「早速だが、そなたの魔法を見せてはくれまいか? 小さいもので良い」


 王様も忙しい身である為、要件を簡潔に終わらせていく癖が付いている。


「こっここでですか?」


「うむ。魔力のコントロールは出来よう?蝋燭の準備をせい」


 すると、扉が開き侍女が蝋燭の乗った台車をガラガラと音をさせてセシルの横に持ってきた。


「この蝋燭の火を風の魔法で消して、また灯して見せよ。息などがかからぬように少し離すようにな」


 たまたま先日リビエールに見せた魔法でホッとする。

 やったことのない魔法や大きな魔法を見せろと言われたらどうしようと思っていたのだ。

 安全のために魔法を使う先には誰もいないように台車が少し離されて置かれた。

 セシルは手を翳すと、少し離されて用意された蝋燭を消し、またそこに火をつけた。

 セシルは大きな魔法は使えないが遠くに飛ばすことは出来るので特に問題がない。


 謁見の前ではどよめきが起きる。

 小さな魔法とは言え、はやり1人で斥力と引力の魔法を使えるのを見るのは誰もが初めてなのだ。


「ふむ。見事であった。我が息子のクリスタもそなたと一緒に学院に通うことになる」


すると王様の横の少年が1歩前に出て来た。


「第二王子のクリスタである。セシル、そなたと共に勉学に励みたいと思っている。よろしく頼む」


 第二王子が子供の高い声で言う。平民のセシルとは違い教育が徹底している為、しっかりしている。

 王様と第二王子の言葉に謁見の間に僅かにどよめきが起きる。

どよめきは宮廷魔術師側からであった。

 王様が平民であるセシルに第二王子と仲良くする事を許可したのだ。

 主だった貴族には宰相から予め伝えてあったために特に問題は起きない。

 どよめいた宮廷魔術師達も政治よりも魔術に重きを置く機関に所属している為、物言いが出ないどころか魔術師を優遇したと取れる発言の為、歓迎される。


「はひっ! こっこちらこそですっ」


「では下がって良いぞ」


 セシルは頭を下げて後ろの扉から下がって行った。

 大扉から出ると緊張から解き放たれて、その場に座り込みそうになるがグッと我慢して控室に戻って行く。


 侍女が待合室のドアを開けるとイルネがセシルに駆け寄ってきた。


「大丈夫だった!? どうだった!?」


「イルネ、落ち着け」


 ダラスが呆れたように言う。


「喉が渇いた」


 謁見前に飲んでいたお茶は、侍女によって新しいお茶に取り替えられセシルにスッと差し出される。

「ありがとうございます」と受け取りグビグビと飲み干す。


「あぁ~疲れた」


「で、どうだったの!? あっどうだったんですか?」


「よく分かんなかった。王様に挨拶して蝋燭の火を魔法で消して、また点けて、で、クリスタ様が一緒に入学するからよろしくって」


「えぇ~凄いじゃないですか! それって第二王子と仲良くしていいって事……ですよね?」


 イルネがダラスに顔を向けて訊ねる。


「うむ。恐らくそうであろう。第二王子の周りは上位貴族が集まるだろうから、これから大変だぞ」


 イルネはうわぁ~と言う顔をするが、セシルはよく分かっていない。


「とりあえず、ここに長く居ても迷惑が掛かるから出るぞ」


「あっ! はい」


 3人は部屋を出ていき、門で武器を返してもらい屋敷へと帰って行った。


 屋敷でグッタリするセシルにイルネが声を掛ける。


「今日はよく頑張りました! 明日は試験だから早く寝ないとね」


「試験やだ~」


 こうして王都の謁見の日が終わった。


 明日は試験である。ついに学院生活が始まろうとしていた。

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