第185話 自宅警備員達

『まさか……誰も喋れないのか?』


 スマフはディビジ大森林の警護を担当する冒険者ならば王国語をそれなりに喋る事が出来ると思っていた。


『そりゃ王国で物を買ったり泊まったりする時に使う程度の最低限は喋れるが、それだけだぞ? まさかとは思うが交渉は俺らをあてにしていたのか?』

『いっいや、後続組にはちゃんと王国語を喋れる奴を連れているぞ』

『そいつらが来るまでの話をしているんだが? 後続組来るまでに交渉の下地を整えておくみたいな事言ってなかったか?』

『それはっ……まあそうだが』

『どうすんだ? 俺らが王国語喋れねぇからって後から契約金渋ったりしねぇだろうな?』


 スルタルが剣を鞘から抜いたり刺したり、チャキ チャキ と音を立てながら尋ねる。

 兵士と仲良くしようと考えていたが、契約金が払われないとなると話は別だ。


『落ち着け。とりあえず剣から手を放すんだ。大丈夫だ。問題なく支払われる。契約書には言語に付いて書いていなかった』

『それならいいんだ。だが、どうするんだ?』

『……挨拶だけしてみよう。後はニコニコして身振り手振りで大丈夫だろう』

『ほんとにそんなんで大丈夫か? すれ違い起きても知らねぇぞ? じゃカルイ、頼む』

『分かった。だが、兵士さん交渉はあんたに任せるからな』

『あ、ああ』


 カルイが再び洞窟の入口に近付いて呼びかける。


『セシルー』


 ナー


『えっ?』

『どうした?』


 スルタルが数メートル離れた所から問いかける。


『ちょっと待て、もう一度声を掛けてみる』


『……セシルー?』


 ナー ナー ナー ナー


『おるわ』

『セシルが居たのか?』

『いや、マーモットがおるわ』

『セシルの従魔か。じゃあ奴がいるのは確定か?』

『めっちゃおるわ』

『めっちゃおる? 何を言ってるんだ。ちゃんと説明しろ』

『いや俺も分からん。 なんかマーモットの鳴き声が大量に聞こえる。ちょっと覗いてみるわ』


 鞘が付いた状態の剣を手に取り入口を防いでいる木をそーっと倒していく。

 そしてゆっくりと中を覗くと、いくつもの光る眼があった。


『うおっ、想像よりめっちゃおる』


 ナー ナー ナー


『セシルはいるかなー? 呼んでくれるかなー?』


 ナー ナー ナー


『…………』


 カルイがしばし悩んだ後、スルタルたちの元に戻って来た。


『どうした?』

『いや、一応声を掛けてみたものの従魔のマーモットに帝国語通じるのかな?って』

『知らねぇよ!』

『じゃあどうすりゃいいんだよ! そうだ。ほらっ、兵士さん身振り手振りで説明するんだろ?』

『いや、ちょっと待て。マーモット相手を想定してるわけないだろ』

『そう言われてもな。俺の仕事は終わりだ。判断は兵士さんがするんだな』

『おっ顔出してきたぞ!?』

「ナーナー」


 マーモットが3匹ほど顔を出して一番大きな個体が一鳴きしてきた。


『……デカくね? ホントにマーモットなのか?』

『俺もあんなデカいやつ初めて見たぞ。角もでけぇ。隣の奴も体格は劣るが小さい角が生えているな。他の群れならあの小さい角のやつでもボスを張れるくらいはあるぞ』

『今、そんな事言っている場合じゃないだろ。襲ってくる気配は無いが、兵士さんそろそろ判断しろ。どうするんだ? 聞いていたより多いんだが、セシルの従魔って事でいいのか?』

