第149話 ティタノボア3


 痛みを堪え立ち上がったヨトのズボンの太もも部分は、所々穴が開き薄っすらと血が滲んでいる。


『いてぇ。もっと丁寧にやれよクソッ。やっぱりコイツ嫌いだ』


「くっさ。ライン、こいつのうんち綺麗にして」


 うんちを漏らした男に触れるのはかなり勇気がいるが、我慢しセシルとライアでヨトの関節を極め、動けなくする。

 

『ぐわっ! おいっ放せっ何するんだ! おいやめろっ!! イテテテ』

『おっお兄ちゃんに何しているのっ!? 痛がっているからやめてっ!! お願いやめてっ!!』

「うんちの掃除だから大人しくして!」


 ラインがヨトのズボンの中に入っていく。


『ぎゃああああああ! やめろおおおおおお』

『お願い放して!! お兄ちゃんのぶん謝るからっ! ごめんなさいっ! お願いやめてっ!! お兄ちゃんを殺さないでぇえええ』


 2人の様子から目的が全く伝わってない事にイライラする。


「だから、うんちの掃除だって!!」

『こっ殺されるのかっ!?』

「うんちの掃除だって!」


 ユーナが泣きながらセシルを叩く。

 こんなことをしているが蛇はすでに穴を遠巻きに覗き、洞窟の中の様子を探っていた。


「いてっいててて、あっちょっ髪引っ張らないで!! うんちの掃除だって!! マーモ、この子抑えて」

「ナー」


 マーモがユーナに乗っかり押し倒そうとする。


「いててて、髪から手を放して!!」

『いやぁああ。マーモットに食べられるぅうううう』


 ユーナはマーモを除ける為にセシルの髪から手を放す。


「やっと手を放してくれた」

『おいっ! ユーナに何するんだっ!! うわぁあああスライムがぁああああああ……あれぇええ気持ちいいいいい? あひょん』


 お尻の穴を掃除されたのが気持ちよかったようだ。


『えっ?』


 マーモに押し倒され顔をべろべろ舐められていたユーナがヨトの様子に訝し気な顔をする。


 するとラインがヨトのズボンの足首部分から出てきた。

 ちなみに帝国では貴族以上かよっぽど裕福でないとパンツをはく文化が無い。


『あっお兄ちゃんのうんちが浮いてる』

『えっ……あっちょっやめろっ! 見るなっ』


 ズボンから這い出て来たラインの身体にはヨトのウンチが浮いていた。

 セシル達がヨトを開放すると、ヨトはラインに覆いかぶさってうんちが見えない様に隠す。


『見るなぁ~』

「……あれ? ちょっと待てよ。ズボンの足にもうんちが付いていたって事は逃げてる時も家の中にうんち転がり落ちたんじゃないの!? 最悪じゃん!!」


 セシルが家の中を覗こうと穴に顔をやるとティタノボアの顔がヌッと迫って来たので、尻もちを着くように倒れてギリギリ避ける。

 

「うわぁああああ」

『きゃああああああああ』


「やばいやばい。もしかして中に入ってこれる? ライア、マーモは斥力! ラインは明かり付けといて!」


 ライアが斥力魔法を放つ為に明かりを消すと、唯一明かりを点けているラインにヨトが覆いかぶさっているので、洞窟内が薄暗くなってしまう。

 セシルはラインの明かりが漏れている場所に移動すると被さっているヨトを蹴飛ばす。


『ぐふぇっ――こいつっ!! クソッ』


 ヨトはセシルに殴りかかろうとしたが、自分が明かりの邪魔になっていた事が理解できたのか途中で手を止める。

 ラインの光でヨトのうんこが影絵のように拡大されて壁に写されているが、ここは甘んじて受け入れなければならない。

 

 部屋が再び明るくなった事でティタノボアの様子を再確認し、穴から飛び出した顔に斥力魔法で攻撃する。


 ユーナは蛇から離れる為、壁の端まで寄っている。


『お兄ちゃん。アタシ、この光景一生忘れられないと思う』


 ティタノボアに襲われているだけでもとんでもない事態だが、その場面で自分の兄のうんちが壁に影絵で拡大表示されているのだ。

 忘れようがない。


『……俺もだよ』


 当然である。自分のうんこが拡大されているのだ。


「あれっ!? 中に入ってこないね。なんか引っ掛かっている?」


 ティタノボアは中に入ってこようとしているが、お腹に入っている大男のバーモットが重しになり、さらにお腹の膨らみが壁のつっかえとなり頭部しか穴から出す事が出来なかったのだ。


「まあいいや。チャーーーンス!! マーモ、ライア、穴に一番近いところ、えっと根本を狙うよ!!」


 セシルの指示が分かりにくかったようで、マーモとライアが首を傾げる。


「えっと、火魔法1度当てるからそこ狙って!」


 斥力魔法を一旦消し、火魔法で狙う場所を教える。

 まだ両手でそれぞれ違う魔法を使う方法は取得出来ていないので、一度両方消す必要がある。


 目を狙いたいところだが顔を大きく動かしているので中々難しい。

 その為、穴のサイズ的にあまり大きく動けない根本を狙う事にしたのだ。


 火魔法でマーモ達に狙いが伝わったので、セシルも斥力魔法を出し直す。


 シャーー!


