第183話 侵略者④
「俺も以前からこのままじゃダメだと思っていたんだ。俺を信じろ」
ヨトは物語に出てくる勇者になったような、力が漲るような、そんな高揚感に包まれていた。
「カッコつけているけど、相手はもう瀕死だよ?」
「……」
瀕死のミニ魚っさんを前にカッコつけていたヨトは、ユーナにツッこまれて耳がボッと熱を持つのを感じ視線を逸らす。
「……俺を信じろ。プッ」
セシルの痛恨の一撃。
「おいやめろ」
「お兄ちゃん、私はお兄ちゃんを信じる」
「おい、追い打ちをかけるな。他人事の様に言ってるけど、俺が1匹に止めさしたらその後はユーナもやるんだぞ」
「え“っ!? 私も!?」
「「相手はもう瀕死だよ?」だろ?」
「ちょっ待って! 私の武器は剣鉈だよ? 短いよ? 危険だよ?」
「俺の剣貸してやるから」
「ヨト、それ僕の剣ね。貸しているだけだからね」
「今は細かい事いいだろ。……よし、やるぞ」
ヨトは気持ちを切り替えそろりそろりと倒れている5匹のミニ魚っさんの近づいて行く。
瀕死のミニ魚っさんからはギィィ ギィイ と呻き声が出ていた。
「やっやるぞ。いいな? やるぞ?」
「さっさとやりなよ」
ヨトは周囲を見渡し近くの手頃な石を手に取ると、勢いよく振りかぶって投げた。
カンッ カンッ
倒れている相手に外してしまった。
「下手くそ」
ユーナが思わず突っ込む
「うっうるさい」ビュッ
カンッ カンッ
「……次は本気出す」
「そんなん良いから。そもそも剣でトドメ刺さんのかい」
「……おりゃっ!」
ゴッ
3度目でようやく太ももに命中し、ミニ魚っさんの身体の側に落ちる。
ギャオオオオオ
石が当たったミニ魚っさんがぶつかって来た石を手に取ると、振り向きざま思いっきり投げ返して来た。
「うわっ!?」 ボグッ
「ぐうっ……」
ヨトのお腹に見事に命中してしまい、蹲ってしまった。
「だっ大丈夫!?」
転がった石を見ると、幸い尖りは無く丸い形状だったようだ。
とは言え、痛い物は痛い。
「無駄に武器(石)を与えるから……」
「いってぇ……反撃して来る元気があるか確かめたかったんだ……」
ヨトは蹲ったまま情けなく喋る。
石を投げつけたミニ魚っさんも、投げた反動でセシルから受けた傷が痛み呻いている。
「まあ気持ちは分かるけどさ。で、どうする?」
「ちょっちょっと今回はパス」
「えーっ嘘でしょ? じゃユーナがやる?」
「えっ……わっ私も今回は――」「はい。これ」
セシルがユーナにヨトが落としてしまった剣を差し出してくる。
「えっいや私は――」「兄の仇を取らなくていいの?」
「俺は死んでねぇ……」
ユーナは未だ痛みに蹲っているヨトをチラッと横目に見て、ぶるぶると顔を横に振って逃げようとするが、セシルが手を掴みグッと剣を押し付けて来る。
「もうっやれば良いんでしょやれば! もうっお兄ちゃんのせいでより怖くなったじゃないっ!! もうっ! もうっ!」
「ちょっやめっ、いたっヤメッ」
ユーナは蹲まるヨトのお尻を数度蹴った後、意を決してミニ魚っさんに歩みよると「ヤーーッ」と剣を振り下ろした。
ゴッ
骨に当たった感触とミニ魚っさんのギョエーッという叫び声を聞くと同時に「ヒーッ」と情けない声を出しながら、結果を確認せずに走って帰って来た。
「どっどお?」
「よーし、良くやったぞ! ヨトと大違いだ」
セシルがユーナの頭を撫でる。
ギィィ
「殺せてねぇじゃねぇか」
情けない恰好で突っ込むヨトの尻をユーナが無言でゲシッと蹴る。
「グッ、けっ怪我人だぞ」
2人が揉めてる間にセシルがパパパッと斥力魔法で瀕死の5匹の止めを刺す。
「とりあえず1歩前進と言う事で。次はヨトもちゃんとやってもらうからね」
「……分かったよ」
ヨトは服を捲りお腹の怪我を確認し、少し出来てしまった青痰に顔を顰めつつも立ち上がる。
「お兄ちゃん大丈夫?」
「触ったら結構痛いけど、まあ歩く分には大丈夫そう」
「とりあえず2人は後ろだけ守ってくれたらいいよ。行くよ」
ミニ魚っさんを恐る恐る跨いで超えていく。
「この死体ってどうなるんのかな?」
「共喰いか敵対している魚っさんが食べちまうんじゃないか? それか、俺らは見た事無いけど平トカゲ? とかいうやつか」
「そう言えば骨とか転がってないね。スライムみたいなのがいるのかな?」
「スライムかぁ~」
話ながらもミニ魚っさん達が逃げた道を進んでいく。
道は1本道になっており迷う事は無さそうだ。
「もしスライムがいたら、マーモット達みたいに仲間にするのか?」
「いや、野生のスライムは全く意思が通じる感じがしないんだよね」
「ライアちゃんとラインちゃんは最初から意思が通じたの?」
「いや、というか元々ライアとラインはいなくて、ライムっていう1匹の個体だったんだけど、草とか投げ入れたらどんどん消化して面白いから色々あげていたら、なんか懐かれたみたいな? よく分かんないけど多分その時に僕と魔力パスが繋がったんだろうね。よく覚えてないけどその辺りからなんとなく通じてるような?」
