第184話 想定外


 河原で食料調達をしていた兵士2人とその案内人役として雇われた冒険者5名は1日河原で魚の確保をよていしていたが、午前中いっぱい魚を獲り燻して加工し、魚もだんだん獲れなくなり行動に移す事にした。


『それなりに食料も調達出来たし、迷宮の下見に行ってみようと思うがどうだ?』

『いいんじゃないか。まあ正直、案内人としては後続組が来るまで待機したい所だがな』


 冒険者のスルタルが答える。

 兵士スマフへの対応はほぼスルタルがやっていた。

 スルタルの背は低く細身でありながら身体は筋肉で引き締まっているのが分かる。冒険者5人の交渉やまとめ役をかっているがリーダーと言うわけではない。


 基本的にアウトローな冒険者は兵士と話したがらない者が多い。

 特に普段は街の治安維持を担当しているスマフとはなるべく関わり合いになりたくないと思っていた。

 兵士からの依頼と言う事で冒険者ギルドも冒険者の中でも評判の良い人選をしているが、それでも1つや2つは何かしらやらかした過去を持っている。

 兵士に気を許したばっかりにポロっと余計な事を話してしまうのを恐れているのだ。


 スルタルも過去に盗みなどをやっているが、今は比較的真面目に仕事をしているし、なんなら兵士と仲良くなって便宜を図ってもらった方が得だろうと言う意見の為、今回の会話担当をしている。

 とは言え、敬語などはまともに使えないし使うつもりもない。


『大森林での案内がメインだが、ダンジョンの下見も契約に入っているんだ。しっかりやってもらうぞ』

『分かっているさ。後で支払いを渋られても困るからな。今日は迷宮の様子を軽く見たらまたここに戻って来るって事でいいか?』

『戻る? 移動は少ない方が安全なんじゃないか?』

『今のところポストスクスがいる事で魔物も寄って来ていないし、ポストスクスや馬の水の事を考えたら戻った方がいい。他の森なら歩いて街まで帰る事が出来るかもしれないが、ディビジ大森林ではとにかく足が重要だ。絶対にポストスクスを衰弱させてはならない。人間よりポストスクスの体調を優先しろ。これは鉄則だ』

『なるほど。理解した。では戻って来る事にしよう』


 こうしてスマフ一行は全員で岩山にあると言うダンジョンに向かった。

 スマフとスルタルが先頭を走り、その後ろを冒険者4名、最後尾をもう1人の兵士グリエードが走る。



『この辺はゴブリンが多いな』

『たしかにそうだな。巣でもあるのか? あいつら視覚で確認するまでポストスクスの存在に気が付かねぇから逃げるのが遅いんだよな』

『……迷宮がゴブリンの巣になっているって事はないか?』

『そうだな。その可能性は高いかもしれん。だが、おたくらの予想では迷宮は賢者の卵の巣なんだろ?』


 冒険者達にも最低限の情報が与えられている。

 だが、ダンジョンでの結果次第では冒険者を消すように。と今回の責任者ダバラには命令が下っていた。

 スマフは態度に出やすいタイプの為、知らされていないが……


『いや、まあそうなんだが、正直その予想どう思う?』

『まあ無いだろうな。マーモットとスライムとガキ1人だろ? このディビジ大森林に? ……いやぁ厳しいだろ』

『やっぱりそうか』

『兵士が代官様の予想を疑っても良いのか?』

『あっいや……まあ、えーっと半々かな?』

『ハハッ、そんな言い繕う必要はないだろ。どうせ俺達が告げ口したところで、雲の上の存在の代官様に声は届かねぇんだ。……もう1人の兵士さんにも告げ口なんかしねぇよ』


 スルタルがチラリと一番後ろを走るグエリードを見る。

 グエリードは細く筋肉は少な目でひょろっとした印象。神経質な所があり冒険者を見下している節がある。

 この男には場合によっては冒険者を消す事を知らされていた。


『あちらさんは俺らと話すのも嫌って雰囲気だしな』

『あー。何度か注意はしているんだがな……』

『いや、別に無理に仲良しこよしする必要もねぇよ。普段、冒険者が兵士さんに迷惑かけているのも理解しているしな』

『物分かりが良くて助かるよ』

『仕事だからな。で、賢者の卵はいないって予想だったか?』

『自分がここに意思疎通が出来るスライムとマーモットと一緒に放置されたとしたらどうなるんだろうな? って考えてみたんだが、ハッキリ言って生きていける自信が無いな。ゴブリンだけでもとんでもない恐怖だ。安眠も出来やしない』