 ティタノボアは身体を削られている事に気が付き、穴から戻り逃げようとする。

 真っすぐ穴から首を引き顔を引っ込めたが、大男の重みと周りの岩が邪魔をしてそこからは中々移動出来ない。


 セシル達はティタノボアを視界に収め続けられるように穴まで移動し、攻撃を続ける。

 ライライ、マーモも穴に上がる。

 ラインだけ攻撃せずに身体を光らせている。

 セシルも上半身を乗り出しているので穴はキツキツの状態だ。


 ティタノボアはその場で丸まり防御の体勢に入るが、斥力魔法には好都合だ。

 すでに狙う場所は鱗が削れ変色していたので、目印となり同じ場所を引き続き狙える。


 ティタノボアもウネウネと体を動かし避けようとしていたが、遂に貫通することに成功した。


「よしっ!!」


 薄っすらと血が滲み出てくるのが分かる。


「あれ? あれだけしか血出ないの!? まあいいや、体内から外に突き破るよ!!」


 流石に体内は硬くない様ですぐに穴が開き、鱗が外に捲れ上がる。


 ほぼ同時に4か所穴が開き、流石にティタノボアもダメージが大きく暴れ、穴から顔を出しているセシルに噛み付きかかる。


「うわあぁあああっ」


 ドンッ


「ゲフッ! えっ!?」


 セシルは何かに顔を強く押され、後ろに倒れながらその何かを目で捉えた。

(ライア?)


 バクンッ


 ライアがセシルを助けた事で、代わりにティタノボアの口に入っていく瞬間だった。

 そのシーンがスローモーションのように見える。


 ドシンッ


 セシルは尻もちを着き、呆然とする。

「ライア――――」


 自分を庇ってまた大事な人が死ぬ――――。


 イルネが自分を庇って死んでしまったシーンがセシルの脳裏に強烈にフラッシュバックする。


「あぁっあああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」


 ティタノボアは未だ続くマーモからの攻撃に耐えられず、また守りの姿勢に入る。

 ラインも独断で光を消し攻撃に回った。


『なっ何だ!? おいっ! どうした!?』


「あ゛あ゛あ゛あ゛う゛っう゛おえ゛っ」


 びしゃびしゃ


 セシルは嘔吐してしまう。


『だっ大丈夫!?』

『おいっ! ユーナ下がれ! 暗くて見えないけど、ティタノボアがこっちに来るかもしれない!! 声も出すなっ』

『えっでも……』


 ユーナはセシルが吐いている音がする場所を見るが様子が分からない。思わず近付こうとするがヨトが手探りでユーナの手を取り、後ろに引っ張る。


『キャッ』

『俺だ。壁まで下がる。静かにしろよ』


 ヨトが耳元で小さく囁く。

 ユーナにもヨトの手と声の震えから恐怖が伝染し、コクコクと頷きセシルの様子を気に掛けながらも言う通りに壁際に下がっていく。


 ヨトは自分の足が壁に当たると、ユーナを壁際にゆっくり誘導し一緒にしゃがみ込む。


 暗闇の中で声を出さず大人しくしていても、ティタノボアには熱で感知されてしまうので隠れる事など出来ていないのだが、魔物に比較的詳しいヨトでもそのような事実は知らない。


「げぇっほ、ウ゛ロロロロ」


 その間もセシルは四つん這いになり吐き続けていた。



 シャーーーーー


 ドォーーーン


 ドゴォーーーン――――――。


 ――――――。


 ティタノボアが暴れる音がしばらく聞こえていたが、やがて静かになった。

 セシルの嘔吐の音もいつの間にか聞こえなくなり信じられないほどの静寂が訪れた。


 しばらくするとピカッと明るくなり、ヨトのうんちの影絵が壁に現れた。


『お兄ちゃんのうんちだ』

『どうなったんだ? あっ、あいつ倒れているぞ』

『えっ? 大丈夫かな?』


 マーモ達が洞窟に繋がる穴から飛び、セシルの側に行くと鳴きかける。


「ナー」「ピー」


 そこには蛇に食べられたはずのライアの姿もあった。


『あれ? スライム2匹いる。1匹食べられなかったっけ?』

『蛇は丸呑みするから、消化されるまでに倒す事さえ出来ればスライムなら簡単に出て来られるんじゃないか?』

『あっそっかー……セシルさんはスライムが死んだと勘違いしちゃったのかな?』

『あいつにさん付けなんかするなっ!』

『でも、何やっているか分からなかったけど、セシル様が『様ッ!?』』

『お兄ちゃんがさんって言うなって言ったんじゃない!』

『様はもっとダメだっ!』

『もうっ、とにかくセシルさんのお蔭で私たちは助かったんだから』

『あいつは俺らを見捨ててここに先に逃げ込んだぞ』

『それはお兄ちゃんが邪魔したからじゃないの? 何やっていたか分からないけど、きっとあの蛇を止めていたんだよ。それをお兄ちゃんが邪魔したから危なくなって怒ったんだよ』

『もしそうなら先に俺達にちゃんと説明すれば問題なかったんだ』

『言葉が分かんないんだからしょうがないじゃない。それにセシルさんも何か喋っていたよ? 説明しようとしていたかもしれないじゃない。それをお兄ちゃんは邪魔して……』

『あいつばっかり褒めるな! 俺もユーナを守っただろ!』

『それは嬉しかったけど、結局セシルさん放置して隠れていただけだし、お兄ちゃんのうんちが影絵になっているし。流石に褒めるの難しいよ』

『それは言っちゃダメだろう……』

『それがお兄ちゃんの全てでしょ。それより、セシルさんが起きないみたいだから様子を見ないと』

『あっおいっ』


 ユーナは小走りでセシルの元に向かった。

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