「ちょっと待って、ライアちゃんとラインちゃんが居なかったってどういう事?」
「スライムは性別が多分なくて、1匹が分裂するんだよ」
魔物の情報はヨトだ。
「それってそこら中、スライムだらけにならない?」
「増殖したら何でもかんでも喰い荒らすスライムは魔物にとっても害があるから、適当に駆除されんだよ。多分」
「こんな強いスライムがそんな簡単に駆除されるとは思えないけど」
ユーナはライライを見ながら言う。
「この2匹が特別なだけで、普通のスライムなんて動き遅いし魔物がペンッって中の魔石を弾き飛ばして終わりだぜ」
「ほぇ~普通のスライムはそんなに弱いんだね」
「シッ静かに。ゆっくり覗くよ」
50mほど進んだ先は左に曲がっており見通しが悪くなっている。
セシルが止まれの合図を出し、左に曲がる通路をそーっと覗き込む。
曲がり角と同時に少し急な角度で下ったそこには大広間のような大きい空間があるようだ。
「うっっわ。キモッ」
曲がり角と言う事もあり、ライアとラインの光ではハッキリと見通せないがミニ魚っさんがウゾウゾと蠢いていた。
ミニ魚っさんの背後には薄っすら川らしきものも見える。
シャー キシャー キシャー
セシル達が来るのを待ち伏せしていたのか複数の個体が少し離れた所から石を投げて来た。
「うわっ」
ガッ ガチンッ
「あぶなっ! 下がって」
慌てて下がるが次から次に石が飛んでくる。
「うわっ、あれ?」
「どうしたっ!?」
「さっきより臭くないね?」
「今言う事かよ!」
徐々に投石の勢いが強くなってくる。
一歩一歩セシル達に近付いて来ているようだ。
ビュッ、ビュッ
「あぶないっ! あいつら見えているの?」
「声か!? このままだと当たるぞ」
「ここじゃ不利だ! 一旦逃げて数匹ずつ仕留めよう! 下がるよ」
「わかった!」
背を向けバタバタと全力疾走で曲がり角まで走る。
いびつな形ながらも50mほど直線が続いているので、中途半端に下がると一番危ない。
「ユーナいそげっ!」
「まっ、まって」
多少躓きながらもセシルとヨトでユーナを支え、なんとか曲がり角まで逃げ切り、壁に隠れながらぜぇぜぇと息をしながら振り返る。
ユーナはヨトの後ろに隠れると膝に手を付き、今にも寝転びそうなくらいぐったり疲れている。
序列戦をやった事もあり、疲労は限界に近い。
「…………あれ?」
「……来てねぇじゃねぇか」
「えっ、ちょっと待って、走り損?」
「もうちょっと待ってみよう」
「わかった」
「おう」
「……」
「……」
「……」
「なるほどね」
「何が「なるほどね」だよ。来ねぇじゃねぇか。はぁまあいいや。ユーナも疲れているし、ちょっと休憩しようぜ」
「分かった」
3人ともその場で座り込む。
「冷たっ」
3人ともすぐ立ち上がった。
多少走ったがまだ身体が温まるほどでは無かった。
ユーナは座る事も出来ないのかと絶望的な表情をしている。
「でも、これからどうしようか」
「一回家に帰って盾を作って出直した方が良くないか?」
「ん~、そうするしかないかぁ。せめて道中に平トカゲでもいれば食糧確保出来たんだけど、全然いなかったね」
「少しウロウロして帰るか?」
「えっ!?」
「ユーナが絶望的な顔をしているから、今日は諦めよう」
ユーナはあからさまにホッとした顔をする。
「そうと決まれば早く帰ろう。ねっ?」
「もうちょい休まなくて平気か?」
「それより寒い」
「分かった。帰りは『水』と『ミニ魚っさん』って情報を壁に書き足しながら帰ろう」
「ミニ魚っさんって情報必要か?」
「これから魚っさんと出会ったりしたら、記憶がこんがらがったりしない?」
「それはそうだが、これから全滅させるんだろ? 全滅させたらそこにはもうミニ魚っさんはいなくなるわけだしその情報邪魔にならないか?」
「たしかに……」
「ねぇセシルさん」
「ん?」
「邪魔な情報って消せないの? 周囲の壁を削れば良くない?」
「ほぅ……やるやん?」
「流石俺の妹だな」
「もうちょい早く言ってよ。①とか番号書いた意味なかったじゃん」
「セシルさんが壁を削っている姿を見るまで思いつかなかったんだもん」
「それでもスタート地点でも気付いたんでしょ?」
「ん~まあそうだけど。なんとなく言いづらかったんだよ。なんか一生懸命2人で考えていたみたいだし」
「妹に、こいつらアホな事をしてんなぁって思われながら見られていたのか? すっげぇ恥ずかしいわ」
「安心しなよ。「俺を信じろ ドヤァ」より恥ずかしい事は無いよ」
「ぐぬっ……思い出させるなよ……あーあ。なんかドッと疲れた。帰ろう」
「そうだね。さっさと帰って休もう」
☆☆☆
今年もよろしくお願いします。
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