『だよなぁ。賢者の卵はいなくとも、せめてお宝情報は本当であって欲しいぜ。そろそろ見えて来るはずだぞ……ん? あれか? なんだありゃ?』


 岩山の始まりの場所まで着くと、そこには人工物の塀が存在していた。


『……なるほどこれが』

『なんだ? 知っていたのか?』

『明らかに人が作った壁があるっていう程度だがな』

『てことは、やはり賢者の卵がいる可能性が高いって事か』

『いやしかし、子供がこんな綺麗に切られたブロックをどこから手に入れたんだ? セシル殿が作ったのではなく、ここに文明があったと仮定する方が自然じゃないか?』

『とりあえず近くで見てみよう』


 ポストスクス、馬を木に繋ぎグエリードと冒険者の2人が見張りに残ると、残り5人で塀に近付いて行く。


『……元からあったと言うには新しすぎるぞ。それにそれほど高さも無い』

『たしかに。そうなるとセシル殿が? どうやって?』

『洞窟の入口を見てみろ。木で隠されているが、綺麗な四角になっているだろ?』

『……この洞窟自体をセシル殿が作ったというのか?』

『いや知らんけどな。可能性はあるんじゃないか? ほんとに賢者の卵がここにいる可能性もあるってこった。賢者の卵、どんなやつなんだ? 少しワクワクしてきたぜ』

『やはり賢者の卵の名は伊達では無いと言う事か。もう一度忠告しておくがセシル殿が居た場合、絶対に対立するなよ?』

『……あっちが攻撃を仕掛けて来たらどうするんだ?』

『どうしようもない場合は反撃も致し方無いが、逃げられるなら逃げる。挑発されても乗るなよ?』

『あいよ。こっちも安全に取引出来るならそれに越したことは無いからな。お前らもいいな。こっちから絶対仕掛けるなよ?』

『分かってんよ。ところで、やっぱりあれか? 最初に入るのは俺になるのか?』


 冒険者カルイが不安そうに声を掛ける。

 背がスルタルよりもさらに低く細い。

 見た目は完全におっさんだが、身体のサイズだけで言えば女性並みだ。

 視力が良く身軽な為、斥候役を担う事が多い人物だ。


『自分の役割が分かっているからそんな事言うんだろう?』

『普段、戦闘は任せっきりになっちまっているから、斥候をする事に否は無いけどよぉ……流石に今回は危険度が高くねぇか?』

『個人宅にこんにちわーって挨拶に行くだけだと思ったら危険なんてねぇよ』

『じゃあおめぇやれよ』

『分かった分かった。じゃあ次、肉が手に入ったらお前が1番最初に好きな部位を好きなだけ取ってっていいって事でどうだ?』

『安くねぇか?』

『いや、皆まともな肉に飢えているんだ。ここではとんでもねぇ価値だぞ。なぁ、お前らもいいか?』

『おいおい、流石に報酬がデカすぎやしねぇか? それなら俺がやろうか?』

『たしかに肉は非常に惜しいな。俺が立候補してもいい』

『ちょっと待て。俺が行く』

『そうだな。俺も肉が惜しくなってきた。カルイ以外の他の誰かが……』

『ちょっちょっと待て! 斥候は俺だ! 次の肉を最初にいただくのは俺だ。いいな?』

『あぁ分かったよ』

『そこまで言うなら仕方ねぇ』

『役得だな』


 上手い事乗せられてしまったカルイは慎重に入口に近付いていく。

 だが、出入口を防いでいる木に触れようとした所で戻って来る。


『どうした?』

『いやよぉ、ここが家だとしたら勝手に侵入しちゃダメだろう? 普通に外から声をかけて待った方がいいんじゃないか?』

『兵士さん、どう思う?』

『そうだな……念のため数度声を掛けて、反応が無ければ覗いてみよう』

『オッケーだ。よし、行ってくる。名前はセシルだったな?』

『そうだ。セシル殿だ』


 カルイが入口に近付き、念のために剣の柄に手を添えた状態で洞窟の中に向かって恐る恐る声を掛ける。


『セシルーいるかー?』


 小さい声で一声掛け、しばし思案した後すぐ戻って来た。


『なんだよ。そんな小さな声じゃセシルに聞こえないだろ』

『いや、一応声を出してみたものの帝国語通じるのかな?って』

『たしかに。だが、名前は通じるんだから名前だけ言えば良いんじゃねぇか? 後の会話はスマフ殿に頼めばいいだろ。旦那は王国語喋れるんだろう?』

『えっ? あっいや俺は喋れないが……ディビジ大森林の護衛で生活する冒険者は皆王国語が喋れるのでは?』

『あん!? 誰がそんな馬鹿な事言った?』


 スマフはとんでもないミスをしたのではないかと、冷や汗をかきながら尋ねる。


『まさか……誰も喋れないのか?』

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