第34話 リビエール
それぞれがリラックスして待っていると、お屋敷の侍女からお呼びが掛かる。
「夕食の準備が整いました」
別館の常駐しよう人の人数は少ないので、侍女は声を掛けたらすぐ別の場所に向かう。
イルネやサルエルは館の中を知っているので特に問題はない。
「失礼します」
サルエルが声を掛けて食事室の中に入ると、リビエールが待っていた。
セシルの1個上で9歳になる。
「そなたがセシルか。私はリビエール=カンタール=トラウスだ。父上よりよろしくするように頼まれている」
まだ幼い高い声でリビエールが声を掛ける。
リビエールの挨拶を見たサルエルは「まぁっ立派になって」と小声でリビエールの成長を喜んでいる。
「セシル=トルカです。よろしくお願いします」
リビエールが握手を求め、恐る恐るセシルがそれに答える。
「学院の1つ先輩になるから何かあったら私を頼ると良い」
「はいありがとうございます」
ここでもセシルは末席に座り食事をする。
「それと、入学後は寮? 家? に住むようだが、入学までここを自由に使うと良い」
「はい。ありがとうございます」
「ところで、後で魔法を見せてくれないか?」
子供らしい顔つきでリビエールがお願いする。
「はい」
セシルは食事中だが、その場で魔法を使う。
斥力の魔法の風で目の前の蝋燭を消して、そこに引力の魔法で火を点ける。
「すごい! すごい!! ほんとに斥力と引力を使った!!」
リビエールは立ち上がって喜ぶ。
完全に子供に戻ってしまっている。
実は先程の先輩面したセリフはお付きの侍女と練習したのだ。
9歳のリビエールは現在、貴族としての責任感と子供の狭間を生きている。
リビエールの後ろで控えていた侍女は、領主の息子としての仮面をあっという間に剥がしてしまった事に頭に手を当て盛大に溜息を付く。
(リビエール様、せめて食事が終わるまでは頑張って欲しかったですよ)
「この力があればトラウス領で活躍出来るな! セシルがこの学院に通うお金もトラウスの民が稼いだお金だからな! セシルの両親が頑張って働いたお金でもあるのだ! 共にしっかり恩返ししようではないか!」
「お父さんとお母さんが稼いだお金……」
「そうだぞ! セシルの両親が汗を流して稼いだお金だ。無駄に過ごすでないぞ!」
リビエールは正義だった。民の為に頑張る。民に恩返しをする。そう育てられてきた。
無垢な正義の気持ちは時に正しいがゆえに鋭利な刃物となる。
その鋭利な刃はリビエールが気付かない内に、セシルの心に静かに刺さろうとしていたが、現時点でセシル以外のここにいる誰もがリビエールの成長を喜び、トラウス領は今後も安泰だと口にしていた。
「そう言えば従魔も出来ると聞いたぞ! どこにいる?」
「従魔と言うか友達のスライムとマーモットなら馬小屋にいます」
「後で見に行っても良いかな? どんな事が出来る?」
「見るのは良いですけど……」
セシルはダラスの方を見る。
ダラスは顔を横に振る。リビエールにも黙っていろと言う事だ。
リビエールにも2匹の能力を知る権利は十分に有しているだろうが、子供はうっかり話してしまう可能性がある為、せめて卒業までは隠しておこうとの判断だ。
セシルは、他人に2匹の能力が伝わってしまったら『ライムとマーモが宮廷魔術師に連れていかれる可能性がある』と聞いている為、気軽に他の人に話す事は無い。
「大したこと出来ないですよ。えーと、犬くらいの事が出来ます」
「そっか~! 犬くらいか! 触っても大丈夫?」
興味があることになると喋りが子供になってしまう。
「あっはい。それは大丈夫です。傷つけない限り攻撃してくる事は無いです」
(剣の訓練ではボコボコにされるけどね)
「よし! 早くご飯食べて行くぞ!」
「リビエール様。落ち着いてください」と侍女が小声で話しかける。
そこでハッと我に返ったリビエールが領主の息子の顔に戻る。
「ゆっくり食べて良いぞ。スライムとマーモットは後で見られれば良い」
「はぁ」
セシルはリビエールのキャラがコロコロ変わる事についていけていないが、何だかんだで和やかに食事は終わり、ライムとマーモを見行くことになった。
「ふむ。この2匹がセシルの従魔か。ほんとに触っても大丈夫か?」
「はい。大丈夫ですよ。ライム、マーモこっちにおいで」
ライムとマーモが馬小屋から歩いてくる。
セシルがお手本でライムとマーモを触ると、大丈夫と判断したのかリビエールもおっかなびっくり手を伸ばす。
まずは安全そうなスライムからだ。
「おぉ~意外と硬いのだな」
ライムは身体を筋肉でカッチカチに固めている。
ポヨンポヨンの感触で気に入られてしまうと今後もたくさん触られてしまう可能性がある為、あえて硬くするように指示していたのだ。
次はマーモを触る。噛まれるのが怖い為、お尻側からだ。
「ほー。サラサラの感触を想像していたのに、実際に触るとバッサバサで全然気持ち良くないな」
文句を言われムカついたのか、マーモは牙を剥き出しにして軽くナ”ーと唸った。
リビエールはヒッと声を出した後、「きっ危険ではないか!」と怯えながら言う。
マーモの毛がバッサバサだったことと、威嚇された事にショックを受けたのか、来た時のテンションは全く無くなっており、トボトボと部屋に帰っていった。
本来はライムの身体はポヨンポヨンで非常に触り心地が良いし、マーモもちゃんと手入れをしていれば、体毛はさらっさらである。
結果的にこの日以降、リビエールがライムとマーモを触りに来る事はなかったのである意味で成功だった。
セシルは長距離移動でライムとマーモの身体を全く洗ってあげてなかった事を思い出し、明日しっかり洗ってあげようと決意するのだった。
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