『ちょっ、もうちょい待ってくれ』


 スマフは想定外の事に頭をフル回転させる。


『鳴き声は比較的穏やかな感じしないか? 挨拶的な事か?』

『見知らぬ人間に挨拶? そんな事あるか?』

『とりあえず友好的にいけるかどうか近付いて様子をみてくれないか?』

『交渉は兵士さんの仕事だろ?』

『……交渉はする。だが先に安全確認はお前たちの仕事だろ』

『よし、カルイ』

『いやいや、相手が見えたらもう俺の仕事じゃねぇだろ?』

『おいおいおい。さっきのセシル―って声を掛けるだけで肉優先権は無いだろ?』

『それは結果論だろ。いきなり襲われる可能性もあったし、何も出て来なけりゃ中に入る可能性もあった。今回はたまたま入口であっという間に完結しただけだ。そうだろう?』

『ぬ……それもそうか』

「ナー」

『おいっ返事急かされているぞ。多分』

『いい俺が行く』


 話が進まないのを見て、後ろで控えていたラゲートが前にズイッと出て来た。

 ラゲートは無口で身体が大きく荒事に向いている。

 ロン毛を頭の後ろで結んでおり髭も濃い。


 ちなみにラゲートと共に後ろで控えていたニードルは未だに後ろで腕を組んで見ているだけだ。人に注目される事がとにかく嫌いで、目立たず時が過ぎるのを期待し存在感を消している。

 中肉中背で特筆すべき事が無い男だ。


 ラゲートが剣に手を添えながら近付いて行き、2~3m程手前で止まる。


「ナー」

『セシルはいるか?』

「ナー」

 マーモット達が顔を傾げる。


『……中を見せて貰えないか?』


 ラゲートが顎で洞窟の中を指し、中に入るジェスチャーをする。


「「「ナー!!」」」「ナー」「ナー」


 すると先ほどの温厚な鳴き声とは打って変わり威嚇する声になった。

 見えているマーモットだけでなく、洞窟の奥からも大量のマーモットの鳴き声が聞こえて来る。

 ラゲートはマーモット達に視線を残したまま、後ろに声を掛ける。


『どうする? 洞窟の中は入らせる気はないようだ。こいつらがセシルのペットじゃないなら排除するが?』

『マーモットは1匹だと聞いていたはずだが……少し増えたどころか多すぎるよな。ペットじゃなくて野生のマーモットの集団だと思うんだがどう思う?』

『俺も関係ないんじゃないかと思うんだが……』

『そうだよな。よし、そうだよな。あれはセシルとは関係ないやつらだな。よし、マーモットを蹴散らしてくれ』

『了解』


 ラゲートが剣を抜き構える。


 その直後。


『イッッ』


 ラゲートが剣を取り落とした。


『どうした?』

『くそっ何だ!? 分からん。手首に激痛が走った』


 ラゲートがマーモットを見るが動いた様子はない。

 ただ、さっきまでのほんわかした雰囲気とは大きく異なり、グルルルと唸り声を上げている個体もいる。

 剣を取る時に手を捻って痛めただけかもしれないと、視線はマーモットに残したまま取り落とした剣を拾おうとする。


『イッ』


 次は手の甲に激痛が走り、剣を取らずにその場から飛びのく。


『大丈夫か!? さっきからどうした?』

『大丈夫だ。何がどうなってるんだ? 手の甲から血が出て来た……俺の手に何か石の様な物が飛んできたのを見たか?』

『いや、分からんかった』

『俺もだ』

『俺はマーモットの方を注視していたが、特別な動きをしているようには見えなかったぞ』

『何がどうなってんだ。なぁすまん俺の剣を取ってみてくれねぇか?』

『……呪われてねぇだろうな?』

『何馬鹿な事言ってんだ。今回の仕事でも何度も剣抜いているの見ているだろうが』

『まあそうだな。じゃあ俺が拾うからニードルは横でマーモット達を牽制しといてくれ』

『……分かった』


 ニードルが返事をすると、スルタルが落ちている剣に手を掛けた。


『イテッ』

『なんだ!?』

『クソッこれか……』


 スルタルの二の腕から血が滲んでくる。


『なんだってんだ。やはりマーモットか?』

『セシルが遠くから攻撃しているとか?』

『セシルかっ!?』


 5人が周囲をくまなく見渡すがセシルは見当たらない。


『おいっそっちにセシルらしき人物はいねーか?』


 ポストスクスと留守番をしている2人にも声を掛ける。

 冒険者ヌルマドフが周りを見渡す。


『いや? 特に見当たらんが、何かあったのか?』

『一度そっちに戻る』

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